天然有機化合物討論会講演要旨集
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無保護グルコースを出発物質とする配糖体天然物の短段階全合成
藤森 悠介竹内 裕紀上田 善弘芝山 啓允吉村 智之古田 巧川端 猛夫
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無保護グルコースを出発物質とする配糖体天然物の短段階全合成

 配糖体の合成においてグリコシル化は鍵となる重要な工程である。一般的なグリコシル化では、あらかじめ適切に保護・活性化した糖誘導体をグリコシルドナーとするのが通例である。一方、近年では無保護糖を用いた光延反応条件下での一段階グリコシル化が報告されている1)が、立体選択性の制御に課題を残していた。当研究室はこれまでに直線的・効率的な糖類の合成を指向し、無保護グルコースと保護没食子酸との直接的かつ立体選択的グリコシル化反応を見出し、本法を用いたエラジタンニン類のtellimagrandin II と strictinin の合成を第54回本討論会(2012年)にて報告した2)。今回我々は本グリコシル化をさらに最適化し、種々のカルボン酸と無保護グルコースを用いたβ-アシルグルコシドの一般的な一段階合成法として確立した。また本グリコシル化を鍵反応とし、二量体構造を持つ天然物coriariin A (1) の全合成を行った(Figure 1)。さらに、本グリコシル化法と当研究室で開発した基質認識型触媒による位置選択的アシル化3)を駆使しpterocarinin C (2) の短段階全合成を達成したので報告する。

Figure 1. 無保護グルコースから短段階で合成したエラジタンニン類の構造

【立体選択的グリコシル化の一般化】

 これまで我々は光延反応条件下、1,4-dioxaneを溶媒として用いることで保護ガロイルグルコシドをβ選択的に得られることを報告していた。本研究ではさらなる最適化を行った結果、種々のカルボン酸を求核剤として本グリコシル化法に適応可能Table 1. β-アシルグルコシドの一段階合成

であることがわかった。本法は天然β-アシルグルコシドをグルコースから一段階で入手可能な合成法であり、天然に存在する配糖体 thotneoside C (3)、perilloside B (4)、tecomin (5) をそれぞれ67%、71%、70%の収率で、いずれも高いβ選択性で得た(Table 1)。また、グラムスケールでの合成も可能であり、5 を一回の操作で1.44 g 得ることに成功した。

 本法で使用したグルコース(Becton Dickinson社製)は結晶形、および重DMSO中での1H-NMRスペクトルからα体の単一結晶であることがわかった。グルコースの精製時、適切な再結晶溶媒を選ぶことでα体とβ体の単結晶を作り分けることが出来る4)。このことから、本グリコシル化のβ選択性を以下のように考察した(Scheme 1)。α-グルコースから生じたα-ホスホニウム a を経由し、SN2により直接カルボキシラートが置換する場合(path A)と、脱離したホスフィンオキシドがα面に近接したオキソカルベニウムイオン bにカルボキシラートが付加する場合(path B)のいずれかまたは両方の経路でβ-アシルグルコシドが得られると推定した。今後はさらなるメカニズム解析を進める予定である。

Scheme 1. 本グリコシル化の推定メカニズム

【coriariin Aの全合成】

 我々は、本グリコシル化法をジカルボン酸 6 の2カ所同時グリコシル化工程として適応した coriariin A (1) の全合成を計画した。coriariin A (1) は1986年奥田ら5)によってドクウツギの葉から単離された二量体エラジタンニ

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 配糖体の合成においてグリコシル化は鍵となる重要な工程である。一般的なグリコシル化では、あらかじめ適切に保護・活性化した糖誘導体をグリコシルドナーとするのが通例である。一方、近年では無保護糖を用いた光延反応条件下での一段階グリコシル化が報告されている1)が、立体選択性の制御に課題を残していた。当研究室はこれまでに直線的・効率的な糖類の合成を指向し、無保護グルコースと保護没食子酸との直接的かつ立体選択的グリコシル化反応を見出し、本法を用いたエラジタンニン類のtellimagrandin II と strictinin の合成を第54回本討論会(2012年)にて報告した2)。今回我々は本グリコシル化をさらに最適化し、種々のカルボン酸と無保護グルコースを用いたβ-アシルグルコシドの一般的な一段階合成法として確立した。また本グリコシル化を鍵反応とし、二量体構造を持つ天然物coriariin A (1) の全合成を行った(Figure 1)。さらに、本グリコシル化法と当研究室で開発した基質認識型触媒による位置選択的アシル化3)を駆使しpterocarinin C (2) の短段階全合成を達成したので報告する。

Figure 1. 無保護グルコースから短段階で合成したエラジタンニン類の構造

【立体選択的グリコシル化の一般化】

 これまで我々は光延反応条件下、1,4-dioxaneを溶媒として用いることで保護ガロイルグルコシドをβ選択的に得られることを報告していた。本研究ではさらなる最適化を行った結果、種々のカルボン酸を求核剤として本グリコシル化法に適応可能Table 1. β-アシルグルコシドの一段階合成

であることがわかった。本法は天然β-アシルグルコシドをグルコースから一段階で入手可能な合成法であり、天然に存在する配糖体 thotneoside C (3)、perilloside B (4)、tecomin (5) をそれぞれ67%、71%、70%の収率で、いずれも高いβ選択性で得た(Table 1)。また、グラムスケールでの合成も可能であり、5 を一回の操作で1.44 g 得ることに成功した。

 本法で使用したグルコース(Becton Dickinson社製)は結晶形、および重DMSO中での1H-NMRスペクトルからα体の単一結晶であることがわかった。グルコースの精製時、適切な再結晶溶媒を選ぶことでα体とβ体の単結晶を作り分けることが出来る4)。このことから、本グリコシル化のβ選択性を以下のように考察した(Scheme 1)。α-グルコースから生じたα-ホスホニウム a を経由し、SN2により直接カルボキシラートが置換する場合(path A)と、脱離したホスフィンオキシドがα面に近接したオキソカルベニウムイオン bにカルボキシラートが付加する場合(path B)のいずれかまたは両方の経路でβ-アシルグルコシドが得られると推定した。今後はさらなるメカニズム解析を進める予定である。

Scheme 1. 本グリコシル化の推定メカニズム

【coriariin Aの全合成】

 我々は、本グリコシル化法をジカルボン酸 6 の2カ所同時グリコシル化工程として適応した coriariin A (1) の全合成を計画した。coriariin A (1) は1986年奥田ら5)によってドクウツギの葉から単離された二量体エラジタンニンであり、抗腫瘍活性6)、免疫促進作用7)を示すことが知られている。

 没食子酸より合成したジカルボン酸 6 を無保護グルコースとのグリコシル化に付したところ、2か所のグリコシド結合の立体化学が同時に制御され、望みのβ配置を持つ二量体グリコシド 7 を単一生成物として得た。グリコシル化体 7 から2つのグルコース部位の同時修飾により1 の全合成を行った。 まず、7 のグルコース部位の4, 6位水酸基をアセタール保護したのち、2, 3位水酸基にガロイル基(G1)を導入し 8 を得た。4, 6位水酸基の脱保護後ガロイル基(G2)の導入、続くMOM基の除去により 9 を得た。得られた 9 を山田ら8)の手法によるフェノールの酸化的カップリング後、水素添加により残るすべての保護基を除去することで、 1 の全合成を達成した。本合成は入手容易なグルコースを出発原料として8工程での合成であり、Feldmanら9)によって報告されている15工程での全合成を大幅に短縮することに成功した。

Scheme 2. coriariin A (1) の全合成

【pterocarinin C (2) の全合成】

 pterocarinin C (2) の合成では、本グリコシル化により得られる4つの遊離水酸基を持つグリコシド 11 に対して当研究室で開発した有機触媒による位置選択的なガロイル基の導入を適用することで、糖水酸基の保護基を全く用いない生合成類似の全合成を計画した。

 保護没食子酸 10 の立体選択的グリコシル化では、本法の最適条件下、収率78%ほぼ単一の異性体として 11 を与えた。酸無水物 12 を用いた 11 のアシル化反応では保護ガロイル基を4, 6位に選択的に導入し、14 を単一の位置異性体としてone-pot 53%収率で得た。本反応では、まず触媒 13制御でガロイル基が本来反応性の低い4位第2級水酸基に選択的に導入され、次いで 12 から脱離基として系中に生成した保護没食子酸が縮合剤DMCにより反応性の高い6位第1級水酸基に導入されたと考えている。得られた 14 の2, 3位水酸基と没食子酸誘導体 15 を縮合し、ベンジル基の除去、フェノールの酸化的カップリング後、続いてMOM基の除去を行うことで 2 の全合成をグルコースからわずか6工程で達成した。

Scheme 3. pterocarinin C (2) の全合成

【総括】

 我々は無保護α-グルコースを単一アノマーの原料として用い、光延反応の特性を利用したβ選択的な新規アシルグルコシド合成法を確立した。本法はこれまでアシルグルコシド合成に要していた時間・コストを大幅に削減し、配糖体の簡便な供給を可能にする解決策の一つとなることが期待できる。また、本グリコシル化法を利用することで、thotneoside C (3)、perilloside B (4)、tecomin (5) の一段階合成およびエラジタンニン類のcoriariin A (1)、 pterocarinin C (2) の短段階全合成を達成した。

【参考文献】

1) (a) Kobayashi, A.; Shoda, S.; Takahashi, S. WO2006038440 A1, 2006. (b) Besset, C.; Chambert, S.; Fenet, B.; Queneau, Y. Tetrahedron Lett. 2009, 50, 7043-7047. (c) Reineri, F.; Santelia, D.; Viale, A.; Cerutti, E.; Poggi, L.; Tichy, T.; Premkumar, S. S. D.; Gobetto, R.; Aime, S. J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 7186-7193.

2) Takeuchi, H.; Mishiro, K.; Ueda, Y.; Fujimori, Y.; Furuta, T.; Kawabata, T. Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 6177-6180.

3) Kawabata, T.; Muramatsu, W.; Nishio, T.; Shibata, T.; Schedel, H. J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 12890-12895.

4) Teruel, M. A.; Jenkins, D. M. J. Chem. Educ. 2009, 86, 959-961.

5) Hatano, T.; Hattori, S.; Okuda, T. Chem. Pharm. Bull. 1986, 34, 4092-4097.

6) Miyamoto, K.; Kishi, N.; Koshiura, R.; Yoshida, T.; Hatano, T.; Okuda, T. Chem. Pharm. Bull. 1987, 35, 814-822.

7) Feldman, K. S.; Sahasrabudhe, K.; Smith, R. S.; Scheuchenzuber, W. J. Bioorg. Med. Chem. Lett. 1999, 9, 985-990.

8) Michihata, N.; Kaneko, Y.; Kasai, Y.; Tanigawa, K.; Hirokane, T.; Higasa, S.; Yamada, H. J. Org. Chem. 2013, 78, 4319-4328.

9) Feldman, K. S.; Lawlor, M. D. J. Am. Chem. Soc. 2000, 122, 7396-7397.

 
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