天然有機化合物討論会講演要旨集
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5-O-アシル化キナ酸類の効率的合成によるアジサイの 青色金属錯体色素の化学構造研究
尾山 公一山田 智美伊藤 大輔渡邉 紀之関口 由紀子鈴木 昌子近藤 忠雄吉田 久美
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5-O-アシル化キナ酸類の効率的合成によるアジサイの 青色金属錯体色素の化学構造研究

【緒言】

我々は、アジサイの花色変異の現象に興味を持ち研究を行っている。一細胞分析により、アントシアニンのdelphinidin 3-O-glucoside (1)が、助色素(5-O-caffeoylquinic acid (neochlorogenic acid (2))、5-O-p-coumaroylquinic acid (3)、3-O-caffeoylquinic acid (chlorogenic acid (4))の組成比、液胞pH、及びAl3+量の違いによって多彩に赤から紫、青に発色をすることを明らかにした (Figure 1) 1-3。アジサイの青色は、pH 4の条件下、1、2または3及びAl3+を混合すると再現できることがわかった4,5。この青色色素は、水溶液中だけで安定に形成される金属錯体で、ツユクサなどに見いだされた自己組織化超分子金属錯体色素(メタロアントシアニン)とは全く異なる性質を持つ非化学量論量の分子会合錯体である。これまで、結晶化の成功例はなく、1H NMRスペクトルもブロードで複雑なため、構造は今も不明である。本研究では、5-O-アシル化キナ酸類の効率的合成方法を新たに開発した。次に、合成した助色素を用いて青色色素を再構築し、解析可能なNMRスペクトルを得ることに成功した。

【5-O-アシル化キナ酸類の効率的合成法の開拓】

従来の2と3の合成4-6では、1位のカルボン酸の保護基にメチル基を用い、アシル基のフェノールの保護基にアセチル基を使用しているために、最終ステップの脱保護反応で競争的脱アシル化反応とアシル転移が起こり、収率が著しく低かった。また、5位へのエステル化は酸クロリドを用いていた。そこで、合成経路を見直し、1位のカルボン酸の保護基としてPMB基を持つキナ酸誘導体5を新たに分子設計して、Scheme 1に示すように(–)-キナ酸 (4) から5段階79%で合成した。

5の5位アキシアルヒドロキシ基へのアシル化反応は、遊離カルボン酸にTsClとN-メチルイミダゾール (NMI)を加えてアシルアンモニウム中間体を生成させて、そこへアルコールを反応させる田辺法7を検討した。i-Pr2NEtの添加によりアルコールとカルボン酸の求核性が上がり収率が向上した(Scheme 2)。また、アンモニウム中間体の生成と同時にアルコール5が本中間体をトラップすることを目指してNMIを最後に加えた。その結果、収率はさらに向上した(Scheme 2)。この改良法を用いてp-クマル酸やコーヒー酸などの種々の遊離カルボン酸のエステル化反応を行い、72–94%の高収率で6-12を得た (Scheme 3)。

得られたアシル体6-11の脱保護反応を検討した(Table 1)。芳香環部分に酸素原子のない6-9では、いずれも高収率(79-87%)で目的のアシル化キナ酸を得た。しかし、フェノール性ヒドロキシ基をMOM保護した10と11では、収率は40%以下と低かった。種々検討した結果、BCl3/C6HMe5を作用させると高収率(69,73%)で脱保護体が得られた 8。これらにより、市販のキナ酸(4)から7段階、通算収率45–60%で種々の5-O-アシル化キナ酸類の合成を達成した9,10

【アジサイ青色金属錯体色素の化学構造】

合成した助色素類を用いて、アジサイ萼片の青色再現実験と得られた溶液の可視吸収スペクトル、円二色性、およびNMR分析を行った。これまでの知見により1-5

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【緒言】

我々は、アジサイの花色変異の現象に興味を持ち研究を行っている。一細胞分析により、アントシアニンのdelphinidin 3-O-glucoside (1)が、助色素(5-O-caffeoylquinic acid (neochlorogenic acid (2))、5-O-p-coumaroylquinic acid (3)、3-O-caffeoylquinic acid (chlorogenic acid (4))の組成比、液胞pH、及びAl3+量の違いによって多彩に赤から紫、青に発色をすることを明らかにした (Figure 1) 1-3。アジサイの青色は、pH 4の条件下、12または3及びAl3+を混合すると再現できることがわかった4,5。この青色色素は、水溶液中だけで安定に形成される金属錯体で、ツユクサなどに見いだされた自己組織化超分子金属錯体色素(メタロアントシアニン)とは全く異なる性質を持つ非化学量論量の分子会合錯体である。これまで、結晶化の成功例はなく、1H NMRスペクトルもブロードで複雑なため、構造は今も不明である。本研究では、5-O-アシル化キナ酸類の効率的合成方法を新たに開発した。次に、合成した助色素を用いて青色色素を再構築し、解析可能なNMRスペクトルを得ることに成功した。

【5-O-アシル化キナ酸類の効率的合成法の開拓】

従来の23の合成4-6では、1位のカルボン酸の保護基にメチル基を用い、アシル基のフェノールの保護基にアセチル基を使用しているために、最終ステップの脱保護反応で競争的脱アシル化反応とアシル転移が起こり、収率が著しく低かった。また、5位へのエステル化は酸クロリドを用いていた。そこで、合成経路を見直し、1位のカルボン酸の保護基としてPMB基を持つキナ酸誘導体5を新たに分子設計して、Scheme 1に示すように(–)-キナ酸 (4) から5段階79%で合成した。

5の5位アキシアルヒドロキシ基へのアシル化反応は、遊離カルボン酸にTsClとN-メチルイミダゾール (NMI)を加えてアシルアンモニウム中間体を生成させて、そこへアルコールを反応させる田辺法7を検討した。i-Pr2NEtの添加によりアルコールとカルボン酸の求核性が上がり収率が向上した(Scheme 2)。また、アンモニウム中間体の生成と同時にアルコール5が本中間体をトラップすることを目指してNMIを最後に加えた。その結果、収率はさらに向上した(Scheme 2)。この改良法を用いてp-クマル酸やコーヒー酸などの種々の遊離カルボン酸のエステル化反応を行い、72–94%の高収率で6-12を得た (Scheme 3)。

得られたアシル体6-11の脱保護反応を検討した(Table 1)。芳香環部分に酸素原子のない6-9では、いずれも高収率(79-87%)で目的のアシル化キナ酸を得た。しかし、フェノール性ヒドロキシ基をMOM保護した1011では、収率は40%以下と低かった。種々検討した結果、BCl3/C6HMe5を作用させると高収率(69,73%)で脱保護体が得られた 8。これらにより、市販のキナ酸(4)から7段階、通算収率45–60%で種々の5-O-アシル化キナ酸類の合成を達成した9,10

【アジサイ青色金属錯体色素の化学構造】

合成した助色素類を用いて、アジサイ萼片の青色再現実験と得られた溶液の可視吸収スペクトル、円二色性、およびNMR分析を行った。これまでの知見により1-5、アントシアニン1 のAl錯体は水に不溶で、助色素の5-O-アシル化キナ酸は、この錯体の水溶化と安定化に寄与すると考えられてきた。さらに、ネオクロロゲン酸 (2)

はpH 4でAlと錯体を形成することが分かっていた。青色再現実験の条件を種々検討した結果、6.0 M の酢酸緩衝液(pH 4.0, pD 4.4) 中で1 (5 mM)2 (10 mM)とAl3+(10

mM) を混合するとアジサイの青色錯体色素が再現でき、NMR測定が可能となった(Figure 2)。

Figure 2-Aに示すアントシアニン11H NMRでは、H-4 (8.67 ppm)と H2’及び H-6’

(7.60 ppm)、さらに二組のH-6, H-8を典型的なフラビリウムカチオンのシグナルとして観測した。また、点線矢印で示したブロードのシグナルが観測されたことから、1はシュードベース–フラビリウムカチオン–キノノイダルベースの平衡下にあると考えられる。1–Al3+錯体は水不溶で重メターノール中でしか測定が出来なかったが、今回新たに6 M 重酢酸緩衝液(pH 4.0, pD 4.4)条件を見出しNMR測定が実現した(Figure 2-B)。この1H NMRでは、Figure 2-Aで観測されたシグナルに加えて、1–Al3+錯体のブロードなシグナルを観測した。H-4のシグナル(Figure 2-B)は、グルコースの1位とのNOESY相関から帰属した。12の混合物の1H NMR (Figure 2-C)では、1のH-4, H-2’, H-6’, H-6, H-8のシグナルが高磁場シフトした。これは、1の発色団と2の芳香環との間の弱いコピグメント効果を示すものと考える。Figure 2-Dに示す12とAl3+を混合したアジサイの青色錯体色素の1H NMRでは、1のフラビリウムカチオン(Figure 2-A)及び1 のAl3+錯体(Figure 2-B)で観測されたシグナルが全く観測されなかった。一方、2のシグナルは、2単独のスペクトルと同じシグナルを与えた。新たに出現したブロードのシグナル (Figure 2-D, 太矢印)のうち6.6 ppmのシグナルは、一日後に重水素置換により消失したことから、1のH-6またはH-8と帰属した。5.9

ppmと7.1 ppmのピークは、COSYとJ値 (J = 16.0 Hz)により2のH-α とH-βと帰属した。これらのシグナルの高磁場シフトは、12が芳香環同士でスタッキングしていることを示す。以上の解析結果を統合することにより、アジサイの青色錯体色素は、12の間でスタッキングした構造を持ち、遊離の12と平衡下で存在していることを明らかにした (Figure 3) 10

参考文献

1) Yoshida, K.; Mori, M.; Kondo, T. Nat. Prod. Rep. 2009, 26, 884−915.

2) Yoshida, K.; Toyama-Kato, Y.; Kameda, K.; Kondo, T. Plant Cell Physiol. 2003, 44,

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3) Ito, D.; Shinkai, Y.; Kato, Y.; Kondo, T.; Yoshida, K. Biosci. Biotech. Biochem., 2009,

73, 1054–1059.

4) Kondo, T.; Toyama-Kato, Y.; Yoshida, K. Tetrahedron Lett. 2005, 46, 6645–6649.

5) Toyama-Kato, Y.; Kondo, T.; Yoshida, K. Hetrocycles 2007, 72, 239–254.

6) Sefkow, M.; Kelling, A.; Schilde, U. Eur. J. Org. Chem. 2001, 2735–2742.

7) Wakasugi, K.; Iida, A.; Misaki, T.; Nishii, Y.; Tanabe, Y. Adv. Synth. Catal. 2003,

345, 1209–1214.

8) Okano, K.; Okuyama, K.-I.; Fukuyama, T.; Tokuyama, H. Synlett 2008, 1977–1980

9) Oyama, K.-I.; Watanabe, N.; Yamada, T.; Suzuki, M.; Sekiguchi,Y.; Kondo, T.; Yoshida,

K. Tetrahedron 2015, 71, 3120–3130.

10) Oyama, K.-I.;Yamada, T.; Ito, D.; Kondo, T.; Yoshida, K. J. Agric. Food Chem. 2015,

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