鉄と鋼
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論文
鋼の溶接部における介在物を起点とした粒内ベイナイトによる旧γ粒界から生成する上部ベイナイトの粗大化の抑制
中西 大貴 内山 徹也白幡 浩幸髙橋 学
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2023 年 109 巻 7 号 p. 613-622

詳細
Abstract

The microstructures of intra-granular bainite nucleated on Ti-oxide particles (IGB) and grain boundary upper bainite (GBB) in Ti-deoxidized steel (Fe-0.1mass%C-1.5mass%Mn-2mass%Ni-1mass%Cu) were investigated by EBSD analysis and 3-dimentional observation. The steel was austenitized at 1673 K for 23 s, held at 803 K for 7 s-20 ks and then quenched to room temperature. 803 K is just below the bainite transformation start temperature. IGB and GBB were observed at 5% bainite transformation. Despite the formation of IGB, part of GBB grew to a size of 100 μm at 17% bainite transformation, and coarsened to 130-200 μm at 85% bainite transformation. Mechanism of the GBB coarsening is discussed in terms of differences in (1) the microstructures and (2) the nucleation site of IGB and GBB. A single packet with many blocks was observed in GBB nucleated at whole surface of austenite grain boundaries with a size of 400-500 μm, while multiple packets with two blocks were observed in IGB nucleated on Ti-oxide particles with a size of 1-2 μm. IGB suppressed the growth of GBB by impingement. However, as the GBB was much larger than IGB, part of the GBB was not impinged by the IGB and continued to grow. GBB grew until all blocks of GBB were impinged by IGB and/or transformation was finished, resulted in GBB coarsening.

1. 緒言

近年,溶接構造物の大型化や軽量化が進んでおり,使用される鋼板には高強度化が求められる傾向である。また,溶接構造物の信頼性と安全性の確保という観点から,機械的特性として高い靭性が求められる。高強度鋼の適用に際し,課題の1つとして,溶接熱影響部(Heat Affected Zone: HAZ)の靭性の確保が挙げられる。

一般的に,鋼板は溶接時に1350°C以上の高温加熱を受けるため,HAZではミクロ組織が粗大化し靭性が劣化する。HAZ靭性の向上には,有効結晶粒の微細化が有効であり13),その手段の1つとして,γ粒内の介在物を起点として生成する粒内変態組織の活用が報告されている3)。粒内変態組織の活用は,これまで低強度鋼(~TS690MPa)のHAZで,Ti系酸化物からの粒内フェライト(Intra-granular Ferrite: IGF)生成が数多く報告されており,IGF生成機構46)およびIGFによる靭性向上機構7,8)が明らかにされている。

一方で,高強度鋼(TS700MPa~)のHAZでは,組織はフェライト主体から上部ベイナイト主体へと変化する。粒界フェライト(アロトリオモルフ)は拡散機構で生成するが,粒界から生成する上部ベイナイト(Grain Boundary upper Bainite: GBB)はせん断機構で生成し成長速度が速いため,結晶粒が粗大化しやすい911)。また,上部ベイナイトは小傾角の下部組織で構成され,劈開き裂の進行の妨げにならないため,き裂が急速に伝播して靭性が劣化することが報告されている12)。高強度鋼のHAZ靭性の向上には,GBBの粗大化を抑制し,有効結晶粒を微細化することが有効である。

高強度鋼のHAZのGBBの粗大化抑制の手段として,低強度鋼と同様に,粒内変態組織の活用が考えられるが,高強度鋼のHAZにおける粒内変態に関する先行知見は少ない。Shinoharaら13)は,高強度鋼のHAZで,Ti系酸化物からの粒内ベイナイト(Intra-granular Bainite: IGB)が生成すること,IGBはラス状組織であり上部ベイナイトと同様の組織形態であることを報告している。また,Shinoharaら14)は,IGBとGBBはそれぞれ1つの{110}α面を共有し,IGBとGBBの{110}α面はほとんど平行であることを報告している。しかしながら,IGBとGBBのミクロ組織の違い,IGBとGBBの変態温度は分かっていない。Shigesatoら15)は,IGBが生成したTi系酸化物の周囲でMn欠乏層を確認し,介在物周囲のベイナイト変態温度が上昇したことでIGBが生成したと報告している。IGFでも同様の報告46)があり,IGBの生成機構はIGFと同じである。

高強度鋼のHAZおよび溶接金属では,IGFやIGBの生成により,組織が微細化し靭性が向上する報告13,16)はあるものの,Nakoら17)やLan and Shao18)の報告では,IGFやIGBが生成しているにもかかわらず,比較的粗大なGBBの生成が確認されており,GBBの生成そのものを抑制することはできていない。IGBを活用して高強度鋼のHAZの有効結晶粒を更に微細化するには,IGBとGBBのミクロ組織の違い,変態温度および競合状態を明らかにする必要があると考えられる。

本研究では,TS780MPa級相当のTi脱酸鋼を用いて,ベイナイト変態開始温度近傍の530°Cで保持した後急冷した試験片を作製し,変態初期過程のIGBとGBBについて,SEMによるミクロ組織観察,EBSDによる結晶方位解析,光顕およびシリアルセクショニングによる3次元構造の観察を行った。

2. 実験方法

2・1 供試鋼

Table 1に供試鋼の化学成分を示す。TS780MPa級相当のFe-0.1C-1.5Mn-2Ni-1Cu(mass%)を基本成分とし,Ti脱酸した鋼を真空溶解にて作製した。1150°C×3600 s加熱後に板厚15 mmまで熱間圧延を実施した。圧延材から,3 mmφ×10 mm(熱電対取付けのため2 mmφ×4 mm深さの穴加工を付与)の丸棒試験片を採取した。

Table 1. Chemical composition of the steel (mass%).
Chemical composition [mass%]Temperature [°C]
CSiMnPSNiCuAlTiNOBsMs
0.10.11.50.010.0022.01.0<0.0020.0110.0040.001540430

予備試験として,1400°C×23 s加熱を行った後,1000°Cから0.1~100°C/sの冷却速度で室温まで連続冷却試験を行った。ミクロ組織観察および硬さ測定から算出された,ベイナイト変態開始温度(Bs点)は540°C,マルテンサイト変態開始温度(Ms点)は430°Cであった。

2・2 等温保持試験

1400°C×23 s加熱を行い,入熱量50 kJ/mm相当の溶接部の旧γ粒径(400~500 µm)を再現した。その後,高強度鋼のHAZ組織を再現するために,粒界フェライトの生成を抑制し,ベイナイト単相組織になるように,直ちに530°CまでHeガスで急冷し,Bs点直下近傍の530°C×7 s,21 s,20 ks保持後,室温までHeガスで急冷した(Fig.1)。この熱処理により,530°C×7 s,21 s保持で変態初期の,530°C×20 ks保持で変態末期のベイナイト組織が得られ,その後急冷することで,未変態の部分はマルテンサイトとなる。急冷時の冷却速度は,予備試験にてマルテンサイト単相組織になることが確認された,100°C/sとした。フォーマスタ試験機(富士電波工機社製)を用いて高周波熱処理を行い,温度変化に対する線膨張量の変化を測定した。変態率は,各時間の保持における線膨張量を変態による全線膨張量で割ることにより求めた。

Fig. 1.

Schematic diagram of applied heat treatment.

等温保持後急冷した試験片の断面を鏡面研磨した後,3%ナイタール液でエッチングを施し,電解放射型走査型電子顕微鏡(Filed Emission Scanning Electron Microscope: FE-SEM)(日本電子(株)製,JSM-6500F)にてミクロ組織を観察した。観察条件は,加速電圧15 kV,倍率250~4,000倍である。得られたSEM画像から,GBBの面積を計測し,GBBのサイズを円相当径で算出した。

また,SEMに装着されたエネルギー分散型X線分光法(Energy Dispersive X-Ray Spectroscopy: EDS)により,IGB核となっている介在物の元素分析を実施した。

2・3 結晶方位解析

530°C×21 s保持後急冷した試験片の断面を鏡面研磨した後,クロム酸リン液を電解液とする電解研磨を施し,後方散乱電子回折(Electron Backscatter Diffraction: EBSD)にて,IGBとGBBの結晶方位を測定した。EBSD測定では,倍率は2,500~3,000倍で,測定ステップ幅は0.1 µmとした。

EBSD測定データから,IGBとGBBの結晶方位解析を行った。Table 2にKurdjumov-Sachs(K-S)関係の24通りのバリアントを示す19)。最密面グループ(Close-Packed: CP)はCP1~CP4,同一のベイン対応グループはB1~B3とした。同一ベイン対応グループのバリアントは,K-S関係を示す(001)極点図においては,旧γ粒の{001}γを囲むように生成される(Fig.220))。本研究では,隣接する粒との角度差が5°以上ある境界をブロック境界と定義した21)。IGBとGBBのブロック幅は,成長方向に対して垂直方向の長さとして,測定した。また,EBSD測定から得た極点図とK-S関係の24通りのバリアントを対応させるため,(001)γ面で回転操作を行った。

Table 2. The 24 crystallographic variants for the K-S orientation relationship19).
VariantPlane parallelDirection parallelAngle from V1Group
V1(111)γ// (011)α’
CP1
[-1 0 1]γ // [-1 -1 1]α’B1
V2[-1 0 1]γ// [-1 1 -1]α’60.0B2
V3[0 1 -1]γ// [-1 -1 1]α’60.0B3
V4[0 1 -1]γ// [-1 1 -1]α’10.5B1
V5[1 -1 0]γ// [-1 -1 1]α’60.0B2
V6[1 -1 0]γ// [-1 1 -1]α’49.5B3
V7(1-11)γ// (011)α’
CP2
[1 0 -1]γ // [-1 -1 1]α’49.5B2
V8[1 0 -1]γ// [-1 1 -1]α’10.5B1
V9[-1 1 0]γ// [-1 -1 1]α’50.5B3
V10[-1 1 0]γ// [-1 1 -1]α’50.5B2
V11[0 1 1]γ// [-1 -1 1]α’14.9B1
V12[0 1 1]γ// [-1 1 -1]α’57.2B3
V13(-111)γ// (011)α’
CP3
[0 -1 1]γ // [-1 -1 1]α’14.9B1
V14[0 -1 1]γ// [-1 1 -1]α’50.5B3
V15[-1 0 -1]γ// [-1 -1 1]α’57.2B2
V16[-1 0 -1]γ// [-1 1 -1]α’20.6B1
V17[1 1 0]γ// [-1 -1 1]α’51.7B3
V18[1 1 0]γ// [-1 1 -1]α’47.1B2
V19(11-1)γ// (011)α’
CP4
[-1 1 0]γ // [-1 -1 1]α’50.5B3
V20[-1 1 0]γ// [-1 1 -1]α’57.2B2
V21[0 -1 -1]γ// [-1 -1 1]α’20.6B1
V22[0 -1 -1]γ// [-1 1 -1]α’47.1B3
V23[1 0 1]γ// [-1 -1 1]α’57.2B2
V24[1 0 1]γ// [-1 1 -1]α’21.1B1
Fig. 2.

{001} pole figure showing the orientations of the 24 martensite variants transformed from a single crystal austenite that maintain the K-S orientation relationship, [001]γ // ND20).

2・4 シリアルセクショニング法を用いたミクロ組織の3次元光顕観察

530°C×21 s保持後急冷した試験片について,光学顕微鏡観察およびシリアルセクショニング法((株)中山電機社製,Genus_3D)を用いて,試験片表面の観察,撮影,研磨,エッチングを自動で繰り返し,得られた画像データから3次元像を再構築した。1回の自動研磨深さは約0.5 µmで行い,3次元構築には,Thermo Fisher Scientific社製Avizo for industrial Inspectionを用いた。

3. 実験結果

3・1 ミクロ組織観察

3・1・1 等温保持試験と変態末期のミクロ組織

Fig.3に等温保持試験における線膨張量の変化を示す。530°C×7 s,21 s,20 ksの変態率はそれぞれ5%,17%,85%である。Fig.4に530°C×20 ks保持後急冷した試験片(変態率: 85%)のナイタール腐食組織を示す。後述するが,IGBの生成が確認されており,γ粒内は微細なIGB組織で構成されている。一方で,一部のγ粒界から円相当径で168 µmの比較的粗大なGBBが生成している。GBBを6視野観察したところ,そのサイズは円相当径で130~200 µmであった。ただし,IGBが存在せず組織全体がGBBである場合,GBBのサイズは旧γ粒径相当の400 µm程度になることが予想される。それに対し,今回のIGBが生成したTi脱酸鋼では,GBBのサイズはある程度微細化しており,かつ粒内は微細な組織であることから,IGBの活用により靭性が向上することは明らかである。これは,先行知見13,16)とも一致する。

Fig. 3.

Dilatation curve.

Fig. 4.

SEM image after holding at 530°C for 20 ks.

3・1・2 変態開始時のミクロ組織

変態開始時のミクロ組織の観察を行うために,530°C×7 s保持後急冷した試験片(変態率: 5%)について,ナイタール腐食組織のSEM観察を実施し,その結果をFig.5に示す。ミクロ組織は,530°C保持により生成したベイナイトと,急冷直前にγであった部分が急冷時に変態したマルテンサイトで構成されている。変態開始時において,介在物を起点とした粒内変態組織が生成している(Fig.5(a))。焼入れ性の高い鋼材で,変態温度が低く,ラス状組織であることから,せん断機構で生成していると考えられる。先行知見13)でも同様の組織が観察されており,この粒内変態組織をIGBと定義する。また,GBBの生成も観察され(Fig.5(b)),変態開始から,IGBとGBBの両方が生成する。本研究では,530°C保持で生成するベイナイトはIGBとGBBである。また,IGBの生成が確認された5つの介在物のEDS元素分析を行った結果,IGB核は全てTi系酸化物を含んだ介在物であり,先行知見13,16)とも一致する。

Fig. 5.

SEM images after holding at 530°C for 7 s, (a) IGB and (b) GBB.

3・1・3 変態初期のミクロ組織

変態初期のミクロ組織の観察を行うために,530°C×21 s保持後急冷した試験片(変態率: 17%)について,ナイタール腐食組織のSEM観察を実施し,その結果をFig.6に示す。GBBは,変態初期で既に円相当径で100 µm程度に成長しており,その長さは約90 µmである。しかしながら,一部の成長が遅れており,その長さは60 µm程度となっている(Fig.6(a))。高倍で観察すると(Fig.6(b)),GBBの成長が遅れている部分には,複数のIGBが生成している。

Fig. 6.

SEM images after holding at 530°C for 21 s (a), and a magnified image (b). (Online version in color.)

3・2 結晶方位解析

3・2・1 IGBの結晶方位

530°C×21 s保持後急冷した試験片で生成したIGBの2箇所のSEM観察および結晶方位解析結果をFig.7およびFig.8に示す。(b)のIQマップでは,方位差の小さい(方位差5°未満)領域(1つのブロックに対応)をそれぞれハイライトし,(c)の極点図の色と対応させている。また,(c)の極点図では,(d)のK-S関係の24通りのバリアントと比較しやすいように回転操作を行っている。ここでは,緑でハイライトしたIGBをV1と決め,他のIGBのバリアントを解析している。

Fig. 7.

Variant analysis of IGB①, (a) SEM image, (b) IQ map, (c) Pole figure and (d) 24 variants.

Fig. 8.

Variant analysis of IGB②, (a) SEM image, (b) IQ map, (c) Pole figure and (d) 24 variants.

IGB①とIGB②ともに,介在物を起点としてブロックが複数の方向に生成している様子が観察され,1つのブロック幅は1~3 µmである。IGB①では,同一方向には,同じCPグループ(V1に対してV3あるいはV4)のブロックが生成してパケットを形成しており,方位差の小さい同じベイン対応グループ(V1に対してV8)のブロックも生成している。一方で,別方向には,別のCPグループ(V1に対してV23)のブロックが生成している。マルテンサイトでは,V1/V4のペアだけでなく,方位差が同等に小さいV1/V8のペアも頻繁に観察され22),変態に伴う応力および歪が緩和されることが報告されており23),それと類似した様子が観察された。また,IGB②でも,IGB①と同様に,同一方向には,同じCPグループ(V1に対してV2)のブロックが生成してパケットを形成しており,方位差の小さい同じベイン対応グループ(V1に対してV8,V2に対してV7)のブロックも生成している。IGB組織を5視野観察し,全て同様の結晶学的特徴を確認した。

3・2・2 GBBの結晶方位

530°C×21 s保持後急冷した試験片で生成したGBBのSEM観察および結晶方位解析結果をFig.9に示す。3・2・1と同様に,(b)のIQマップでは,方位差の小さい領域をハイライトし(c)の極点図の色と対応させ,(c)の極点図では,回転操作を行っている。GBBは,旧γ粒界からブロックが不連続に多数生成しており(Fig.9(b)),全て同じバリアントであった(Fig.9(c))。また,GBBのブロック幅も1~3 µmであり,IGBと同じサイズであった。GBB組織を5視野観察し,全て同様の結晶学的特徴を確認した。

Fig. 9.

Variant analysis of GBB, (a) SEM image, (b) IQ map, (c) Pole figure and (d) 24 variants.

3・2・3 IGBとGBBの結晶方位関係

530°C×21 s保持後急冷した試験片について,Fig.6と同視野で結晶方位解析を行った結果をFig.10に示す。3・2・1と同様に,(a)のIQマップでは,方位差の小さい領域をハイライトし(b)の極点図の色と対応させ,(b)の極点図では,回転操作を行っている。ここでは,GBBのバリアントをV1として,IGBのバリアントを解析している。

Fig. 10.

Variant analysis result of IGB and GBB, (a) IQ map, (b) Pole figure, (c) 24 variants, (d) SEM image.

Fig.9と同様,GBBは全て同じバリアントのブロックで構成され,1つのパケットを構成している。Fig.10で観察された6個のIGBは,GBBとは別のCPグループである。IGBとGBBの結晶方位関係を6視野測定した結果,観察された41個のIGBのうち,6個がGBBと同じCPグループで,35個がGBBと別のCPグループであった。先行知見14)では,IGBとGBBの{110}α面はほとんど平行であり,同じCPグループであることが報告されていたが,本研究では,多くのIGBを観察した結果,GBBとは別のCPグループのIGBも生成する。異なるCPグループのIGBがGBBの成長方向を遮るように存在している。

また,Fig.10(a)から,V15,V17およびV18のIGBの左側には,GBBと同じV1のバリアントの組織が観察される。SEM観察では,GBBの成長が遅れているように見えたが(Fig.6),結晶方位解析から,GBBはIGBを通過し成長している可能性がある。

3・3 3次元構造の観察

3・2・3で,GBBはIGBを通過し成長している可能性があったので,IGBとGBBの3次元的な位置関係を把握するために,光学顕微鏡観察およびシリアルセクショニング法を用いて3次元像を再構築した。530°C×21 s保持後急冷した試験片で生成したIGBとGBBの3次元像再構築前の光顕写真をFig.11に示す。Fig.6と同様に,IGB③とIGB④はGBBの成長方向を遮るように存在している。Fig.12に同視野のIGBとGBBの3次元像を示す。ここでは,急冷時に変態したマルテンサイトを除き,介在物,IGBおよびGBBのみに色付けを行っている。IGB③とIGB④は1つの介在物から異なる方向に生成したIGBである。Fig.11で観察されたように,IGBと衝突した部分のGBBの成長は停止しており,IGBはハードインピンジメントによりGBBの成長を抑制する。一方で,GBBは,2次元的には旧γ粒界に沿って生成していたが,3次元的には粒界面全体に沿って同一方向に多数生成しており,IGBと衝突していない部分のGBBの成長は停止しない。

Fig. 11.

Optical micrograph before reconstruction of 3D image.

Fig. 12.

3D image of IGB and GBB.

4. 考察

4・1 IGBとGBBのミクロ組織の違い

Table 3にIGBとGBBのミクロ組織の違いのまとめを示す。ここでは,本研究で観察されたIGBとGBBの模式図も合わせて示す。IGBでは,1つの介在物から,幅1~3 µmのブロックが同一方向に2個生成してパケットを形成し,方位差の小さいベイン対応グループのブロックも生成する場合がある。また,IGBは多方向に生成し,複数のパケットを形成する。一方で,GBBでは,旧γ粒界から,幅1~3 µmのブロックが不連続に多数生成し,全て同じバリアントであるため,多数のブロックが1つのパケットを構成する。

Table 3.

Differences in the microstructures of IGB and GBB.

Kaneshitaら24)によれば,GBBの核生成におけるバリアント選択則は,(1)ベイナイトが両側のγ粒とnear K-S関係であること,ベイナイトの(2)成長方向と(3)晶癖面がγ粒界面に平行であること,(4)ベイナイト変態に伴う歪を塑性緩和することの4条件で拘束され,特に(1)の拘束が最も強く,C量が低く変態温度が高いほど,拘束が強まることが報告されている。本研究でも,Fig.6およびFig.9を見ると,GBBは反対側のγ粒にも成長しており,GBBが全て同じバリアントのブロックで構成された要因は,(1)の両側のγ粒との方位関係を持つため,バリアント選択が拘束されたことによると考えられる。一方で,IGBが複数のブロックで構成された要因は,上記の4条件のうち,最も強い(1)のバリアント選択の拘束がないこと,加えて,核生成サイトが介在物と母相の界面で曲率を持つため,ベイナイトの(2)成長方向と(3)晶癖面が介在物と母相の界面と平行になる部分を選択可能であると考えられる。

IGBとGBBのブロック数が大きく異なる要因として,核生成サイトである介在物とγ粒界のサイズの違いが影響していると考えられる。IGBでは,介在物のサイズが数 µm程度であり,IGBのブロック幅とほとんど同じであるため,介在物から多数のIGBのブロックが生成することができない。一方で,GBBでは,3次元観察から広いγ粒界面上で隣接して多数のブロックが生成している。GBBの核生成サイトは,粗大な数100 µm程度のγ粒界面全体であり,核生成サイトのサイズがGBBのブロック幅よりも十分大きいため,多数のGBBのブロックが生成することができる。

すなわち,IGBとGBBのミクロ組織が異なる要因は,IGBとGBBの核生成挙動の違いであり,ベイナイトの核生成におけるバリアント選択則による拘束の違いとともに,核生成サイトの違いに起因して,隣接して生成可能なブロックの生成数が異なるからであると考えられる。

4・2 IGBとGBBの変態温度および競合状態

Fig.13にベイナイト変態の模式図を示す。変態開始から,IGBとGBBの両方が生成し,競合する(Fig.13①)。変態初期において,GBBでは,同一バリアントのブロックがγ粒界から多数生成し,変態初期で既に100 µm程度の粗大な組織を形成する一方で,IGBはハードインピンジメントにより,GBBの成長を抑制する(Fig.13①)。ただし,3次元観察の結果から,IGBと衝突した部分のGBBの成長は停止するが,IGBと衝突していない部分のGBBの成長は停止しない。そのため,GBBは,一部が変態初期でIGBと衝突していても,それ以外の部分が他のIGBと衝突する,または,変態が完了するまで成長が進み,円相当径で130~200 µmまで粗大化する(Fig.13②)。

Fig. 13.

Schematic diagram of bainite transformation.

このことから,先行知見や本研究のTi脱酸鋼において,IGBが生成しているにもかかわらず,比較的粗大なGBBが生成する要因は,全てのGBBブロックがIGBと衝突する,あるいは,変態が完了するまでGBBが成長を続けることである。GBBは,IGBよりも隣接して生成可能なブロック数が多く,また,これらのブロックが同一バリアントであるため,変態初期で粒径差が発生し,かつ,IGBと衝突しない部分ができる。すなわち,IGBの活用によりGBBの粗大化を抑制し,高強度鋼のHAZの有効結晶粒を更に微細化するには,変態初期でGBBと衝突するIGBの数を増加させることが必要であると考えられる。

また,IGBの有効活用には,IGBの核生成の駆動力の視点も重要である。一般的には,γ粒界から変態が開始する3,25)のに対し,本研究では,IGBとGBBの変態温度は同じであった。これは,Ti系酸化物が周囲にMn欠乏層を形成しα変態駆動力を増加させる46,15)ためであり,本研究の熱履歴の場合,IGBの変態温度はGBBと同じ温度まで上昇したと考えられる。IGBの核生成の駆動力を更に増加させることができれば,GBBよりも変態温度が向上し,変態初期でのIGBの生成数が増加し,GBBの更なる粗大化抑制が可能であると考えられる。

5. 結言

IGBとGBBのミクロ組織の違い,変態温度および競合状態を明らかにするために,TS780MPa級相当のTi脱酸鋼を用いて,ベイナイト変態開始温度近傍の530°Cで保持した後急冷した試験片を作製し,変態初期過程のIGBとGBBについて,SEMによるミクロ組織観察,EBSDによる結晶方位解析,光顕およびシリアルセクショニングによる3次元構造の観察を行い,以下の結論を得た。

(1)IGBとGBBのミクロ組織の違いについて,IGBでは,介在物と母相の界面から,ブロック2個のパケットが複数生成するのに対し,GBBでは,粗大なγ粒界面全体から,同一バリアントのブロックが多数生成し,1つのパケットを構成する。本研究のGBBが全て同じバリアントのブロックで構成された要因は,両側のγ粒との方位関係を持つため,バリアント選択が拘束されたことによると考えられる。すなわち,IGBとGBBのミクロ組織が異なる要因は,IGBとGBBの核生成挙動の違いであり,ベイナイトの核生成におけるバリアント選択則による拘束の違いと,核生成サイトの違いに起因した,隣接して生成可能なブロックの生成数の違いであると考えられる。

(2)IGBとGBBの競合状態について,IGBとGBBの変態温度は同じであり,変態開始から,IGBとGBBの両方が生成し,競合する。変態初期において,GBBでは,同一バリアントのブロックがγ粒界から多数生成し,変態初期で既に100 µm程度の粗大な組織を形成する一方で,IGBはハードインピンジメントにより,GBBの成長を抑制する。ただし,IGBと衝突した部分のGBBの成長は停止するが,IGBと衝突していない部分のGBBの成長は停止しない。先行知見や本研究のTi脱酸鋼において,IGBが生成しているにもかかわらず,比較的粗大なGBBが生成する要因は,全てのGBBブロックがIGBと衝突する,あるいは,変態が完了するまでGBBが成長を続けることである。

(3)IGBの活用によりGBBの粗大化を抑制し,高強度鋼のHAZの有効結晶粒を更に微細化するには,変態初期でGBBと衝突するIGBの数を増加させること,IGBの核生成の駆動力を更に増加させることが必要であると考えられる。

文献
 
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