鉄と鋼
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分析・解析
非対称流れ流動場分離(AF4)法によるナノ粒子の粒子径分布測定
板橋 大輔 村尾 玲子谷口 俊介水上 和実高木 秀彰木村 正雄
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2021 年 107 巻 1 号 p. 82-91

詳細
Abstract

To investigate the performance of the size measurement by asymmetric flow field-flow fractionation (AF4), the measurement results of gold nanoparticles were compared among AF4, transmission electron microscopy (TEM), and small-angle X-ray scattering (SAXS) in terms of the average size and full width at half maximum (FWHM) of the size distribution. Although the average size was almost the same for the three methods, the FWHM measured using AF4 was larger than those measured using TEM and SAXS. This is attributed to the diffusion of the gold nanoparticles inside the AF4 instruments. The broadening factor of AF4 analysis was determined as 2.08 by the average of FWHM ratio of AF4 to TEM measured using the several sphere-like gold nanoparticles. In addition, the effect of particle shape on the above broadening factor was investigated using the sphere-like and plate-like silver nanoparticles. The broadening factor for plate-like particles apparently became smaller than that for sphere-like particles, possibly because the Brownian motion of plate-like particles was suppressed.

Furthermore, the AF4 analysis with the FWHM correction method using the broadening factor was applied to niobium carbide (NbC) precipitates in steels. The average size measured by AF4 was mostly consistent with the results obtained in regions observed by TEM. Moreover, an increase in the number density of nanometer-sized NbC by heat treatment was successfully detected. The effect of particle shape on FWHM should be further investigated and improved; however, AF4 with the broadening factor can semi-quantitatively analyze the size distribution of nanoprecipitates in steels.

1. 緒言

近年,化粧品,電子機器,食品等の様々な産業では,金1,2),銀3),白金4),カーボンナノチューブ,カーボンブラックや量子ドット5)などのナノ粒子を利用して,製品開発を行なっている。ここでナノ粒子とは,直径1~100 nmを有する材料のことを指す。鉄鋼材料の開発においても,ナノメートル~サブマイクロメートルの粒子径を有する微粒子を活用して,製品に様々な機械的特性を付与している6,7)。鉄鋼材料中において,これらの微粒子が鋼の機械的特性に及ぼす影響は,その粒子径と個数密度に依存しているため,平均粒子径および粒子径分布を正確に測定することが,製品開発やプロセス管理の上では非常に重要になる。これらの微粒子は幅広い粒子径分布(例えば,数ナノメートルの粒子と数百ナノメートルの粒子の混合物)を有していることが多く,従来の光散乱測定や透過型電子顕微鏡(transmission electron microscopy; TEM)を用いる場合には,材料全体の粒子径分布を正確に測定することがしばしば困難となる。さらに,鉄鋼材料中ではこれらの微粒子は,様々な形状や化学種で存在しているため,分析する際には特に注意を払う必要がある。一般的に複数種類の微粒子が共存した試料の粒子径を測定する場合,様々な測定方法において,その測定結果の確からしさが影響を受けることは良く知られている。例えば,動的光散乱法(dynamic light scattering; DLS)8)の場合,散乱光の強度は粒子径に強く依存するため,大きな粒子から散乱された強い光は,小さな粒子から散乱された弱い光を見かけ上隠蔽する。それゆえ,小さな粒子と大きな粒子の混合物を測定する場合には,誤った測定結果が得られる危険性が高くなる9)。さらに,DLSで測定される流体力学的直径は球状粒子の平均直径として見積もられるため,様々な粒子径や形状を有する粒子の混合物を正確に測定することは,極めて困難である。また,TEM観察10)の場合では,単分散した粒子を観察することは容易であるが,異なる粒子径を有する粒子の混合物の観察では,粒子同士が物理的に重なり合うと,小さな粒子が大きな粒子に隠されて,しばしば見落とされやすくなり,結果として誤った粒子径分布として測定されてしまう。これらの測定方法には,溶液中に分散させた異なる粒子径を有する粒子の混合物を区別できないという共通の問題点がある。

したがって,上記のような異なる粒子径を有する粒子の混合物の粒子径分布を正確に測定するためには,試料の粒子径を測定する前に,何らかの手法でサイズ分離することが必要となる。サイズ排除クロマトグラフィー11,12),非対称流れ流動場分離法(asymmetric flow field-flow fractionation; AF4)13),ハイドロダイナミッククロマトグラフィー13),キャピラリー電気泳動14),ゲル電気泳動15),超遠心分離法等,粒子径の違いに基づいた分離分析法が先行研究で多く報告されている。これらの中でも,多くの報告において,AF4は金属ナノ粒子の分析に対して,いくつかの利点を有していると提唱されており16,17),ナノメートルからマイクロメートルの範囲の様々な試料に対して,系に共存する溶媒,界面活性剤,塩等のマトリックスの有無によらず,適用されている。AF4をDLSや誘導結合プラズマ質量分析法(inductively coupled plasma-mass spectrometry; ICP-MS)と組み合わせると,測定試料の粒子径分布およびその元素組成を決定することができる1820)。したがって,AF4は不均一で幅広い粒子径分布を持つ粒子(例えば,鉄鋼材料中の析出物や介在物等)の粒子径分布を正確に測定する手法として有用であると期待されているが,鉄鋼材料のように構成相・組織が複雑な材料への適用は,いまだ行われていない。

そこで本研究では,鉄鋼材料の評価にAF4を適用する方法を検討した。最初に,金ナノ粒子(AuNPs)を用いて,AF4による粒子径分布測定の性能を調査した。AuNPsの平均粒子径と粒子径分布の分布幅に関して,AF4,TEMおよび小角X線散乱法(small-angle X-ray scattering; SAXS)の測定結果を相互比較することによって,AF4による分析の確からしさを検証した。さらに,これらの結果に基づいて,AF4で測定した粒子径分布を補正するための拡がり係数(broadening factor)を考案した。最後に,鉄鋼材料中のニオブ炭化物(NbC)を用いて,broadening factorを適用したAF4による鉄鋼材料中の析出物の粒子径分布測定への適用可能性を調査した。

2. 実験

2・1 ナノ粒子および試薬

実験には金ナノ粒子(AuNPs,nanoComposix(USA)),銀ナノ粒子(AgNPs,nanoComposix(USA))およびサイズ標準ポリスチレンラテックス粒子STADEX(PSL,JSRライフサイエンス株式会社(日本))を用いた。Table 1および2に標準ナノ粒子および試験材の仕様をまとめた。4種類のAuNPs(AuNP-2,AuNP-5,AuNP-7,AuNP-10)を用いて,AF4による粒子径測定の較正曲線を作成した。また,AF4,TEMおよびSAXSの相互比較にはAuNP-5.5を用いた。AF4,SAXSでは水中に分散した状態でAuNP-5.5を各々測定し,TEMでは,AuNP-5.5の分散液を別途カーボン支持膜付きグリッドに乗せて乾燥させた後,明視野(bright field; BF)像で観察した。形状の異なる粒子のAF4およびTEMによる粒子径分布測定には,2種類のAgNPs(球状および板状,それぞれAgNP-50s,AgNP-50pと以下記す)を使用した。加えて,各AgNPsのAF4による粒子径測定では,上記のAuNPsとPSLを用いて作成した較正曲線を使用した。

Table 1. List of nanoparticles for reference.
SampleAverage diameter (nm)Concentration (mg/L)DispersantShape
AuNP-22.1 ± 0.352.5GlutathioneSphere-like
AuNP-55.0 ± 0.61080CitrateSphere-like
AuNP-77.5 ± 0.81070CitrateSphere-like
AuNP-109.8 ± 0.81080CitrateSphere-like
PSL-2929 ± 15000Sphere
PSL-4848 ± 110000Sphere
PSL-7070 ± 110000Sphere
PSL-100100 ± 310000Sphere
Table 2. (a) Sample specifications and (b) an average diameter of each specimen measured by different analyses.
(a)
SampleConcentration (mg/L)DispersantShape
AuNP-5.51090Lipoic acidSphere-like
AgNP-50s20Tannic acidSphere-like
AgNP-50p20PVAPlate-like
NbC precipitates in steel (NCA5-3)SDSPlate-like
SDSPlate-like
NbC precipitates in steel (NCA5-1)SDSPlate-like
(b)
SampleAverage diameter (nm)
TEMAF4
(raw data)
AF4 (corrected)SAXS
AuNP-5.55.5 ± 0.55.6 ± 1.05.6 ± 0.55.0 ± 0.2
AgNP-50s52.1 ± 7.154.1 ± 11.1
AgNP-50p56.2 ± 14.659.6 ± 23.0
NbC precipitates in steel (NCA5-3)2.4 ± 1.0 (FOV-1)2.0 ± 0.42.0 ± 0.2
2.1 ± 0.4 (FOV-2)
NbC precipitates in steel (NCA5-1)2.1 ± 0.52.1 ± 0.2

AF4では,追加の精製なしに購入したままの状態で全ての試薬を使用した。試料溶液の希釈とAF4キャリア溶液の調製には,超純水(>18 MΩ:Milli-Q水精製システムおよびElix UV10,Millipore,USA)を使用した。AF4キャリア溶液および鉄鋼試料中の析出物分散液の調製には,ドデシル硫酸ナトリウム(SDS,純度≧99.0%,富士フイルム和光純薬株式会社(日本))を用いた。アセチルアセトン(AA,特級,富士フイルム和光純薬株式会社(日本)),塩化テトラメチルアンモニウム(TMAC,純度≧98.0%,東京化成工業株式会社(日本)),メタノール(特級,富士フイルム和光純薬株式会社(日本))を使用して,鉄鋼試料から析出物を抽出した。

2・2 電解抽出法による鉄鋼材料中析出物の抽出および試料調製

0.1Nb-0.01C(wt%)の化学組成を有するNbC析出フェライト鋼を,真空誘導溶解法によって電解鉄から作製した。熱処理用のブロック試験片(30×33×45 mm3)を鋳造したままのインゴットから切り出して,溶体化処理(1250°C,24時間)を施した後に水冷し,その後600°Cで1時間および10時間保持することで,NbCを析出させた。この600°Cでの熱処理の保持時間を調整することによって,NbCの粒子径や個数密度を変化させた。さらに,試料を25×25×2 mm3の大きさに切断し,後に続く分析に供した。

鉄鋼試料中に形成した析出物を電解エッチング(selective potentio-static etching by electrolytic dissolution; SPEED)21)法によって,電解液中に抽出して分散させ,各分析用の試料とした。電解液には10%AA系電解液(10%(v/v)AA-1%(w/v)TMAC-メタノール溶液)に,分散剤としてSDSを10 μg mL-1の濃度となるように添加したものを用いた。電解抽出操作では,電解条件を500 mAの定電流電解とし,以下に示す2段階のステップで実施した。第1ステップでは,試料表面を洗浄するための予備操作を行なった。ここでは,試料表面上の汚染や酸化層を溶解するために,15分間の電解抽出操作を行なった。第2ステップでは,清浄な試料の表層から試料(鉄)のみを溶解するために,電解抽出操作を再度行なった。なお,第1ステップで使用した電解液中に溶解した試料表面の汚染物質と酸化層を供試料から取り除くために,第2ステップでは同一成分を有する別の電解液に供試料を移した後,120分間の電解抽出操作を行なった。これらの操作により,約1.0 gの鉄鋼試料(アノード)が電解液中に溶解し,ナノメートルサイズの炭化物を電解液中に分散した状態で得た。

2・3 装置

2・3・1 AF4-ICP-MS

Fig.1にWyatt Eclipse AF4装置(Wyatt Technology Europe,Germany)の概略図 を示す。本装置を後述のICP-MS装置に接続して測定を行なった。本装置は高速液体クロマトグラフィー用のポンプ,オンライン脱気システムおよびオートサンプラー(Agilent Technologies 1260 Infinity series, Agilent Technologies, USA)を備えている。AF4分離チャネルにナノ粒子試料を注入すると,これらの試料はこのチャネル内で拡散し,チャネルフローによって移動しながら分離される。このAF4分析では,10 μg mL-1 SDS水溶液をAF4キャリア溶液として用いた。さらに,分子量カットオフ径30 kDaの再生セルロース(RC)限外ろ過膜(RC 30kDa,Microdyn-Nadir,Germany)をAF4分離チャネルの底部に使用した。次に,AF4分離装置には長さ275 mmのチャネル,厚さ490 µmの非対称ダイヤモンド型チャネルスペーサーを採用した。PEEKチューブを介して,AF4分離チャネルを可変波長紫外可視光検出器(UV-vis,Agilent Technologies 1260 Infinity series)に接続し,その検出波長を520 nmもしくは254 nmに設定した。また,AF4システムのUV-vis検出器の出口に,PEEKチューブ経由で四重極型ICP-MS(Agilent8800, Agilent Technologies, USA)を接続し,AF4で分離されたナノ粒子の元素情報をオンラインで取得した。

Fig. 1.

Schematic of the AF4 instrument. Flow profile observed during the (a) focusing step and (b) elution step. (Online version in color.)

ICP-MSの試料導入には,自己吸引型のネブライザー(MicroMist nebulizer)を用いた。Table 3にICP-MSの操作条件をまとめた。AF4の測定を行なう前に,少なくとも30分間,SDSを含むAF4キャリア溶液をAF4分離チャネルに流し,RC限外ろ過膜を調整した。AuNPs,AgNPsを分散させた溶液を,それぞれ25 μg mL-1の濃度となるように超純水で希釈し,また,析出物を分散させた電解液(以下,SPEED溶液と記す)に関しては,希釈することなしに,それぞれ調製した。その後,オートサンプラーを使用してこれらの試料をAF4分離チャネルに注入し,それぞれ分析を行なった。Table 4にAF4分離条件をまとめた。

Table 3. Operating conditions of the inductively coupled plasma mass spectrometry (ICP-MS) when connecting to AF4.
Agilent8800 ICP-MS
RF power (W)1550
Nebulizer flow (L/min)1.05
Cooling gas (L/min)15
Auxiliary gas (L/min)0.90
Sampling depth (mm)8
Element (m/z)Au (197)
Duration time (s)0.10
Spray chamber temperature (K)275.15
Table 4. Separation condition in AF4.
For AuNPs and NbC precipitatesFor AgNPs
Channel parametersMembrane natureRegenerated Cellulose (RC)Regenerated Cellulose (RC)
Membrane cut-off30 kDa5 kDa
Spacer490 um350 um
Elution solvent0.035 mmol L–1 SDS1.73 mmol L–1 SDS
Fractionation timeElution time1 minute1 minute
Focusing time1 minute1 minute
Focus + Injection time2 minutes2 minutes
Focusing time1 minute3 minutes
Elution time45 minutes35 minutes
Fractionation step, flow, and volumeInjection volume20-100 μL (optimal)100 μL
Injection flow0.2 mL min–10.2 mL min–1
Channel flow (Vout)1.0 mL min–11.0 mL min–1
Cross flow (Vc)2.0 → 0.1 mL min–1 (linear gradient)3.0 → 0 mL min–1 (linear gradient)
Focus flow3.0 mL min–13.0 mL min–1
DetectorUV absorbance520 nm254 nm

2・3・2 TEM

溶液中に分散させたAuNPsをカーボン支持膜付きグリッドに置き,減圧下で乾燥させて調製し,TEM観察に供した。次に,電界放出型透過電子顕微鏡Tecnai F20(FEI Inc., USA)を使用し,加速電圧80 kVの条件下でこれらの試料を観察した。AuNPsの明視野像を取得し,画像処理ソフトウェアDigital Micrograph(Gatan Inc., USA)を用いて処理した後,500個の粒子の最大径を手動で測定した。さらに,上記のSPEED溶液中に抽出した析出物をAuNPsと同様の方法でTEM観察用に調製し,高角度散乱暗視野走査透過電子顕微鏡法(high-angle annular dark-field scanning transmission electron microscopy; HAADF-STEM)による観察を行なった。

2・3・3 SAXS

高エネルギー加速器研究機構(KEK)のフォトンファクトリー(Photon Factory;PF,つくば,日本)のBL-10C22)でSAXS測定を実施した。入射X線のエネルギーを12.4 keVに設定し,二次元ハイブリッド型ピクセル検出器PLATUS3 2M(DECTRIS Ltd.,Baden,Switzerland)を試料から1 mの距離に設置した。この測定では,溶液中に分散したAuNPsを測定するために,溶液実験用の特注の試料セルを使用した。以下にSAXSの測定手順を説明する。AuNPsからのX線散乱データを,10秒間の露光時間で10フレーム分測定し,これらを足し合わせることで,ノイズが低減されたデータを取得した。得られた二次元データをFit2d(ESRF)プログラムを用いて,円環平均して一次元データに変換した。なお,カメラ距離の較正にはベヘン酸銀(I)を用いた。さらに,散乱ベクトルqは以下の式(1)のように定義される。

  
q=4πλsinθ2(1)

λ:波長(nm),θ:散乱角

ここで,散乱強度はバックグラウンド散乱を考慮して補正された値である。

2・4 AF4の原理の概要

AF4分析において,分離シーケンスは試料注入,フォーカシング,緩和,および溶出の4つのステップから構成されている23)。初めに,試料をAF4分離チャネルに注入してしばらくすると,AF4分離チャネルの水平方向両側からの流れによって,試料は徐々に一箇所に集められる。このステップをフォーカシングと呼ぶ(Fig.1(a))。その後,これらの試料はAF4分離チャネルに対して垂直方向,上向きに拡散し,この拡散距離が試料の粒子径に依存する。すなわち,粒子径が小さくなるほど,試料はAF4分離チャネルの底部から遠くに拡散することができる。このステップは緩和と呼ばれている。最後に,溶出ステップにおいて,チャネルフローを一方向のみに変更すると,層流中の流速の違いによって試料中の各粒子をそれぞれ分離することができる(Fig.1(b))。その結果,より小さな粒子ほど,より速い保持時間で検出される。この時,試料の保持時間は試料の拡散係数に従うため,AF4による分離に対して,試料の拡散係数は多大な影響を及ぼすことが知られている24)

3. 結果と考察

3・1 各ナノ粒子のTEM観察結果

初めに,AuNP-5.5,AgNPs,そして鉄鋼試料中のNbCをTEMで観察した。Fig.2にAuNP-5.5とAgNPsのTEM-BF像の一例と測定した粒子径分布を示す。その結果,AuNP-5.5とAgNPsは凝集しておらず,一次粒子として単分散していることが確認できた。その一方で,Fig.3に示すように,NbCはいくつかの観察視野(FOVs)で凝集していることが明らかとなった。粒子の形状に関しては,AuNP-5.5とAgNP-50sはその大部分が球状であったが,一部の粒子は球状ではなかった。また,AgNP-50pとNbCは板状であり,AgNP-50pの直径と厚みはそれぞれ56 nm,14 nm程度,NbCの直径と厚みは数nmであった。これらのナノ粒子の粒子径を,次のAF4およびSAXSで測定した。

Fig. 2.

TEM bright-field image of (a) AuNP-5.5, (b) AgNP-50s, and (c) AgNP-50p on a carbon-supporting grid. The size distribution of (d) AuNP-5.5 and (e) two types of AgNPs by TEM. The white bar shows AgNP-50s and the black bar shows AgNP-50p. The diameter of AgNP-50p was measured as a maximum of diameter (Dmax). The thickness of AgNP-50p (Dw) was ignored here.

Fig. 3.

HAADF-STEM image of electrolytically extracted NbC from the steel sheet, NCA5-3, at two FOVs and size distributions at each FOV: (a) FOV No.1 and (b) FOV No.2.

3・2 AuNPsのAF4,TEMおよびSAXSの測定結果の比較(平均粒子径と粒子径分布の幅)

AF4による粒子径測定の性能を確認するために,AF4,TEMおよびシンクロトロン放射光を用いたSAXSによって,同一のAuNP-5.5(一次粒子径5.5±0.5 nm)を測定した。まず初めに,AF4の測定は数nmのナノ粒子を十分に分離できるように最適化した条件下で行い,他のAuNPsの粒子径と保持時間の相関関係に基づいて作成した較正曲線を用いて,AuNP-5.5の粒子径分布を見積った。得られたAF4の測定結果をガウス関数でフィッティングし,AuNP-5.5の平均粒子径と粒子径分布の半値全幅(full width at half maxima; FWHM)を算出した。次に,AuNP-5.5のTEM観察では,TEMによる粒子径測定の不確かさを確かめるために,測定を二度繰り返し行なった。最後に,SAXSの測定では,AuNP-5.5の分散溶液を特注の試料セルに入れて,溶液中にAuNP-5.5が分散した状態で測定を行なった。Fig.4に,AuNP-5.5の分散溶液のSAXSプロファイルを示す。その結果,図中に矢印で示した2つの散乱ピークを明瞭に観察することができた。一般的に,試料中の散乱体が均一な粒子径分布を有する場合には,形状因子由来の散乱の極大値が明瞭に観察されることが知られている。したがって,AuNP-5.5はほぼ均一な粒子径を有していると考えられる。また,TEM観察の結果から,AuNP-5.5の形状は球状であると推定できるため,取得したSAXSプロファイルを理論散乱曲線によってフィッティングした。ここで,球状粒子の形状因子P(q)は,以下の式(2)で表現され,P(q)の粒子径分布に関しては,ガウス分布を用いて作成した。Fig.4中の実線は,上記の手順で算出したSAXSプロファイルを示しており,このSAXSプロファイルは,実験で取得したSAXSプロファイルと非常に良く一致することが明らかとなった。

  
P(q)=(3Csin(qR)qRcos(qR)(qR)3)2(2)
Fig. 4.

SAXS profile of 5.5 ± 0.5 nm AuNPs. Solid line represents the model fits obtained using Eq. (2). (Online version in color.)

ここで,Cは定数,Rは球の半径,qは散乱ベクトルの絶対値である。

Fig.5(a)にAF4,TEMおよびSAXSによる粒子径測定の結果を示す。Table 2にはAuNP-5.5の平均粒子径と粒子径分布のFWHMをそれぞれまとめた。まず,AF4とTEMでそれぞれ求めた平均粒子径を比較すると,予想した通りに両者は一致した。これはAF4における粒子径の算出がTEMの測定結果に基づいた粒子径の較正曲線を使用しているためであると考えられる。しかし,AF4とTEMで求めた二つの平均粒子径はSAXSで求めた値よりも僅かに大きかった。この違いは粒子の形状に関する仮定に起因すると考えられる。今回のSAXSの測定結果の解析では,AuNPsの形状は完全な球状であると仮定したが,実際に測定したAuNPsは完全な球状ではなかったことがTEM観察の結果から明らかとなっており,この差が影響したと考えられる。

Fig. 5.

(a) Size distributions of AuNP-5.5 measured using AF4, TEM, and SAXS. The AF4 was operated under optimized conditions. TEM observations were repeated twice. (b) Comparison of size distributions of AuNP-5.5 among AF4, AF4 with broadening factor, and SAXS.

次に,粒子径分布のFWHMをそれぞれ比較すると,AF4の測定結果はTEMやSAXSの測定結果と一致しなかった。今回,AF4で測定した粒子径分布のFWHMはSAXSで得られた値のほぼ5倍であり,TEMで得られた値の約2倍であった。これらの違いは,以下の2つの理由によるものであると考えられる。第一に,今回用いた粒子のキャラクタリゼーションは,それぞれ異なる原理の測定法を複数用いて行った。AF4は粒子の移動度,TEMは電子線の回折,SAXSはX線による結晶学的な電子密度の差からの散乱,という異なる原理で測定している。そのため,AF4の測定結果は粒子の最外部の形状・大きさを反映しており,TEMの測定結果は元素組成や結晶性に由来する電子線の回折コントラストを示し,SAXSの測定結果は粒子と周囲のマトリックスの間の電子密度の違いを示している。ゆえに,粒子の形状に関する仮定の違いが,これらの結果に反映されたと考えられる。

第二に,AF4で測定した粒子径分布のFWHMは,AF4分離チャネル内における粒子自身の拡散によって,他の手法よりも大きな値になったと考えられる。なぜならば,AF4による測定は粒子が流れている状態で行われるため,AF4分離チャネル内で粒子自身が拡散してしまうことは避けられない。この拡散によって粒子径分布が真値よりも拡がり,その結果,サイズ分解能が低下するため,AF4を利用した粒子径分布の測定方法には改善の必要があると考えられる。

3・3 AF4分析における粒子径分布幅の補正

3・2項で説明したように,粒子径分布のFWHMは測定原理に大きく依存するため,AF4の測定結果を他の解析手法に対して補正する方法を検討した。考案したAF4の粒子径分布測定におけるFWHMの補正は以下の通りである。AuNP-5.5の粒子径分布に関して,TEMまたはSAXSのFWHMに対するAF4のFWHMの比を,それぞれTable 2に示した結果から計算した。その結果,AF4/SAXS,AF4/TEMのFWHM比はそれぞれ4.64および1.94であった。ここで,AF4の粒子径測定の較正においては,TEMを使用して求めた粒子径を用いているため,AF4/TEMのFWHM比を補正に採用するべきであると考え,この値をAF4分析におけるbroadening factorとして定義した。加えて,上記と同様にして,他のナノ粒子に対するbroadening factorを計算した結果をTable 5に示す。なお,2種類のAgNPsは上記のAuNPsと比較して粒子の直径が10倍程度大きかったため,別のAF4測定条件下で測定した。加えて,AF4によるAgNPsの測定を行なう前に,いくつかのAuNPsおよびPSL粒子を用いて粒子径測定の較正曲線を作成した(Fig.6)。AF4およびTEMによって測定した2種類のAgNPsの粒子径分布をFig.7に示す。その結果,AF4分離チャネル内での粒子の拡散は,粒子径に関係なく,AF4クロマトグラムに影響を与える可能性があることが明らかとなった。ここで,broadening factorに対して得られた知見を以下にまとめた。

Table 5. The broadening factors in AF4 analysis.
SamplesAverage size/nm (TEM)ShapeComponent of materialsDensity/g·cm–3Broadening coefficientFWHM (AF4)FWHM (TEM)
AuNP-22.1 ± 0.3sphere-likeGold19.322.211.660.75
AuNP-55.0 ± 0.6sphere-likeGold19.322.052.561.25
AuNP-5.55.5 ± 0.5sphere-likeGold19.321.942.401.24
AuNP-77.5 ± 0.8sphere-likeGold19.322.293.091.35
AuNP-109.8 ± 0.8sphere-likeGold19.321.943.471.79
AgNP-50s52.1 ± 7.1sphere-likeSilver10.493.0126.098.66
AgNP-50p56.2 ± 14.6plate-likeSilver10.491.6454.0532.90
Fig. 6.

Separation results of AuNPs and PSL mixtures by AF4. Bottom and right axes show the size calibration curve.

Fig. 7.

Size distributions of AgNPs measured using TEM and AF4. (a) AgNP-50s and (b) AgNP-50p.

(i)上記のAuNPsの測定結果から計算されたbroadening factorは,粒子の形状や種類に大きく依存する。球状の粒子に対して決定されたbroadening factorは,1.94~2.29の範囲内であった。

(ii)異なる種類の粒子間の直接比較は容易ではないため,2種類のAgNPsに対して,粒子形状の影響を以下の通り考察した。板状の粒子に対するbroadening factorは,球状の粒子に対するbroadening factorよりも見かけ上小さくなった。これは,AF4分離チャネル内の流れが板状の粒子自身のブラウン拡散よりも支配的になるという事実に起因しており,その結果として,板状の粒子のブラウン運動がAF4分離チャネル内の流れに対して,水平方向に抑制されたと考えられる。

続いて,上記のbroadening factorを使用して,AF4で測定したAuNP-5.5の粒子径分布の標準偏差の補正値を計算し,これに加えて求めた平均粒子径,検出したピークの総面積を用いて,AF4で測定した粒子径分布の補正を行なった。この際には,TEMおよびSAXSの測定結果からガウス分布を仮定した。broadening factorによって補正したAuNP-5.5の粒子径分布のAF4測定結果をFig.5 (b)に示す。TEMによって較正されたAF4の測定結果は,SAXSの測定結果に近しくなることが明らかとなった。

3・4 broadening factorを適用したAF4による粒子径分布測定法の鉄鋼材料中NbCへの応用

AF4分析におけるFWHMの補正の適用可能性を調査するために,鉄鋼試料から抽出したNbCをAF4で測定した。その結果,FWHMの補正は,鉄鋼材料中のナノメートルサイズの析出物の粒子径をより精度良く測定するのに,効果的であることが分かった。

まず,AuNPsと同一のAF4測定条件でNbCを測定した。Fig.8にAF4で測定したNbCの粒子径分布を示す。これらの試料への熱処理は,NbCの粒子径を増大させるために施しており,NCA5-3の粒子径の方が大きくなると想定される。また,これらのNbCをTEMで観察したところ,鋼板試料中に不均一に分散していることが分かった。NbCの粒子径分布は,いくつかのFOVsの間で一致していなかったが,AF4は粒子径分布に関する平均的な情報を示しており,これらの結果はTEMの結果にほぼ近かった。加えて,これらの結果から我々の予測に反して,熱処理の保持時間の増加とともにNbCの粒子径ではなく,個数密度のみが約1.5倍に増加することが明らかとなった。なお,AF4-ICP-MSの定量性には改善の余地があるため,この研究では定量分析は行なっていない。しかし,AF4-ICP-MSで取得したピーク面積はNbCの相対的な量を示しているため,NCA5-1とNCA5-3の間でピーク面積を比較することによって,NbCの個数密度の差を相対的に議論することができると考えた。両者のピーク面積を計算したところ,それぞれ1.0と1.5であった。このように,AF4-ICP-MSは鉄鋼材料中の析出物を半定量的に測定するのに効果的であることが分かった。

Fig. 8.

Results of AF4-ICP-MS measurement for NbC in steels. The heat treatment was processed at 873 K to NCA5-1 (dotted line) for 1 h and to NCA5-3 (straight line) for 10 h.

結論として,AF4分析における粒子径分布のFWHMの補正は,様々なナノ粒子を評価するのに有用であることが分かった。今後は,粒子径分布のFWHMへの粒子の形状の影響をさらに考慮した解析手法を検討し,また,AF4-ICP-MSにおける定量分析法を改善することによって,より詳細な議論が可能になると考えられる。

4. 結言

様々なナノ粒子を用いて,TEMを伴ったAF4による粒子径分布の測定方法を検討した。この研究で得られた知見を以下に示す。

(1)AF4で測定した平均粒子径はTEMおよびSAXSで測定した平均粒子径とほぼ同じであった。

(2)AF4の測定では,AF4分離チャネル内で粒子自身が拡散したために,ピークの拡がり現象が起こった。

(3)AF4分析における粒子径分布のFWHMの補正は,AF4/TEMのFWHM比として定義されるbroadening factorを用いることにより可能であることが確認できた。

(4)球状の粒子に対するbroadening factorは約2.0と決定されたが,その一方で,板状の粒子に対するbroadening factor(約1.6)はブラウン運動の抑制によって,見かけ上球状の粒子の値よりも小さくなった。

以上の結果から,broadening factorを適用することにより,AF4分析は様々なナノ粒子の粒子径の評価に対して有効となり,AF4分析におけるFWHMの補正の適用可能性が示された。

謝辞

本研究の一部は,「フォトンファクトリーにおける産業利用促進」の制度のもと,フォトンファクトリーのスタッフのご協力を得て,実施されました(課題番号2014I003)。スタッフのご協力に感謝致します。

文献
 
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