Post-WWII large-scale population movements in Japan have created a significant geographical divide between testators and heirs, revealing a social issue known as “long-distance inheritance.” This study quantitatively analyzes the impact of this phenomenon on financial asset flows using organized inheritance data. By clarifying the geographical distribution of heirs and the pathways of financial asset transfers, we provide numerical evidence that the outflow of assets from rural to urban areas exacerbates regional disparities and accelerates the concentration of wealth in Tokyo. This research reveals that the net outflow of financial assets associated with inheritance is diminishing the vitality of local economies, suggesting the need for fundamental measures to address the economic consequences of these demographic shifts.
わが国では戦後から今まで,地方部から東京などの都市部へ大規模に人口が移動した.特に,王(1994)が述べているように,1950~1960年代にわたる高度経済成長期では急激な人口移動が起こった.
半世紀というタイムラグを経て,人口移動により地方部高齢者から都市部現役世代への相続が起きている.そのため,大量の相続資産が地方部から都市部へ流出していると推測できる.また,こうした相続の遠距離化は,自治体をまたぐ金融資産の移動を直接的に引き起こす.以上から,相続金融資産を分析するには,相続人と被相続人との地理的関係に着目していくことが重要となる.
1.2 研究目的東京への人口一極集中が継続する中,相続を通じた資産移動によって富の東京一極集中も進行している可能性がある.しかし,その実態を定量的に捉えた実証研究はこれまで十分に存在しなかった.そこで本稿は,民間企業が蓄積した大規模な相続実データを用い,相続時の資産移動を段階的に分析することで,この問題の実証的検討を試みる.
本稿の目的は,体系的に整理された相続の実データを用いて,相続関係者の地理的関係を把握し,それに伴い金融資産がどのように流動しているかを定量的に示すことにある.高度経済成長期等の過去に発生した人口移動は,現在の被相続人と相続人の居住地に地理的な隔たりを生じさせ,相続の遠距離化を引き起こしている.この空間的な隔たりは,資産を被相続人の居住地域外へ流出させ,地方経済を疲弊させる構造的な要因となる.そこで本稿では,まず第2章にて相続人の居住地構成に基づく「3類型」を定義し,資産流出が生じやすい空間的構造を明らかにする.その上で第3章にて,その構造を背景として流動する資産額の推計を行い,相続起因の日本全体の資産移動をフローベースでとらえることで,相続が地方経済を縮小させ,東京一極集中の一因となっていることを示す.
1.3 相続データ本稿は,相続手続きを必要とする顧客と相続の専門家(行政書士.税理士等)を結び付けるプラットフォーマーである株式会社ルリアン(以下,ルリアン)が,相続手続きのワンストップサービスを提供するにあたり,蓄積したデータを用いる.ルリアンは葬儀社や金融機関との連携により相続人へのアプローチを行う.相続人の情報を取得した後,電話営業や専門家の自宅訪問を経て,約8%がサービス受任へと繋がる.
本稿で使用したデータは,相続が発生した世帯を母集団とする無作為抽出標本ではないため,サンプルセレクションによる偏りが懸念される.本稿では,この点について,「資産状況に基づく利用選択の影響」,「居住地域に基づく利用選択の影響」の二点から検討する.
まず,資産状況について検討する.比較のため,総務省「全国家計構造調査(2019年)」から,世帯主が75歳以上の世帯の金融資産と不動産評価額の合計金額(データA)と,単身・無職世帯の金融資産額(データB)を用いる.データAは不動産評価額を含むため母集団と比較して高資産側に偏り,分布の右裾が厚くなる一方,データBは若年層を含むため母集団と比較して低資産側に偏り,分布の左裾が厚くなる.図1は,本稿で用いるデータとデータA,Bの資産分布を比較したものである.600万円から1200万円の資産を持つカテゴリを基準として,他のカテゴリの相対比率を算出している.その結果,本稿で用いるデータの分布は,右裾が厚いデータAと左裾が厚いデータBのいずれにも極端には偏らず,両者の間に位置していることが確認される.このことは,本稿のデータが母集団の資産分布から大きく乖離していないことを示唆しており,資産状況に基づくセレクションバイアスは限定的であると考えられる.従って本稿では,ルリアンのデータを資産状況による偏りが小さいものとして扱う.

次に,居住地域について検討する.ルリアンデータの被相続人の都道府県別居住地を図2に示す.ルリアンの本社のある京都府や拠点のある宮城県,埼玉県,東京都,長野県,愛知県,そしてこれら都府県の周辺のデータが多い.一方で,中国地方や四国地方,九州地方のデータが少ない.

厚生労働省の人口動態調査(2022年)の75歳以上の死亡者数と比較すると,ルリアンデータを基準とした拡大係数は,東京都・神奈川県が304.4,その他関東地方が209.9,中部地方が246.4,近畿地方が247.2,その他地方が1302.5である.以上から,ルリアンデータは地理的偏りが存在するため,第3章ではこのサンプリングバイアスを調整した推計を行う.
本稿では,2018年から2023年の6年間に相続手続きを行った相続データを用いた(表1).入手した被相続人情報(10項目/相続ベース:7.294案件),相続人情報(5項目/相続ベース10,028案件)から欠損値削除等のデータ成形を行うと,表1のように分析対象データ数は,相続ベースで被相続人情報は5,376案件,相続人情報は8,655案件となった.それぞれ元データから,26.3%,13.7%取り除いたことになる.なお,データ成形とは主に,①表1に示した各項目のうち必要な情報に欠損があるデータは削除,②相続人全員分のデータが揃っていないデータは削除,③存在しない市区町村や生年・死亡年が2024年以降等明らかに間違っているデータは削除,を行った.本データは人の手入力で行われているため,③のようなミスが起こる.
また,一つの相続案件には1人以上の相続人が存在する.そのため観測数は,相続ベースで数えた値を案件,相続人ベースで数えた値を件と単位を定める.例えば,相続人が3人存在する相続の相続人情報は,1案件/3件と表現できる.
本稿でいう金融資産とは,ある一つの相続案件で相続対象となる普通預金,定期預金,貯蓄預金,当座預金,外貨普通預金,外貨定期預金,通常貯金,定期貯金,定額貯金,担保定額貯金,担保定額定期貯金,普通貯金,出資金,債券,金銭信託,投資信託,株式,MRF,特別口座,未収配当金の合計値のことである.
相続IDを用いて2つのデータを紐づけると,相続ベースで3,558案件,相続人ベースで9,968件となり,本稿ではこれを分析対象とした.前述した通り,一つの相続案件で相続人が複数人いる場合,相続人数分の相続人情報が一つの被相続人情報に紐づくことになる.
1.4 先行研究相続に関する研究として,菊谷(2020)は相続税の税制の変遷を整理し,中小企業の事業承継の租税特別措置法に関する課題を指摘,岡崎(2016)は相続税制の改正に伴う世代間格差の変化を考察している.データを用いた定量的研究では,阪井ら(2010)は,農住混在街区形成における空間変容の要因の一つを相続とし,住宅地図や地籍図,登記簿謄本を用いて時系列変化を整理した.渡辺ら(2019)は,相続を発生させる土地利用や転入者特性をアンケート調査やヒアリング等から把握している.阪井ら(2010)は練馬区大泉学園3丁目の一街区,渡辺ら(2019)は横浜市栄区の上郷ネオポリスと,いずれも街区レベルでの狭い対象地域に限定されている.また,本稿と同様の相続データを用いた研究として,阿部ら(2023)は,相続時に発生する空き家の発生メカニズムに着目した.相続が発生した際に相続人がどう偏在していても,被相続人の居住地に残る不動産と,相続人のもとに移動可能な金融資産という視点で全く異なる性質を持つため,本稿では金融資産に着目した.具体的には,不動産はその価値が所在する地域に固着しているのに対し,金融資産は相続人の居住地に応じて即時的な地域間移動を伴う.本稿では「地域間での資産移動」という動態的な実態を明確化するために,場所の影響を受けない金融資産のフローを抽出した.あえて金融資産に限定することで,不動産というノイズを排除し,人口の偏在がそのままダイレクトに資産の地方流出(東京一極集中)を引き起こす実態を,簡潔かつ明確に定量化することを可能にする.大澤(2022)では金融資産移動に関する試行的分析が行われた.本稿では,データ数を大規模化し,地域間の金融資産の移動にて,地域分けの細分化を行った.そして,特定の都道府県からの金融資産流出という発地固定だけでなく,流入という着地固定の視点も組み込んだ.以上から,本稿の新規性は,日本全国を面的に網羅する大規模な相続の実データを用いて,相続に起因する金融資産の地域間移動を発地・着地両面から分析した点にある.
また,地域間人口移動に関する研究も多数存在する.高山ら(2016)や相澤ら(2020)をはじめとし,モデル構築により理論研究が行われてきた.さらに近年,人流ビックデータが整備され,一井ら(2023)は行政界またぎ移動に着目している.本稿は個人の移動を家族単位で集計しているため,人流移動に伴う金融資産の移動までも言及している.さらに,相続時点に着目している点も新規性である.
本稿のテーマである「相続起因の東京一極集中と地方衰退」の背景には,「①人口移動」→「②相続人の地理的偏在」→「③金融資産の地理的移動」→「④地域格差拡大」という構造があると推察する.そこで,本稿の目的に直結する「③金融資産の地理的移動」に主軸を置いて分析を行うとともに,その前提として「②相続人の地理的偏在」に関しても分析を行う.
これら2つの分析は1.3.で示した同様の相続データを使用するが,分析の目的に応じてデータの集計方法が異なる.まず「②相続人の地理的偏在」は,被相続人と相続人の居住地関係に着目した「3類型(自治体完結,一部またぎ,完全またぎ)」を定義し,件数ベースで集計を行う.この3類型による分類は,相続というイベントが被相続人の居住自治体外へ資産流出を誘発する「構造的ポテンシャル」を持っているのかを判別するために不可欠な手順である.すなわち,相続人のなかに「またぎ(自治体外居住者)」が存在することは,資産が被相続人の居住自治体に留まる動機を弱め,相続人の居住自治体へと還流させる構造的なトリガーとなる.次に,「③金融資産の地理的移動」は金額ベースで集計を行う.これは,前述の「件数(居住地関係の構造)」を分析の前提(入力値)とし,実際に流動する資産額の推計を行うことで,地域経済への影響の実態を定量的に明らかにするためである.このように「構造(件数)」から「実態(金額)」へと段階的に分析を進めることで,東京一極集中を加速させる相続のメカニズムをより精緻に実証する.
本稿は4章で構成される.1章では,本稿の背景や目的,使用データ,新規性を述べる.2章では,本稿のテーマを構造的に整理たうえで,件数ベースの集計により資産流出の構造的要因である相続人の地理的偏在を明らかにする.そして,件数ベースで集計することで相続人の地理的偏在の分析を行う.3章では,2章で整理した相続人の地理的偏在を前提とし,相続が発生した際に移動する金融資産を金額ベースで分析する.4章で本稿を総括する.
2.1.2 件数ベース相続人の地理的偏在を把握するために,人に着目した件数ベースの集計を行う.
大抵の相続手続きが自治体ごとに行われることから,相続人がどれだけ被相続人居住地に残っているかによって,3つの相続関係を定義する.相続人全員が被相続人居住地に残るものを(a)自治体完結相続,相続人全員が被相続人居住地から出ているものを(b)完全自治体またぎ相続,それ以外を(c)一部自治体またぎ相続と定義する.相続人が3人の場合の相続関係の例を図3に示す.

2.1.3 金額ベース
金融資産の地理的移動を分析するために,金額ベースの集計を行う.金融資産において,各相続人への配分割合は不明である.そのため,相続人全員で金融資産を等分割し,被相続人居住地から相続人居住地へ移動するという仮定で,分析を進める(図4).なお,被相続人や相続人の居住地は市区町村で表し,市区町村役場の位置を代表点としている.図4の例では,相続前にa市にn円存在した金融資産が相続によって,a市にn/3円残存,b市とc市にそれぞれn/3円流出すると仮定する.

2.2 相続人の地理的偏在(件数ベース) 2.2.1 全体量
分析対象である3,558案件の相続関係の割合を図5で示す.該当自治体で相続が完結するもの(自治体完結相続)は約4分の1強しかない.

2.2.2 相続人数別
相続人数ごとに,相続関係の割合を示す(図6).グラフ上の数値は,それぞれの案件数である.なお,合計50以上の案件数がある相続人数1~5人を抽出した.結果から3点が解釈できる.第一に,相続人が1人の場合は,約35%の案件で相続人は被相続人の市区町村から離れている(完全自治体またぎ相続).第二に,相続人数が増えるにつれ,自治体完結相続と完全自治体またぎ相続の割合は減少傾向にあるが,完全自治体またぎ相続は下げ止まりし一定数存在し続ける.このように,相続人数にかかわらず一定以上の割合で完全自治体またぎが発生するという構造的実態は,核家族化や都市部への人口移動が定着した現代において,地方から都市部への資産流出が不可避かつ継続的に発生する背景となっている.

2.2.3 被相続人居住地別
被相続人が居住している都道府県ごとに,相続関係の割合を自治体完結相続割合が高い順に示す(表2).なお,案件数が100以上存在する10都府県を抽出した.
結果から,3点が解釈できる.第一に,長野県は自治体完結相続が約35%と高い.一方で,3章で述べるが,長野県の金融資産は金額ベースで約20%が関東地方へ流出しており,他都道府県と比べ高い傾向にある.よって,長野県は相続人居住地の自治体に残るもしくは,関東地方へ流出するかの二極化が起こっていると推測できる.第二に,完全自治体またぎ相続は京都府が約22%と一番高く,4案件に1案件の割合ですべての相続人が自治体から出て行ってしまっていることが分かる.また,3章で後述するが京都府の金融資産は金額ベースで3割以上が府外に流出しており,自治体外さらには府外に流出していることが示唆できた.第三に,京都府とは逆に,静岡県は完全自治体またぎ相続が約5%と低い.完全自治体またぎ相続は都道府県によって割合に差がある.
2.2.4 残存相続人の属性一部自治体またぎ相続に焦点を当てる.分析対象全体(3,558案件)の約63%(2,230案件)を占める一部自治体またぎ相続のうち,約58.1%(1,295案件)と過半数が1人の相続人のみが被相続人居住地に残っている案件であった.そこで,被相続人の居住地に残っている唯一の相続人の属性を図7に示す.第一に,過半数が70代以上である.被相続人の居住地に残っている唯一の相続人のため,相続手続きを主導して進める存在となる可能性が高い.高齢者にも対応した相続手続きの簡素化が必要である.第二に,4割以上と一番多い属性が妻となり,唯一の自治体に残存する相続人となる割合が高いことが分かった.これら地方に残る高齢の配偶者(妻)が自身の相続を迎えた際には,都市部に居住する相続人への自治体またぎ相続へと移行する可能性が極めて高い.つまり,一見地方に留まっているように見える資産も,時系列的にはいずれ都市部へと流出する時間差の構造を内包しており,これが将来的な東京一極集中をさらに加速させる要因になり得ると解釈できる.

図8に,横軸に金融資産額,縦軸にその頻度を示す.図8から分かるように,分布は裾の重いロングテールであり,平均値は2,374万円,中央値は1,599万円となり金融資産金額は偏っている.

3.1.2 自治体またぎ相続への影響
表3に金融資産別の相続関係の内訳を,全体の内訳を併記して示す.なお,全体の値より高い値を網掛けで表示する.金融資産が少ない家庭は自治体内にとどまり,多い家庭は自治体完全またぎが増える傾向がある.
3.2 移動量 3.2.1 地域間移動
金融資産の1年間の日本国内移動量を金額ベースで算出する.分析対象である3,558案件に関して金融資産の都道府県間移動量を金額ベースで求め,2022年の死者数を用いて拡大することで,1年間の数値を導出した.この時,1.3節で前述したようにデータの地理的分布の偏りがあるため,集計ブロック単位でそれぞれ異なる拡大係数を算出し用いた.東京都・神奈川県,その他の関東地方(茨城県,栃木県,群馬県,千葉県,埼玉県),中部地方(新潟県,富山県,石川県,福井県,長野県,岐阜県,山梨県,静岡県,愛知県),近畿地方(滋賀県,京都府,兵庫県,三重県,奈良県,大阪府,和歌山県),その他と5地域に分類し,OD表を作成した(表4).行が発地,列が着地である.
表4から3点が分かる.第一に,年間で発生する相続金融資産は29.79兆円規模までに及ぶ.2023年度国家予算が114.40兆円であるので,相続金融資産の推計額は国家予算の26.0%に対応する.毎年国家予算の4分の1強がフローとして一年に発生しているのである.第二に,金融資産OD表の対角成分の金額が高く,金融資産の地域内移動が支配的である.その比率は83.1%である.第三に,東京都・神奈川県が年間1.51兆円,東京と神奈川県以外の関東地方が0.44兆円の流入超過である一方で,中部地方が0.30兆円,近畿地方が0.21兆円,その他地方が1.44兆円の流出超過となっている.1年間で東京都,神奈川県以外で発生する25.29兆円のうち,8.7%を占める2.19兆円が東京都,神奈川県に毎年流入していることが分かった.以上から,膨大な金融資産が相続によって地域間で移動し,東京都や神奈川県へ集中してきていること,すなわち,相続金融資産でも東京一極集中が生じていることが分かる.
3.2.2 発地固定各都道府県におけるデータのサンプリング・バイアスが分析結果に与える影響を抑制し考察を深めるため,本項では発地(被相続人の居住地)を特定の都道府県に固定した分析を行う.使用データはルリアンが提携する葬儀社や金融機関を通して取得するため,被相続人の居住地分布は提携先の拠点網の配置に規定されるという性質を持つ.一方で,被相続人に紐づく相続人の居住地(着地)は,提携先の拠点分布とは直接的な相関を持たず,被相続人の居住地に対して相対的にランダムな広がりを持つと考えられる.したがって,発地を固定した上で流出先の構成比を算出することで,前項のOD分析に比べデータの偏りの影響を緩和できると考えられる.
ここで,案件数が100以上存在するデータ数上位10個の都府県を抽出し,それぞれの都府県に対して,都道府県内々率,自治体内々率,関東流出率,東京/神奈川流出率という4つの割合を算出し,その他を併記した5つの値を表5に示す.なお,すべて金額ベースの集計である.
都道府県内々率とは,ある都道府県で相続によって発生した金融資産のうち,相続後も当該都道府県にとどまる割合のことである.自治体内々率とは,発生した金融資産が同じ自治体内に残っている割合を発地の都道府県単位で集計したものであり,都道府県内々率の内数である.関東流出率とは,該当都道府県から茨城県,栃木県,群馬県,千葉県,埼玉県,東京都,神奈川県の7都県へ流出した金融資産の割合である.なお,関東7都県における関東流出率は,該当都県を除いた6都県への流出率で表す.例えば,東京都の関東流出率は,茨城県,栃木県,群馬県,千葉県,埼玉県,神奈川県へ流出した金融資産の割合である.東京/神奈川流出率とは,関東流出率のうち東京都と神奈川県への流出率を表す.そして,都道府県内々率と関東流出率を合わせて,100から引いた値をその他とする.
表5から,5点のことが読み取れる.第一に,都道府県内々率は宮城県,愛知県,神奈川県という順に高く,80%を超える.なお,自治体内々率に絞ってみてみると,どの都道府県も3~5割が自治体外に流出する.地域資産の多くが市外や県外に流出している.第二に,京都府が対象10都府県で最も流出している.過疎地域を含むとはいえ京都府ですら3割以上の金融資産が府外に流出している.第三に,各都道府県から関東地方に一定数流出している.特に,長野県の金融資産の5分の1が関東地方へ流出している.また,それぞれの府県から関東地方への流出の半分以上は東京都と神奈川県となる.総務省(2023)によると,2000年以降,総人口,生産年齢人口ともに,東京都のシェアは上昇し続けている.このように人口動態に起因して,相続によって金融資産の移動が起こっていることがわかる.第四に,関東流出率は長野県を除くと上から,東京都,埼玉県,という順であり,関東地方の金融資産が地方内で循環していることが分かる.逆に言えば,関東地方は地方外への金融資産流出は少ない.このことは,その他が東京都4.1%,埼玉県5.4%と低いことからもわかる.第五に,その他の割合が高くても京都府21.0%,大阪府15.4%,残りは1割に満たない都府県が多いことから,地元に残る,もしくは関東地方への流出という2パターンが多い.特に,長野県の金融資産の5分の1が関東地方へ流出することを前述したが,2章で述べた人の移動を見てみると,約35%が自治体完結相続となっており,2パターンの特徴がより顕著に表れている.
より詳細に金融資産移動の傾向を把握するために,前述した10都府県のうち,表5で示した都道府県内々率が最上位,最下位の宮城県,京都府,全国から金融資産が流入している東京都の流出先都道府県を地図上に割合で色分けして示す(図9~図11).なお,それぞれに対して流出先上位5都道府県とその割合,6位以下の割合をその他として併記する.網掛けは関東地方の7都県である.



これら図から3点のことが分かる.第一に,3都府県共通で,近隣県中心に金融資産は流出する.資産移動には物理的距離が影響を及ぼすと考えられる.第二に,関東地方の金融資産は地方内にとどまる.例えば,東京都で発生した金融資産の流出先上位5位は全て関東地方の都県が占めており,96.0%は関東地方に残留する.上位を地方内都県のみが占めている都県は関東地方以外ない.第三に,関東地方にはどの都道府県からも一定数流入する.上位5位に関東地方がランクインしない都府県はない.関東から離れている宮城県,京都府からも一定程度の資産が流入している.
対照的に着地を固定し流入ベースの数値を求めると,宮城県,京都府,東京都はそれぞれ都府県外から2.4%,15.1%,40.4%流入している.使用データは被相続人を起点としているため,面的なデータの偏りが結果に影響を及ぼす懸念もあるが,これらの数値は県外から流入する金融資産比率の下限値を与える.東京都に入る金融資産の40%以上が都外からである.東京都は若者のみならず相続による金融資産までブラックホールのように吸い込んでいる.着地ベースの分析からも,相続資産の東京一極集中が生じていることを確認できた.
地方部でお金をかけて育てた人材が都市部へ流出し,人とともにお金も流出するという現状がある.大学入学や就職のタイミングでの地方部から都市部への人口移動は今後も続く.このような社会背景を踏まえて,本稿は,以下に示す3点を数値で明らかにした.
第一に,自治体内で完結する相続は約4分の1にとどまり,遠距離相続の実態を数値化できた.第二に,発地ベース着地ベースの議論から,相続によって発生する金融資産でも東京一極集中が生じている.地方別の移動からみても,関東地方のみが流入超過となった.第三に,金融資産額が高い相続ほど,遠距離化が顕著となる.経済的余裕があると進路選択の幅が増えるため,相続人と被相続人との間の物理的距離が伸び,地方部から現役世代が住む東京などの都市部へ相続資産が流出する.
2025年以降,団塊の世代が後期高齢者となり今後相続件数がさらに増加する.東京一極集中を緩和し,地方創生を推進していくのであれば,地方部からと都市部への金融資産流出に関して抜本的な対策が不可欠であることを限られたデータからではあるが,本稿では数値で示した.
本研究は,筑波大学都市計測実験室と株式会社ルリアンとの共同研究の一環で実施した.