季刊地理学
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クラフトビール醸造所の全国悉皆調査
埴淵 知哉
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2025 年 77 巻 4 号 p. 152-159

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要旨

2010年代以降のクラフトビールブームを受けて,日本でも各地に新たな醸造所が誕生している。地元産原材料の使用や地域の観光振興,交流の場づくりといった諸側面で,クラフトビールと地域との関わりが注目されている。しかしその豊富な個別事例に対して,全体的な傾向や特徴を俯瞰しうる統計的なデータは限られている。そこで筆者は2024年12月に全国のクラフトビール醸造所に対する悉皆調査を実施し,幅広い項目についての回答データを収集した(n = 280)。本資料ではその調査概要を記録するとともに,単純集計の結果を報告し,データの利用可能性を提示する。

I.はじめに

地理学においてビール工場は,工業立地論における市場志向型の典型例として取り上げられることが常であった。とくに現代のビール製造業は大規模な装置産業であり,全国各地にある大手メーカーの工場では画一的な製品が大量に生産される。そのため,ワインなど地域との結び付きが強調される他のアルコール飲料と異なり,ビールはどこでも同じ味わい・品質であることが当然視されてきた。この前提に反するのが,近年世界的に規模を拡大しているクラフトビール(craft beer)である。クラフトビールの定義は国・地域や時代によって変わるものの,小規模かつ独立経営の醸造所が製造するビールを指すことが多い。そのため,クラフトビールの生産と消費には局所的な関わり合いが生じやすく,そのローカルな性質自体が一つの特徴ともなっている。

こうした特徴から,クラフトビールは地理学をはじめとする社会科学研究において新たな関心を生み出している。近年の世界的なクラフトビールの流行と小規模醸造所の広がりは,空間や場所の観点からその生産と消費の様相を記述しようとする多くの研究を生み出した(Wartell and Vasquez, 2023; Harvey et al., 2023)。日本国内においても,1990年代の「地ビール」および2010年代以降の「クラフトビール」の流行によって,観光やまちづくり,地域経済,社会関係など様々な観点から,地理学内外で研究が進みつつある(飯塚ほか, 2017; 大森, 2021a, b; 埴淵, 2025)。各地で増加する醸造所および併設パブ・タップルームは,生産者と消費者を結ぶ特徴的な場であり,人々の交流を促進する新たなサードプレイスとも目されている。しかし,日本のクラフトビール醸造所の全体像を俯瞰できる資料は限られている。

本稿では,こうした実態の把握を目的として実施した,全国のクラフトビール醸造所に対する悉皆調査(アンケート)の結果を報告する。以下,IIで調査概要について説明し,IIIで主な調査項目の集計結果を報告する。そしてIVにおいて,今後の分析およびデータの利用可能性について説明する。

II. 調査概要

2024年12月に全国のクラフトビール醸造所を対象とした悉皆調査を実施した。「クラフトビール」や「地ビール」の厳密な定義は難しいものの,醸造所自体は酒造免許の取得に伴い国税庁のリストに掲載されるため,母集団は比較的把握しやすい。ただし免許取得と実際の醸造・開業時期の間にずれがあること,またその後の閉業等もあることから,今回の調査では,きた産業株式会社が作成・公開している『全国醸造所リスト』(2024年6月末時点)をベース資料とした。同リストは国内のクラフトビール研究においてもしばしば利用されており(たとえば澤口, 2025),更新頻度や網羅性が最も高いと考えられる。ただし,同リストには住所情報のすべては掲載されておらず,また,調査時点で閉鎖または移転していたり重複して記録されていたりする醸造所も一定数みられたことから,全醸造所についてウェブサイトやSNS,『Always Love Beer』・『ビアクルーズ』などのオンラインの醸造所リスト,そしてGoogle Maps等で最新情報を確認し,調査対象となる醸造所のリスト(N = 812)を作成した。なお,単位は企業ではなく醸造所であり,複数の醸造所をもつ企業の場合はそれぞれの醸造所が調査対象となった。

このリストをもとに郵送で調査依頼を送付し,回答はGoogle Formsを用いてウェブ上で回収した。調査票の設問数は約25問1),回答時間はおよそ10分の分量であり,回答に対して500円分のデジタルギフトカードを謝礼として配布した(希望者のみ)。調査票の冒頭には,調査目的,調査内容,分量,回答の任意性,回答・未回答による利益・不利益,データの管理,結果の使用予定について記載したうえで,同意するとのチェックを得た場合のみ回答を受け付けた。2024年12月上旬に各醸造所へ調査依頼を送付し,三週間程度での回答を依頼した。最終的には2025年1月末に回答を締め切った。配布数812に対する有効回収数は280(回収率= 34.5%)であった。この回収率は同時期に実施された類似の調査とほぼ同じであり(32.5%: 澤口, 2025),高いとはいえないものの妥当な水準であったと考えられる。

第1表に醸造所の開業時期(1995-99年,2000-12年,2013-24年)および地域(大都市圏,地方圏)による構成比を示した。ここでの時期区分は,1994年の酒税法改正を契機として始まった地ビールブームと,それが過ぎてからの設立停滞期,そして2013年以降のクラフトビールブームに対応したものであり,最近の設立が際立って多いことがわかる。また,醸造所の立地をみると,大都市圏2)よりも地方圏の醸造所数が多い。最近は東京をはじめとする大都市での設立が目立つものの,地方圏でも堅調に増加しており,地方立地傾向は地ビール時代に比べて弱まったものの維持されている(埴淵, 2025)。なお,今回の調査に対する回答の有無と開業時期(χ² (2, N = 812) = 0.46, p = .796)および地域(χ² (1, N = 812) = 0.97, p = .325)の間に有意な関連はみられなかった。したがって,本調査に回答した醸造所は開業年や地域の偏りが小さく,母集団に対して一定の代表性を有するサンプルと評価できる。

第1表 開業年・地域別にみた回収率

全体(n = 812) 回答(n = 280) 未回答(n = 532)
n % n % n %
開業年
1995-99年 129 15.9 47 16.8 82 15.4
2000-12年 42 5.2 13 4.6 29 5.5
2013-24年 641 78.9 220 78.6 421 79.1
地域
大都市圏 341 42.0 111 39.6 230 43.2
地方圏 471 58.0 169 60.4 302 56.8

資料:きた産業『全国醸造所リスト』およびアンケート調査

III. 集計結果

1. 醸造所の概要

ここからは集計結果を順に紹介していく。なお,集計に際しては醸造所の特定を避けるため,該当数の少ないカテゴリを統合した。また,必ずしもすべての調査項目についての集計結果を報告するものではないため,調査票とは完全に一致しない点をあらかじめお断りしておきたい。

まず第2表は醸造所の基本的な情報をまとめたものであり,経営主体の種類と事業,また経営規模に関わる従業員数と年間製造量について示した。経営主体の種類としては株式会社が最多(63.9%)でおよそ三分の二を占め,個人事業主(15.4%)と合同会社(12.1%)がこれに続く。ビール醸造業を主たる事業とするものが過半数(52.9%)を占める一方,それ以外(他の酒造業や飲食業,観光業,その他)の事業が主である場合も少なくない。従業員数は1-3名が最も多く(59.3%),10名未満が9割近くに達するなど小規模な醸造所が多い。ビールの年間製造量も60 KL未満と小規模な醸造所が最多であり(67.9%),300 KL未満までで9割を超える3)

第2表 醸造所の概要

n %
合計 280 100.0
経営主体の種類
個人事業主 43 15.4
株式会社(特例有限会社を除く) 179 63.9
特例有限会社 16 5.7
合同会社 34 12.1
その他 8 2.9
経営主体(運営組織)の事業
ビール醸造業 148 52.9
酒造業(ビール以外) 21 7.5
飲食業 49 17.5
観光業 15 5.4
その他 47 16.8
従業員数
1-3名 166 59.3
4-6名 53 18.9
7-9名 22 7.9
10名以上 37 13.2
回答しない 2 0.7
年間製造量
60 KL未満 190 67.9
60-300 KL未満 68 24.3
300 KL以上 17 6.1
回答しない 5 1.8

2. 設立

続いて第3表には醸造所の設立について,醸造長の経歴に注目した結果を示した。醸造開始年を2009年まで,2010-19年,2020年以降の三区分で示すと,クラフトビールブームを受けた2010年代,さらに2020年代に急増していることがわかる。醸造開始時の醸造長の年齢は30-40代が多かったものの,20代以下から60代以上まで広く分布する。醸造長の前職は,その他(44.3%)が最多であることから,様々な経歴をもつ人が新たにビール醸造業に参入したことがうかがえる。他方で,前職が他の醸造所でのビール醸造業,つまり新たに独立したと考えられるケースも一定数(23.9%)みられた。

さらに,醸造長にとって醸造所の設立場所が出身地であったかどうかと,醸造所の設立の際に移住したかどうかを尋ねたところ,出身地で設立したケースが約3割(29.6%),設立に際して移住したケースもほぼ同じ割合(28.2%)であった。これらの値は,出身地へのUターン移住やIターン移住に伴って醸造所を設立した例が少なくないことを示唆する。移住者の存在は各地のクラフトビールシーンにおいて重要な役割を担っているため(埴淵, 2025),醸造長の様々な移動歴が立地や経営にどう影響してきたのかも興味深い論点といえる。

第3表 醸造所設立と当時の醸造長の経歴

n %
醸造開始年
-2009年 59 21.1
2010-19年 80 28.6
2020年- 141 50.4
醸造開始時年齢
29歳未満 36 12.9
30-39歳未満 101 36.1
40-49歳未満 81 28.9
50-59歳未満 42 15.0
60歳以上 12 4.3
わからない 8 2.9
醸造長前職
ビール醸造業(他の醸造所) 67 23.9
酒造業(ビール以外) 17 6.1
飲食業 38 13.6
観光業 11 3.9
わからない 23 8.2
その他 124 44.3
醸造長出身地
はい 83 29.6
いいえ 182 65.0
わからない 15 5.4
醸造長移住
はい 79 28.2
いいえ 183 65.4
わからない 18 6.4

3. 立地・建物

第4表には,醸造所の立地する地域の特徴とその場所の選定理由,建物の以前の用途,そしてパブやタップルームなど飲酒可能な施設の併設状況と,その設置理由に関する回答分布を示した。自己申告された地域の特徴として最も多いのは住宅地域(37.5%)であるが,商業地域(27.5%)と農山漁村(26.1%)も一定の割合を占めており,多様な地域に醸造所が立地している様子がうかがえる。選定理由はさらに多様であり,ビール醸造以外の事業との関係が最多(36.1%)であるものの,土地・建物のコスト(32.9%),観光地の近さ(26.8%),周辺地域の雰囲気の良さ(23.9%),消費地の近さ(18.2%)などにわかれる。原材料調達のしやすさ(3.9%)や輸送のアクセス(5.0%),労働力確保のしやすさ(1.4%)などは相対的に重視されていなかった。

醸造所の設立に際して新たに建物を建設したのは全体の四分の一ほど(24.3%)に過ぎず,既存の建物をリノベーションしたケースが多い。建物の前の用途としては,飲食店(17.9%),倉庫(12.9%),住宅(8.6%),工場(6.4%)などのほか,その他(22.5%)という回答も多く,多様な建物が醸造所に転用されたことが読み取れる。また,全体の四分の三以上が直営のパブやタップルームをもち,醸造所に併設する場合に限ってもその割合は三分の二近くに達した(64.3%)4)。ここから,多くの醸造所がビールの製造だけでなく,消費の場にも直接的に関わっていることが読み取れる。設置の理由として多く挙げられたのは新鮮なビールの提供(75.0%)や売り上げの増加(68.9%)であるが,地域住民の交流の場づくりを挙げた醸造所もそれらと同程度に多くみられた(66.1%)。また,施設・建物の紹介も三分の一ほどの醸造所が挙げており(35.0%),ビールの販売に加えて消費・交流の場づくりを重視している様子がうかがえる。

第4表 醸造所の立地・建物と飲酒施設

n %
地域の特徴
住宅地域 105 37.5
工業地域 13 4.6
商業地域 77 27.5
農山漁村 73 26.1
わからない 12 4.3
立地場所の選定理由(複数回答)
消費地の近さ 51 18.2
観光地の近さ 75 26.8
他の醸造所の存在 18 6.4
醸造に適した気候 9 3.2
原材料調達のしやすさ 11 3.9
輸送のアクセス 14 5.0
土地・建物のコスト 92 32.9
周辺地域の雰囲気の良さ 67 23.9
労働力確保のしやすさ 4 1.4
ビール醸造以外の事業との関係 101 36.1
当てはまるものはない 20 7.1
その他 52 18.6
建物前用途
新規建設(以前の用途は無い) 68 24.3
住宅 24 8.6
倉庫 36 12.9
工場 18 6.4
飲食店 50 17.9
オフィス 12 4.3
公共施設 9 3.2
その他 63 22.5
直営パブ・タップルーム
ある(醸造所併設) 180 64.3
ある(醸造所とは別の場所) 35 12.5
ない 65 23.2
醸造所併設タップルームの設置理由(複数回答)
新鮮なビールの提供 135 75.0
売り上げの増加 124 68.9
地域住民の交流の場づくり 119 66.1
消費者からのフィードバック獲得 80 44.4
観光客・訪問客の呼び込み 107 59.4
醸造施設・建物の紹介 63 35.0
いずれもない 2 1.1
その他 10 5.6

4. 地域との関わり

第5表には,地域との様々な関わり方について,それぞれをどの程度重視しているのかを示した。具体的には,「地元のビアイベントの企画・参加」や「地域のクラフトビール文化の醸成」といった域内での普及に関わる項目のほか,生産に関する「地元産の原材料の使用」や「地域内の他の醸造所との交流」,さらに「地域住民の交流の場づくり」,そして「地域経済の活性化」と「地域の観光振興」という地域振興に関わる幅広い内容を取り上げた。各項目に対して,醸造所の6~8割ほどが重視またはやや重視していると回答した。これはクラフトビールと地域との強い関わりを,醸造所の意識面から示唆する結果といえる。項目間の差にあえて注目するならば,より多くの醸造所が重視しているのは地元のビアイベントや経済活性化,観光振興であった。

第6表ではより具体的に,醸造所の生産・販売をめぐる諸活動において地域的な要素がどう関係しているのかを示した。たとえば,地域との関わりを重視するかどうかという設問(第4表)の直後に「地域」・「地元」の範囲を尋ねたところ,多くの醸造所は市区町村(62.1%)程度の範囲を意識していた。地域的な要素を含む名称やラベルとしても「市区町村名」は多く利用されている(40.7%)。これに対して,より狭い町丁・字などは重視する地域の範囲としては意識されていない(2.9%)ものの,名称・ラベル等においては町名・字名(21.1%)が都道府県名(14.3%)よりも多く使用されるなど,場面によりスケールが使い分けられている様子もうかがえる。地名等の使用はプレイスベーストブランディングの一種であり,意識的にローカルな要素を取り入れるネオローカリズム運動に根差したものとされる(大森, 2021b)。地名以外にも自然(21.8%)や歴史(12.5%)が名称・ラベル等に一定程度使用されており,こうした要素を使用しない醸造所は2割に満たなかった(19.6%)。

ただし,生産に直接関わる原材料の調達や醸造されたビールの消費は必ずしも域内で完結していない。水を除くと原材料として地元産の割合が高いのは副原料(柑橘類:40.7%,米:27.1%)であり,主原料の麦芽(8.2%)やホップ(15.7%),酵母(3.6%)を地元産で賄う醸造所は限られる。また,生産されたビールの80%以上が地元消費である醸造所が四分の一ほど(26.8%)あるものの,回答にはばらつきが大きく,10%未満のところも一定数みられる(12.9%)。第56表の結果をみると,クラフトビール醸造所は確かに地域を重視しているものの,それは域内で生産・消費を完結させるようなものではないことがわかる。むしろ,ローカルな諸要素をアイデンティティやブランディングに動員しつつ,クラフトビールの普及,人々の交流促進,経済・観光振興といった多面的な関わりを実践している様子がうかがえる。

また,一定数の醸造所は海外とも何らかの接点をもっており,クラフトビール醸造が閉じた地域というよりも多様なチャンネルを通じて他地域や海外と接続している様子も垣間見える。海外の醸造所・醸造家と交流があるとの回答は21.4%にのぼり,海外の市場に向けた出荷(9.3%)や海外の醸造所での就労・研修経験(9.3%)も1割近くにみられた。それ以外も含めるとおよそ三分の一の醸造所が海外と何らかの接点をもっている。

第5表 重視する地域との関わり方

重視している やや重視している どちらともいえない あまり重視していない 重視していない
地元のビアイベント 52.5 27.5 8.2 8.2 3.6
クラフトビール文化の醸成 46.8 26.4 14.3 9.6 2.9
地元産の原材料 41.8 31.1 12.5 10.0 4.6
域内醸造所との交流 31.4 31.4 22.5 7.9 6.8
交流の場づくり 37.9 29.6 23.2 5.4 3.9
経済の活性化 47.5 31.1 16.1 2.9 2.5
観光振興 49.3 29.3 15.0 3.2 3.2

単位:%

 

第6表 生産・販売における地域との諸関係

n %
「地域」「地元」の範囲
都道府県 79 28.2
市区町村 174 62.1
平成の大合併以前の旧市町村 5 1.8
学校区 4 1.4
町丁・字 8 2.9
その他 10 3.6
地元産原材料(複数回答)
麦芽 23 8.2
ホップ 44 15.7
酵母 10 3.6
156 55.7
副原料(米) 76 27.1
副原料(柑橘類) 114 40.7
いずれも使用していない 38 13.6
その他 56 20.0
地元消費量
10%未満 36 12.9
10-30%未満 52 18.6
30-50%未満 51 18.2
50-80%未満 47 16.8
80%以上 75 26.8
わからない 19 6.8
名称やラベルに使用する地域要素(複数回答)
都道府県名 40 14.3
市区町村名 114 40.7
町名・字名 59 21.1
地域の自然(山や川など) 61 21.8
旧地名・歴史地名 28 10.0
地域にゆかりのある人物 8 2.9
地域の歴史に関する事柄 35 12.5
その他地域の特徴に関するもの 48 17.1
いずれもない 55 19.6
海外との接点(複数回答)
海外の市場に向けて商品を出荷 26 9.3
海外のビアイベントに出展 21 7.5
海外の醸造所・醸造家と交流 60 21.4
海外の醸造所での就労・研修経験 26 9.3
海外出身の醸造家 12 4.3
いずれもない 186 66.4

5. 志向性

調査票の最後には,クラフトビール醸造所の様々な志向性を問う意識設問を並べた。具体的には,消費者が満足するビール(消費者志向)と作り手が納得するビール(醸造家志向)のどちらを作りたいか,醸造規模を小さく維持したい(小規模志向)か大きくしたい(大規模志向)か,ビールをこの地域でしか飲めないものにしたい(地域志向)か全国各地で飲めるものにしたい(全国志向)か,他の醸造所とは競い合いたい(競争志向)か助け合いたい(協調志向)か,そして,醸造所同士は近くに集まる(集積志向)のと離れて立地する(分散志向)のとどちらが良いと思うかを,それぞれ5段階で尋ねた。

結果として醸造所の意見にはかなりのばらつきがみられた(第7表)。とくに消費者-醸造家,小規模-大規模,地域-全国に関する志向性はいずれの選択肢も30%に満たないなど,醸造所による志向性の多様さが際立っている。クラフトビールは小規模かつローカルに作られているといった印象をもちやすいものの,規模の拡大や全国展開を目指す醸造所も少なくないことがわかる。対照的に,競争-協調志向は「協調」側に大きく偏った分布を示しており,クラフトビール業界の特徴が競争よりも協調関係の重視にあること(Nilsson et al., 2018)が裏付けられる。立地に対しては分散的な志向がやや強く,brewery district(ビール醸造所地区)とよばれるような集積に対する志向性は,今のところ限定的といえそうである。

第7表 醸造所の志向性

1
Aに近い
2 3 4 5
Bに近い
A:消費者志向 B:醸造家志向 28.2 18.9 27.9 12.9 12.1
A:小規模志向 B:大規模志向 20.4 18.2 23.6 23.6 14.3
A:地域志向 B:全国志向 21.1 20.7 21.1 14.6 22.5
A:競争志向 B:協調志向 4.6 3.6 23.9 24.3 43.6
A:集積志向 B:分散志向 9.6 11.8 44.6 14.6 19.3

単位:%

IV. データの利用可能性

本稿で紹介したクラフトビール醸造所に対する悉皆調査は,2024年末時点の全国の醸造所に関する基礎的なデータとして,今後の様々な研究に寄与することが期待される。たとえば,立地場所や建物用途に関するデータは,醸造所の集積性とその要因に関する定量的分析(大森, 2021a; Nilsson et al., 2018)や,ジェントリフィケーションとの関係を分析する都市地理学的な研究(Mathews, 2023; Domaradzka, 2023)に利用できる。醸造長の職歴や居住歴,あるいは海外との接点は,各地で展開するクラフトビールシーンと人々の移動性の関係に着目した研究(埴淵, 2025)を可能とし,一方で地域に対する考え方や取り組みから,ネオローカリズムのような場所との意図的な関わり(大森, 2021b; Cappellano et al., 2023; Flack, 1997)がクラフトビール業界の発展にどう寄与しているのかを問うこともできる。さらに,併設パブ・タップルームが構築するサードプレイスやそこで蓄積される社会関係資本の可能性(Reid, 2023; Mathews, 2023)についても,本データをもとに定量的に検討することが考えられる。このような研究はまた,飲酒施設へのアクセス性をめぐる健康地理学研究に対して,社会的健康の視点から新たな議論を提起することにもつながる(埴淵・堀川, 2025)。

本調査の個票データは,学術研究目的の二次分析のために公開する。利用希望者は本論文の著者に連絡し,適切な利用目的などの申告と利用条件の順守を条件として,データ提供を受けることができる。また,将来的にはデータアーカイブにおいてデータを公開する予定である。ただし,個々の醸造所の設立年や所在地,自由記述の内容などは匿名化のための一般化処理を経た値が提供される。より詳細な情報の利用については個別に相談されたい。

謝辞

お忙しいなか調査にご回答いただいた醸造所の皆様に,心から御礼申し上げます。調査の準備に際しては堀川泉さん,中山璃旺さんにご協力いただきました。記して感謝いたします。本研究の実施には「公益財団法人ひと・健康・未来研究財団」の研究助成を受けました。

1) 調査票の全文は京都大学学術情報リポジトリKURENAIにおいて公開している(http://hdl.handle.net/2433/296813)。

2) ここでは便宜的に,東京都,神奈川県,埼玉県,千葉県,愛知県,岐阜県,三重県,大阪府,京都府,兵庫県,奈良県を大都市圏とした。

3) ビールの年間最低製造量は60 KL以上であるが,発泡酒免許であれば6 KL以上となる。

4) 飲食の提供スタイルはタップルームとパブ(醸造所併設の場合はブルーパブとよばれる),レストランで異なり,店舗によっても様々である。一般に,タップルームではキッチンを併設せず,食事の提供は限定的である。食事を持ち込み可としたり,簡易的なテーブルと椅子を特定の曜日・時間帯のみ設置して営業したりするといったケースも少なくない。

References
 
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