天然有機化合物討論会講演要旨集
Online ISSN : 2433-1856
56
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タキソールの合成
深谷 圭介須貝 智也山崎 裕久小玉 啓祐山口 友佐藤 隆章千田 憲孝
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p. Oral43-

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タキソールの合成

【緒言】

タキソール(パクリタキセル、1)はセイヨウイチイの樹皮より単離されたジテルペノイドである。強力な抗腫瘍活性を示すため、抗がん剤として広く利用されている。構造的な特徴として、高度に酸化された8員環や、歪みの大きな橋頭位オレフィン、特異なオキセタン環などの存在が挙げられる。特に多官能基化された8員環(B環部)の構築は最も難易度が高く、効率的な合成法の開発が必要である。これまでHoltonらによる全合成など8例の合成が報告されているが、1-3) われわれはSmI2を用いる中員環構築法を鍵反応としたタキソールの合成を試みた。

【合成計画】

タキソール全合成のための基本合成戦略として、A環部4とC環部3をカップリングし、B環部を構築する収束的合成法を計画した(スキーム1)。酸化度の高いC環部3は、バイオマス資源であるD-グルコース(2)からFerrier環化反応を用いて合成する(2→3)。この時、D-グルコースをC環部の炭素源として最大限に活用するとともに、タキソールのすべての不斉点を糖の不斉をもとに構築していく。C環部3とA環部4とのShapiroカップリング反応を経て、B環部の環化基質5へと導く。

本合成の最大の課題である8員環(B環部)の構築に際しては、多官能基共存下での強力な中員環構築法が必要となる。この課題に対しわれわれは、アリルベンゾエートとアルデヒドによる新たなSmI2環化反応を計画した(5→6)。SmI2環化は官能基許容性が高く、効率的な中員環構築が可能である4)。さらに本反応の特徴として、環化基質であるアリルベンゾエートが合成中間体として安定である点、生じる官能基(水酸基とオレフィン)の区別が容易な点があげられる。環化により得られるABC環化合物6は、タキソール合成に必要な官能基の足がかりをすべて有しており、残る課題であるChugaev反応による橋頭位オレフィンの導入(6→7)やオキセタン環の構築が可能であると考えた。

【環化基質の合成】

D-グルコース(2)を出発原料とし、エノピラノシド8へと誘導した(スキーム2)。8に対して触媒量のトリフルオロ酢酸水銀を作用させるとFerrier環化反応が進行し、シクロヘキサノン9が得られた。9を三級アリルアルコール10とし、岩渕らによって開発された転位を伴う酸化6)によりエノン11を得た。11に対して、ビニル基を立体選択的に1,4付加した後、ホルムアルデヒドとの向山アルドール反応でβ-ヒドロキシケトン12とした。12の種々官能基変換によりC環部3とした7)

合成したC環部3とA環部13をShapiro反応で連結し、カップリング体14を得た。14よりB環部の環化基質であるアルデヒド15a-dを調製した。

【SmI2によるB環部の構築】

本合成における鍵反応である、SmI2による8員環(B環部)構築を検討した(スキーム3)。HMPA存在下、SmI2を作用させたところ、アリルアセテート15a、15b及びアリルベンゾエート15cでは環化は全く進行せず、アルデヒドのみが還元された生成物を得た。一方、15cのジアステレオマーである15dを環化基質として用いたところ、収率66

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【緒言】

タキソール(パクリタキセル、1)はセイヨウイチイの樹皮より単離されたジテルペノイドである。強力な抗腫瘍活性を示すため、抗がん剤として広く利用されている。構造的な特徴として、高度に酸化された8員環や、歪みの大きな橋頭位オレフィン、特異なオキセタン環などの存在が挙げられる。特に多官能基化された8員環(B環部)の構築は最も難易度が高く、効率的な合成法の開発が必要である。これまでHoltonらによる全合成など8例の合成が報告されているが、1-3) われわれはSmI2を用いる中員環構築法を鍵反応としたタキソールの合成を試みた。

【合成計画】

タキソール全合成のための基本合成戦略として、A環部4とC環部3をカップリングし、B環部を構築する収束的合成法を計画した(スキーム1)。酸化度の高いC環部3は、バイオマス資源であるD-グルコース(2)からFerrier環化反応を用いて合成する(23)。この時、D-グルコースをC環部の炭素源として最大限に活用するとともに、タキソールのすべての不斉点を糖の不斉をもとに構築していく。C環部3とA環部4とのShapiroカップリング反応を経て、B環部の環化基質5へと導く。

本合成の最大の課題である8員環(B環部)の構築に際しては、多官能基共存下での強力な中員環構築法が必要となる。この課題に対しわれわれは、アリルベンゾエートとアルデヒドによる新たなSmI2環化反応を計画した(56)。SmI2環化は官能基許容性が高く、効率的な中員環構築が可能である4)。さらに本反応の特徴として、環化基質であるアリルベンゾエートが合成中間体として安定である点、生じる官能基(水酸基とオレフィン)の区別が容易な点があげられる。環化により得られるABC環化合物6は、タキソール合成に必要な官能基の足がかりをすべて有しており、残る課題であるChugaev反応による橋頭位オレフィンの導入(67)やオキセタン環の構築が可能であると考えた。

【環化基質の合成】

D-グルコース(2)を出発原料とし、エノピラノシド8へと誘導した(スキーム2)。8に対して触媒量のトリフルオロ酢酸水銀を作用させるとFerrier環化反応が進行し、シクロヘキサノン9が得られた。9を三級アリルアルコール10とし、岩渕らによって開発された転位を伴う酸化6)によりエノン11を得た。11に対して、ビニル基を立体選択的に1,4付加した後、ホルムアルデヒドとの向山アルドール反応でβ-ヒドロキシケトン12とした。12の種々官能基変換によりC環部3とした7)

合成したC環部3とA環部13をShapiro反応で連結し、カップリング体14を得た。14よりB環部の環化基質であるアルデヒド15a-dを調製した。

【SmI2によるB環部の構築】

本合成における鍵反応である、SmI2による8員環(B環部)構築を検討した(スキーム3)。HMPA存在下、SmI2を作用させたところ、アリルアセテート15a15b及びアリルベンゾエート15cでは環化は全く進行せず、アルデヒドのみが還元された生成物を得た。一方、15cのジアステレオマーである15dを環化基質として用いたところ、収率66%で望みの環化体6a及び6bが得られた。この時、10位-13位間で環化した副生成物16も同時に得られた。なお、6aの水酸基の立体化学は酸化-還元により単一の6bへと変換できた。このように、アリルベンゾエートの新規SmI2環化反応を用いて8員環を構築し、多官能基化されたABC環6の合成に成功した。

Scheme 3 SmI2によるラジカル環化反応

【Chugaev反応による橋頭位オレフィンの導入】

得られたABC環6bより、Chugaev反応を用いた橋頭位オレフィンの導入を検討した(スキーム4)。環化体6bの水酸基をベンジル基で保護し(6b17)、オスミウム酸化によりジオール18を得た。続いて、立体障害の大きな三級アルコールを含むジオール18のビスキサンテート化を試みた。条件検討の結果、溶媒量の二硫化炭素を用いることで、ビスキサンテート体19を再現性良く得ることができた。19を100 °Cで加熱すると、一挙に2箇所でChugaev反応が進行し、橋頭位オレフィンを有するジエン7を高収率にて得ることに成功した。この時、エキソオレフィン(12位-18位)は生成せず、反応は完全な位置選択性で進行した。

Scheme 4 Chugaev反応による橋頭位オレフィンの導入

【タキソールの形式合成】

ジエン7のMOM基を除去した後、TPAP酸化でケトン20とした(スキーム5)。得られた20に対し、ZnCl2存在下TMSCH2MgClを付加8)して21とした。21をPearlman触媒存在下、水素添加の条件に付したところ、ベンジル基の除去に加えてジエンのうち2置換オレフィンのみが選択的に還元されたアリクアルコールが得られた。この化合物は不安定であったため、即座にTPAP酸化してエノン22とした。22をBF3・Et2Oで処理し、タキサン骨格を有するエキソオレフィン23へ導いた。

Scheme 5 エキソオレフィン23の合成

続いて、23のベンゾイル基をTES基に変換した(スキーム6、2324)。24の二酸化セレンによるアリル酸化は立体選択的にアリルアルコールを与えた。生じた二級水酸基をメシル化し、ワンポットで四酸化オスミウムを作用させジオール25を得た。高橋らの条件に従い、25をHMPA溶媒中100 °CにてiPr2NEtで処理すると、オキセタン環が構築され、高橋らの合成中間体26が得られた2)。これにより、タキソールの形式合成を達成した。

Scheme 6 タキソールの形式合成

以上のように、バイオマス資源であるD-グルコースを炭素源かつ不斉源として利用し、C環部を合成した。さらに、新規のSmI2ラジカル環化反応により、高度に官能基化された8員環を含むABC環骨格の構築に成功した。その後、Chugaev反応により橋頭位オレフィンを導入し、種々官能基変換を経て、タキソールの形式合成を達成した。

【参考文献】

1) Holton, R. A. et al. J. Am. Chem. Soc. 1994, 116, 1597.

2) Takahashi, T. et al. Chem. Asian J. 2006, 1, 370. and references therein.

3) Nakada, M. et al. 93th Annual Meeting of the Chemical Society of Japan, 4D2-09*B (2013).

4) Matsuda, F. et al. Tetrahedron Lett. 1998, 39, 863.

5) Chida, N. Ogawa, S. et al. Bull. Chem. Soc. Jpn. 1991, 64, 2118.

6) Iwabuchi, Y. et al. Org. Lett. 2008, 10, 4715.

7) Chida, N. et al. Chem. Commun. 2000, 2237.

8) Ishihara, K. et al. J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 9998.

 
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