2023 Volume 109 Issue 9 Pages 770-778
We analyzed the crystal orientation of pure iron with two-way cold-rolling and subsequent annealing. As-received pure iron sheets were cold-rolled in the vertical direction against the cold-rolling direction of the as-received sheet, and then in the cold-rolling direction of the as-received sheet. The cold-rolled specimens were annealed in two conditions (short-term and long-term annealing). As short-term annealing, cold-rolled specimen was heated to desired temperature, and then water-quenched to room temperature (298 ± 2 K). As long-term annealing, cold-rolled specimen was heated to 1123 K and held for up to 180 min, and then furnace-cooled for up to 150 min and water-quenched to room temperature. The strain distribution of cold-rolled specimen was uniform, and Goss orientation grains were observed at the interface of α-fiber and γ-fiber and within the micro-shear bands in γ-fiber. By short-term annealing, Goss orientation grains within micro-shear bands grew, whereas those at the interface of α-fiber and γ-fiber disappeared. Abnormal grain growth of Goss orientation grains was attributed to the existence of grains having Σ9 grain boundaries against Goss orientation grains. In addition, existence of multiple adjacent Goss orientation grains played crucial role on the abnormal grain growth of Goss orientation grains.
材料の高付加価値化が進む現代において,材料の特性を極限まで引き出すことは非常に有用である。鉄鋼材料の加工性および磁気特性を向上させる手法の一つに,集合組織の制御が挙げられる1,2)。従来,鉄鋼材料における集合組織の制御については,材料の深絞り性に影響をおよぼすr値の向上を目指した研究が広くすすめられてきた3,4)。
純鉄および極低炭素鋼に対して冷間圧延を施すと,材料の圧延方向と垂直な方向(ND)に{111}面が垂直なγ-fiber,材料の圧延方向(RD)に<110>方向が平行なα-fiberの両方が発達した圧延集合組織となることが従来よく知られている5)。それを焼鈍すると,ひずみの溜まりやすいγ-fiber領域内から生じた再結晶粒が,ひずみの溜まりにくいα-fiber領域を蚕食することで,最終的にγ-fiberのみが発達した再結晶集合組織となる。このγ-fiberの発達により鉄鋼材料のr値が向上するため,従来はγ-fiberを発達させる研究が主であった。
このような従来知見とは異なる集合組織を得る手法として,合金元素の添加による集合組織制御が広く行われてきた。例えば,Siを約3%添加した鋼板を冷間圧延および焼鈍することで,Goss方位({110}<001>)を発達させた電磁鋼板が有名である6–8)。また筆者ら9)は,Nbを添加した低炭素鋼を冷間圧延後に急速加熱することで,α-fiberを有する再結晶フェライト粒が圧延方向に沿って生成することを見出した。
一方で,添加元素のない純鉄において,従来知見とは異なる集合組織を得る研究も近年行われている。Tomitaら5)は,純鉄を99.8%の圧下率で強圧下冷間圧延を施すことでα-fiberにもひずみが溜まり,それを焼鈍することでα-fiberが極端に発達した集合組織が得られることを報告した。またOkaiら10)は,冷間圧延と焼鈍を2回繰り返すことで,Cube方位({100}<001>)に近い配向を示した集合組織が得られることを報告した。これらの従来知見は,純鉄であっても冷間圧延の条件によってさまざまな集合組織が得られることを示唆している。そこで筆者ら11)は,冷間圧延の方向に着目し,二方向冷間圧延を施した純鉄を焼鈍すると,結晶方位がランダム化し,それに伴ってGoss方位が現出することを見出した。一般に,Goss方位を有した再結晶粒は,冷間圧延によって生じたせん断帯から核生成することが知られている12)。純鉄においてGoss方位が発達した事例はほとんどなく,合金元素を含む鉄鋼材料において発達することが多い。これは,固溶元素の存在により,冷間圧延時にせん断帯が発生しやすくなることに起因する12)。純鉄は固溶元素をほとんど含まないため,冷間圧延によりせん断帯が生じにくいことから,Goss方位も発達しにくいとされている。
以上のことから,筆者らが確認した純鉄における結晶方位のランダム化やGoss方位の現出は特異な現象であるが,二方向冷間圧延および焼鈍過程における純鉄の結晶方位変化のメカニズムは必ずしも明らかではない。そこで本研究では,特に結晶方位のランダム化とGoss方位の現出に着目し,二方向冷間圧延および焼鈍を施した純鉄における結晶方位解析を行った。
供試材には,純鉄の板材(t=1.4 mm)を用いた(以下「原板」と称する)。原板の平均結晶粒径は22.0 µmであり,α-fiberとγ-fiberの両方が発達した純鉄の典型的な集合組織であることを既に報告している11)。この原板に対し,原板の圧延方向と垂直な方向にt=0.98 mmまで冷間圧延を施した後,原板の圧延方向と同じ方向にt=0.56 mmまで冷間圧延を施した。また比較材として,原板の圧延方向と同じ方向にt=0.56 mmまで冷間圧延を施した試料も用意した。いずれも最終的な圧下率は60%であった。
冷間圧延を施した試料に対して,再結晶粒の核生成過程を捉えるための短時間焼鈍,粒成長過程を捉えるための長時間焼鈍をそれぞれ真空中で行った。なお,短時間および長時間焼鈍ともに二方向冷間圧延材のみを対象としてそれぞれ行った。
(1)短時間焼鈍:823 Kまで5 K/sで昇温した後,等温保持せずに水冷した。
(2)長時間焼鈍:1123 Kまで約0.16 K/sで昇温した後等温保持した。その後,約0.04 K/sで徐冷した後水冷した。ここで,上記等温保持時間を0~180 min,徐冷時間を0~150 minの範囲で変化させることで,粒成長度合いが異なる29個の試料を得た。
冷間圧延および焼鈍を施した試料について,SEM-EBSD(JEOL,JSM-7001FA)によりミクロ組織観察および結晶方位測定を行った。この時,試料のND-RD面を観察面とした。また,冷間圧延および短時間焼鈍材における測定ステップサイズは0.1 µm,長時間焼鈍材では2~7 µmとし,正方格子状に測定した(長時間焼鈍材については,測定範囲に応じて適切なステップサイズを設定)。本研究では,焼鈍による結晶方位変化を詳細に解析するため,二方向冷間圧延材と短時間焼鈍材における結晶方位の同一視野測定を行った。測定視野の目印として冷間圧延材に圧痕を打った後,EBSD測定を行った冷間圧延材を焼鈍し,冷間圧延材のEBSD測定視野と同一の視野にて焼鈍材のEBSD測定を行った。EBSD測定により得られたデータを,OIM(Orientation Imaging Microscopy)analysis 7によって解析した。さらに長時間焼鈍材については,測定されたGoss方位粒とその周囲粒の粒径を算出した。この時,最大フェレ径を粒径とした。また,結晶方位解析の簡略化のため,従来報告13)を基にGoss方位粒の周囲粒の結晶方位を9つに分類した(Fig.1)。本研究では,NDおよびRDの結晶方位をそれぞれ9つに分類したため,全ての結晶粒の方位を81種類に分類している。
Classification of orientations of grains around Goss orientation grains in long-term annealed specimen.
一方向冷間圧延を施した試料のImage quality(IQ)map,Kernel average misorientation(KAM)mapおよびInverse pole figure(IPF)map(NDおよびRD)をFig.2に示す。KAM mapとは,ある測定点とその隣接測定点との結晶方位差をカラーマップとして表した図のことで,赤に近いほど方位差が大きく,蓄積ひずみが大きい領域とみなすことができる。一方向冷間圧延材では,低ひずみおよび高ひずみ領域が明確に分かれており,特に結晶粒界(図中の矢印)やγ-fiber内が高ひずみであった。この結果は従来報告14)と一致する。二方向冷間圧延材のIQ map,KAM mapおよびIPF map(NDおよびRD)をFig.3に示す。一方向冷間圧延材と比較して,組織全体にひずみが均一分散しており,γ-fiber以外の領域も高ひずみであった。また,組織全体に多数のマイクロせん断帯(図中の矢印)が形成されていた。マイクロせん断帯とは,一つの結晶粒内に形成されるせん断帯のことであるが,観察されたマイクロせん断帯は一つの結晶粒内でも複数の方向に形成されており,マイクロせん断帯同士がクロスする部分も散見された。
(a) IQ, (b) KAM, and IPF maps in the (c) ND and (d) RD of one-way cold-rolled specimen.
(a) IQ, (b) KAM, and IPF maps in the (c) ND and (d) RD of two-way cold-rolled specimen.
さらに,二方向冷間圧延材と短時間焼鈍材における結晶方位の同一視野測定を行い,得られたIQ mapおよびIPF map(NDおよびRD)をFig.4に示す。冷間圧延材(Fig.4(a-c))における黒枠内の領域と焼鈍材(Fig.4(d-f))の測定視野とがそれぞれ対応している。二方向冷間圧延材では,白矢印で示すα-fiber/γ-fiber界面および粒界三重点においてGoss方位粒(IQ mapにおける赤い領域)が観察された。加えて,青矢印で示すγ-fiber内のマイクロせん断帯にもGoss方位粒が観察された。ただし,いずれの核生成サイトにおいても,Goss方位以外の方位を持つ結晶粒も観察された。それに対し短時間焼鈍材では,二方向冷間圧延材において観察されたα-fiber/γ-fiber界面のGoss方位粒は消失した。一方,二方向冷間圧延材でわずかに存在していたγ-fiber内のマイクロせん断帯におけるGoss方位粒は,消失することなくマイクロせん断帯に沿って発達した。
(a,d) IQ and IPF maps in the (b,e) ND and (c,f) RD obtained from the same region of two-way cold-rolled and short-term annealed specimens.
以上の結果を踏まえ,本研究における二方向冷間圧延および短時間焼鈍による結晶方位変化に関する模式図をFigs.5および6に示す。先行研究11)で得られた二方向冷間圧延材の特徴として,結晶方位のランダム化およびGoss方位の現出の2点が挙げられる。従来,純鉄および極低炭素鋼に一方向冷間圧延を施すと,γ-fiberにひずみが集中し,それを駆動力としてγ-fiber領域から再結晶が起こることで,最終的にγ-fiberのみが発達することがよく知られている5)。それに対し本研究では,先述したようにひずみが均一分散しており,γ-fiberに加えてα-fiberにもひずみが溜まっていた。そのようなひずみ状態の試料を焼鈍したことで,α-fiberのようなひずみが溜まりにくく再結晶が起こりにくい領域からの再結晶が誘発された。その結果,二方向冷間圧延時に発達していたα-fiberの保存および結晶方位のランダム化が生じたと考えられる。
Schematic illustration of microstructural evolution during two-way cold-rolling.
Schematic illustration of texture evolution during short-term annealing.
さらに,従来一方向冷間圧延によってGoss方位粒が生じた事例はほとんどないのに対し,本研究では二方向冷間圧延を行った時点で微細なGoss方位粒が観察された(Fig.4(a-c))。α-fiber/γ-fiber界面および粒界三重点においてGoss方位粒が生じた原因は特定できておらず,今後詳細な解析が必要である。一方で,せん断帯内部における微細なGoss方位粒の存在については,従来いくつかの報告がある。たとえばNakanishiら15)は,冷間圧延を施した低炭素鋼において生じたせん断帯内部には,極微細なGoss方位粒が存在することを確認している。またNaveら12)は,初期結晶粒が粗大な低炭素鋼を冷間圧延すると,{111}<112>加工粒内に極微細なGoss方位粒が存在することを確認している。さらにHarataniら6)も,母相を{111}<112>方位粒と考えた時,せん断帯での結晶回転によりGoss方位粒が形成すると報告している。本研究においても,Fig.4(a-c)の下部において青矢印で示したGoss方位粒は,{111}<112>加工粒内に存在していることがわかる。これらのことから,二方向冷間圧延の時点では観察されず,短時間焼鈍後に現出したGoss方位粒11)は,二方向冷間圧延により生じたマイクロせん断帯が起源の可能性が考えられる。
3・2 長時間焼鈍材の結晶方位解析 3・2・1 Goss方位粒とその周囲粒の粒径長時間焼鈍を施した試料の代表的なIPF map(NDおよびRD)をFig.7(等温保持時間:180 min,徐冷時間:150 min)に示す。長時間焼鈍により,Goss方位粒の異常粒成長を確認した。この粗大粒の粒径は約6 mmであった。従来,純鉄においてGoss方位粒が異常粒成長した事例はほとんどなく,本研究で観察されたGoss方位粒の異常粒成長は極めて特異な現象である。また,長時間焼鈍を施した29個の試料において観察されたGoss方位粒の粒径と,その周囲粒の平均粒径との関係をFig.8に示す。この際,抽出したGoss 方位粒の数は185個,Goss 方位粒の周囲粒の数は1398個であった。従来,Goss方位粒の異常粒成長には,Σ9対応粒界が重要な役割を果たすことが報告されている7)。したがって本研究では,Σ9対応粒界に着目しGoss方位粒の異常粒成長について解析した。以降,Goss方位粒とΣ9対応粒界を形成する周囲粒をΣ9粒と称する。本研究において観察されたΣ9粒のほとんどは,{111}<112>および{411}<148>方位に近い方位を有していた。
Typical IPF maps of long-term annealed specimen.
Relationship between Goss orientation grains size and average size of grains around Goss orientation grains in long-term annealed specimens.
Goss方位粒の粒径が25 µm以下の時,Σ9粒の平均粒径はΣ9粒以外のものに比べて15 µm程度大きかった。一方,Σ9粒以外の平均粒径は,組織全体の平均粒径とほぼ同等であった。これは,Σ9粒がGoss方位粒を蚕食したことで,周囲粒よりも粗大化したためと考えられる。これにより,Goss方位粒の粒径のみが減少し,Σ9粒の平均粒径のみが増加したと推察される。また,Goss方位粒の粒径(~75 µm)が大きくなるにつれて,Σ9粒の平均粒径は減少した。一方,Σ9粒以外の平均粒径にはほぼ変化がなく,組織全体の平均粒径とほぼ同等であった。これは,特定のGoss方位粒にΣ9粒が蚕食されているためと考えられる。つまり,Goss方位粒がΣ9粒に蚕食される場合と,Goss方位粒がΣ9粒を蚕食する場合との両方が起こっていると推察される。さらに,Goss方位粒の粒径が75 µm以上になると,Goss方位粒とΣ9粒の平均粒径は5~10 µm程度大きくなった。これは,Goss方位粒に蚕食されていたΣ9粒,Σ9粒に蚕食されていたGoss方位粒がそれぞれ完全に蚕食されたことにより,比較的小さなGoss方位粒とΣ9粒の割合が減ったことで,平均粒径としては増加したと考えられる。
Goss方位粒の粒径が100 µm以上になると,全ての結晶粒が大きくなり,それに伴って組織全体の平均粒径も増加した。これは,長時間焼鈍によって組織全体の正常粒成長が進んだことによるものと考えられる。一方,Goss方位粒の粒径が225 µm以上とかなり粗大化しても,Σ9粒およびΣ9粒以外の平均粒径にあまり変化は見られなかった。これは,Goss方位粒の粒径が一定以上大きくなると,周囲粒の素性に関係なくGoss方位粒が周囲粒を蚕食するためと考えられる。
3・2・2 Goss方位粒の集中度Goss方位粒の異常粒成長初期段階において,どのようなGoss方位粒がΣ9粒を蚕食し,どのようなGoss方位粒がΣ9粒に蚕食されるのかを明らかにすべく,Goss方位粒とその周囲粒との関係をさらに詳細に調査した。EBSD測定した29個の試料のうち,特徴的な挙動を示したGoss方位粒をFig.9に示す(等温保持時間:180 min,徐冷時間:0 min)。近接している2つのGoss方位粒同士が合体し,周囲粒よりも粗大な1つの結晶粒になる様子が確認できた。また,このような近接するGoss方位粒同士の合体は,図中の矢印で示すように複数の領域で起こっていた。このことから,二方向冷間圧延および焼鈍によって生成されたGoss方位粒のうち,他のGoss方位粒と近接して存在するものは,合体および粒成長が容易に起こるため粗大化しやすいと考えられる。
IPF maps when the coalescence of adjacent Goss orientation grains during long-term annealing.
ここで,任意のGoss方位粒が他のGoss方位粒とどれくらい近接して存在するのか,またどれくらい多くのGoss方位粒と近接して存在するのかについて,定性的な表現として「Goss方位粒の集中度」と称する。本研究で観察されたGoss方位粒同士の合体による粗大化は,Goss方位粒の集中度が高いほど顕著に起こることが想定される。Inokuti16)は,試料の表面付近においてGoss方位粒は生成しやすいことを報告している。また,熱間圧延で試料表層近傍に形成されたGoss方位は,冷間圧延によって{111}<112>方位まで結晶回転し,再結晶焼鈍によって再びGoss方位となることが知られている17)。再結晶焼鈍後にGoss方位が再び形成される理由の一つとして,3・1で述べたように冷間圧延中に形成されたせん断帯の中にGoss方位の再結晶核が形成されていたためという報告がある6)。本研究においても,二方向冷間圧延によって比較的試料の表面付近に形成されたマイクロせん断帯内にGoss方位粒が集中して生成していた。その結果,Goss方位粒の集中度が高くなったことで,Goss方位粒同士の合体による粗大化が起こったと考えられる。
3・2・3 Goss方位粒の粒界の曲率一般に,駆動力が転位密度である再結晶において,粒界が正の曲率の場合,注目した結晶粒はその周囲粒を蚕食しているとみなせる。一方粒界が負の曲率の場合,注目した結晶粒は周囲粒に蚕食されるとみなせる。また,粒成長の駆動力は粒界エネルギーであり,粒界エネルギーの総和を小さくすべく粒成長が起こるため,曲率が小さくなるように粒成長が起こる18)。このように,再結晶および粒成長の過程を解析する上で,粒界の曲率は非常に重要な因子である。そこで本研究では,先述したGoss方位粒の集中度に加えて,Goss方位粒の粒界の曲率にも着目した。なおここでは,注目した結晶粒から見て上に凸となっている粒界を「正の曲率」の粒界,下に凸となっている粒界を「負の曲率」の粒界と称する。
EBSD測定した29個の試料のうち,特徴的な挙動を示したGoss方位粒(Fig.9とは別の試料)をFigs.10(等温保持時間:180 min,徐冷時間:0 min)および11(等温保持時間:135 min,徐冷時間:0 min)に示す。Fig.10に示すように,集中して存在するGoss方位粒に挟まれるようにしてΣ9粒が存在していた。それに加えて,Goss方位粒とΣ9粒が成す粒界に注目すると,Goss方位粒から見て正の曲率となっていた。この場合,粒成長の主たる駆動力は粒界エネルギーであるため,近接して存在するGoss方位粒同士が合体することで,粒界エネルギーの総和を小さくすることができる。さらに,そのGoss方位粒の間にΣ9粒が存在することにより,易動度が大きいΣ9対応粒界がGoss方位粒の粒成長を促進させる可能性が考えられる。これらのことから,Fig.10に示す2つのGoss方位粒は,間にあるΣ9粒を蚕食していると考えられ,このまま焼鈍を続けるとΣ9粒を蚕食しきって合体し,粗大なGoss方位粒となると考えられる。つまり,Goss方位粒が周囲粒よりも粗大化するには,Goss方位粒の集中度に加えて,集中して存在するGoss方位粒の間や近傍にΣ9粒が存在しているかが重要であると推察される。またFig.11に示すように,単独で存在するGoss方位粒がΣ9粒に挟まれている様子も確認できた。Goss方位粒とΣ9粒とが成す粒界に注目すると,Goss方位粒からみて負の曲率となっていた。このことから,このGoss方位粒はΣ9粒に蚕食されていると考えられる。
IPF maps when Σ9 grains are consumed by Goss orientation grains during long-term annealing.
IPF maps when isolated Goss orientation grains are consumed by Σ9 grains during long-term annealing.
このように,周囲粒よりも粗大化したGoss方位粒は,サイズ効果により粒成長がさらに促進されたと考えられる。サイズ効果とは,ある結晶粒の粒径が臨界粒径よりも大きい場合粒成長がさらに進み,逆に小さい場合収縮するという現象のことである7)。つまり,粒径が周囲よりも大きい結晶粒ほど粒成長が進みやすいということになり,このことをHillert19)は粒成長の駆動力の観点から定式化した。本研究においても,先述したようにGoss方位粒が周囲粒よりも粗大化したことでサイズ効果が働き,最終的に超粗大なGoss方位粒が形成されたと考えられる。
一方で,先述した仮説に従わないGoss方位粒も観察された。EBSD測定した29個の試料のうち,特徴的な挙動を示したGoss方位粒とΣ9粒(Figs.9~11とは別の試料)をFig.12(等温保持時間:180 min,徐冷時間:60 min)に示す。周囲よりも粗大なΣ9粒は,Goss方位粒以外の周囲粒と直線的な粒界で接しており,粒界エネルギーの総和を小さくする原則およびサイズ効果から,それらの結晶粒を蚕食していると考えられる。一方,Goss方位粒に対してのみ負の曲率の粒界を形成しているため,単独で存在するGoss方位粒に蚕食されているともみなせる。これは,単独で存在するGoss方位粒でもΣ9粒を蚕食する可能性があることを示唆している。これら二つの現象は相反するものであるが,本研究では両方の現象が観察されたことから,これらの現象は複合的に作用していると考えられる。従来知見や結晶学的観点からは前者の現象が優位に作用し,単独で存在するGoss方位粒の中で条件が整ったもののみに後者の現象が作用すると考えられる。
IPF maps when coarse Σ9 grains are consumed by isolated Goss orientation grains during long-term annealing.
本研究では,冷間圧延方向および焼鈍条件を変えることによる純鉄の結晶方位変化およびそのメカニズムについて詳細に調査した結果,以下の知見を得た。
(1)原板に対し二方向冷間圧延を施すと,ひずみは組織全体に均一分散し,γ-fiber内にマイクロせん断帯が形成された。さらに,α-fiber/γ-fiber界面,粒界三重点およびγ-fiber内のマイクロせん断帯にGoss方位粒が観察された。
(2)二方向冷間圧延材を短時間焼鈍すると,冷間圧延時に存在していたα-fiber/γ-fiber界面および粒界三重点のGoss方位粒は消失した。一方,二方向冷間圧延時にわずかに観察されたγ-fiber内のマイクロせん断帯におけるGoss方位粒は,マイクロせん断帯に沿って粒成長した。
(3)二方向冷間圧延材を長時間焼鈍すると,Goss方位粒の異常粒成長が起こり,超粗大なGoss方位粒が形成された。また,異常粒成長の初期段階でGoss方位粒とΣ9対応粒界を形成する結晶粒の存在が,Goss方位粒の異常粒成長に寄与していることが示唆された。さらに,異常粒成長の初期段階におけるGoss方位粒の集中度も,Goss方位粒の異常粒成長に寄与していることが示唆された。