2023 年 109 巻 7 号 p. 592-604
The spray cooling of moving hot solids is widely performed in the steel industry. Understanding flow and heat transfer when droplets impinge on moving hot solids is important. By simultaneous visualization with flash photography and temperature measurement using thermography, the flow and heat transfer of a droplet train obliquely impinging on a moving solid at high temperatures was experimentally investigated. A rectangular test piece (SUS303) was heated to 500 °C at a moving velocity of 0.25–1.5 m/s. The test liquid was water at approximately 25 °C. The pre-impact droplet diameter, impact velocity, and inter-spacing between two successive droplets were 0.69 mm, 2.2 m/s, and 2.23 mm, respectively. The tilt and torsional angles were 50° and −30–60°, respectively. No coalescence of droplets was observed; the droplets deformed independently on the moving solid, even though the torsional angle generated a velocity component along the width of the solid. The surface temperature of solid after droplet impingements depended on the experimental conditions. Wavy temperature profile was obtained when the moving distance of solid was large during two successive collisions. The temperature changed continuously for the small distances. In this regard, a simple model considering droplet movement, collisional deformation behavior, and solid migration can explain this phenomenon by the overlap of the cooling regions of the droplets. Furthermore, experimental and numerical analyses show that the heat removal rate of individual droplets is constant at approximately 12.5 MW/m2 and depends on the total contact time when multiple droplets collide.
近年,造船,エネルギー,建築などの様々な分野で高強度かつ高靭性の鉄鋼材料が求められている。鉄鋼業では,そのような優れた鉄鋼材料を連続的に大量に生産するため,製品である鉄鋼材料を移動中に水冷する熱処理が行われる1)。その熱処理において,大きな鉄鋼材料全体を金属組織が相変態する温度領域で,均一,かつ,精確に温度制御することで,最終製品の機械的特性が制御される2)。その温度履歴を制御する水冷手段として,冷却能力や冷却領域の調整が比較的容易なスプレー冷却が広く用いられている。そのため,スプレー冷却の冷却特性を予測するための研究が古くから行われている3,4)。しかしながら,スプレー冷却によって形成される冷却面近傍の熱流動現象が複雑なことから,スプレーの冷却特性を高精度に予測できているとは言い難い。したがって,より詳細にスプレーの冷却特性を研究することが継続的に求められている。
Fig.1に示すように,鉄鋼業におけるスプレー冷却では,ノズルから扇形状や円錐状に噴射された多数の液滴が,移動する高温鋼材に相互干渉しながら衝突する。そのスプレー冷却の鋼材冷却面近傍の熱流動現象は,スプレーを構成する液滴の粒径分布や数密度,流速,衝突角度などの多数のパラメータや冷媒の相変化,鋼材の移動との相互作用など,様々な物理現象が絡み合うため,本質的に複雑である。現在の実験技術や混相流の数値解析技術では,このようなスプレー冷却の複雑な熱流動現象の直接的な理解は不可能である。そこで,産業的には単純化(理想化)されてしまうが,スプレー冷却の物理現象を要素分解した研究を行うことが多い。
Schematic of spray cooling. (Online version in color.)
スプレー冷却の基本要素は個々の液滴の高温固体への衝突であるため,単一液滴を用いた研究がよく行われている。特に静止固体への単一液滴の垂直および傾斜衝突に関しては研究例が多く5–14),それらをまとめたレビュー論文がいくつか報告されている15–20)。また,静止固体への複数液滴の衝突に関してもレビュー論文として近年まとめられている21)。しかしながら,高温鋼材の移動と液滴衝突の相互作用に関しての研究が少なく22–24),スプレー冷却の冷却特性の予測にその知見をそのまま利用可能か疑問である。そこで,著者らは移動する高温固体に液滴列が垂直および傾斜衝突する際の流動特性を可視化により研究した25)。その結果,固液間に蒸気膜が形成するほどに表面の温度が十分高い移動する固体に液滴列を衝突させた際,衝突した液滴が独立して衝突,反発する条件を見出し,その条件における固体面上での液滴の変形挙動は,静止固体への液滴の衝突を研究した過去知見と同様の変形挙動を示すことを明らかにした。しかしながら,液滴列の衝突方向が移動する固体に平行な方向のみであったため,高温固体の幅方向の速度成分の影響が不明であった。また,そのような液滴列が衝突した際の固体面の温度変化が不明であった。そこで,スプレー冷却の基礎現象解明を目的として,移動高温固体面へ衝突する液滴列の流動可視化と表面温度撮影の同時測定により,上述の2点に関して研究した。一つ目は,液滴列の噴射方向にねじりを付与して入射方向ベクトルを変化させて高温固体面に衝突させる実験を行い,液滴列に固体面の幅方向に速度成分がある場合とない場合である既報25)の結果との違いを調査した。二つ目は,著者らが開発した移動する高温固体へ衝突する水噴流の衝突領域の熱伝達量評価手法26)を応用して移動する高温固体へ衝突する液滴列が形成する固体面の温度分布を測定し,固体の移動速度や液滴列の入射方向ベクトルが冷却特性に与える影響を調査するとともに,液滴列衝突による熱伝達量の定量化を試みた。
Fig.2に実験装置の模式図を示す。実験装置は,液滴列生成装置,リニアアクチュエータ上に設置された高温移動固体,流動および温度の測定装置で構成される。液滴列生成装置は既報25)と同様に,脈動の小さい定量ポンプから送られる体積流量Q=10 mL/minの精製水を,内径0.31 mmのスピーカコイルが接着されたシリンジ針からシグナルジェネレータによる信号周期で振動させながら噴射させることで作成した。液滴列の噴射方向に関して,既報25)ではシリンジ針先端からの延長線と固体面からの法線がなす衝突角50°で,固体の移動方向にのみ噴射していたが,今回はねじりを加えた。具体的には,液滴列の噴射方向の固体面に水平な方向の成分と固体の幅方向がなすねじり角φ[°]で噴射した。これにより,既報26)の水噴流の温度測定技術が適用可能な液滴列衝突後に乾き面を作成できるとともに,既報25)では検討できていなかった液滴の固体の幅方向の速度成分の影響を調査可能となった。作成した液滴列の平均液滴速度V,平均液滴径D,平均液滴間距離L,液滴列の衝突間隔tdを次のように求めた。平均液滴速度Vは,シリンジ針先端から吐出される水量を,シリンジ針の吐出部の断面積で除した値とほぼ一致し,平均液滴速度V,平均液滴径D,平均液滴間距離Lの間には
(1) |
が成り立つことが分かっている25)。平均液滴速度Vは体積流量から約2.2 m/sであるため,平均液滴径D,平均液滴間距離Lのどちらかが分かれば,もう片方が一意に決まる。2・2で説明する撮影方法では,平均液滴径D,平均液滴間距離Lどちらも測定可能であるが,平均液滴径Dは,個々の液滴の形状変動や液滴の自由界面がぼやけることによる測定誤差が大きい。そこで,液滴間距離を測定し,平均液滴間距離Lを求めることにした。これは,水をシリンジ針より吐出して液滴に分裂させた際に,液滴列の液滴間距離が等間隔になるように工夫しており,液滴間距離のばらつきは小さいと考えられるためである。具体的には,ねじり角φによって,液滴列が変化しないことを確認し,2・2で詳細に述べるバックライト法によるねじり角φ=0°の撮影結果を直接測定し,それらの結果の平均値を求めた。その結果,平均液滴間距離Lは約2.23 mmで,標準偏差は約0.03 mmであった。したがって,その際の平均液滴径Dは式(1)より約0.69 mmであった。なお,液滴列の衝突間隔tdはL/Vで求められ,約1 msであった。また,代表速度に液滴の鉛直方向平均速度V cos 50°,代表長さに平均液滴径D,表面張力σ=0.0728 N/m,密度ρ=1000 kg/m3を用いたウェーバー数We=ρD(V cos 50°)2/σは約19であった。
Schematic of experimental apparatus. (Online version in color.)
高温固体は,カートリッジヒータを内蔵した加熱金属体および温度コントローラで構成される。加熱金属体の形状は長さ150 mm×幅15 mm×高さ30 mmの直方体で,材料はSUS303である。その加熱金属体表面は,高放射率のAlTiN層が成膜されており,その表面の算術平均粗さは,0.3 µmで母材の固体とほぼ同等で,成膜厚さは約2~ 3 µmであった。熱物性に関しては,本試験材の直接測定は困難であった。しかしながら,窒化チタン系のコーティングの300 Kにおける熱拡散率は約3.3 mm2/s27)で,同温度でSUS303と物性の近いSUS304は4.07 mm2/s28)であることから,ほぼ同等であると考えられる。加熱金属体の温度は,加熱金属体に埋め込んだフランジ付きカートリッジヒータをPID制御コントローラおよび温度制御用熱電対(素線径0.3 mmのK型熱電対)で管理した。本論文では,安定した蒸気膜が生成すると予想される温度よりも十分高温の条件として,500°Cとした。既報26)の水噴流の測定で用いた赤外線サーモグラフィーでは,測定分解能は52 µmと非常に小さいことが特徴だが,積分時間が約10 msと液滴列の衝突間隔tdよりも大きく,離散的な温度降下部を測定できない。そこで,積分時間が非常に小さい赤外線サーモグラフィーを使用した。その赤外線サーモグラフィーの詳細は2・2で述べる。AlTiN膜の放射率に関しては,放射率0.94の黒体塗料を固体表面に部分的に塗布し,実験ごとに同定した。
その加熱金属体は,リニアアクチュエータ上に設置される。加熱金属体は,初期状態においてはアクチュエータの端に静置されており,実験開始信号により静止状態から加速し,一定速度に保持されて試験区間を通過し,減速して停止する。本実験では,移動速度Vsは0.25 m/s~1.5 m/sの範囲で変化させた。
2・2 流動および温度の測定方法測定装置は,流動観察用の高速度カメラ,表面温度測定用のサーモグラフィー,ストロボ光源,各種装置の制御装置で構成される。高速度カメラとストロボ光源(キセノンフラッシュ)は,加熱金属体と同一線上に配置した。サーモグラフィーは液滴列衝突点の上方に設置した。撮影方法は次の通りである。まず,発光時間が2 µs以下のストロボを高速度カメラから出力された同期信号により動作させた。その際,シャッター速度を開放,絞り値を2.8に設定し,暗所にて撮影することで,Fig.3に示すようなストロボ発光時のみ液滴が露光した画像が得られる。また,液滴列はわずかな条件変化で不安定になるため,高速度カメラの同期信号をサーモグラフィーにも入力し,ストロボ発光後に温度測定を開始するようにし,液滴列の衝突条件を試行ごとに確認しながらFig.4に示す表面温度分布を得られるようにした。なお,ストロボ発光の有無によって,温度測定結果に影響を及ぼさないことはいくつかの予備実験で確認している。
Flow visualization results for varying torsional angle, φ, at Vs = 1.5 m/s: (a) φ = −30°, (b) φ = 0°, (c) φ = 30°, (d) φ = 60°.
Surface temperature measurement results with varying torsional angle, φ, and moving velocity, Vs.
高速度カメラとサーモグラフィーの性能は次の通りである。まず,高速度カメラに関しては,フレームレートは60 fps,画素数は2560×2048 ピクセルである。高速度カメラと液滴列衝突点間の距離が約450 mmで,視野が69.4 mm×52.1 mmなので,1ピクセルは約30 µmである。これに関しては,液滴列衝突点に,長さが既知の球を置き,暗所にて撮影して長さとピクセル数の関係を測定し,その大きさであることを確認した。次に,サーモグラフィーに関しては,検出器が測定波長0.9~1.7 µmの量子型センサで,そのセンサの積分時間は約100 µsと液滴列の衝突間隔tdよりも小さい。空間分解能は,0.4 mrad±5%,画素数は,320×240ピクセルであり,サーモグラフィーのレンズ先端から加熱金属体表面間の距離は約500 mmであるため,1ピクセルは約0.2 mmである。これに関しては,Fig.4に示す熱画像の加熱金属体の幅とピクセル数の関係を測定し,その大きさであることを確認した。温度測定精度に関しては,指示温度の±4%以内である。フレームレートに関しては,高速度カメラとの同期撮影のため,60 fpsに設定した。
Fig.3に各ねじり角φにおける可視化結果を示す。移動速度Vsを1.5 m/sで,ねじり角φを-30°~60°の範囲で変化させた。液滴列の水温Tlは約25°Cであった。なお,ねじり角φ=0°以外の条件で,液滴間距離が異なるように見える点に関しては,本実験はねじり角φ=0°に垂直な方向から可視化しているためである。それに伴い,ねじり角φ=0°以外の条件で液滴形状がぼやけているが,これは焦点を衝突点に合わせているためである。液滴は画像左手より高温固体面に衝突し,高温固体面上で形状を球形から円盤状に変化させながら滑った。その後,円盤状に薄く広がった液滴は,表面張力により収縮して再び球形に戻る過程で高温固体面上から反発し,画像右手に向かって離脱した。また,衝突点において,液滴列は干渉せず,個々の液滴が独立に衝突,変形,反発していることが分かる。これは,本実験装置におけるねじり角φ=90°に相当する既報25)の結果と同様であり,ねじり角によって衝突反発挙動に大きな違いはなかった。
3・2 移動高温固体へ傾斜衝突する液滴列が形成する温度分布Fig.4は,移動する高温固体へ液滴列を衝突させた際における表面温度分布である。移動速度Vsを0.25~1.5 m/sの範囲で,ねじり角φを-30°~60°の範囲で変化させた。液滴列の水温Tlは約25°Cであった。温度降下量を視覚的に把握するため,温度表示幅は50°Cで統一した。表面温度分布において,下部から上部に向かって形成されている離散的な低温部が液滴列である。また,固体面中央に形成された大きく温度降下している領域が,液滴が衝突している領域である。その領域より移動方向下流側に伸び,徐々に温度上昇している領域は,液滴列によって冷却された領域が固体面の移動で運ばれながら周囲からの熱供給で復熱している領域である。
まず,液滴列の衝突前後の液滴の飛翔方向に着目すると,固体の移動方向にそれほど変化することなく,ほぼ直線的に飛翔していることが分かる。したがって,固液界面が膜沸騰状態と考えられる温度条件においては,固液間の粘性摩擦が小さく,液滴はほぼ固体面上を滑っていると考えられる。これは,既報25)の結果と同様で,液滴と固体間に蒸気膜が存在し,その蒸気の粘度が水の粘度に比べて非常に小さいことによって,蒸気と固体間に働く粘性摩擦応力が小さいためである。この温度分布の結果からも,可視化結果と同様に,既報25)と同様の衝突反発挙動を示していることが分かる。したがって,粘性摩擦応力がほぼ働かないと仮定して提案した既報25)の液滴同士の干渉の発生条件は,ねじり角を付けた条件でも成立すると考えられる。
次に,Fig.4の温度分布を主観的であるが,2つの特徴で場合分けをした。1つ目は,Fig.4(a)やFig.4(t)のようなFig.4(y)の模式図が示す液滴衝突後に固体の移動方向に連続して緩やかに変化する温度低下部が形成されるものである。液滴は離散的に供給されているので,個々の液滴が冷却した領域が重なったために生じたと考えられる。2つ目は,Fig.4(k)やFig.4(x)のようなFig.4(z)の模式図が示す液滴衝突後に固体の移動方向に高温部と低温部がまだらに存在する離散的な温度分布が形成されるものである。これは,個々の液滴によって冷却された領域が独立し,重ならなかったために生じたと考えられる。以上のように,液滴列の衝突,反発挙動はねじり角や移動速度によらず同等にもかかわらず,得られた表面温度分布に違いが生じた。本論文では,便宜的に前者のような温度分布が得られる条件をオーバーラップ条件,後者のような温度分布が得られる条件を離散分布条件と呼ぶこととし,その発生メカニズムに関して3・3で考察した。
3・3 温度降下域のオーバーラップ条件と離散分布条件の発生メカニズムオーバーラップ条件と離散分布条件の違いは,液滴列の衝突間隔と固体の移動の相互作用によるものと考えられる。すなわち,連続する2液滴の衝突を考えた際,1つ目の液滴が形成した温度降下域に,2つ目の液滴が形成する温度降下域が重なるかどうかで決まると考えられる。そこで,液滴の移動,液滴の衝突変形挙動,および固体の移動を考慮した簡易な力学モデルで,ある固体面の幅方向位置での連続する2液滴の接触位置を推定するモデルを構築し,オーバーラップ条件と離散分布条件の発生メカニズムを考察した。
まず,固体面上に液滴が衝突開始した位置を原点としたxy平面において,任意の時刻tにおける液滴の位置と接触範囲を予測するモデルを構築した。そのモデルのイメージをFig.5に示す。N個目の液滴が固体面に衝突し,その液滴が固体面上から離脱するまでの時間trまでを考える。傾斜角θ,ねじり角φで傾斜して衝突した液滴列は液滴の衝突速度の固体面に水平な方向の成分V sin θで変形しながら滑っていると考えられる。これは,3・1および3・2より固液界面が膜沸騰状態である温度条件では,液滴は移動固体との粘性摩擦をほとんど受けずに固体面上から離脱しているためである。その固体面上における液滴の変形挙動は,その温度条件では軸対称変形であることが分かっている25)。したがって,ある時刻tでの液滴の中心位置と固体との接触線は,
(2) |
となる。ここで,液滴の接触範囲の時間変化であるD(t)に関し,本実験から測定することができないため,静止固体への単一液滴衝突の変形挙動に関する他の研究者の実験結果から与えることにした。具体的には,固体面温度が500°Cと同等で,液滴径および固体面に鉛直な方向の液滴衝突速度が本実験と同等のHattaらの実験結果5)であれば,本実験における液滴の拡がり径の時間変化はほぼ同様と考え,Hattaらの実験結果を
(3) |
で近似した。式(3)は,液滴の拡がり径の時間変化が,衝突直後が0で,その後に急激に拡大し,最大値に達した後,ある大きさに漸近するように減少するというHattaらの実験結果の特徴を表現している。ここで,Hattaらの実験では垂直衝突なので,θ=0°である。式(3)の各係数を,最大拡がり径Dmaxと初期の液滴径Dの比とウェーバー数Weを用いて回帰した結果,K1=Dmax/D,K2=0.81,K3=39We-0.7,K4=3.6,K5=-4.8,K6=0.56We0.45となった。なお,Dmax/Dに関しては,Hattaらが提案した実験式5)
(4) |
を用いることで,Fig.6(a)–(c)に示すようにHattaらの実験結果を概ね再現できた。なお,本論文と比較的近い条件としては,Fig.6(b)のWe=20.1の結果である。ここで,Hattaらの実験では,液滴の拡がりが最大となった後は,固体と液滴の接触位置ではなく,液滴の最大径を測定しているため,液滴が離脱する際に0となっていない。実際は,離脱する際に液滴と固体は点接触であるため,拡がり径は0である。そこで,本論文では最大拡がり径に到達した後は,液滴が離脱する時間で0となるように一次関数で近似した。なお,液滴が衝突してから離脱するまでの時間trに関しては,Hattaらの実験式5)
(5) |
を用いた。その結果,本論文での液滴径の時間変化は,Fig.6(d)となる。液滴径の測定での課題で述べたように界面のぼやけの影響で固液の接触位置の判定が難しい点や衝突してからの正確な時間が不明である点から正確な測定は困難であるが,大まかに拡がり径を比較するために測定した。その結果,D/Dは約1.94,標準偏差は0.077であり,Fig.6(d)による最大拡がり径と同等で大きな相違はないことを確認した。
Simplified dynamics model. (Online version in color.)
Approximate results for time variation of droplet contact area: (a) We = 10.3, (b) We = 20.1, (c) We = 32, (d) Results used in the model.
次に,固体面の移動による影響を考えるが,本実験での固体の移動はx軸方向のみなので,固体面上のある幅方向位置ycalにおける液滴の接触範囲の時間変化が予測できれば,温度降下領域のオーバーラップ条件と離散分布条件を見出すことができると考えられる。位置ycalにおける液滴の接触範囲のx座標位置の後方位置をdtrailing(t),前方位置をdleading(t)とすると,式(2)より
(6) |
(7) |
となり,式(3)–(5)を適用することで求めることができる。さらに,液滴列は衝突間隔tdで連続的に衝突するため,1個目の液滴が衝突した時刻をt=0 sとした際のN個目の液滴の接触位置は,
(8) |
(9) |
となる。ただし,これは静止した固体面での液滴の接触範囲である。温度降下域を推定するには,過去に液滴が接触した位置が固体の移動に伴い移動する影響も考慮しなければならない。そこで,ある時刻tにおけるN回目に衝突した液滴の温度降下域の後方位置xtrailing,N(t)と前方位置xleading,N(t)を次のように考えた。まず,後方位置xtrailing,N(t)は液滴の接触範囲の後方位置dtrailing,N(t)と微小時間Δt秒前の温度降下域の後方位置が固体の移動に伴い移動した位置の小さいほうであるため,
(10) |
となる。一方,前方位置xleading,N(t)は液滴の接触範囲の前方位置dleading,N(t)とΔt秒前の温度降下域の前方位置が移動した位置の大きいほうであるため,
(11) |
となる。オーバーラップするか離散的になるかはN個目の液滴が形成する温度降下域の後方位置xtrailing,N(t)とN+1個目の液滴が形成する温度降下域の前方位置xleading,N+1(t)の大小関係で決まる。すなわち,時刻tによらずxtrailing,N(t)>xleading,N+1(t)であれば,温度降下範囲が重ならず,常に離散的な温度分布が得られる離散分布条件となると考えられる。
本論文では,液滴径が最大に拡がる位置で最も温度降下範囲が大きくなると考え,Fig.6(d)より
Prediction results using the model: (a) Example calculation for discrete distribution conditions φ = 30°, Vs = 1.5 m/s, (b) Example calculation for partially overlapping conditions φ = 0°, Vs = 1.5 m/s, (c) Example calculation for always overlapping conditions φ = −30°, Vs = 0.5 m/s. (Online version in color.)
Moving velocity, m/s | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
0.25 | 0.5 | 0.75 | 1 | 1.25 | 1.5 | ||
φ | −30° | × | × | × | × | × | × |
0° | × | × | × | × | △ | △ | |
30° | × | △ | △ | △ | △ | 〇 | |
60° | × | △ | △ | △ | △ | 〇 |
×:always overlapping, △:partially overlapping, 〇:discrete distribution
離散分布条件では急峻な凹凸の温度分布が液滴衝突後に形成されると予想される。Fig.8(a)のねじり角φ=30°,移動速度Vs=1.5 m/sの図中に示す幅方向位置での長手の温度分布より,最も低い温度を示した位置(x=0 m)より移動方向下流に温度分布の凹凸が確認できる。さらに,凸部の温度が初期温度に近いことが分かる。この結果から液滴によって冷却されなかった時間があることが示唆され,予測と概ね一致していると考えられる。一方,常時オーバーラップ条件に関しては,Fig.8(c)のねじり角φ=-30°,移動速度Vs=0.5 m/sの長手の温度分布より,常に離散的になる条件で見られた凹凸が確認できず,衝突後は緩やかに連続的に温度増加している。これは,常に液滴が形成する温度降下域が重なっていると考えられ,予測と概ね一致していると考えられる。最後に,部分オーバーラップ条件に関しては,離散分布条件と常時オーバーラップ条件の重ね合わせの温度分布が得られると推定される。液滴列の間隔などの微小な変化で,常時オーバーラップ条件に近い結果や離散分布に近い結果が得られ,予測と一致する実験結果を得ることは難しいと考えられるが,Fig.8(b)のねじり角φ=0°,移動速度Vs=1.5 m/sの長手の温度分布より,離散分布条件に比べると起伏が緩やかな凹凸が確認でき,概ね傾向は捉えられていると考えられる。
Longitudinal temperature distribution: (a) φ = 30°, Vs = 1.5 m/s, (b) φ = 0°, Vs = 1.5 m/s. (c) φ = −30°, Vs = 0.5 m/s. (Online version in color.)
上述のように,液滴列は独立して衝突,反発しているにもかかわらず,温度分布がオーバーラップする条件と離散的になる条件を簡易な力学モデルで説明することができた。しかしながら,オーバーラップする条件と離散的になる条件で液滴の抜熱量に違いがあるかは不明である。そこで,その伝熱特性に関して,3・4で考察する。
3・4 移動高温固体へ傾斜衝突する液滴列の伝熱特性まず,液滴が存在する範囲を固体のある1点が通過する時間と温度降下量を整理した。その通過時間に関しては次のように求めた。
ある幅位置ycal上の1点がN個目の液滴が存在する範囲を通過し始める時間に関して,固体の移動がx軸の正方向であることから,液滴の接触範囲の後方位置が最も小さいときと考えた。その時刻と位置をtini,xiniとすると,
(12) |
である。次に,濡れが最も大きくなる位置は,液滴の接触範囲の前方位置が最も大きいときと考えられ,その時間と位置をtend,xendとすると,
(13) |
である。したがって,ある幅位置ycalにおける固体面のある1点の位置xsの時間変化は,
(14) |
である。式(14)より,固体面のある1点が最大位置xs=xendに達する時刻ts,maxは,
(15) |
となる。Fig.9に計算例として,移動速度Vs=0.25 m/s,ねじり角φ=60°の結果を示す。曲線が式(8),(9)から計算される各液滴の接触範囲の前方位置と後方位置であり,直線が式(14)で計算される固体面のある1点の位置の時間変化である。Fig.9中に示す個々の液滴の曲線と直線の交点間の曲線内部の時間tc,iを足し合わせたものが,固体面のある1点が移動に伴って液滴が存在する範囲を通過した総通過時間tc,totalである。したがって,最大通過回数をNCとすると,総通過時間tc,totalは,
(16) |
となる。
Example of calculating the time variation of a point on a solid surface and the existence area of a droplet (φ = 60°, Vs = 0.25 m/s). (Online version in color.)
本実験条件範囲における総通過時間tc,totalを計算した結果をFig.10に示す。移動速度の増加に伴い,反比例的に総通過時間tc,totalは減少する。ねじり角φによって,総通過時間tc,totalは変化し,ねじり角φが大きいほど総通過時間tc,totalはやや大きくなる。これは,固体の移動方向の速度成分が大きい方が,固体との相対速度が小さく,液滴が存在する範囲を通過するのに時間を要するためである。この総通過時間tc,totalとFig.8の長手方向の温度分布におけるx=-0.005 mからx=-0.002 mを平均した初期温度と,原点から約5 ms後の温度との差で定義した温度降下量との関係をFig.11に示す。総通過時間tc,totalの増加に伴い,温度降下量は増加し,概ね線形に増加している。このことから,本実験条件では,個々の液滴が固体面上に滞在している間に抜熱する量はほぼ一定であると予想される。
Relationship between passing time and moving velocity of solid with varying torsional angles. (Online version in color.)
Relationship between passing time and temperature drop with varying torsional angles. (Online version in color.)
その液滴の抜熱量を伝熱解析により推算した。手順としては,まず個々の液滴の温度降下量が実験で得られていると考えられる常に離散的な温度分布の条件で液滴接触領域の平均熱流束を求めた。まず,既報26)の水噴流の伝熱モデルからz方向の格子分割は変えずに,xy方向の格子分割に関して液滴衝突部周辺を密にしたFig.12に示す伝熱モデルにおいて,(x,y,z)=(9 mm,0 mm,0 mm)位置を液滴列の衝突中心として,液滴を移動させながら,式(3)を用いて接触範囲を変形させ,その液滴の接触範囲の平均熱流束を試行錯誤的に変更し,離散分布条件での実験結果と概ね一致する平均熱流束を同定した。なお,実験結果との比較を行う際,数値解析と実験結果における温度降下開始位置が概ね一致するように,実験結果の座標を調整した。
Schematic of the three-dimensional model and boundary conditions. (Online version in color.)
離散分布条件であるねじり角が60°,移動速度が1.5 m/sの条件を計算した結果,平均熱流束を12.5 MW/m2とすることで,Fig.13(a)に示すようにx=0.0013 m位置の幅方向の温度分布が概ね一致した。その幅方向の温度分布で最も温度低下している位置として,y=0.0007 m位置の長手方向の温度分布を比較した結果,Fig.13(b)に示すように凹凸の温度分布を再現した。液滴の表面温度を測っている温度が混在している可能性あること,温度測定の時間と解析の時間が一致しないこと,測定機器の誤差などの影響で,完全には一致していないものの,同定した熱流束で概ね実験結果を再現できた。熱流束の大きさに関して,静止高温固体への単一液滴の衝突実験で測定した種々の報告29–33)から比較的本実験条件に近い報告と比較した。Gradeckら30)は液滴の拡がりや伝熱面温度を読み取って報告されている結果から熱流束を試算した結果,24 - 30 MW/m2,Castanetら32)は液滴が接触している時間内の約500°Cでの最大熱流束が15 - 20 MW/m2,Leeら33)は液滴温度が40°Cとやや高いが液滴衝突時の平均熱流束が4 MW/m2と報告している。したがって,今回同定した平均熱流束の大きさの程度は概ね妥当と考えられる。しかしながら,熱流束の予測精度向上のためには,より高精度な赤外線サーモグラフィーを使用するとともに,液滴列の衝突点をより正確に把握するため,より高分解能のものを使用することが必要と考えられる。
Comparison of experimental and numerical results: (a) φ = 60°, Vs = 1.5 m/s at x = 0.013 m, (b) φ = 60°, Vs = 1.5 m/s at y = 0.0007 m, (c) φ = 60°, Vs = 1.0 m/s at y = 0.0007 m, (d) φ = −30°, Vs = 0.25 m/s at y = 0.0007 m.
最後に,その同定した平均熱流束を用いて,部分オーバーラップ条件を代表して,ねじり角が60°,移動速度1.0 m/sの条件を,常時オーバーラップ条件を代表して,ねじり角が-30°,移動速度0.25 m/sの条件を数値解析した。Fig.13(c), (d)に示すように概ね実験結果を再現した。このことから,本実験のように液滴が独立して衝突,反発する条件では,個々の液滴が固体面上に存在する時間に奪う熱量はほぼ一定であり,液滴列の抜熱は個々の液滴の抜熱量の積算であるといえる。
スプレー冷却の熱伝達特性を解明するための基礎検討として,高速度カメラによる可視化と赤外線サーモグラフィーによる表面温度測定を同時に行える実験装置を構築し,固体表面と液滴間に蒸気膜が安定形成される温度の条件下で,移動する高温固体に水液滴列を傾斜衝突させる実験において,固体の移動速度や液滴列の入射方向ベクトルを変化させるためのねじり角を変化させた結果,以下の知見を得た。
(1)流動可視化実験より,液滴列はどのねじり角においても液滴同士の干渉は発生せず,個々の液滴の衝突,変形,反発の挙動は,本実験装置におけるねじり角φ=90°に相当する既報25)の実験結果とほぼ同様であった。また,液滴列の衝突挙動を上方から確認できる表面温度測定の結果から,液滴列は衝突前後で噴射方向がほぼ変わらず,液滴と固体間の粘性摩擦応力が小さいことが分かった。これらのことから,液滴列が固体の幅方向の速度成分を有していても,既報25)で提案した液滴同士の干渉発生の条件式は適用できると考えられる。
(2)液滴同士の干渉が発生しない条件でも表面温度測定から,温度降下領域がオーバーラップする条件と離散的になる条件が存在することが分かった。そのオーバーラップは,液滴列の移動,固体面上での変形挙動,固体の移動による温度降下領域の移動を考慮した簡易な力学モデルを用いて予測した連続した2液滴が形成する温度降下領域の位置が重なることで説明できることを示した。
(3)次に,固体面上のある1点が移動した際に液滴が存在する領域を通過する時間を,構築した力学モデルで推定し,その時間と温度降下量の関係を調査した結果,ほぼ線形の関係を示した。このことから,温度降下領域のオーバーラップの発生有無によらず,個々の液滴の抜熱量はほぼ一定であり,本実験範囲では液滴列による抜熱は個々の液滴の抜熱量の積算であるといえる。
(4)離散的な温度分布が得られた条件に関して,3次元伝熱解析を実施し,液滴の接触範囲の平均熱流束を試行錯誤的に求めた結果,他の研究者が報告している結果とほぼ同様の大きさである約12.5 MW/m2と計算された。その平均熱流束を用いて,オーバーラップ条件の数値解析を行った結果,概ね実験結果を再現し,事前の予測通り,液滴列の抜熱は個々の液滴の抜熱量の積算であることを確認した。ただし,その平均熱流束の精度に関しては課題があり,より高精度,かつ高分解能の赤外線サーモグラフィーによる測定が必要である。