天然有機化合物討論会講演要旨集
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中国四川省産Ligularia brassicoidesおよびLigularia liatroidesの化学成分と塩基配列
齋藤 義紀谷口 瑞穂佐々木 陽子三浦 唯岡本 育子中島 勝幸大崎 愛弓永野 肇八百板 康範Gong Xun花井 亮黒田 智明通 元夫
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中国四川省産Ligularia brassicoidesおよびLigularia liatroidesの化学成分と塩基配列

 中国横断山脈地域は世界有数の植物種の宝庫として知られており,現在も進化・種分化が進行中であると言われている.我々は,本地域およびその近隣地域に生息するキク科Ligularia属植物を題材とし,化学成分や塩基配列の地域差・個体差に関する調査を行っている.これまでに,本討論会などにおいて,様々なレベルの種内多様性が存在することを報告してきた1,2.多様化の実態を属レベルで記述するためには,できるだけ多くの種について調査を行う必要がある.しかし,調査の過程で必ずしも所望の植物が入手できるわけではなく,自ずと分布の調査も兼ねている.我々はこれまでに雲南省から四川省,さらに青海省や甘粛省の一部,および重慶市まで調査を行って多くの試料を得,それらの分析を行ってきた.そのデータから,主要種の多くはエレモフィラン型セスキテルペンを産し,中でもフラノエレモフィラン類を生産する種(あるいは種内グループ)が特に多く,フラン生産型は非フラン生産型(eremophilan-8-one生産型)と比較して生態的に有利であるとの仮説を提唱している3

 L. brassicoidesは四川省西部,L. liatroidesは四川省から青海省およびチベット自治区の高原地帯に生育する種で,互いに形態が似通っている.これらは同地域に生育するL. virgaureaなどの主要種と比較すると少ないものの,2007年,2009年,および2011年の調査によってL. brassicoidesを2試料,L. liatroidesを3試料,いずれか不明瞭なものを3試料得た(Fig. 1およびTable 1).今回は,それらの化学成分の単離構造決定,LCMS分析,およびDNA解析を行ったので,その結果について報告する.

Fig.1. Locations where samples of L. brassicoides and L. liatroides were collected.

    Table 1. List of L. brassicoidesand L. liatroides samples.

【2007年採集L. brassicoidesの成分】

四川省南西部にて採集した試料1および2の乾燥根をエタノールで抽出し,成分分析を行った4.合計8種(1-8)の化合物を単離構造決定した.そのうち6種(1-6)が新規であった.これらセスキテルペノイドの特徴は化合物3以外はeremophil-1(10)-ene類およびその類縁体であり,6位に置換したエステルは化合物4以外はhydroxymethylacrylateであった.

【2009年採集L. liatroidesの成分】

四川省中北部にて採集した試料3および4の根の

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 中国横断山脈地域は世界有数の植物種の宝庫として知られており,現在も進化・種分化が進行中であると言われている.我々は,本地域およびその近隣地域に生息するキク科Ligularia属植物を題材とし,化学成分や塩基配列の地域差・個体差に関する調査を行っている.これまでに,本討論会などにおいて,様々なレベルの種内多様性が存在することを報告してきた1,2.多様化の実態を属レベルで記述するためには,できるだけ多くの種について調査を行う必要がある.しかし,調査の過程で必ずしも所望の植物が入手できるわけではなく,自ずと分布の調査も兼ねている.我々はこれまでに雲南省から四川省,さらに青海省や甘粛省の一部,および重慶市まで調査を行って多くの試料を得,それらの分析を行ってきた.そのデータから,主要種の多くはエレモフィラン型セスキテルペンを産し,中でもフラノエレモフィラン類を生産する種(あるいは種内グループ)が特に多く,フラン生産型は非フラン生産型(eremophilan-8-one生産型)と比較して生態的に有利であるとの仮説を提唱している3

 L. brassicoidesは四川省西部,L. liatroidesは四川省から青海省およびチベット自治区の高原地帯に生育する種で,互いに形態が似通っている.これらは同地域に生育するL. virgaureaなどの主要種と比較すると少ないものの,2007年,2009年,および2011年の調査によってL. brassicoidesを2試料,L. liatroidesを3試料,いずれか不明瞭なものを3試料得た(Fig. 1およびTable 1).今回は,それらの化学成分の単離構造決定,LCMS分析,およびDNA解析を行ったので,その結果について報告する.

Fig.1. Locations where samples of L. brassicoides and L. liatroides were collected.

    Table 1. List of L. brassicoidesand L. liatroides samples.

【2007年採集L. brassicoidesの成分】

四川省南西部にて採集した試料1および2の乾燥根をエタノールで抽出し,成分分析を行った4.合計8種(1-8)の化合物を単離構造決定した.そのうち6種(1-6)が新規であった.これらセスキテルペノイドの特徴は化合物3以外はeremophil-1(10)-ene類およびその類縁体であり,6位に置換したエステルは化合物4以外はhydroxymethylacrylateであった.

【2009年採集L. liatroidesの成分】

四川省中北部にて採集した試料3および4の根の成分分析を行った.いずれも既知物の化合物910を同定した.

【2011年採集L. liatroidesの成分】

上述のように,両種は形態が極めて似通っており,種同定が難しい.2011年採集の4試料(試料5-8)は当初すべてL. brassicoidesと同定された.その後再鑑定を行ったところ,試料7はL. liatroidesとわかったが,試料5, 6, および8は明確に判定できなかった.LCMS分析により,4試料の成分構成は同じと判定されたため(下記),徳格県産のL. liatroides(試料7)についてのみ根の成分分析を行った5.合計18種(10-27)の化合物を単離構造決定した.そのうち5種(18-22a)が新規であった.

 本試料から得られたセスキテルペノイドも1,10-dihydro 型または10-ol型が主なものであった.試料3,4から得られた化合物との類似性が認められた.化合物18-21はエタノール抽出に由来するアーテファクトと思われる.化合物22aはジアゾメタンでメチルエステル22bとして単離し,X線結晶解析により構造決定した.本化合物はメタクリル酸との分子間Diels-Alder付加体であり,Ligulariaのセスキテルペノイドとしては珍しいものである.

【LCMS分析】

 8試料のエタノール抽出エキスについてODSカラムを用いたLCMS分析を試みた.試料3-8のトータルイオンクロマトグラム (TIC) をFig. 2に示す.2011年に四川省北西部にて採集した未同定3試料(試料5,6,8)の成分構成は,同地域にて採集したL. liatroides(試料7)および2009年試料(試料3, 4)とほとんど同じであることが判明した.単離された化合物との比較からそれぞれのピークを分析したところ,試料3-8の主成分はfuranoeremophilan-6,10-diol (13), tetradymol (9),および化合物10であることがわかった.いずれもフラノエレモフィラン骨格の10位にヒドロキシ基を有することが特徴である.試料5では9の代わりにligularolのピークが大きくなっているが,6試料の成分構成はほぼ同じと考えられる.一方,L. brassicoides(試料1, 2)はFig. 2とは全く異なるパターンを示し,成分構成が異なることが明らかとなった.試料1と2は互いによく似たパターンを示した.主成分(tR = 21 min)は4または7 (m/z215)と推定された.

Fig. 2. TIC of the eight samples.

【ITS領域塩基配列】

 8試料について,rRNA遺伝子(ITS1-5.8S-ITS2領域)の塩基配列の解析を行った.その結果を系統樹にまとめたものをFig. 3に示す.系統樹ではL. brassicoidesの2試料が明確に分離した.残りの6試料の中では試料4がやや分離したほかはひとつにまとまった.この結果は未同定試料がL. liatroidesである可能性を強く示唆するものである.また,地理的分布とよく対応している.

                      

【生物活性】

 化合物1-8の8つの化合物についてHeLaおよびHL-60細胞の増殖抑制活性を調べた.化合物5はIC50 35.0, 6.7 mMの弱い活性が認められた.HeLaについては化合物1-3がIC5037-49 mMで,その他の化合物は活性が認められなかった.またHL-60については,1-4, 6-8が IC50 15-29 mMのごく弱い活性が認められた.

【考察】

未同定3試料はいずれもL. liatroidesであり,形態的に不明瞭な点は個体差レベルではないかと考えられる.この3試料をいずれもL. liatroidesとすると,L. brassicoidesL. liatroidesは化学成分,ITS領域塩基配列のいずれにおいても明確に区別される. L. liatroidesでは,試料4が系統樹においてやや分離した点を除き,成分およびITS領域塩基配列の違いは認められなかった.L. brassicoidesの成分はneoadenostyloneや6-hydroxyeuryopsin誘導体であり,L. virgaureaのH-型,N-型に近いと考えられるが5,6位にhydroxymethylacrylateを有することはL. virgaureaの成分と異なる大きな特徴である.一方,L. liatroidesはfuranoeremophilan-10-ol誘導体を主成分として産し,L. virgaureaのL-型に近い6.しかし,これらの化合物は他にも同地域産のL. kanaitzensis7, L. hodgsonii8, L. dictyoneura9など,いろいろな種から得られており,特定の種との関連性を議論することは難しい.なお,L. virgaureaのL-型は四川省南西部に多く,我々の調査した範囲では, L. brassicoidesとは分布域が重ならない.今回調査した両種と他のLigularia種との関係に興味が持たれる.今後,さらに調査研究を進めて事例を増やし,全体像の把握を目指す予定である.

謝辞

国際共同研究および現地調査においては,武素功氏(昆明植物研),胡国文氏(同)をはじめとして非常に多くの方々のお世話になりました。厚く御礼申し上げます。

文献

1 齋藤,高島,鎌田,岡本,黒田,花井,河原,龔,通,第54回天然有機化合物討論会(2012年,東京).

2 齋藤,高橋,岡本,中島,通,黒田,花井,龔,第57回天然有機化合物討論会(2015年,横浜).

3 C. Kuroda, R. Hanai, H. Nagano, M. Tori, X. Gong, Nat. Prod. Commun. 2012, 7, 539-548.

4 Y. Saito, Y. Sasaki , A. Ohsaki, Y. Okamoto, X. Gong, C. Kuroda, M. Tori, Tetrahedron 2014, 70, 9726-9730.

5 M. Taniguchi, K. Nakashima, Y. Okamoto, X. Gong, C. Kuroda, M. Tori, Nat. Prod. Commun. 2015, 10, 827-830.

6 Y. Saito, Y. Takashima, A. Kamada, Y. Suzuki, M. Suenaga, Y. Okamoto, Y. Matsunaga, R. Hanai, T. Kawahara, X. Gong, M. Tori, and C. Kuroda, Tetrahedron 2012, 68, 10011-10029.

7 M. Tori, A. Watanabe, S. Matsuo, Y. Okamoto, K. Tachikawa, S. Takaoka, X. Gong, C. Kuroda, R. Hanai, Tetrahedron 2008, 64, 4486-4495.

8 A. Torihata, X. Chao, C. Kuroda, R. Hanai, H. Hirota, and X. Gong, Chem. Biodiversity 2009, 6, 2184-2191.

9 H. Nagano, Y. Iwazaki, M. Matsushima, M. Sato, X. Gong, Y. Shen, H. Hirota, C. Kuroda, R. Hanai, Chem. Biodiversity 2007, 4, 2874-2888.

 
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