鉄と鋼
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鉄鋼中の水素-欠陥相互作用と水素誘起脆性(2)
飯野 牧夫
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1988 年 74 巻 5 号 p. 776-785

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抄録

鉄鋼の水素誘起脆性の本質を明らかにし,かつ現実に生じている鉄鋼の水素脆化にからむ問題解決の指針を求めるために,これまでに多くの研究がなされている.第2章に述べたいくつかの水素脆化モデルないし仮説は,非常に抽象的で一見役にたちそうにないように見えるものをも含めて,これまでに人類がこの問題の解決に傾けた知性の諸表現を整理する道標としてまあまあ納得できるものばかりであることに気付く.幾多の論争を経て,現在では水素脆化進展の速さをも説明できるものとして,転位による水素の運搬また同時に水素による転位易動度の増大という相互に強め合う二つの要素が水素脆化の進展に切つても切り離せない過程であり,従つてこれらの要素がモデルの中に入つていなければならないと,考える研究者が増えている.
鉄鋼中には,転位以外にも水素と相互作用を及ぼし合ういろいろな欠陥が含まれている.問題の大きい高強度鋼は,種々の密度Nの点欠陥(固溶硬化),線欠陥(高密度転位による強化),面欠陥(結晶粒微細化による強化,析出強化)など諸欠陥の導入によつて生まれた材料である.水素はこれらのすべての欠陥といろいろな大きさの相互作用をもつ.水素が転位(HB≈0.28eV)に運ばれてこれらの諸欠陥(これらもHBの大きさに応じた量の水素をかかえている)に遭遇するとき,最低の知識として,水素がどちらの方向にもらわれていくかを知らなければ,上に述べたモデルは役に立たないものになる.ところが,このHB及びNをこの目的の議論に耐える精度で求める方法論が現在まだ確立していない.この定量的ないし解析的側面の導入部分については以上に紙面の許す限り述べた.高温加熱による水素放出ピーク温度と水素トラップ結合エネルギーの関係については別の機会に述べることとする.
近年工業的重要性を増しているオーステナイト系ステンレス鋼,また更にf.c.c.金属の水素誘起脆性についてもその概要を述べた.b.c.c.Feの場合と同様に,f.c.c.金属の場合にも,転位による水素の輸送及び水素による転位の活性化を示す実験事実がこれまでに報告されているが,その機構に関してはb.c.c.Feの場合より更に不明な点を残している.両金属中の水素拡散の活性化エネルギーの著しいコントラスト,また水素化物形成傾向の違いが両金属中の水素-転位相互作用機構の違いをもたらす因子として本質的な役割を果たしているのか否かまず明らかにする必要がある.

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