天然有機化合物討論会講演要旨集
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アザジラクチンの形式不斉合成
森 直紀伊藤 大輔北原 武森 謙治渡邉 秀典
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p. Oral29-

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アザジラクチンの形式不斉合成

 アザジラクチン(1)は1968年にMorganらによってインドセンダンの種子から単離されたリモノイドであり1)、広範な種の昆虫に対して強力な摂食阻害活性および成長・変態阻害活性を有する。これまでに多くの研究グループにより本化合物の合成研究2)が精力的に行われてきたが、その高度に官能基化された複雑な構造ゆえ、現在においても合成の報告は2007年のLeyらによるリレー合成一例2e,f)にとどまっている。今回、我々は長年にわたる合成研究の結果、世界で二例目となるアザジラクチン(1)の合成を達成したので報告する。

1.逆合成解析

 我々の合成計画をScheme 1に示す。アザジラクチン(1)はAより各種官能基変換により合成できると考えた。1の合成においては、非常に込み合ったC8-C14結合の構築が最大の難関とされている。そこで我々は、あらかじめC8-C14結合に相当する結合をアレンとして導入しておき、タンデム型ラジカル環化反応(BRA)を用いて効率的に骨格を構築しようと考えた。ラジカル環化前駆体Bは左右ユニットCとDから導くこととした。

Scheme 1

2.左側ユニットの合成の背景

 左側ユニットの基本骨格の構築には分子内Diels-Alder反応を用いることとした。実際に行った数多くの検討の中から一例をあげて説明する(Scheme 2)。ピロンの4位にかさ高い置換基(Cl)を導入した2を用いれば、Diels-Alder反応においてはエンド型付加体3を優先して与え、そこから5へと変換できることを期待した。ところが実際にはエキソ型付加体4が優先して得られる結果となった。次に基質を変更し、ピロンの6位にメチル基を有する6を用いて検討を行ったところ、今度はDiels-Alder反応後速やかに脱炭酸が進行した8が得られることが判った。そこでこの脱炭酸しやすい性質を逆手にとるべく、ピロンの4位にはプロパルギルオキシ基を導入することとした。実際に7を用いたところ、Diels-Alder反応、脱炭酸により9を経た後さらにClaisen転位まで進行した10が得られた。この方法により脱炭酸により失われた一炭素をアレンとして補うことが可能となった。ただし、10はC4位の立体化学の反転が必要であり、アルドール反応を行うべく11への変換を試みたが、シクロヘキセノン環の酸化的開裂が困難であることが判った。そこで酸化反応を容易にするためにピロン環にメトキシ基を導入することとし、12をDiels-Alder反応前駆体として設定し合成を開始した。

Scheme 2

3.Diels-Alder反応—脱炭酸—Claisen転位

 Diels-Alder反応前駆体のユニットとなる18と21の合成をScheme 3に示す。Carreiraらにより報告されている不斉反応3)に改良を加え、Jiangらにより開発されたリガンド154)を用いることにより13と14から高鏡像体純度(98% e.e.)で付加体16 を得た。16から2工程でビニルスズ17へと変換後、(Z)-3-ヨードアクリル酸メチルとのカップリングによりジエノフィルとなるアルコール18を得た。一方、ピロンユニット21は既知化合物195)より別途5工程で調製した。

Scheme 3

 18と21とをAgOTfを用いてエーテル化し、Diels-Alder反応前駆体22へ

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 アザジラクチン(1)は1968年にMorganらによってインドセンダンの種子から単離されたリモノイドであり1)、広範な種の昆虫に対して強力な摂食阻害活性および成長・変態阻害活性を有する。これまでに多くの研究グループにより本化合物の合成研究2)が精力的に行われてきたが、その高度に官能基化された複雑な構造ゆえ、現在においても合成の報告は2007年のLeyらによるリレー合成一例2e,f)にとどまっている。今回、我々は長年にわたる合成研究の結果、世界で二例目となるアザジラクチン(1)の合成を達成したので報告する。

1.逆合成解析

 我々の合成計画をScheme 1に示す。アザジラクチン(1)はAより各種官能基変換により合成できると考えた。1の合成においては、非常に込み合ったC8-C14結合の構築が最大の難関とされている。そこで我々は、あらかじめC8-C14結合に相当する結合をアレンとして導入しておき、タンデム型ラジカル環化反応(BRA)を用いて効率的に骨格を構築しようと考えた。ラジカル環化前駆体Bは左右ユニットCDから導くこととした。

Scheme 1

2.左側ユニットの合成の背景

 左側ユニットの基本骨格の構築には分子内Diels-Alder反応を用いることとした。実際に行った数多くの検討の中から一例をあげて説明する(Scheme 2)。ピロンの4位にかさ高い置換基(Cl)を導入した2を用いれば、Diels-Alder反応においてはエンド型付加体3を優先して与え、そこから5へと変換できることを期待した。ところが実際にはエキソ型付加体4が優先して得られる結果となった。次に基質を変更し、ピロンの6位にメチル基を有する6を用いて検討を行ったところ、今度はDiels-Alder反応後速やかに脱炭酸が進行した8が得られることが判った。そこでこの脱炭酸しやすい性質を逆手にとるべく、ピロンの4位にはプロパルギルオキシ基を導入することとした。実際に7を用いたところ、Diels-Alder反応、脱炭酸により9を経た後さらにClaisen転位まで進行した10が得られた。この方法により脱炭酸により失われた一炭素をアレンとして補うことが可能となった。ただし、10はC4位の立体化学の反転が必要であり、アルドール反応を行うべく11への変換を試みたが、シクロヘキセノン環の酸化的開裂が困難であることが判った。そこで酸化反応を容易にするためにピロン環にメトキシ基を導入することとし、12をDiels-Alder反応前駆体として設定し合成を開始した。

Scheme 2

3.Diels-Alder反応—脱炭酸—Claisen転位

 Diels-Alder反応前駆体のユニットとなる1821の合成をScheme 3に示す。Carreiraらにより報告されている不斉反応3)に改良を加え、Jiangらにより開発されたリガンド154)を用いることにより1314から高鏡像体純度(98% e.e.)で付加体16 を得た。16から2工程でビニルスズ17へと変換後、(Z)-3-ヨードアクリル酸メチルとのカップリングによりジエノフィルとなるアルコール18を得た。一方、ピロンユニット21は既知化合物195)より別途5工程で調製した。

Scheme 3

 1821とをAgOTfを用いてエーテル化し、Diels-Alder反応前駆体22へと導いた(Scheme 4)。22をDMF中加熱するとDiels-Alder反応後、脱炭酸まで進行した23が得られた。23のTMS基を除去後、トルエン中で再度加熱還流しClaisen転位を進行させることで24を単一生成物として得ることができた。なお、本反応において末端アルキンをTMS基で保護していない場合、すなわち12を用いた場合は、Diels-Alder反応よりも先にClaisen転位が進行した25が優先して得られた。

Scheme 4

4.A環の構築

 BBr3を用いて24のメチルビニルエーテル部分を脱メチル化した(Scheme 5)。得られた25は一重項酸素を用いる酸化的開環反応6)と生じたカルボン酸のメチルエステル化により27へと導いた。27のアレンをアルデヒドへと変換後、Sn(OTf)27)を用いてアルドール反応を行うと、28が単一生成物として得られた。以上の変換によりC4位の立体化学の反転に成功し、正しい立体化学を有するA環を構築することができた。続いて28のケトン部分をMgBr2•Et2O存在下Morpholine•BH3を用いて還元すると、これまでに報告していた条件2d) (t-BuNH2•BH3, CH2Cl2; 29: 43%, 30: 35%)よりも選択性が向上し、望みの29を優先して得ることができた。最後に29のジオール部分にp-メトキシベンジリデンアセタール保護をかけ、TBS基で保護された水酸基を2工程でアルデヒドへと酸化し左側ユニット31(= C)を合成した。

Scheme 5

5.右側ユニットの合成

 右側ユニットの合成はNandaらにより報告されている既知化合物328)から開始した(Scheme 6)。最初に酢酸エチルとのアルドール反応を行ったが、生じた3級水酸基のベンジル基での保護が困難であったため、TBDPS基を除去後ベンジリデンアセタールとして保護し33へと導いた。エステルの加水分解、二重結合のオゾン酸化の後、生じたヘミアセタール性水酸基をTBS基で保護すると3つのジアステレオマーが生成し、その内34を主生成物として得た。続いてDIBAL還元とメチル化により35へと導いた。検討の結果、ベンジリデンアセタールの還元的開環により35を直接36へと導くことは難しいと判断し、3工程の変換にて36へと導いた。36から3工程で得られるメチルケトン37に対してTMSアセチリドを付加させ、38を主生成物として得た。これ以降は主生成物38を用い、3級水酸基のアセチル化、シリル基の除去、フェニルセレノ基の導入を行い、右側ユニット39(= D)を合成した。また、39とは酸素官能基の位置の異なる40も合成し、その後の変換の検討も行ったので併せて報告する予定である。

Scheme 6

6.形式不斉合成

 形式合成までの変換をScheme 7に示す。左右ユニット3139をカップリング後、SN2’反応によってメチル基を導入し9) 、アレン41へと変換した。最適化した条件下、41のタンデム型ラジカル環化反応を行ったところ、期待通り1の全炭素骨格を有する42(= A)を得ることができた。42の2級水酸基をTMS基で保護した後、Rubottom酸化によりラクトンa位に酸素官能基を導入し43とした。続いて、2つのシリル基の除去、水酸基の酸化、メタノールによるケトラクトン部分の環の巻きかえの後、生じたヘミアセタール性水酸基をベンジル基で保護し44を得た。最後にp-メトキシベンジリデンアセタールを除去し、一方の水酸基にTBS保護をかけることによりLeyらの合成中間体45へと導くことに成功した。この中間体より9工程2f)でアザジラクチン(1)への変換が可能であり、ここに1の形式不斉合成を達成することができた。本形式合成は45まで最長30工程の合成であり、Leyらの工程数(45まで53工程)を半分近くに短縮した極めて効率的な合成である。

Scheme 7

参考文献

1) Butterworth, J. H.; Morgan, E. D. J. Chem. Soc., Chem.Commun. 1968, 23.

2) (a) Fukuzaki, T.; Kobayashi, S.; Hibi, T.; Ikuma, Y.; Ishihara, J.; Konoh, N.; Murai, A. Org. Lett. 2002, 4, 2877. (b) Nicolaou, K. C.; Sasmal, P. K.; Roecker, A. J.; Sun, X.-W.; Mandal, S.; Converso, A. Angew. Chem. Int. Ed. 2005, 44, 3443. (c) Nicolaou, K. C.; Sasmal, P. K.; Koftis, T. V.; Converso, A.; Loizidou, E.; Kaiser, F.; Roecker, A. J.; Dellios, C. C.; Sun, X.-W.; Petrovic, G. Angew. Chem. Int. Ed. 2005, 44, 3447. (d) Watanabe, H.; Mori, N.; Itoh, D.; Kitahara, T.; Mori, K. Angew. Chem. Int. Ed. 2007, 46, 1512. (e) Veitch, G. E.; Beckmann, E.; Burke, B. J.; Boyer, A.; Maslen, S. L.; Ley, S. V. Angew. Chem. Int. Ed. 2007, 46, 7629. (f) Veitch, G. E.; Beckmann, E.; Burke, B. J.; Boyer, A.; Ayats, C.; Ley, S. V. Angew. Chem. Int. Ed. 2007, 46, 7633. (g) Nakagawa, D.; Miyashita, M.; Tanino, K. Tetrahedron Lett. 2010, 51, 2771.

3) El-Sayed, E.; Anand, N. K.; Carreira, E. M. Org. Lett. 2001, 3, 3017.

4) Jiang, B.; Chen, Z.; Xiong, W. Chem. Commun. 2002, 1524.

5) Moriarty, R. M.; Vaid, R. K.; Ravikumar, V. T.; Vaid, B. K.; Hopkins, T. E. Tetrahedron 1988, 44, 1603.

6) Utaka, M.; Nakatani, M.; Takeda, A. Tetrahedron Lett. 1983, 24, 803.

7) Mukaiyama, T.; Iwasawa, N.; Stevens, R. W.; Haga, T. Tetrahedron 1984, 40, 1381.

8) Rej, R.; Jana, N.; Kar, S.; Nanda, S. Tetrahedron: Asymmetry 2012, 23, 364.

9) Macdonald, T. L.; Reagan, D. R. J. Org. Chem. 1980, 45, 4740.

 
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