天然有機化合物討論会講演要旨集
Online ISSN : 2433-1856
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結晶スポンジ法を用いた天然物の絶対立体配置決定
李 鐘光星野 学松田 侑大三橋 隆章岡田 正弘阿部 郁朗Urban Sylvia藤田 誠
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p. Oral19-

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結晶スポンジ法を用いた天然物の絶対立体配置決定

 天然物は複雑かつユニークな構造を有することから、全合成研究や新規反応開発研究において魅力的な標的である。さらに、強い生理活性と幅広いファーマコフォアを与えることから、新規医薬品候補化合物としても大変魅力的な標的である。しかしその一方で、複雑な構造と希少な入手性が天然物の構造決定を難しくしているのも事実であり、製薬会社における天然物発の医薬品開発の足止めに大きく影響していると考えられる。今回我々は、当研究室が開発した新規X線結晶構造解析技術である結晶スポンジ法1を用い、天然物の絶対立体配置を迅速に解明することに成功した。本結果は枯渇の一歩を辿る天然物由来の医薬品資源供給を再活性化する可能性を提供する。

 結晶スポンジ法とは、予め単結晶化された多孔性を有する金属錯体にゲスト化合物の溶液を染み込ませることで、ゲスト分子を孔内に整列させ、得られた新たな単結晶をX線結晶構造解析することで、ゲスト化合物の構造を解明する技術である。したがって、ゲスト化合物の結晶化検討は不要であり、液体分子、気体分子の構造解析を可能とする。さらに、用いる結晶スポンジは微小であることから、必要なゲストの化合物量はマイクログラムオーダーで十分である。これらの利点は希少かつ油状天然物の構造解明に大きく貢献できると考え、検討を開始した。

Fig.1 結晶スポンジ法の概略図.

 最初のターゲットであるelatenyneは1986年にHallらにより単離された海洋天然物である。単純な2,2’-ビフラン骨格にも関わらず、30年間その絶対立体配置は決定されていない。その理由として、elatenyneは油状化合物であり結晶化が難しいため、X線結晶構造解析が適応できない化合物であることに加え、擬メソ構造を有し、比旋光度がほぼ0を示すことから、全合成研究でも絶対立体構造の決定が不可能であることが挙げられる。

 今回我々は結晶スポンジ法を用い、わずか5 mgの化合物量でその絶対立体配置を決定した。2

Fig. 2 擬対称面を有するelatenyneの相対立体構造 (左図)と

絶対立体構造 (ORTEP with 50% probability) (右図).

 また、elatenyneに結晶性の高いトリアゾール基、ベンズアミド基を導入することで結晶化を期待した誘導体の構造解析も行った (結晶は得られなかった)。本導入反応は2,2’-ビフラン骨格の絶対立体配置に影響は与えない。結果、誘導体の母骨格の絶対立体配置はelatenyneと一致し、elatenyne構造の確実性をサポートするデータであった。

Fig. 3 Elatenyne誘導体の絶対立体構造.

 糸状菌Emericella variecolorよりゲノムマイニングによって見いだされた新規セスタテルペンastellifadieneはNMR研究により相対立体配置まで決定されたが、絶対立体配置は決定できていない。その理由として、astellifadieneは油状化合物であり結晶化が難しいため、X線結晶構造解析が適応できない化合物であることに加え、誘導体化やフラグメンテーション解析が困難な化合物であることが挙げられる。

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 天然物は複雑かつユニークな構造を有することから、全合成研究や新規反応開発研究において魅力的な標的である。さらに、強い生理活性と幅広いファーマコフォアを与えることから、新規医薬品候補化合物としても大変魅力的な標的である。しかしその一方で、複雑な構造と希少な入手性が天然物の構造決定を難しくしているのも事実であり、製薬会社における天然物発の医薬品開発の足止めに大きく影響していると考えられる。今回我々は、当研究室が開発した新規X線結晶構造解析技術である結晶スポンジ法1を用い、天然物の絶対立体配置を迅速に解明することに成功した。本結果は枯渇の一歩を辿る天然物由来の医薬品資源供給を再活性化する可能性を提供する。

 結晶スポンジ法とは、予め単結晶化された多孔性を有する金属錯体にゲスト化合物の溶液を染み込ませることで、ゲスト分子を孔内に整列させ、得られた新たな単結晶をX線結晶構造解析することで、ゲスト化合物の構造を解明する技術である。したがって、ゲスト化合物の結晶化検討は不要であり、液体分子、気体分子の構造解析を可能とする。さらに、用いる結晶スポンジは微小であることから、必要なゲストの化合物量はマイクログラムオーダーで十分である。これらの利点は希少かつ油状天然物の構造解明に大きく貢献できると考え、検討を開始した。

Fig.1 結晶スポンジ法の概略図.

 最初のターゲットであるelatenyneは1986年にHallらにより単離された海洋天然物である。単純な2,2’-ビフラン骨格にも関わらず、30年間その絶対立体配置は決定されていない。その理由として、elatenyneは油状化合物であり結晶化が難しいため、X線結晶構造解析が適応できない化合物であることに加え、擬メソ構造を有し、比旋光度がほぼ0を示すことから、全合成研究でも絶対立体構造の決定が不可能であることが挙げられる。

 今回我々は結晶スポンジ法を用い、わずか5 mgの化合物量でその絶対立体配置を決定した。2

Fig. 2 擬対称面を有するelatenyneの相対立体構造 (左図)

絶対立体構造 (ORTEP with 50% probability) (右図).

 また、elatenyneに結晶性の高いトリアゾール基、ベンズアミド基を導入することで結晶化を期待した誘導体の構造解析も行った (結晶は得られなかった)。本導入反応は2,2’-ビフラン骨格の絶対立体配置に影響は与えない。結果、誘導体の母骨格の絶対立体配置はelatenyneと一致し、elatenyne構造の確実性をサポートするデータであった。

Fig. 3 Elatenyne誘導体の絶対立体構造.

 糸状菌Emericella variecolorよりゲノムマイニングによって見いだされた新規セスタテルペンastellifadieneはNMR研究により相対立体配置まで決定されたが、絶対立体配置は決定できていない。その理由として、astellifadieneは油状化合物であり結晶化が難しいため、X線結晶構造解析が適応できない化合物であることに加え、誘導体化やフラグメンテーション解析が困難な化合物であることが挙げられる。

 今回我々は結晶スポンジ法を用い、その絶対立体配置を決定した。驚いたことに、重原子を有しない炭化水素化合物をMo線源のX線結晶構造解析装置で精度良く解析することができた。3

Fig. 4 Astellifadieneの相対立体構造 (左図)

絶対立体構造 (ORTEP with 50% probability) (右図).

 Cycloelatanene A、 及びBはLaurencia elataから単離された海洋天然物である。その相対配置はNMR研究により解明され、ジアステレオマーの関係にあることが明らかとなったが、絶対立体配置は決定されていない。今回、全合成研究に先立ち、スポンジ結晶法を用いることで迅速に、かつ簡便にその絶対立体配置を決定すべく研究を行った。

Fig. 5 Cycloelatanene A (左図) B (右図)の推定相対立体構造.

 結果、cycloelatanene Bの絶対立体配置を決定することができた。さらに、得られた相対立体配置はNMR研究の結果と異なり、メトキシ基が反転した構造であり、相対配置を改訂することができた。一方、cycloelatanene Aに関してはsoaking条件を検討したが占有率の向上は達成できず、Flack値は0.30にとどまった。以上より、相対配置の決定のみ達成することができた。4

 以上、結晶スポンジ法を用いることで、希少かつ油状天然物の絶対立体配置を決定することができた。さらに、本研究で使用した化合物量はいずれも250 mg以下であり、かつ大部分は回収、再精製可能であることから、今後、結晶スポンジ法は天然物の構造決定における第一選択と成り得る可能性を示した。

 参考文献

1. (a) Inokuma, Y.; Yoshioka, S.; Ariyoshi, J.; Arai, T.; Hitora, Y.; Takada, K., Matsunaga, S.; Rissanen, K.; Fujita, M.; Nature 2013, 495, 461–466. Corrigendum: Nature 2013, 501, 262. (b) Hoshino, M.; Khutia, A.; Xing, H.; Inokuma, Y.; Fujita, M.; IUCrJ 2016, 3, 139-151.

2. Urban, S.; Brkljacˇa, R.; Hoshino, M.; Lee, S.; Fujita, M. Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 2678 –2682.

3. Matsuda, Y.; Mitsuhashi, T.; Lee, S.; Hoshino, M.; Mori, T.; Okada, M.; Zhang, H.; Hayashi, F.; Fujita, M.; Abe, I.; Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 5785–5788; Angew. Chem. 2016, 128, 5879–5882.

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