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1背景:ウィント(Wnt)シグナルは線虫からヒトに至るまで生物種を超えて高度に保存されたシグナル伝達経路で,初期発生における体軸形成から各種組織・器官の形態形成,出生後の細胞の増殖・分化・運動,組織幹細胞の維持などの様々な生命現象において多彩かつ重要な役割を果たしている.一方で,大腸がんを始めとする様々ながんにおいて異常亢進していることが知られているほか,糖尿病や精神疾患など各種疾患との関わりも示唆されている.したがってWntシグナルに作用する化合物は各種生命現象を研究する上での分子ツールや,医薬品リード化合物となることが期待される1.当研究室ではタイ・バングラデシュ産植物の抽出物ライブラリーを独自に構築しており,これらからのWntシグナル調節作用をもつ天然物の探索を進めてきた2-4.本会ではこれまでの研究で見出した強力なWntシグナル阻害作用をもつ天然物とその活性発現機構に関する解析について報告する.
2スクリーニング試験:当研究室保有の独自に構築した南方アジア産植物の天然物抽出物ライブラリーを対象に,培養細胞を用いたルシフェラーゼアッセイシステムを用いてスクリーニング試験を行った.スクリーニング試験は,ヒト胎児腎細胞HEK293に野生型TCF結合領域をもつSuperTOP-Flashレポーター遺伝子を安定導入したSTF/293細胞を用い,試料添加によるルシフェラーゼ活性(TOP活性)の変化を測定することによりWntシグナルの最下流に位置するTCF/β-catenin転写活性の評価した2,5.スクリーニングの結果,良好な活性を示した以下の二種の植物について活性成分の探索を行った.
3 Calotropis giganteaから得られたWntシグナル阻害成分6
バングラデシュにて採取したガガイモ科植物Calotropis gigantea(和名:カイガンタバコ)滲出液メタノールエキスより,上記活性試験を指標として,分画を行い,6種のカルデノライド類(1-6)を単離した.これらは10位にアルデヒド基をもつ共通するカルデノライド骨格をもつが,3’位の置換基が異なっていた.これら化合物はnMオーダーでTOP活性を阻害し,そのIC50値は0.7-3.8 nMであった.また,これら化合物は1-10 nMの濃度範囲において,細胞増殖がWntに依存するヒト大腸がん細胞(SW480,DLD1,HCT116)に対して選択的に細胞毒性(IC50値:1.8-7.0 nM)を示したが,細胞増殖がWntに依存性しないヒトRKO細胞に対しては細胞毒性を示さなかった.このことから,これら化合物は,Wntシグナルを阻害することにより,Wntシグナル依存性細胞の細胞生存率を低下させると示唆された.
得られた化合物のうち,calotropin(1)について,そのWntシグナル阻害作用のメカニズムを解明する目的でWntシグナル経路において重要な役割を担う転写活性化因子β-cateninレベルへの影響をウェスタンブロットにて調べた.その結果,Wntシグナルの亢進が認められているSW480細胞において,1は濃度依存的に核内および細胞質のβ-cateninを減少させた.また,1は本シグナルの標的遺伝子であるc-mycタンパクを濃度依存的に低下させた(図1A).
化合物1は核および細胞質の両方のβ-cateninを減少させてい
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1背景:ウィント(Wnt)シグナルは線虫からヒトに至るまで生物種を超えて高度に保存されたシグナル伝達経路で,初期発生における体軸形成から各種組織・器官の形態形成,出生後の細胞の増殖・分化・運動,組織幹細胞の維持などの様々な生命現象において多彩かつ重要な役割を果たしている.一方で,大腸がんを始めとする様々ながんにおいて異常亢進していることが知られているほか,糖尿病や精神疾患など各種疾患との関わりも示唆されている.したがってWntシグナルに作用する化合物は各種生命現象を研究する上での分子ツールや,医薬品リード化合物となることが期待される1.当研究室ではタイ・バングラデシュ産植物の抽出物ライブラリーを独自に構築しており,これらからのWntシグナル調節作用をもつ天然物の探索を進めてきた2-4.本会ではこれまでの研究で見出した強力なWntシグナル阻害作用をもつ天然物とその活性発現機構に関する解析について報告する.
2スクリーニング試験:当研究室保有の独自に構築した南方アジア産植物の天然物抽出物ライブラリーを対象に,培養細胞を用いたルシフェラーゼアッセイシステムを用いてスクリーニング試験を行った.スクリーニング試験は,ヒト胎児腎細胞HEK293に野生型TCF結合領域をもつSuperTOP-Flashレポーター遺伝子を安定導入したSTF/293細胞を用い,試料添加によるルシフェラーゼ活性(TOP活性)の変化を測定することによりWntシグナルの最下流に位置するTCF/β-catenin転写活性の評価した2,5.スクリーニングの結果,良好な活性を示した以下の二種の植物について活性成分の探索を行った.
3 Calotropis giganteaから得られたWntシグナル阻害成分6
バングラデシュにて採取したガガイモ科植物Calotropis gigantea(和名:カイガンタバコ)滲出液メタノールエキスより,上記活性試験を指標として,分画を行い,6種のカルデノライド類(1-6)を単離した.これらは10位にアルデヒド基をもつ共通するカルデノライド骨格をもつが,3’位の置換基が異なっていた.これら化合物はnMオーダーでTOP活性を阻害し,そのIC50値は0.7-3.8 nMであった.また,これら化合物は1-10 nMの濃度範囲において,細胞増殖がWntに依存するヒト大腸がん細胞(SW480,DLD1,HCT116)に対して選択的に細胞毒性(IC50値:1.8-7.0 nM)を示したが,細胞増殖がWntに依存性しないヒトRKO細胞に対しては細胞毒性を示さなかった.このことから,これら化合物は,Wntシグナルを阻害することにより,Wntシグナル依存性細胞の細胞生存率を低下させると示唆された.
得られた化合物のうち,calotropin(1)について,そのWntシグナル阻害作用のメカニズムを解明する目的でWntシグナル経路において重要な役割を担う転写活性化因子β-cateninレベルへの影響をウェスタンブロットにて調べた.その結果,Wntシグナルの亢進が認められているSW480細胞において,1は濃度依存的に核内および細胞質のβ-cateninを減少させた.また,1は本シグナルの標的遺伝子であるc-mycタンパクを濃度依存的に低下させた(図1A).
化合物1は核および細胞質の両方のβ-cateninを減少させていたことから,1は細胞質においてβ-cateninを減少させ,その結果,核内へ移行するβ-cateninが減少しWntシグナル(TCF/β-catenin転写活性)を阻害すると考えられた.細胞内でβ-cateninが減少する要因としてプロテアソームにおける分解促進が考えられることから,まずプロテアソーム阻害剤(MG-132)を用いた検討を行った.1のみの添加ではβ-cateninが減少したが,1とMG-132との併用ではβ-cateninの減少は認められなかったことから(図1B),1はプロテアソーム系においてβ-cateninの分解を促進していると考えられた.
プロテアソームによる分解に先立ち,β-cateninはAPCなどとのβ-catenin分解複合体を形成する.複合体内においてCK1αによりβ-cateninのSer45残基がリン酸化されると,GSK3βがThr41/Ser37/Ser33残基を順次リン酸化する.その後,β-cateninはSer37,Ser33のリン酸化を目印としたβ-transducin repeat containing protein(β-TrCP)によるポリユビキチン化を受け,プロテアソーム系で分解を受ける.したがって次に1のβ-cateninリン酸化への影響について検討を行ったところ,1はβ-cateninのSer45, およびThr41/Ser37/Ser33のリン酸化を増加させ,その結果β-cateninを減少させることが明らかとなった.1とGSK3β阻害剤であるLiClとの併用では,β-cateninのGSK3βによるリン酸化はキャンセルされ,β-cateninの減少は起こらなかったが,CK1αによるリン酸化は増加したままであった(図2A).また,1とCK1α阻害剤であるCKI-7との併用によりβ-cateninのCK1αおよびGSK3βによるリン酸化はキャンセルされ,β-cateninの減少は起こらなかった.さらに1はGSK3βのタンパク量を変化させなかったが,CK1αのタンパク量およびmRNAを増加させた(図2B).
以上のことから1はmRNAレベルでCK1αを増加させ,β-cateninのリン酸化およびプロテアソームでの分解を促進することでβ-cateninを減少させ,その結果,Wntシグナルを阻害するものと示唆された(図3).このことは,siRNAによりCK1αをノックダウンした条件において1を添加してもCK1αおよびGSK3βによるリン酸化が認められず,β-cateninの減少も起こらなかったことからも支持された(図2C).
CK1αに作用する低分子の例としては,駆虫薬として用いられているpyrvium7がCK1αの酵素を活性化すること,honokiol8がGSK3βとCK1αの両方をタンパクレベルで増加させることが報告されている.1はGSK3βには影響を与えることなくCK1αをmRNAレベルで増加させる作用をもっており,これらとは異なるユニークな作用機構をもつ化合物と考えられる.
4 Xylocarpus granatumから得られたWntシグナル阻害成分9
バングラデシュ産センダン科植物X. granatum(和名:ホウガンヒルギ)の葉部メタノール抽出物の低極性画分より4種のリモノイド類(7-9など)を単離した.各種二次元NMRやMSスペクトルデータに基づく構造解析の結果,化合物7,8は新規化合物であることが判明し,それぞれxylogranin A(7)およびB(8)と命名した.8および9は,CDスペクトルにおいて235 nm付近で正の値を示したこと,NOESY解析,また既知リモノイドの生合成の考察からこれらは図に示す絶対立体配置をもつと考察した.
このうち8,9,30位にオルトエステル基をもつ化合物8,9は強いTCF/β-catenin転写阻害活性を示し,そのTOP活性のIC50値はそれぞれ48.9,54.2 nMであった.一方化合物7は阻害活性を示さなかった.DFT計算より安定構造を検討したところ,活性を示す化合物8はかご状の形状をしていることがわかり,H-5/H-17間の距離は2.8Åと比較的近い距離にあることが判明し,これはNOE実験の結果を支持した.一方活性を示さなかった化合物7は8とは大きく異なるコンフォメーションをとっており,この構造的な違いが7,8の活性の違いに影響しているものと推定した.
化合物8, 9についてWntシグナルの亢進が報告されている大腸がん細胞(SW480,HCT116,DLD1)に対する細胞毒性を検討したところ,これらは比較対象としてあわせて評価したヒト胎児腎細胞HEK293細胞に比べ,SW480とHCT116細胞に対してより強い細胞毒性を示した.
次に,化合物8の作用機構を明らかにする目的で,SW480細胞における以下の解析を行った.ウェスタンブロットにおいて,8は核内においてのみ濃度依存的にβ-cateninを減少させた(図5).
また,免疫染色法によるβ-cateninの局在について解析を行ったところ,対照群では核内に存在していたβ-cateninが,8の添加により核内から消失する傾向が認められた.以上のことから8は,β-cateninの核内蓄積を抑制すると考えられた.さらに8は200 nMにおいてWntシグナルの標的遺伝子c-myc,PPARδをタンパクレベルで減少させた.以上のことから8はWntシグナルの転写活性化因子であるβ-cateninの核内での蓄積を阻害することによりWntシグナルの標的遺伝子の転写を抑制し,Wntシグナルを阻害することが示唆された.リモノイド化合物にはがん細胞に対する細胞毒性をはじめ,昆虫における摂食阻害作用など多様な生物活性が報告されているが,Wntシグナルを阻害するリモノイドについては,今回が初めての例であった.
References:
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5. We would like to thank Jeremy Nathans (John Hopkins University School of Medicine) for the STF/293 cells and Ronald T. Moon (University of Washington) for the SuperFOP-Flash plasmid.
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10. This work was supported by KAKENHI Grant Numbers 23102008 from MEXT, 26305001 and 25870128 from JSPS, the Cosmetology Research Foundation, and the Hamaguchi Foundation for the Advancement of Biochemistry.