天然有機化合物討論会講演要旨集
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ヤクアミドBの構造訂正と全合成
武藤 大之倉永 健史瀬底 祐介後藤 智見井上 将行
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ヤクアミドBの構造訂正と全合成

【序】

ヤクアミドAおよびBは、屋久新曽根産カイメンCeratopsionsp.から単離・構造決定されたペプチド系天然物であり、その構造はそれぞれ1a/1bおよび2a/2b と決定された(Figure 1)1)。これらは13残基の直鎖状ペプチドであり、4個の不飽和アミノ酸を含む11個の非タンパク質構成アミノ酸、特徴的なN末端アシル基(NTA)およびC末端アミン(CTA)からなる特異な一次構造を有する。

ヤクアミドAおよびBは、第3残基が異なるが、共にマウス白血病細胞株P388に対して強力な増殖阻害活性(ヤクアミドA: IC50 = 8.5 nM, ヤクアミドB: IC50 = 2.4 nM)を示す。また、ヤクアミドAはヒトがん細胞株39系(JFCR39)に対して既存の抗がん薬とは異なる特異な増殖阻害活性パターンを示すことから、新規作用機序を有すると予想される。したがって、その詳細な構造活性相関研究は、新規作用機序を持つ抗がん薬の創出につながる可能性がある。しかし、ヤクアミドAおよびBは深海から採取された希少カイメン(湿重量340 g)から極微量(ヤクアミドA: 1.3 mg、B: 0.3 mg)しか得られず、天然物を用いた詳細な生物活性の評価・解析は困難であった。我々は化学合成による量的供給を目指してヤクアミドBの全合成研究を行った。

【提唱構造2の全合成】

我々は、2013年にヤクアミドA の提唱構造1a/1bの全合成を報告した2)。そこで、1a/1bで用いた手法を応用し、ヤクアミドBの提唱構造2a/2bの合成を行った。まず、ヤクアミドAとは異なるフラグメントである7の合成を行った(Scheme 1)。アミド3とヨージド4を銅を用いたカップリング反応に付すことでE/Z選択的にジペプチド5を合成し、5の加水分解によって6とした。C末端における縮合時のE/Z異性化を防ぐために、続く3工程を経てエナミド窒素原子をBoc基で保護し、フラグメント7を得た。

続いて、1の合成中間体である8に対して、フラグメント7, 9, 10aまたは10bを順次連結することで2aまたは2bを得た(Scheme 2)。しかし、合成した提唱構造2a/2bとヤクアミドBの天然物標品2をHPLCで分析したところ、これらの保持時間は一致しなかった。

この結果から我々は、提唱構造2a/2bに誤りがあると考え、ヤクアミドBの構造訂正を試みた。単離されたヤクアミドのほとんどは生物活性評価に消費されており、天然ヤクアミドB の残量は0.1 mg程度と非常に限られていた。このため、天然物の分解・修飾のみによる構造決定は困難であった。そこで、真の構造およびそのフラグメントとして予想される構造異性体を複数合成することにより構造決定を行うこととした。

【平面構造の決定】

最初に、ヤクアミドBの天然物標品2をNMRおよびLC-MSによって解析し、各アミノ酸残基の絶対立体配置を除く平面構造に誤りがないことを確認した(Figure 2)。すなわち、LC-MSでの2のフラグメントイオンの解析から、2残基目から10残基目までの配列は提唱構造と一致することが示された。NTA~1残基目および、10残基目~CTAは、HMBC相関によって提唱構造の配列が正しいことを確認した。さらに、DIleのE/Zは、ヤクアミドAにおいてNOESY相関によって決

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【序】

ヤクアミドAおよびBは、屋久新曽根産カイメンCeratopsionsp.から単離・構造決定されたペプチド系天然物であり、その構造はそれぞれ1a/1bおよび2a/2b と決定された(Figure 1)1)。これらは13残基の直鎖状ペプチドであり、4個の不飽和アミノ酸を含む11個の非タンパク質構成アミノ酸、特徴的なN末端アシル基(NTA)およびC末端アミン(CTA)からなる特異な一次構造を有する。

ヤクアミドAおよびBは、第3残基が異なるが、共にマウス白血病細胞株P388に対して強力な増殖阻害活性(ヤクアミドA: IC50 = 8.5 nM, ヤクアミドB: IC50 = 2.4 nM)を示す。また、ヤクアミドAはヒトがん細胞株39系(JFCR39)に対して既存の抗がん薬とは異なる特異な増殖阻害活性パターンを示すことから、新規作用機序を有すると予想される。したがって、その詳細な構造活性相関研究は、新規作用機序を持つ抗がん薬の創出につながる可能性がある。しかし、ヤクアミドAおよびBは深海から採取された希少カイメン(湿重量340 g)から極微量(ヤクアミドA: 1.3 mg、B: 0.3 mg)しか得られず、天然物を用いた詳細な生物活性の評価・解析は困難であった。我々は化学合成による量的供給を目指してヤクアミドBの全合成研究を行った。

【提唱構造2の全合成】

我々は、2013年にヤクアミドA の提唱構造1a/1bの全合成を報告した2)。そこで、1a/1bで用いた手法を応用し、ヤクアミドBの提唱構造2a/2bの合成を行った。まず、ヤクアミドAとは異なるフラグメントである7の合成を行った(Scheme 1)。アミド3とヨージド4を銅を用いたカップリング反応に付すことでE/Z選択的にジペプチド5を合成し、5の加水分解によって6とした。C末端における縮合時のE/Z異性化を防ぐために、続く3工程を経てエナミド窒素原子をBoc基で保護し、フラグメント7を得た。

続いて、1の合成中間体である8に対して、フラグメント7, 9, 10aまたは10bを順次連結することで2aまたは2bを得た(Scheme 2)。しかし、合成した提唱構造2a/2bとヤクアミドBの天然物標品2をHPLCで分析したところ、これらの保持時間は一致しなかった。

この結果から我々は、提唱構造2a/2bに誤りがあると考え、ヤクアミドBの構造訂正を試みた。単離されたヤクアミドのほとんどは生物活性評価に消費されており、天然ヤクアミドB の残量は0.1 mg程度と非常に限られていた。このため、天然物の分解・修飾のみによる構造決定は困難であった。そこで、真の構造およびそのフラグメントとして予想される構造異性体を複数合成することにより構造決定を行うこととした。

【平面構造の決定】

最初に、ヤクアミドBの天然物標品2をNMRおよびLC-MSによって解析し、各アミノ酸残基の絶対立体配置を除く平面構造に誤りがないことを確認した(Figure 2)。すなわち、LC-MSでの2のフラグメントイオンの解析から、2残基目から10残基目までの配列は提唱構造と一致することが示された。NTA~1残基目および、10残基目~CTAは、HMBC相関によって提唱構造の配列が正しいことを確認した。さらに、DIleのE/Zは、ヤクアミドAにおいてNOESY相関によって決定されている。ヤクアミドAとBの当該部位における1Hおよび13C NMRの化学シフトはよい一致を示すことから、DIleのE/Zに誤りはないと判断した。

【Marfey法による構成アミノ酸の決定】

次に、構成アミノ酸の絶対立体配置・個数をMarfey法3)により決定した(Scheme 3)。天然物標品2を完全加水分解し、得られたアミノ酸混合物をl-およびd-FDAAで誘導体化した。LC-MSの保持時間を合成した標品と比較することで、d-Ala, l-Ala, l-Val, d-allo-Ile, d-OHVal, l-OHVal, (2S,3R)-OHIleが各1個、d-Valが2個存在することを明らかにした。以上から、1残基目は(2S,3R)-OHIle、6残基目はd-allo-Ileであると決定した。

【構成アミノ酸配列の決定】

続いて、d体とl体の両方が存在するAla残基、Val残基、OHVal残基について、ペプチド配列中のd体とl体のそれぞれの位置を決定した。天然物標品2の部分加水分解によってテトラペプチドフラグメント11, 12、および、ノナペプチドフラグメント13を得た(Scheme 4)。

10残基目のAla残基の絶対立体配置を決定するために、12に対してMarfey法を適用した。12を完全に加水分解し、得られたアミノ酸混合物をl-FDAAで誘導体化した。LC-MSの保持時間を合成した標品と比較することで、12がd-Alaを含むことを明らかにした。これにより、10残基目がd-Alaであると決定した。また、天然物2はd-Ala, l-Alaを各1個含むことから、3残基目がl-Alaであると決定した。

11, 12残基目のValとCTAの3箇所の絶対立体配置を決定するために、提唱構造に対応する11a以外の11の構造異性体7種類を新たに合成した(Scheme 5)。1415を銅触媒存在下カップリング反応に付すことで16を得た。16に対してBoc基の除去とアミノ酸残基の縮合を順次繰り返すことで11b-11hを得た。

11a-11hのHPLCにおける保持時間を天然物の分解物11と比較した(Figure 3)。その結果、11の保持時間が11dと一致し、11残基目がd-Val、12残基目がl-Val、CTAがS体であると決定した。また、天然物2はl-Valを1個、d-Valを2個含むことから、5残基目をd-Valと決定した。

残る7, 8残基目のOHValの絶対立体配置を決定するために、13のとりうる構造異性体2種類を合成した(Scheme 6)。18dに対してBoc基の除去とフラグメントの縮合を順次行うことで22a/22bとし、Boc基を除去したのちにカルボン酸23を縮合することで13a/13bを合成した。続いて合成品と天然物の分解物13のHPLCにおける保持時間の比較を行い、13の構造を13bと決定した(Figure 4)。これにより、7残基目をd-OHVal、8残基目をl-OHValと決定した。

【ヤクアミドBの全合成】

最後に、NTAのメチル基の絶対立体配置について、とりうる2種類の構造異性体を合成した(Scheme 7)。22bに対してBoc基の除去とフラグメント7, 9, 10aまたは10bの縮合を順次行うことで2c/2dを合成した。

合成した2c/2dと天然物標品2についてHPLCにおける保持時間を比較した(Figure 5)。その結果、ヤクアミドBの構造をNTAのC4位がS体である2cと決定した。

合成品2cは天然物2と同様に、マウス白血病細胞株P388に対して強力な増殖阻害活性(7: IC50 = 0.51 nM)を示した。

【総括】

まず、ヤクアミドBの提唱構造2a/2bの全合成により、構造訂正が必要であることを明らかにした。続いて、天然物の分解物と合成的に構築したフラグメントを用いて構造訂正を行い、訂正構造2cの全合成を達成した。訂正構造は、7,8残基目のOHValおよび11,12残基目のValの絶対立体配置が提唱構造と逆であること、NTAのC4位がS体であることを明らかとした。本研究は微量天然物の構造決定における全合成の重要性を示すものである。さらに、2の合成戦略は、種々の類縁体を得るために有用であり、ヤクアミド類の詳細な構造活性相関研究や作用機序解明のための強力な足掛かりとなることが期待される。

【謝辞】

貴重な天然物ヤクアミドBのサンプルおよび、多くのご助言をご恵与下さいました東京大学 大学院農学生命科学研究科 松永茂樹教授に深謝いたします。

【参考文献】

1) Ueoka, R.; Ise, Y.; Ohtsuka, S.; Okada, S.; Yamori, T.; Matsunaga, S. J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 17692.

2) Kuranaga, T.; Sesoko, Y.; Sakata, K.; Maeda, N.; Hayata, A.; Inoue, M. J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 5467.

3) Marfey, P. Carlsberg Res. Commun. 1984, 49, 591.

 
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