2022 年 108 巻 4 号 p. 282-285
A certain relation was found between melting temperature of multi-component oxides and their basicity index evaluated from the viewpoint of chemical bonding. It can be used as a convenient method to know the melting temperature of multi-component oxides for which thermodynamic information is lacking.
精錬スラグ原料の溶融滓化や,連続鋳造におけるモールドパウダーの溶解,鋼中の非金属介在物の形態制御などにおいて,多成分系酸化物の溶融温度の情報が重要であることは論を俟たない。実験状態図1,2)に基づきCALPHAD法で拡張した計算状態図や分子動力学・第一原理計算による評価から,相当広範囲で酸化物状態図の情報が得られるようになった3–7)。一方,三成分系以上では依然不確かな部分があり,必要に応じて実測し確認することになる例えば8–10)。そこで,原点に戻り,多成分系酸化物の溶融温度を,化学結合の観点から塩基度の尺度の一つであるイオン間静電引力で整理し,現象論的な理解を試みた。なお,ここでは多成分系酸化物の平衡状態図上で液相が現れる最低温度を溶融温度と呼ぶこととする。
純粋酸化物および多成分系酸化物の実験状態図1,2)から読み取った溶融温度TLを,固体酸化物の熱的安定性を決める最大因子のカチオン-酸素アニオン間結合力で整理する。イオン間結合力Fは式(1)で表され11),右辺第1項が引力,第2項が斥力である。べき数nは通常6~12と大きく,常圧一定下における検討なので斥力は無視して第1項の静電引力のみに注目し,式(2)で示すIを結合力の指標とした。指標Iは溶融状態でO2-イオンの供給しやすさを示す塩基度の尺度の一つで,I値が低い酸化物はO2-イオンを供給し塩基性,高い酸化物はO2-イオンを受容し酸性である11,12)。
(1) |
(2) |
(3) |
ここで,Fはイオン間結合力(N),Z+はカチオンの価数(−),Z-は酸素アニオンの価数(−)で2,aはイオン間距離(Å),r+とr-は各々カチオンと酸素アニオンのイオン半径(Å),eは電子の電荷(C),ε0は真空の誘電率(F/m),Bは定数(N・mn),nは定数(-),Iは静電引力の指標(1/Å2)である。r+とr-の値として,純粋酸化物固体結晶の報告値13)を用いた(Table 1)。また,I値として,溶媒成分については構成する酸化物の平均値を,添加する溶質成分については純粋酸化物の値を採用した。
oxide | Z+ (‒) | r+ (Å) | r‒(Å) | I (1/Å2) |
---|---|---|---|---|
K2O | 1 | 1.33 | 1.4 | 0.268 |
Na2O | 1 | 0.97 | 1.4 | 0.356 |
Li2O | 1 | 0.68 | 1.4 | 0.462 |
BaO | 2 | 1.34 | 1.4 | 0.533 |
PbO | 2 | 1.20 | 1.4 | 0.592 |
SrO | 2 | 1.12 | 1.4 | 0.630 |
CaO | 2 | 0.99 | 1.4 | 0.700 |
MnO | 2 | 0.80 | 1.4 | 0.826 |
FeO | 2 | 0.74 | 1.4 | 0.873 |
ZnO | 2 | 0.74 | 1.4 | 0.873 |
NiO | 2 | 0.69 | 1.4 | 0.916 |
La2O3 | 3 | 1.14 | 1.4 | 0.930 |
MgO | 2 | 0.66 | 1.4 | 0.943 |
Y2O3 | 3 | 0.92 | 1.4 | 1.115 |
BeO | 2 | 0.35 | 1.4 | 1.306 |
ThO2 | 4 | 1.02 | 1.4 | 1.366 |
Fe2O3 | 3 | 0.64 | 1.4 | 1.442 |
Cr2O3 | 3 | 0.63 | 1.4 | 1.456 |
ZrO2 | 4 | 0.79 | 1.4 | 1.668 |
Al2O3 | 3 | 0.51 | 1.4 | 1.645 |
SnO2 | 4 | 0.71 | 1.4 | 1.797 |
TiO2 | 4 | 0.68 | 1.4 | 1.849 |
B2O3 | 3 | 0.23 | 1.4 | 2.258 |
Nb2O5 | 5 | 0.69 | 1.4 | 2.289 |
SiO2 | 4 | 0.42 | 1.4 | 2.415 |
V2O5 | 5 | 0.59 | 1.4 | 2.525 |
P2O5 | 5 | 0.35 | 1.4 | 3.265 |
純粋酸化物では,I=1.4付近で溶融温度TLが高い,いわゆる耐火度の高い酸化物が多いことを確認した(Fig.1(a))。
Relation between melting temperature TL and basicity index I for pure oxides (a), binary systems (b-e), ternary systems (f-h), and quaternary systems (i and j).
CaO,MgO,Al2O3,SiO2の各々純粋酸化物を溶媒とし,他成分の酸化物を溶質として加えた二成分系酸化物において,溶融温度TLはI値で概ね整理できた(Figs.1(b)-1(e))。ここで,溶融温度を決めた液相が溶媒溶質両成分を含む場合は●印,純粋な溶質成分である場合は○印で示した。いずれの酸化物系においても,溶融温度は溶媒酸化物単味のときが最も高く,加える溶質酸化物のI値が溶媒酸化物に対して絶対値の差が大きいほど溶融温度が低下する傾向があった。SiO2系酸化物ではこの傾向は公知であるが12),今回,他の酸化物系でも同様の傾向を確認した。
3・3 三成分系および四成分系酸化物CaO-Al2O3,MgO-Al2O3,CaO-SiO2の二成分系酸化物を溶媒とし,他成分の酸化物を溶質として加えた三成分系酸化物,および,CaO-MgO-SiO2またはCaO-Al2O3-SiO2三成分系酸化物を溶媒とし,他成分の酸化物を溶質として加えた四成分系酸化物においても,溶融温度TLはI値で概ね整理できた(Figs.1(f)-1(j))。いずれの酸化物系においても,溶融温度は溶媒酸化物単味のときが最も高く,加える溶質酸化物のI値が溶媒酸化物に対して絶対値の差が大きいほど溶融温度が低下する傾向があった。また,成分数が増すほどTLの絶対値は低下し,溶質添加によるTLの減少量も小さくなった。
純粋酸化物のTLとI値の関係について定性的に考察する。一般的に,I値の低い塩基性酸化物では,イオン結合性が優勢で溶融時に単純イオンまで解離しやすいが,I値の高い酸性酸化物では,イオン間結合力がさらに強固になり共有結合性が増して溶融状態でも解離が進まず,溶融SiO2中のシリケートイオンのように,高分子の錯イオンとして存在する11,12,14)。今回の整理結果では,I<1.4の塩基性領域ではI値の増加とともに溶融時のエントロピー変化△Sfは高値で一定のまま,エンタルピー変化△Hfが増すのでTL(=△Hf /△Sf)は上がるが,I>1.4の酸性領域では,共有結合性が増して溶融時にイオン間の結合を切る割合が減り,I値が増すと△Hfが△Sf以上に低下するため,TLが逆に下がる,その結果,I=1.4付近の中性域でTLが最大値を示すことになると理解した。なお,同じI値でも酸化物種によってTLには相当の差がある。例えば,FeOとMgOはどちらもI値は約0.9であるが,FeOの方が1400°C以上TLが低い。一般的に,カチオンがd軌道の最外殻電子を持つ遷移元素の場合は,s軌道あるいはp軌道を持つ典型元素よりも原子核の正電荷遮蔽効果が弱いためアニオンの電子雲を引き寄せて分極し共有結合性が増すが11),正にこの作用によると思われる。
多成分系酸化物に溶質酸化物を添加したときのTLとI値の関係についても,純粋酸化物と同様の考え方で定性的に理解できる。即ち,(i)溶媒とほぼ同じI値の溶質成分を加えた場合は,成分数の増加により△Sfは増加するが△Hfは殆ど変わらずTL(=△Hf /△Sf)は少し下がる程度,一方,(ii)溶媒よりI値が低い成分を加えた場合は,成分数の増加による△Sfの増加と結合力減少による△Hfの低下両方でTLはかなり下がる,(iii)溶媒よりI値が高い成分を加えた場合は成分数の増加による△Sfの増加と共有結合性増加による△Hfの低下の両方で,この場合もTLはかなり下がることになる,また,(iv)溶融状態で各成分のモル濃度が概ね等しいとき,溶媒が多成分系であるほど新たに加えた溶質成分のモル濃度は当然小さくなるので,TLの低下量も小さくなる。
多成分系酸化物の溶融温度TLを,化学結合の観点から塩基度の尺度の一つであるカチオン-酸素アニオン間静電引力の指標Iで整理した。紙面の制約で省略したがここに示した以外の多くの酸化物系でTLとIの間に同様の傾向を確認している。実測状態図あるいは計算状態図の情報が不足している場合に,大凡の溶融温度を推測する一つの簡便な手段として本方法は使える。