季刊地理学
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研究ノート
石川県羽咋市におけるイノシシへの対策と食肉利用の展開
小野寺 美咲吉田 国光
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2024 年 76 巻 4 号 p. 163-180

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要旨

現代日本では,中山間地域を中心に野生鳥獣による農作物への被害が深刻化している。とくにイノシシについては,冬季に積雪する地域でも被害がみられるようになっている。本稿では,2013年からイノシシによる農作物被害がみられるようになった石川県羽咋市を事例に,自治体や住民によるイノシシへの対策と,捕獲したイノシシの食肉利用の取り組みを検討することから,有害鳥獣としてイノシシを捕獲し続けるための課題を明らかにすることを目的とした。とくに,新たに被害のみられるようになった北陸地方での取り組みを検討し,今後,新たに被害が発生して対策を企図するための基礎資料やイノシシの駆除をめぐる地理学における研究上の課題を示した。

Abstract

In recent years,Japan has experienced a significant increase in crop damage caused by wild birds and animals,particularly in mountainous and hilly areas. Damage by wild boars has been observed and expanded even in areas with snowfall in winter. The study area is Hakui City,Ishikawa Prefecture,where damage to crops by wild boars has been observed since 2013. This study examine the activities taken by local governments and residents against wild boars and the use of captured wild boars for meat,and to clarify the issues involved in continuing to capture wild boars as a pest species. By examining efforts in the Hokuriku region,where new damage has been observed,we will present basic data for planning countermeasures against new damage in the future and research issues in geography surrounding wild boar control.

I. はじめに

現代日本では,中山間地域を中心に野生鳥獣による農作物への被害が深刻化している。農林水産省によると,2020年度の野生動物による農作物被害額は130.9億円で,このうち約85%がシカとイノシシ,サルによるものである1)。農作物への被害は,農家への経済的打撃といった直接的なものに加えて,獣害による営農意欲の低下や,それにともなう離農者の増加と耕作放棄地化への間接的な要因も問題視されている(農林水産省, 2015)。また市街地やその周辺への出没も盛んに報道されている2)

こうした現状に対して日本では2007年に「鳥獣被害防止特措法」(以下:特措法)が制定され,被害防止施策の基本指針が示された。国は基本指針に基づいて被害防止計画を作成した市町村に,財政支援・権限委譲・人材確保の支援措置を実施している。この指針に則して,全国の85%以上の市町村で被害防止計画が作成されて対策が講じられている。

また特措法に基づいて「鳥獣被害防止総合対策交付金」(以下:交付金)が交付されている。交付金の主な事業内容には,捕獲活動,柵の設置などの侵入防止策,「緩衝帯」整備などの生息環境管理,処理加工施設や焼却施設等の整備,ジビエの利活用への支援が明記されている3)。この事業への公募では,当該地域の様々な主体が参画した体制で,野生鳥獣被害の深刻化・広域化へ対応することが求められている。

全国規模で施行される支援制度を利用するために,各自治体は制度に応じた対策の立案が求められ,農業経営学や農村計画学などの分野を中心に様々な研究が重ねられてきた(岸岡ほか, 2012; 桑原・加藤, 2012; 九鬼ほか, 2014; 山端ほか, 2019)。これらの分野の主たる分析対象は,地域住民や自治体による電気柵や防除柵を用いた農地や集落への侵入防止,わなや狩猟による駆除などの対策や,それに要するコスト,その成果や問題点の提示である。こうした先行研究を通じて,交付金の事業内容に含めにくい自給的農家や副業的農家に対する支援をいかに図るのか,生態系のなかで動く野生鳥獣の出没への対応と,農家が経済的論理のなかで望む駆除とのギャップをいかに埋めるのか,といった具体的な実態把握に基づく問題点も指摘されている(長門・吉仲, 2011)。このうち駆除の効果に期待を寄せる農家の被害感情を軽減するために,駆除実績等の情報の積極的な公表が解決策の一つとして示されている。

他方,地理学においても野生鳥獣による被害や,その対策を取り上げた研究が蓄積されてきた(千葉, 1962; 高橋, 2012)。野生鳥獣による農作物被害は近世よりみられ,シシガキ(猪垣)や,落とし穴とシシツキ棒を用いた対策などが取り上げられてきた(千葉, 1963; 矢ヶ崎, 1989; 高橋, 1978; 蛯原, 2009)。現代では,シシガキは文化財としても注目されるようになっている(高橋, 2010)。また現代の野生鳥獣による被害について,例えば浦山・高橋(1995)は岐阜県北部の清見村付近のイノシシの分布を事例に,積雪深,住民の山林利用,狩猟圧などの要因が複合的に作用することで生じることを明らかにした。さらに1990年代後半以降,イノシシのほかに,クマやサル,シカなど野生鳥獣の生息域に近い山間部の集落で人口減少や離農,林野利用の低下,狩猟圧の減退などが顕著となり,被害の拡大状況が示されるようになった(浦山, 2001a; 2001b; 戸田, 2007; 橋本, 2014; 中島, 2024)。2010年代以降には,野生鳥獣の出没や被害状況が示されることに加えて,各地での具体的な対策が報告されるようになってきた(橋本, 2011; 橋本ほか2013; 2023; 西田, 2019)。これらの研究を通じて,居住地や農地の立地の差異が具体的な対策の方法や効果に影響することや,被害の大小や出没する動物種の差異が,住民の対策に向かう意欲に影響することが示されてきた。以上のように被害の多寡など,被害をめぐる問題や対策によりフォーカスした問いを立てた研究が進められる傾向にある。農村計画学など隣接分野でも同様であるが,「緩衝帯」整備のような空間管理と効果検証といった応用研究もみられる(木下ほか, 2007; 武山ほか, 2011; 行川ほか, 2013)。また野生鳥獣による被害が,里山などの二次的生態系の問題と合わせて論じられており,野生動物と人間の関わりにより関心が集まるようになっている。以上のことから,千葉(1962)の示した野生動物を人間活動との相互関係のなかで捉えるという視点で研究が積み上げられてきたといえる。

さらに近年,ジビエ料理ブームの中で,害獣として捕獲したイノシシやシカを食肉利用する動きが各地でみられている(四方ほか, 2008; 大澤・清水, 2013; 深瀬, 2021)。このうち大澤・清水(2013)は,野生鳥獣による農作物被害への対策のために捕獲したイノシシを食肉加工・販売することが,狩猟者の狩猟活動に対する意欲増進や連帯感の醸成に寄与していることを指摘している。また四方ほか(2013)は,防除対策に加えて駆除した野生鳥獣の食肉利用に猟友会や女性農産物グループといった多様な主体が関わることで,地域全体の雇用創出や活性化に結びつくと指摘している。

このように様々な野生鳥獣による被害やその対策,食肉利用が取り上げられてきた。とくに野生鳥獣による被害のなかでもイノシシによる農作物への被害額は,北海道を除く都府県では最も大きい。イノシシは雑食性であるものの植物性のものを好んで食べる。本来は昼行性で,人間の活動による二次的な習性として夜間に活動する場合もある。学習能力が高く,跳躍力に優れて海を泳ぐこともあり身体能力も高い。警戒心が強く臆病であるため,人間の前に姿を現すことはめったにない(高橋, 2001)。しかし近年,林野の手入れ不足や耕作放棄地の増加によって,集落やその周辺での目撃や農作物への被害が急増しており,被害対策が課題とされている。またかつては冬季に積雪する地域ではイノシシによる農作物への被害はあまりなかったが,温暖化により積雪期間が短くなりつつあり,北陸地方や東北地方などの冬季に積雪する地域でも被害がみられるようになった(高橋, 2010)。以前よりイノシシへの被害に対峙していたような地域では,シシガキをはじめとした在来知や対策が継承されている。しかし,新たに被害のみられるようになった北陸地方や東北地方などでは,イノシシ対策に関する知識が不十分ななかで様々な対策を迫られていると考えられる。そこで本稿では,2013年よりイノシシによる農作物被害がみられるようになった石川県羽咋市を事例に,自治体や住民によるイノシシへの対策と,捕獲したイノシシの食肉利用の取り組みを検討することから,有害鳥獣としてイノシシを捕獲し続けるための課題を明らかにすることを目的とする。

現地調査は2020年9月14〜18日,10月8,9日に聞き取り調査と現地観察を実施した。聞き取り調査先は羽咋市役所とイノシシの活用に向けた加工施設を運営する合同会社のとしし団,道の駅のと千里浜,中能登森林組合,JAはくい,羽咋市と隣接する宝達清水町と志賀町の農家15件である。農家への聞き取り調査は,羽咋市による補助事業で電気柵の総延長が長く,聞き取り調査の可能となった集落で実施した。なお本文中の現在は,調査時点の2020年9〜10月を指すこととし,出典や注釈のない事実に関するものは聞き取り調査の結果をもとにしている。

研究の手順としては,まずIIで羽咋市への聞き取り調査をもとにイノシシによる農作物被害の概要を示す。IIIで,上記の各主体への聞き取り調査をもとに増加するイノシシ被害への対策について,自治体と地域住民の動向に分けて整理する。次にIVで,合同会社のとしし団などへの聞き取り調査をもとに,イノシシ対策の一環として取り組まれる食肉利用の動向を示し,Vで有害鳥獣とされるイノシシの捕獲を継続させるための課題を明らかにする。

II. 羽咋市におけるイノシシの被害状況

1. 研究対象地域の概要

石川県羽咋市は能登半島外浦側の付け根に位置し,北部で羽咋郡志賀町,南部で羽咋郡宝達志水町,東部で鹿島郡中能登町と富山県氷見市に接しており,西は日本海に面している(第1図)。面積は約81.85 km2で,林野率が約36%と石川県全体の約68%よりも低い。市域の中央部から西部に広がる邑知潟平野を中心に水田が広がっており,東部が集落と農地の点在する中山間地域となっている。2020年現在の人口は21,205人で,2015年時点の農業就業者は552人である。羽咋市の主要農作物は水稲であり,神子原集落の棚田は「世界農業遺産能登の里山・里海」の一部で,県の景観重点地区にも指定されている。

第1図  研究対象地域

2. イノシシによる農作物の被害状況

近年,石川県ではイノシシやシカ,クマによる農作物への被害や市街地への出没が目立つようになっている。とくにイノシシによる農作物の被害額が最も大きな割合を占め,2010年に36,912千円だったが2018年には115,699千円にまで増加した4)。2019年には80,670千円に減少したが,この10年間で急増している。

羽咋市でのイノシシによる被害は江戸時代の「安永の書上」にイノシシの出没と駆除の記録が残っているものの,大正期から平成期にかけての約100年間ではみられなかった5)。能登半島での被害の発生は「口能登」にあたる宝達志水町などで2010年前後よりみられるようになり,年を追って北接する市町に被害の範囲を拡大させ,大きな被害を受ける市町が北方へ移行しつつある(第2図)。羽咋市においても2013年以降,南から北上してきたイノシシの出没が顕著となり,羽咋市南東部の福水,千石,菅池集落から農作物への被害が報告されるようになった(第3図)。その後,イノシシの被害は,北部や西部の集落でもみられるようになった。被害報告年次から,羽咋市においては富山県境にある宝達丘陵から侵入してきたとみられている。

近年,被害の急増する「口能登」の市町では,イノシシの被害を念頭においた対策が喫緊の課題となっている。このうち羽咋市では,2013年頃から顕著になったイノシシによる被害に対して2015年より「のとしし大作戦」と称した対策事業が開始された(第1表)。主な事業内容はイノシシ被害の農家への支援や,有害鳥獣の捕獲にあたる人員の配置,捕獲したイノシシの食肉利用である。本事業は,農家を中心とした一般の地域住民に加えて,猟友会との連携,イノシシの食肉利用に向けた地域おこし協力隊6)の起用など,様々な主体を連携させた取り組みとして注目されている7)

他方,2018年9月より,日本のいくつかの地域で野生イノシシのCSF(豚熱)への感染が広がっている8)。石川県では,2019年8月22日に白山市でCSFに感染した野生イノシシが初めて確認され,その後2020年5月に羽咋市内でも確認された。石川県はCSFに感染したイノシシの発見地点から半径10 km以内を感染確認区域に指定し,捕獲したイノシシの肉等の持ち出しを原則禁止とした。家畜である豚に対しては既存のワクチンを使用する対策を講じることで出荷可能となっており,野生のイノシシに対しても,2019年から猟友会が中心となってワクチンを散布している。

第2図  羽咋郡市と中能登町と石川県のイノシシによる農作物被害額の推移(2010~2019年)

注:被害額は全て稲作で農業共済の査定による。

(羽咋市提供資料により作成)

第3図  羽咋市におけるイノシシ被害の発生時期と「緩衝帯」の位置

(聞き取りおよび中能登森林組合提供資料により作成)

第1表 イノシシ被害の発生業況と羽咋市の取り組み(2020年)

時期 被害状況と羽咋市の取り組み
2013年 イノシシによる農作物への被害が出始める
2014年 山裾の地域を中心に被害が拡大し,イノシシ防除対策支援「有害鳥獣捕獲対策事業」を開始
2015年5月 「のとしし大作戦」と称した「ジビエ活用推進事業」,「地域おこし協力隊イノシシ特産化事業」を開始し,羽咋市は有害駆除されるイノシシの活用に向けて地域おこし協力隊を募集
2015年10月 市内の遊休施設を活用して羽咋市獣肉処理施設を設置し,イノシシの食肉加工を開始
2017年 石川県のいしかわ森林環境基金事業を利用した,荒廃した里山林における緩衝帯の整備の開始
2017年12月 協力隊の任期終了に合わせて合同会社のとしし団を設立し,獣肉処理施設の運営を委託
2019年7月 獣肉処理施設を3倍の広さに拡張
2020年5月 羽咋市南部でCFS(豚熱)感染イノシシが発生し,食肉化は志賀町で捕獲したイノシシのみに
2020年8月 羽咋市はCFS感染イノシシの処理業務をのとしし団に委託(産業廃棄物として処理)

(聞き取りにより作成)

III. イノシシ被害への対策

1. 羽咋市による「のとしし大作戦」の展開

羽咋市はイノシシによる農作物への被害が急増したことで,2014年に「有害鳥獣捕獲対策事業」を開始した。この事業で,イノシシを捕獲した猟師への捕獲奨励金の交付と,電気柵やハコわなの購入・貸出9)が行われてきた。事業費については特措法に基づく交付金があてられている。2015年には,羽咋市は捕獲したイノシシの食肉利用までを含めた対策として開始した「ジビエ活用推進事業」と「地域おこし協力隊イノシシ特産化事業」を「のとしし大作戦」と称して展開させた。イノシシの食肉利用を含めた理由としては,近年のジビエブームを利用して計画段階にあった道の駅で販売する特産品の一つにしようという意図もある。2つの事業を合わせた取り組み名である「のとしし」は,能登半島のイノシシという意味に加えて,現在でも羽咋市で実施されている獅子舞や天狗といった年中行事を取り入れたものとなっている。また「はくいのしし」ではなく「のとしし」としたのは,能登という地名の知名度の利用と,食肉利用の事業を拡大した場合に市内で捕獲したイノシシだけでは原材料を確保しきれないと見込まれたためである。詳細は後述するが,イノシシの獣肉処理施設の設置をはじめとして販売先の開拓,地域おこし協力隊の活用を展開させてきた。2017年には,地域おこし協力隊の任期終了に合わせて加工施設を運営する合同会社「のとしし団」の設立を支援し,2019年には獣肉処理施設を約3倍の広さに拡張した。

のとしし大作戦のもう一つの主な事業となる防除の取り組みは,イノシシの農地への侵入を防ぐための電気柵やハコわなの購入・貸出,イノシシ捕獲に向けた猟師の組織化と狩猟免許取得の支援などである。防除の取り組みとして,イノシシの農地への侵入を防ぐために,電気柵とハコわなの設置を進めている。電気柵は各集落の町内会や生産組織が集落内の農家に必要数を聞いて,羽咋市へ申請するという手順をとれば無償で貸し出される。貸出の対象は販売用の作物を栽培する農地に限られ,貸出後には個人単位で管理され,毎年書面を通じて貸出が更新されている。申請に対して在庫があればすぐに貸出可能であるが,被害の急増にともなって申請分を用意できないこともある。在庫不足の場合や,羽咋市による無償の貸出制度を知らない農家は個人で購入しているという。また自給用の畑地等への対策は個人で行わなければならず。山間部の集落を中心に,鳥獣による被害を受け入れている農家も少なくない。購入する場合には交付金の規定により被害額分に限定されるため,羽咋市は市の単独事業と合わせて必要数を予測して購入し,農家からの申請を受け付けている。

電気柵が農家に渡った後では,羽咋市が効率的な電気柵の張り方を指導している。羽咋市では市中央の平野部の水田,市東部の山間部の農地ともに比較的まとまって分布している。そのため,集落と農地と林野の境界が明瞭で,林野の広がる山裾に電気柵を張ることで被害は軽減されている。電気柵は,山裾に集落や農地を囲むように設置したり,複数の農地をまとめて囲ったりすることで,総延長が短くなるように指導している。電気柵を購入できる数には上限があるため,羽咋市は効率的な設置方法を指導している。しかし,集落内の農家間での十分な意思疎通や合意形成を図れない場合には,効率的な電気柵の設置や共同管理は難しいという。

防除については,のとしし大作戦とは異なる事業であるが,集落や農地と林野の境界付近に「緩衝帯」を設置する事業が展開されている(第3図)。この事業は石川県が「いしかわ森林環境税」10)を用いた「森林環境基金事業」のなかの「緩衝帯整備事業」で行われ,羽咋市を含めた県内各地で展開されている。主な事業内容は,利用頻度の低下した林野や放置竹林の整備である。見通しをよくするために下層木の伐採や林緑木の枝打ち,藪払い等が行われている。「緩衝帯」の設置に至る手順としては,羽咋市が集落に「緩衝帯」設置に関する説明・提案をして,集落内で決議し地主の承認等を取りまとめ,羽咋市が管轄の森林組合へ作業委託するというものである。実際の設置箇所や範囲は,森林組合による現地調査を経て決定している。羽咋市では,柴垣集落と四柳集落で設置されており,大町集落でも設置予定であった。地域住民は,「森が明るくなって,イノシシの出没も減ったように感じる」と話していた。

次に捕獲に向けた支援としては捕獲者の組織化と狩猟免許取得の支援である。組織化について羽咋市では,イノシシの捕獲に向けて「有害鳥獣捕獲隊」(以下:捕獲隊)を組織している。主な構成員は羽咋市に在住する狩猟免許取得者で猟友会に所属する者であった(第4図)。

この捕獲隊は特措法に基づいて市町村単位で設置され,被害防止計画に則って防護柵の設置や捕獲などを行っている。捕獲隊は市町村の設置する組織であり,当該地域における猟師や猟友会の象徴ともなりうるため第4図に示した手順で,猟友会員のなかから有害鳥獣の捕獲について適切な理解と行動が可能と見込まれる者を捕獲隊員として選出している。なお交付金の金額は捕獲隊の規模によって決められており,羽咋市は限度額の300万円以内が交付される規模となっている11)。この交付金を用いて電気柵やハコわなの購入,イノシシ捕獲者への捕獲奨励金を用意している。羽咋市では捕獲奨励金を通年で交付しているが,隣接する宝達志水町では猟期外のみ交付されている。

狩猟免許取得の支援については,羽咋市とJAによって実施されている。この取り組みによって,羽咋市では免許取得者が増加したという。狩猟免許は第一種銃猟,第二種銃猟,網猟,わな猟の4つに区分され。わな猟の免許ではハコわなとくくりわな12)を仕掛けられる。しかし,くくりわなでイノシシを捕獲した場合には猟銃で射殺しなければならないため,銃猟に関する知識と免許取得も求められる。そのため羽咋市ではくくりわなの使用を銃猟免許所持者に限定している。また「イノシシは駆除すべきだ」という動機で免許を取得した農家には,「駆除のためなら何をしても構わない」といった姿勢で,わなの掛け方などのルールを守らない者もみられるという。

ハコわなの設置・管理については設置の許可を受けた者と補助者が担っている。羽咋市では捕獲隊にハコわなの設置が許可されており,狩猟免許取得から数年経過した者を捕獲隊に補助者として帯同させて研修が行われている。各地区のハコわなの設置数は邑知地区で39基,余喜地区で19基,越路野地区で12基,鹿島路地区で10基,一ノ宮地区で4基,上甘田地区で15基,粟ノ保地区で2基である13)。ハコわなはイノシシの頻出地に設置されるが,わなの見回りをしやすい地点の選定,わなを掛ける向き,仕掛けるエサなど設置地点や方法は設置者に委ねられている。ハコわなは通年で設置されているが,冬季など降水量の多い時期は見回りや捕獲した個体の運搬が難しいため,わなの入口を閉めている。またCSFの流行で捕獲隊員や住民はイノシシの出没・捕獲数が減っているように認識している。そのためか,狩猟免許更新者数が減少しているという。

第4図  羽咋市における狩猟免許取得者の構成(2020年)

(聞き取りにより作成)

2. 住民による対策

イノシシ被害の発生当初には,各住民がロケット花火や私費による電気柵の設置で対応していた。しかし,個人単位での対策では不十分で被害が拡大し続けたことから,自治体による対策が開始された。現在,電気柵の設置期間は,個人による設置,自治体からの支援を問わず,おおむね平野部の水田周辺は7月から9月の稲穂が実り始めてから稲刈りまで,山裾と集落の間に設置したものは通年である。電気柵の総延長は,上中山集落や柴垣集落など北部の丘陵地や,南東部の菅池集落,神子原集落などの山間部で長く,平野部や山裾にある集落では短くなっている(第2表)。電気柵の管理作業は,除草剤の散布や定期的な草刈り,電圧の点検である。草が伸びて電線に触れると漏電して効果が低減するため,管理が大変と話す農家も多い。集落と農地のあるエリアを囲うように山裾に張っている電気柵は,受益者が住民全員となり,農家や集落内で役割分担をしているが,個々の農地周辺の電気柵の手入れが優先される傾向にあるという。イノシシは畦に生える蔓を好み,掘り返して畦を破壊する。対策として,棚田状になっている水田の畦に布のシートを張っている農地も散見される。他方,高齢の自給的農家では防除対策へ割く費用も労力も乏しいことから,イノシシによる農作物の食害を受容する傾向にあった。

各集落の電気柵の張り方をみていくと,地形条件や,農地・住居の立地,農業的特徴により異なり,おおよそ4つのパターンに分けられる。

山間部型は,山裾と個人または複数の水田の周辺に電気柵を張っている。圃場整備されている農地であれば複数の水田周辺を囲える。例えば,山間部の菅池集落では居住地と農地が離れて分布しており,林野に囲まれた農地全体を電気柵で囲える稀な事例である。山間部型の多くの集落では斜面に分散する不整形な区画の農地や耕作放棄地が多く,農業機械の農地への出し入れや除草作業の手間もかかる。こうした小規模で不整形な農地は農地一筆ごとを囲わなくてはならず,電気柵の総延長も長くなり,電気柵の管理作業も平野部に比べて手間を要する。

他方,この他にも山間部型のいくつかの集落では,多くの棚田でブランド米を生産しているため対策に積極的である14)。また2010年から羽咋市全域で羽咋市とJAはくいが連携して「羽咋式自然栽培」といった農法の普及を推進し,地域外からの新規就農者を積極的に受け入れており,2015〜2018年度の4年間で100人がこの農法で就農している15)。こうした「羽咋式自然栽培」に惹かれて移住した新規就農者は神子原集落以外の山間地の集落でもみられる。移住した就農者にとっては農地が生計を得る場所となっており,イノシシから農地を守ることの経済的な動機は自給的農家や副業的農家より強いと考えられる。

平野部I型は,林野から近い農地(主に水田)を個別に囲うパターンである。大町,四柳,酒井の3集落では,居住地,国道を挟んだ平野部に整備された水田が広がっている。居住地や国道,林野の間に分布する農地は自給用の畑地や小規模な水田が多く,ここに分布する農地で,イノシシによる被害が多い。専業農家は個人単位で農地に電気柵を張っており,自給的農家はホームセンター等で購入したワイヤーメッシュで農地を囲っている。各集落の対応として,四柳集落では森林組合による竹林の除去やスギの枝払いなどを施行し,「緩衝帯」を整備している。近隣に住む農家は「緩衝帯」の整備によって林野の見通しが良くなり,「山」が明るくなったという。大町集落でも緩衝帯の整備が予定されていた。また3つの集落すべてでハコわなが設置されている。このうち林野内にまとまった農地のある酒井集落では,ハコわなの設置基数が市内で最も多い。一方,販売用の水稲の大部分は集落北西部の圃場整備された平野部の水田で栽培されており,電気柵の総延長は山間部型に比べて短い。

平野部II型は鉄道の有無こそあれ,居住地区と離れた林野内にいくつか狭小な農地が点在している。鹿島路集落では林野内の果樹園の周辺,本江集落は山裾と複数の水田の周囲を囲っている。いずれの集落も,山側から民家や道路,線路を越えた先にある圃場整備の施された平野部の水田での被害はほとんどないという。ただし,居住地周辺の自給用作物の栽培を主とした畑地へは,イノシシやその他の小動物の侵入もみられるため,ワイヤーメッシュやネットの対策を実施している。これらの集落の電気柵の総延長は鉄道や2車線の道路,民家が防御機能を果たしている。電気柵が農地面積の最も大きな割合を占める平野部の水田で不要となり,山間部型などに比べて電気柵の総延長は短い。

平野部III型のうち,柴垣集落では2017年に「緩衝帯」が整備された。柴垣集落の「緩衝帯」は圃場整備された水田と林野の間にある草地を整備したもので,この部分をバリケードのようにして電気柵を張っている。多くの農地が人工構造物による防御機能を果たせない林野に囲まれたエリアに分散している。そのため電気柵の総延長は平野部I・II型より長くなり,管理作業に要する労力も多い傾向にある。緩衝帯と電気柵の併用によって,圃場整備された水田でのイノシシによる被害は少ないという。一方,林野内の畑地は分散しており,畑地は個人単位で区画ごとに電気柵を設置している。それぞれの電気柵は満遍なく管理されているが,緩衝帯に設置されている共同管理の電気柵の管理や周辺環境の整備が十分でないと話す農家もいる。

これらのことから,集落と農地,道路などの人工構造物,林野の立地条件がおおよその電気柵の張り方を決定づけている。電気柵の張り方によっては総延長が長くなり,住民による管理作業の労力的負担も大きくなっている。電気柵を張る農地の経済的目的の高低や,電気柵を張ることによる受益が直接的なものか,間接的なものになるのかが,管理作業への意欲,管理の十分さに影響していると考えられる。換言すると,集落内の住民間で農業に求める経済的役割が多様になるほど,各人にとってイノシシに対する被害の大小も異なるものとなる。こうした場合,集落内の住民間での意思疎通や合意形成を図ることはより難しくなり,対策が個別的に進められるか,多くの人が関わって初めて継続可能となる作業が困難になると考えられる。さらに意思疎通や合意形成の困難さは,地権者への了解などを要する「緩衝帯」の設置も難しくさせるといえる。また電気柵は羽咋市から無償で貸し出されるため,住民が購入しなくてよいものの,総延長が長くなることで,羽咋市の財政的負担は大きくなるといえる。

第2表 羽咋市とその周辺における各集落のイノシシ対策と住民の意見(2020年)

集落 捕獲隊(人) 補助者(人) 電気柵の総延長(m)・張り方パターン ハコわな イノシシ対策に関する事項や住民の意見
上中山 13,050・山間 集落と農地が山間部に分散するため電気柵の総延長が長い。集落の境界線が複雑。
滝谷 1 1 10,550・平III 森林組合独自の事業で竹林を伐採。
柴垣 0 2 15,300・平III 町内会で協議を経て電気柵設置場所を決めているが,管理の甘い箇所もみられる。電気柵を個人購入する農家もある。緩衝帯ももうけられている。
一ノ宮 0 1 0 有(3) 2015年までJAが農地を管理していたが,高齢化により耕作放棄地が増加していた。再度,圃場整備を実施しないと全面利用できない農地もある。2020年には一人の移住者が農地利用を担うものの,林野の管理が不十分となりイノシシが出没するようになっている。農繁期にハコわなを確認できず死んだ状態で見つけることもあり,現在は「電気柵もどき(紐)」で対策している。電気柵は2020年度申請中で2021年度に支給される予定。現在は「電気柵もどき」で対応。
鹿島路 2 1 4,800・平II 農林地の不十分な管理。JR線から山側はイノシシ多数,山裾の畑はネット等で対策,小動物やカラスの被害も多数。線路を越えた先の水田にはあまり出没しない。
千路 1 1 1,200・平II なし。
柳田 1 1 2,850・平II なし。
大町 1 1 1,500・平I 有(2) 約5年前から耕作放棄地は増加している。竹藪の伐採によりイノシシが激減。森林組合が「緩衝帯」を設定→羽咋市の下見済み(2020年10月上旬)。町内会を通じて地主から許可をえた。2020年には豚熱か竹林伐採の影響かイノシシは少ない。
四柳 2 0 4,000・平I 有(2) 山間部に約1 mのイノシシの掘った穴が点在している。電気柵の貸出前はハコわなのみで,ハコわな管理が不十分でクマがかかったこともある。2020年はイノシシの目撃が少なく電気柵の電気を入れてない。「緩衝帯」をもうけており,地主から許可をうけて町会長が竹藪の伐採や草刈りに従事している。
酒井 1 1 3,000・平I 有(13) 電気柵は町内会で要望をまとめて羽咋市に必要分を申請し,その他に個人の購入もある。2020年はイノシシの目撃が少なく電気柵の電気を入れてない。林野の管理は約50年前に行政によるものだけで,現在では放置されている。
本江・若部 1 2 6,230・平II 有(10) 山間部に田が分布するため電気柵の総延長が長い。電気柵は町内会役員(農地所有者)で分担して管理している。国道を越えての出没は少ない。
飯山 1 2 0 墓を荒らされる。のとしし団と獣肉処理施設が立地している。
菅池 3 0 10,070・山間 林野の手入れが行き届かなくなり「里山」がなくなっている。移住者3人のうち2人が農家で,農地・集落が林野に囲まれており,イノシシの被害が多発している。電気柵の管理が「若手」に集中している。冬場は雪が積もって管理が大変なため檻を閉じる。イノシシの好まないキクイモを栽培するなどの対応をしている。2020年はイノシシの目撃なし。
神子原 5 0 30,785・山間 山間部,山裾,複数枚の水田周りに電気柵を張っているため総延長が長い。
千石 0 1 11,250・山間 林野の手入れが行き届かなくなり耕作放棄地も増加している。電気柵を集落と水田の周りに張っているため総延長が長い。集落内の畑は防護ネットで対策している。2020年の捕獲頭数は減少傾向にある。
福水 2 8,100・山間 有(10) ほとんどの被害は水田。ハコわなを事業実施前に個人や集落で購入。被害発生当初に宝達志水町在住の友人3人で「イノシシを捕って食べることを目的」に免許取得した。捕獲したイノシシが食肉として流通していることはモチベーションにつながる。県からの委託業務で豚熱のワクチン散布にも従事。
上白瀬(白石) 1 8,700・山間 イノシシは栗の皮を器用に剥いて食べている。山間部に向かう道にイノシシ防止ネット有。
中川 0 足跡や穴などの出没の形跡を確認,小動物の被害もある。森林組合によって竹林を伐採し,山裾に水田もなく民家がバリケードになっている。水田の被害はない。
西粟生 5,350・平III なし。
新保 0 1 5,550・平III 有(3) 国道と海の間の畑で主に被害が出ていた(落花生,ブドウ,サツマイモ,ネギ等)。ここ数年,被害の少なさから電気柵を張っておらず,防護ネットやトタンで対応。
上棚(志賀町) 人数不明 長さ不明・山間 柿園の低い位置に成った柿や地面に穴がみられる。志賀町から各区に10万円の補助(各農家で分けたらわずか),兼業農家は電気柵の維持管理が困難。ハコわなは志賀町から借りるものと,区で購入したもの。
杉野屋(宝達志水町) 長さ不明・平I 集落内の農地は早い時期に圃場整備されたため1区画が小さい。隣接集落の農家とため池を共同管理。捕獲したイノシシを埋める場所は宝達志水町で定められている。宝達志水町より電気柵の設置の補助金がある。

「-」はデータなし。ハコわなの( )内はわなの設置数。「張り方」の「山間」は「山間部型」,「平I」は「平野部I型」,「平II」は「平野部II型」,「平III」は「平野部III型」である。「滝谷」と「千路」,「柳田」,「西粟生」,「新保」については,現地調査から電気柵を確認できなかったが,立地条件と空中写真の判読から分類した。

(聞き取りおよび現地調査により作成)

IV. イノシシの食肉利用の展開

1. イノシシの食肉利用の概要

先述の通り,羽咋市では2015年よりイノシシによる農作物への被害に対する捕獲後の取り組みとして食肉利用が進められている。食肉利用以前には,害獣として捕獲されたイノシシは全て廃棄されてきたが,捕獲したイノシシを食肉利用することで「資源の有効活用」が目指されている。食肉利用に向けて中心的な役割を果たす主体は合同会社のとしし団である。のとしし団はイノシシの加工・販売を担う組織で,羽咋市によって設立された加工施設を運営している。

羽咋市はのとしし大作戦を通じたイノシシ肉の特産化に向けて,地域おこし協力隊の活用を提案した。獣肉処理施設の新たな建設が含められるのとしし大作戦については,計画案に「地域おこし協力隊の活用」が盛り込まれたことで「地域に若者が増える」と受け止められ比較的円滑に進んだ。しかし,地域住民への説明会では「こんな事業は成功しない」,「迷惑施設」,「若者の3年間が無駄になる」といった意見も聞かれたという。その後,徐々に食肉加工業務の成果が住民に認識されるようになったことや,獣肉処理施設の立地する飯山町においてもイノシシによる被害が顕著になっていたことから,事業への理解が進みつつあるという。

当初,地域おこし協力隊には2人が着任した。この2人は白山市の加工施設で研修を受けた後,2015年10月からは羽咋市の設置した加工施設を稼働させ始めた。その後, 1人が辞任し,2017年12月には加工施設操業当初より従事する地域おこし協力隊の1人の任期満了に合わせて合同会社のとしし団が設立された。その結果,加工施設の運営は羽咋市から切り離された。現在では元地域おこし協力隊がのとしし団の代表となり,その他に事務職員1人と,2018年度に新たに着任した地域おこし協力隊1人によってのとしし団は運営されている。

加工に用いるイノシシの個体について,のとしし団では羽咋市に限らず近隣の宝達志水町,中能登町,志賀町からも受け入れている16)。イノシシの受入頭数は増加傾向にあり,売上も着実に伸ばしている(第3表)。食肉としての主な販売先は,羽咋市にある道の駅,首都圏や金沢市の飲食店,ふるさと納税の返礼品である。しかし, CSFの流行により羽咋市内で捕獲されたイノシシがほとんど利用できなくなったため,今後の事業展開については静観中であった17)。2020年現在では,CSFの確認されていない志賀町で捕獲されたイノシシの受入・加工と,羽咋市から委託されたCSF感染の可能性のあるイノシシの処理活動を行っている。

第3表 羽咋市におけるイノシシ捕獲頭数とのとしし団の受け入れ頭数

2015年 2016年 2017年 2018年 2019年
捕獲頭数 148 238 317 606 586
受け入れ頭数 98 300 336 367 346

(聞き取りにより作成)

2. イノシシの受け入れと加工,販売

のとしし団による捕獲から食肉としての販売までのフローは第5図の通りである。

捕獲に関する活動は羽咋市と志賀町,中能登町,宝達志水町のわな猟者や各市町の担当者から捕獲の連絡を受けて,現地へ向かうところを開始とする。のとしし団の扱うイノシシは,食肉としての品質維持のために,職員が生きた状態で異常の有無を確認している。そのため,死亡時刻のわからない個体の受け入れや,猟師による持ち込みは断っている。また可食部の少ない小型の幼獣は,止め刺し18)をして捕獲者が処理している。のとしし団は現地で生態確認を行った際に,必ず個体チェックシートを記入している。このチェックシートは「捕獲・受入個体記録表」と「と体解体時の確認記録表」の2種類である。前者は生態確認を行った全個体,後者は生態確認で問題なく食肉加工が可能なものとして受け入られた全個体に関する記録を残すものである。このシートと合わせて各個体に管理番号が振られるため,何らかの問題が起きた際に個体とその加工肉の特定が可能となっている。

健康状態に異常がみられなかった個体は止め刺し後,放血して加工施設へ運ばれる。のとしし団でのイノシシ受入頭数は増加傾向にあるものの,人員不足により処理できる個体数は上限に達した状況である。加工施設へ搬入後には,イノシシを洗浄し,皮はぎ,内臓摘出の作業へ移行する。この時,内臓等から異常がみつかった場合には加工肉としての出荷はできない。こういった個体や摘出した内臓や骨といった残渣は,かつては産業廃棄物として処理していたため,年間150万円のコストを要していた。現在では,2019年に地元企業の協力で炭化装置を導入し,これまで廃棄していた部位も炭化させて肥料として活用できるようになった。受け入れ頭数が増加傾向にあったこともあり,2019年には加工施設を増築した。搬入から出荷までの導線を整理したことで加工作業がしやすくなり,見学者への説明もしやすくなった。皮はぎから部位分けまでを一連の導線で行えるようになり,梱包・検査の済んだ製品は部位ごとに冷凍保存され出荷準備の状態となる。

「のとしし」の主な販売・利用先の内訳は,飲食店に45%,羽咋市内の道の駅に10%,ふるさと納税の返礼品に35%である。販路の開拓は,事業開始とともに羽咋市によって,県内飲食店へのサンプル提供や首都圏の物産展への出品,加工品の企画・提案などが展開された。この他に,メディアで取り上げられた記事や,料理人同士の付き合いによって飲食店からの提供依頼もあった。ただし,原材料が野生動物となるため捕獲量が不安定であり,処理・加工できる人員も少数に限られているため,安定的な大量供給には対応できない。

最も大きな割合を占める飲食店への販売については,主に販売先の料理ジャンルに合わせた部位を販売している。のとしし団のイノシシ肉は「のとしし」と称して売られ,脂ののり方で並,上,特上という格が付けられている。のとしし団は飲食店や加工業者へのヒアリングをもとに,適切と思われる肉を提案してサンプルを送り,販売先に検討してもらっている。料理ジャンルと適切な部位の例としては,和食には赤みの薄切り肉,フランス料理には若めの肉のブロック,ヘルシー志向の料理には夏場の脂身の少ない肉,というようなものである。並,上,特上といった「良質」を想起させるような格付けはあるものの,料理の用途によって適切な部位や脂の量が異なることから「下」や「C」といった「低質」を想起させる格付けは設けていない。

飲食店の販売先の割合については,市内(主に道の駅内のベーカリーやレストラン)が約45%,金沢市を中心としたその他県内が約21%,首都圏が中心となった県外が約34%である。市内や能登半島の諸市町では,宿泊施設や観光客向けの飲食店が中心となっている。主な調理方法としては,ぼたん鍋等の和食が多い。一方,金沢市や首都圏の飲食店では洋食のレストランが多いという。現在,羽咋市と周辺市町より都市部の飲食店への販売がメインとなっている。これは,地元でイノシシ肉の価値が理解されにくいことに起因している。身近な地域でイノシシが捕獲されていることから「タダで捕れたものがなぜ牛・豚・鶏より高価なのか」と考えられてしまうという。こういった思考から,地元の猟師から直接購入した「ヤミ肉」が懸念されつつあるという。「ヤミ肉」が流通することで,食中毒等の被害が発生した際に個体(肉)の特定を難しくさせ,「のとしし」のブランドイメージに影響しうるものとなっている。

道の駅等での委託販売やふるさと納税の返礼品への販売については,精肉に加えてソーセージやジャーキー,のとししカレー,ちまきといった加工食品も取り扱っている。これらの加工食品については,イノシシ肉への抵抗感を軽減させて,「のとしし」の名称の普及の役割が期待されている。しかし,食肉の加工食品の製造には技術と食品加工の承認が必要となるため,のとしし団ではなく近隣の加工業者に委託して製造している。このほかに食肉ではないが,のとしし団では個人の革製品作家にイノシシの皮を提供しており,作品は道の駅のと千里浜にて販売されている。

対面での主な販売先は羽咋市内にある道の駅のと千里浜(以下:のと千里浜)である。のと千里浜は2017年7月に羽咋市内各地で生産される産品の「発信の場」をコンセプトとして開業した。「羽咋式自然栽培」によって栽培された米を主とする農作物と,イノシシ肉の商品の魅力を発信する場所としての役割が期待されている。のと千里浜は穴水町につながる高規格道路である「のと里山海道」や「千里浜なぎさドライブウェイ」18)からも近い。地元住民を含めて車で1時間圏内からの顧客が多く,リピーターも多いという。

のと千里浜で販売される「のとしし」関連商品は,精肉,加工食品,のとししカレーパン,革製品である。様々な商品を販売することで,まずイノシシ肉に触れてもらおうとしている。またのと千里浜では「駅長」を中心にしてイノシシ肉の捕獲から流通までのプロセスの説明や,イノシシ肉の食べ方を発信している。

この他に神子原集落にある神子原農産物直売所「神子の里」でも対面で販売されている。この直売所は石川県羽咋市と富山県氷見市をつなぐ国道沿いに立地し,2007年に開業した地元出資 (株式会社神子の里)の「山の幸直売所」を起源としている。羽咋市において最大規模の棚田で栽培される「神子原米」と野菜を中心に販売している。観光客に加えて農繁期や盆・正月の帰省者も多く利用しているという。この直売所で「のとしし」は冷凍の精肉で販売されている。顧客の反応は悪くないものの,のと千里浜に比べて売上額は少ない。

ふるさと納税の返礼品については,食肉の人気が最も高く,近年の「ジビエブーム」と珍しさによって「のとしし」の注目度が増していると目されている。

第5図  羽咋市におけるイノシシの捕獲から出荷までのフロー(2020年9月)

(聞き取りにより作成)

3. のとしし大作戦における食肉利用の意義

食肉利用の意義として,まず羽咋市役所内で共有される意見の一つにある「イノシシを殺してまで農業を続けようとは思わない」という理由の離農者を抑制できたことが挙げられる。市役所での聞き取りによると,イノシシによる農作物への被害と駆除は経済的損失だけでなく,駆除にかかる「イノシシを殺す」という捕獲者や農家への精神的負担にまでおよぶという。のとしし団がイノシシを食肉として加工・販売することで,農業の継続のために捕獲して廃棄しなければならなくなったイノシシが,ただ殺されるのではなく活用されていると感じられる。このことが自身で農業を継続することに対して肯定的な感情を抱くことにつながっていると考えられる。

さらに,食肉利用は捕獲にあたっている捕獲隊を含めた猟師にも同様に好影響を与えている。これまで害獣として捕獲されたものの多くは殺して埋められており,自家消費用に自身で解体して食べていた猟師は一部であった。

市役所での聞き取りによると,農地や農作物を守るためとはいえ,イノシシの出没が増加するにつれて駆除する個体数は増加しており,自身の捕獲とその場に埋めて廃棄という行為に対して肉体的・精神的負担が大きくなっていた。このうち猟師でもない市役所職員にとっては,捕獲だけでなく廃棄という業務の精神的負担はより強かったと考えられる。具体的事例としては,地域住民は廃棄を前提に捕獲されることを知っていることから,捕獲の現場やハコわなに入ったイノシシへの対応を目にした時に無意識に「かわいそうに」と発することもある。こうした発言に対して,捕獲に関わる市役所職員は自身の行為に対してネガティブな感情を抱く者が多かったという。こうしたなか,のとしし団が捕獲したイノシシを引き取ってくれること自体が農家や猟師のとくに肉体的な負担軽減につながっており,さらに食肉利用されることがイノシシの屠殺に対する罪悪感の緩和といった精神的負担の軽減につながっていると考えられる。

「のとしし」の販売・普及については,都市部の飲食店や道の駅,ふるさと納税の返礼品を中心に好調であるという。しかし,地元住民によるイノシシの食肉利用は順調ではない。羽咋市では,長らくイノシシがいなかったことから,イノシシ肉を食べるという習慣がなく,身近な地域で捕獲されているために購買意欲は低いという。一部の住民が,知り合いの猟師から分けてもらって抵抗感なく食べたり,食への関心の高い移住者が市内で購入することもあるものの,聞き取りを実施したイノシシの被害者となる農家の多くはイノシシ肉には抵抗感を有していた。被害の当事者である農家を含めた地元住民は食べることに躊躇する段階にあるものの,ただ殺すだけでなく食肉利用することに肯定的な意見は多く,食肉利用を通じてイノシシを捕獲することにポジティブな動機を与えられているといえる。

V. おわりに

本稿では,石川県羽咋市を事例に,自治体や住民によるイノシシへの対策と,捕獲したイノシシの食肉利用の取り組みを検討することから,有害鳥獣としてイノシシを捕獲し続けるための課題を明らかにしようと試みてきた。

羽咋市のイノシシ被害は大正期から平成期にかけての約100年間みられなかった。しかし2011年以降,山間・山麓部の林野を有する集落でみられるようになった。こうした山間・山麓部の林野に接する農地の多くなる集落では,多くの集落で農業者の高齢化が進み,高齢の自給的農家を中心にイノシシの防除対策の実施が難しく,被害を甘受していた。林野と居住地の間に畑地の分散する集落では,林野に隣接した被害の大きい農地から耕作放棄される傾向にあった。また販売農家であっても,羽咋市の事業としての支援やのとしし大作戦がなければ,集落や個人での対策に至らなかったという農家も多数みられた。

こうした被害を甘受する状況は,羽咋市では長期間にわたってイノシシが出没してこなかったことから,販売農家も含めた住民はイノシシの捕獲方法や捕獲後対応方法について知識や技術を保有していなかったことも要因と考えられる。換言すると,イノシシ被害への対策に関する知識や技術が途絶えていたり,また捕獲してきた者自体がいない状態であったといえる。こうしたなか,羽咋市が全国規模で施行された柵の設置やジビエの利活用が明記された特措法に基づく交付金を利用して,イノシシを駆除する方法を移入した。

そして,羽咋市ではのとしし大作戦を起点に,自治体主導で防除対策と食肉利用が始められ,その後,のとしし団を中心に,猟友会や被害のみられる集落の住民と連携しながら,イノシシへの対策が講じられるようになった。羽咋市の多くの集落の地勢は水田と林野の境界が明瞭となり,電気柵による対策を比較的行いやすかった。防除に対する効果も,電気柵の設置によって集落や農地へのイノシシの侵入を防げているという認識が広がっている。こうした羽咋市の電気柵やハコわなの購入・貸出の事業に対するポジティブな認識は事業の継続に寄与していると考えられる。このように,イノシシに対する在来知の蓄積のようなものがなく,行政の施策に頼らざるをえなかったこと,交付金で明記された柵を設置しやすかった地勢から,行政主導によるイノシシへの対策を開始しやすくなったと考えられる。

他方,他地域の野生鳥獣害の研究でも指摘されてきたことと共通するが(例えば木下ほか, 2007; 西田, 2019など),集落内の住民間で被害対策の対象となる農地に対する経済的依存度や位置付けが多様であることから,共同管理が求められる部分での不十分な管理や,合意形成が困難にある事例もみられた。イノシシの捕獲後の対応となる食肉利用について,地元住民の間では,これまでの食慣行もなかったことから,食肉として一般的に利用されるには至っていなかった。他方,地域外の者に対して食肉として販売できており,収入を得られていた。さらに,羽咋市内の農家が農業を継続することや猟師らの捕獲という行為に対する精神的・身体的負担を軽減していた。先行研究では,害獣として捕獲される野生鳥獣の食肉利用の継続性や拡大については地域経済の活性化という文脈で検討されがちであったが,食肉利用が捕獲という行為自体を継続するために寄与していた点については,本稿を通じて明らかとなった新たな観点である。こうした行為者の抱く感情については,文化・社会地理学で論じられてきた情動(affect)という観点からも読み解ける可能性が示唆される(Pile, 2009; Müller, 2015, Epstein and Haggerty, 2022)。

もちろん人員と移動コストをかけてイノシシを引き取りに行って食肉に加工するのとしし団のような主体にとっては,先行研究のような食肉利用をめぐる収益性という経営学的観点からの検討も必要になることはいうまでもない。ただし,イノシシやその他野生鳥獣の被害の頻出するような中小規模の地方自治体であっても,当該地域の地域経済の規模からみて,地域経済の活性化の手段として野生鳥獣の食肉利用を捉えることは無理があると考えられる。今後,経営学などと重複せずに地理学として強みを発揮して研究に取り組む視点としては,イノシシの食肉化に取り組む主体が地域内外の主体とどのように関わりながら,食肉化という業務を成立させているのかを検討するようなものが考えられる。もしくは,捕獲に関わる各人が捕獲という行為そのものを地域内外の他者と関わるなかでいかに折り合いをつけて,自身に内面化して継続させているのかといった文化地理学や社会地理学の観点も方向性の一つと考えられる。こうした観点からの検討については今後の課題としたい。

付記

本稿の作成にあたり,羽咋市役所崎田智之氏,合同会社のとしし団高田守彦氏,道の駅のと千里浜野間氏,羽咋市・宝達志水町・志賀町の農家の皆様にはお忙しいなか聞き取り調査にご協力いただきました。また現地調査に際しては金沢大学人文学類学生(当時)安田哲朗氏にご協力いただきました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。

1) 農林水産省.農作物被害状況.https://www.maff.go.jp/j/seisan/tyozyu/higai/hogai_zyoukyou/attach/pdf/index-27.pdf(2024年5月1日閲覧)による。

2) 毎日新聞.イノシシ急増 捕獲目標5倍増の100頭に 渡良瀬遊水地.https://mainichi.jp/articles/20240426/k00/00m/040/389000c(2024年5月1日閲覧)による。

3) 農林水産省.鳥獣被害防止総合対策交付金の支援内容について.https://www.maff.go.jp/j/seisan/tyozyu/higai/yosan/attach/pdf/yosan-137.pdf(2024年5月1日閲覧)による。

4) 羽咋市提供資料による。

5) のとしし団ウェブサイト.能登とイノシシ.http://notoshishi.com/noto-to-inoshishi/(2024年5月6日閲覧)による。

6) 都市地域から過疎地域等の条件不利地域に移住し,地域ブランドや地盤産品の開発・販売・PR等の地域おこし支援や農林水産業への従事,住民支援などの「地域協力活動」を行いながら,その地域への定住・定着を図る取組で,隊員は各自治体の委嘱を受ける。

7) 例えば2016年には「第15回HABふるさとCM大賞グランプリ」,2018年には「第8回エコデザイン賞2018」の受賞(のとしし団ウェブサイト.のとしし大作戦.http://notoshishi.com/(2024年4月25日閲覧),石川県ウェブサイト.いしかわエコデザイン賞.https://www.pref.ishikawa.jp/ontai/ecodesign/contents/2018/award2018.html(2024年4月25日閲覧))などによる。

8) 農水省ウェブサイト.国内における豚熱の発生状況について.https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/csf/domestic.html(2024年4月26日閲覧)による。

9) 地面に置いた侵入口のある箱状の構造物に動物が入り込むと,作動装置の働きにより侵入口が閉じて動物が閉じ込められ生け捕りにされるワナである。

10) 「森林を健全な姿で次の世代に引き継いでいくためには,社会全体で森林を支えていく,新たな制度が必要である。」という考えから2007年に導入された。

11) 鳥獣被害防止総合対策交付金実施要領において「捕獲の有資格者が20名以上存在する実施隊を有する市町村の限度額は3,000千円以内とする。」と定められている。

12) 獣の足などをワイヤーくくることによって捕らえるわなである。

13) 邑知地区は中川集落,本江集落,神子原集落,福水集落,千石集落などから,余喜地区は大町集落,四柳集落,酒井集落などから,越路野地区は千路集落と柳田集落から,鹿島路地区は鹿島路集落,松尾集落,宿屋集落などから,一ノ宮地区は滝集落,一ノ宮集落,寺家集落から,上甘田地区は柴垣集落と滝谷集落から,粟ノ保地区は新保集落,夏生集落,栗原集落などから構成される。

14) 例えば,神子原集落の「神子原米」は2023年産の「特選能登神子原米(標準精米)」が5 kgで4360円と量販店で一般的に売られている米の約2倍の価格である。全国的には「ローマ教皇に献上された」で知名度を得た(神子の里ウェブサイト.神子原米.https://mikohara.com/item-list?categoryId=5600 2024年4月29日閲覧)。

15) 嶋本(2023)および羽咋市ウェブサイト.令和元年度がんばる羽咋総合戦略(具体的な施策101)効果検証シート.https://www.city.hakui.lg.jp/material/files/group/4/R1927koukakennsyousi-to.pdf(2024年4月29日閲覧)による。

16) 2024年4月現在,販売はされているものの,ふるさと納税の返礼品としては「数量限定にて復活」と記載されており,安定した供給量にまで回復していていないとみられる。ふるさとチョイス.[B011]のとしし(イノシシ)肉スライス 1 kg. https://www.furusato-tax.jp/product/detail/17207/360615(2024年4月29日閲覧)よる。

17) 「のとしし」として広域的にブランド化を図るために周辺市町村で捕獲されたイノシシも受け入れている。

18) わなにかかった鳥獣を確実に捕まえるために猟銃や電気槍でとどめを刺す行為である。

19) 砂浜を自動車で走れる公道である。

References
 
© 2024 東北地理学会
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