天然有機化合物討論会講演要旨集
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細胞性粘菌の予定胞子細胞分化誘導因子の構造
高谷 芳明堀田 理絵藤原 憲秀大谷 里沙内山 由梨香榊原 美月福田 英里丹羽 正武井上 敬大畠 明子
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p. Oral33-

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細胞性粘菌の予定胞子細胞分化誘導因子の構造

細胞性粘菌は,土壌中のバクテリアを捕食し生活する微生物で,その生活環は増殖ステージと分化ステージよりなる.増殖ステージでは,単細胞の粘菌アメーバが増殖を繰り返す.一方,餌のバクテリアがなくなり飢餓状態になると,約10万個の細胞が引き寄せられ集合体を形成し,予定胞子細胞と予定柄細胞からなるslugとなった後,それぞれ胞子と柄となり子実体を形成する (Fig. 1).このステージを分化ステージという.この分化の過程において単細胞が集合し,予定柄細胞に分化するための化学シグナルとして古くより知られている化合物としてはDIF-1 (differentiation inducing factor-1) (2)1がある.また近年弱い分化誘導活性がある化合物としてMPBD (4-methyl-5-pentylbenzene-1,3-diol) (3)2が単離された.これらの化合物はポリケタイド合成酵素によって産生されるという報告がなされている.細胞性粘菌のゲノムサイズは34 Mbであり,その中に40個以上のポリケタイド合成酵素遺伝子を持っていることが明らかにされている3,4.しかし,細胞性粘菌のポリケタイドとしては,これらの化合物の他にいくつかが報告されているのみである.これまでの研究で,細胞性粘菌Dictyostelium discoideum の培養液 (conditioned medium, CM) 中に予定胞子細胞を誘導する因子が高分子画分及び低分子画分に存在するという知見が得ていた.高分子画分得られた因子は糖タンパク質であり,y factoe (PSI-1)と命名した57.さらに,CMを透析することにより得られる低分子画分にも活性が見られるという知見に基づき,新たな因子を探索した結果,新規ベンゾキノン型ポリケタイドを単離し,dictyoquinone (1) (DQ)と命名した.本報では,その詳細について報告する.

Dictyoquinone (1)の単離8

D. discoideum V12M2 strain (wild-type)を23 °Cで振盪培養し,12–14 h後,得られた培養液(CM)をsyringe filter (0.45 μm)でろ過した.CMを遠心分離し,上清をAmberlite XAD-2樹脂に吸着させ,水,MeOH–H2O (9:1),アセトンの順で溶出した.それぞれの画分について,予定胞子細胞分化誘導活性を測定した結果,MeOH–H2O画分に活性が見られた.そこでこの画分をSephadex LH-20を用いMeOH–H2O (9:1)を溶出溶媒として分画した.各画分について予定胞子細胞分化誘導活性を測定し,活性の見られた画分を集め,ODSカラムを用いたHPLCによりさらに分画した.Sephadex LH-20分画において,活性画分は赤色を呈していたことより,HPLC分画においては,250 nmおよび500 nmでの検出ならび分化誘導活性との相関を検討した.その結果,500 nmの吸収を示すピークと分化誘導活性とは良い相関を示した.この活性画分をさらにC8カラムを用いたHPLCで精製することにより,dictyoquinone (1)を単離した.収量は培養液12 Lより<400 μgと極微量であった.また,得られたdictyoquinone (1) の予定胞子細胞誘導活性のhalf-maximal induction は26 nMであった.

Dictyoquinone (1)の構造9

Dictyoquinone (1)は高分解能ESI-MSよりC12H16O3の分子量を持つことが明らかとなった (m/z208.1084 [M], calcd. m/z 208.1099).1H NMRスペクトルでは,2個のメチルシ

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細胞性粘菌は,土壌中のバクテリアを捕食し生活する微生物で,その生活環は増殖ステージと分化ステージよりなる.増殖ステージでは,単細胞の粘菌アメーバが増殖を繰り返す.一方,餌のバクテリアがなくなり飢餓状態になると,約10万個の細胞が引き寄せられ集合体を形成し,予定胞子細胞と予定柄細胞からなるslugとなった後,それぞれ胞子と柄となり子実体を形成する (Fig. 1).このステージを分化ステージという.この分化の過程において単細胞が集合し,予定柄細胞に分化するための化学シグナルとして古くより知られている化合物としてはDIF-1 (differentiation inducing factor-1) (2)1がある.また近年弱い分化誘導活性がある化合物としてMPBD (4-methyl-5-pentylbenzene-1,3-diol) (3)2が単離された.これらの化合物はポリケタイド合成酵素によって産生されるという報告がなされている.細胞性粘菌のゲノムサイズは34 Mbであり,その中に40個以上のポリケタイド合成酵素遺伝子を持っていることが明らかにされている3,4.しかし,細胞性粘菌のポリケタイドとしては,これらの化合物の他にいくつかが報告されているのみである.これまでの研究で,細胞性粘菌Dictyostelium discoideum の培養液 (conditioned medium, CM) 中に予定胞子細胞を誘導する因子が高分子画分及び低分子画分に存在するという知見が得ていた.高分子画分得られた因子は糖タンパク質であり,y factoe (PSI-1)と命名した57.さらに,CMを透析することにより得られる低分子画分にも活性が見られるという知見に基づき,新たな因子を探索した結果,新規ベンゾキノン型ポリケタイドを単離し,dictyoquinone (1) (DQ)と命名した.本報では,その詳細について報告する.

Dictyoquinone (1)の単離8

D. discoideum V12M2 strain (wild-type)を23 °Cで振盪培養し,12–14 h後,得られた培養液(CM)をsyringe filter (0.45 μm)でろ過した.CMを遠心分離し,上清をAmberlite XAD-2樹脂に吸着させ,水,MeOH–H2O (9:1),アセトンの順で溶出した.それぞれの画分について,予定胞子細胞分化誘導活性を測定した結果,MeOH–H2O画分に活性が見られた.そこでこの画分をSephadex LH-20を用いMeOH–H2O (9:1)を溶出溶媒として分画した.各画分について予定胞子細胞分化誘導活性を測定し,活性の見られた画分を集め,ODSカラムを用いたHPLCによりさらに分画した.Sephadex LH-20分画において,活性画分は赤色を呈していたことより,HPLC分画においては,250 nmおよび500 nmでの検出ならび分化誘導活性との相関を検討した.その結果,500 nmの吸収を示すピークと分化誘導活性とは良い相関を示した.この活性画分をさらにC8カラムを用いたHPLCで精製することにより,dictyoquinone (1)を単離した.収量は培養液12 Lより<400 μgと極微量であった.また,得られたdictyoquinone (1) の予定胞子細胞誘導活性のhalf-maximal induction は26 nMであった.

Dictyoquinone (1)の構造9

Dictyoquinone (1)は高分解能ESI-MSよりC12H16O3の分子量を持つことが明らかとなった (m/z208.1084 [M], calcd. m/z 208.1099).1H NMRスペクトルでは,2個のメチルシグナル (d 0.899 (3H, t), 1.972 (3H, s)),1個のメチレンシグナル(d 2.413 (2H, t))および3個のメチレンシグナルに相当する6H分のシグナルがd 1.27 – 1.41に観測されたのみであった.またDQF-COSYスペクトルの解析より,それらはn-pentyl基およびメチル基のシグナルであり,chemical shift値よりいずれもsp2炭素に結合していることが示唆された.一方,13C NMRスペクトルでは信頼性のあるシグナルは得られなかったが,HSQCスペクトルでのクロスピークから,6個のsp3 炭素(d 32.9, 29.3, 26.7, 23.3, 14.1, 12.7) の存在が示唆された.また,HMBCスペクトルでは,dH 1.972 (5-CH3)のメチルシグナルおよび dH 2.413 (H-1´) のメチレンシグナル共にdC 189.2にクロスピークが観測されたほか,dC 140.6, dC 143.9 (C-5 および C-6)にクロスピークを与えた.本化合物は生成途中においても予想されたとおり赤色を呈し,491 nmにnπ*遷移によるものと考えられる弱い吸収が観測されたことから,キノン様骨格を有していることが推定された.以上の結果より本化合物の構造としては Fig.5に示したA, B二つの構造,すなわちメチル基とプロピル基の位置の異なる構造が推定された.なお,これらの構造である場合,1H NMRスペクトルにおいて水酸基の隣のプロトンシグナル (H-3) が観測されることが妥当であると考えられるが,重メタノール中でNMRスペクトルを測定したことにより,Fig. 6に示すようなH–D置換が起こり観測されなかったものと考えている.

化合物AおよびBの合成

Dictyoquinone (1) の構造としてA, Bいずれが妥当かを検討すべくこれら二つの化合物を合成し,その予定胞子細胞誘導活性を測定した.合成はFig. 7に示したように,市販の2,4,5-trimethoxybenzoic acid (4) を共通の出発原料として進めた.すなわち,化合物4のカルボキシル基をメチル基に変換した後,3位をTMSで保護し,6位にペンチル基を導入し,脱保護,酸化を経て化合物Aを得た.一方,化合物4のカルボキシル基をアルデヒドにした後,ペンチル基に変換し,次いで,上記と同様の方法によりメチル基を導入,脱保護,酸化を経て化合物Bを得た.

以上合成した化合物AおよびBの重メタノール中でのNMRスペクトルを測定したが,側鎖のシグナルに顕著な違いは見られなかったため,構造の特定には至らなかった.

化合物AおよびBの予定胞子細胞誘導活性

Dictyoquinone (1) は yfactor の存在下において予定胞子細胞誘導活性を示す7,10.合成した化合物AおよびBの誘導活性を測定した.その結果,化合物Aのみに極めて強力な活性 (half-maximal induction 40 pM)を示した (Fig. 8).この値は,天然物のhalf-maximal inductionの値(26 nM)と比較し著しく強いが,天然物が極めて微量であることを考えると妥当な値であり,dictyoquinone (1)の構造はAであると決定した.

化合物AおよびBD-factor活性

D-factor は細胞性粘菌Polysphodilium violaceumの集合に関与する低分子化合物として知られており,飢餓状態にあるP. violaceumのD-factor非生産変異株にD-factorを与えることにより正常に集合し子実体を形成する11.D-factorの構造は未解明のままであるが,dictyoquinone (1) と類似した性状が報告されている12.そこで,合成した化合物AおよびBについてP. violaceumの変異株を用いたD-factor活性試験を行った.その結果,Fig. 9に示したように,化合物AがD-factor活性を発現した.

MPBD (3)からdictyoquinone (1)への変換

Dityoquinone (1)とMPBD (3) は類似した構造を持つ化合物であった.すなわちこれらの化合物は同一の生合成経路による代謝物であり,MPBD (3) はdictyoquinone (1)の前駆体であると考えられる.そこで,MPBD (3) をFremy塩で処理したところ,dictyoquinone (1)が得られた (Fig. 10).

今回,細胞性粘菌D. discoideumの培養液 (CM)より極めて強い予定胞子細胞誘導活性を有するアルキルベンゾキノンとしてdictyoquinone (1)を単離,その構造をスペクトルおよび合成した化合物の誘導活性により決定した.本化合物の有するn-pentyl基およびメチル基の位置により誘導活性に顕著な違いが見られたことは大変に興味深い.さらに,この化合物は以前報告されているMPBD (3)がさらに酸化されたものである知見が得られたことから,細胞性粘菌の細胞内での物質生産ならびにその利用の妙に興味が持たれる.また長い間存在は知られていたもののその構造を含む詳細については未解明になっていたD-factorがdictyoquinone (1)である可能性がある結果が得られた.今後,dictyoquinone (1)の生合成,作用点ならびに他の化合物との機能の差異について検討したい.

謝辞

NMRスペクトルおよびESI-MSをそれぞれ測定していただきました,日本電子応用研究グループの朝倉克夫博士ならびに田中和子博士に深謝します.

1 Morris, H. R.; Taylor, G. W.; Jermyn, K. A.; Kay, R. R. Nature 1987, 328, 811–814.

2 Saito, T.; Taylor, W. G.; Yang, J. C.; Neuhaus, D.; Stetsenko, D.; Kato, A.; Kay, R. R. Biochim. Biophys. Acta 2006, 1760, 754–761.

3 Eichinger, L.; Pachebat, J. A.; Grockner, G.; Rajandream, M. A.; Sucgang, R.; Berriman, M.; Song, J. et al. Nature 2005, 435, 43–57.

4 Heidel, A. J.; Lawal, H. M.; Felder, M.; Schilde, C.; Helps, N. R.; Tunggal, B.; Rivero, F.; John, U.; Schleicher, M.; Eichinger, L.; Platzer, M.; Noegel, A. A.; Schaap, P.; Glockner, G. Genome Res. 2011, 21, 1882–1892.

5 Oohata, A. A. Differentiation 1995, 59, 283–288.

6 Nakagawa, M.; Oohata, A. A.; Tojo, H.; Fujii, S. Biochem. J. 1999, 343, 265–271.

7 Kawata, T.; Nakagawa, M.; Shimada, N.; Fujii, S. Dev. Growth Differ. 2004, 46, 383–392.

8 Oohata, A. A.; Fukuzawa, M.; Hotta, R.; Nakagawa, M.; Niwa, M.; Takaya, Y. Dev. Growth Differ. 2009, 51, 743–752.

9 Takaya, Y.; Hotta, R.; Fujiwara, K.; Otani, R.; Uchiyama, Y.; Sakakibara, M.; Fukuda, E.; Niwa, M.; Inouye, K.; Oohata, A. A. Org. Lett. in press.

10 Oohata, A. A.; Nakagawa, M.; Tasaka, M.; Fujii, S. Development 1997, 124, 2781–2787.

11 Hanna, M. H.; Cox, E. C. Dev. Biol. 1978, 62, 206–214.

12 Hanna, M. H.; Fatone, M.; Newth-Clark, C.; Salerno, J.; Clemans S. Dev. Genetics 1988, 9, 653–662.

 
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