2024 年 2 巻 p. 111-115
持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)とは、2015年に国連で採択された「2030アジェンダ」の中核をなし、17の目標、169のターゲットと230の指標から構成された、持続可能な未来のための青写真である。開発目標は、政府のみならず、市民社会、企業などすべてのセクターに取り組みを求め、社会、経済、環境における開発をバランスよく、統合された方法で達成することを目指している。本年2023年は、SDGsの2016年から2030年を実施期間とする中間年にあたる。2023年5月には「SDG進捗報告書・特別版1)」が発表され、この発表にかかる発言の中でグテーレス国連事務総長は、「持続可能な開発目標(SDGs)の(データに裏打ちされたおよそ140の)ターゲットのうち、順調に進んでいるのはわずか12%のみ」、「ターゲットのうち、50%の進捗は乏しく、不十分」であり、「SDGsのターゲットの30%以上が、行き詰まっている、あるいは後退している」と、達成への強い危機感をあらわにした2)。
SDGサミットとは、各国政府、国際機関、市民社会のリーダー等がSDGsの進捗状況や課題、取り組みを報告し、協力や支援を促進する場である。今回のSDGサミットは、これまでの達成の遅れを取り戻し、国際社会の達成へのコミットメントを高め、世界を達成への軌道に引きもどすことを最大の眼目とし、各国首脳が集う国連総会のハイレベルウィークに合わせて、2023年9月18日・19日の2日間にわたり、国連本部で4年振りに開催された。私も9月16日より、SDGs市民社会ネットワークの一員として、SDGアクション・ウィークエンド、Global People’s Assembly (GPA) 等の関連イベントに参加した。
国連総会のハイレベルウィークでは、約100ヵ国から参加した首脳級会合において、「政治宣言3)」が採択された。そのなかで、気候変動とその影響とみられる自然災害、ロシアのウクライナ侵略などの戦争・紛争の多発、新型コロナ感染や、それに伴う景気の低迷などの複合的な危機により、SDGsの達成度がこの10年間で初めて低下したと報告された。
国連本部内で開催されたSDGsアクション・ウィークエンドでは、政府、NGO等、64のセッションに約6,000名が集まった
それに対し、同時期に開催され、我々も参加した市民社会の集まりであるGPAは「政治宣言」について次のように厳しく評価した。「政治宣言は人権、ジェンダー平等・社会正義・平和、そして『持続可能な開発のための2030アジェンダ』の完全実施に向けて、不平等と貧困の拡大への対応を加速するために必要な緊急行動を約束していません。私たちは、各国政府に対し、市民社会の政治的決意とその多様性に見合う政治宣言を求めます。SDGsの達成はおろか、SDGsに向けた大幅な前進も実現できないというのであれば、それは人類と地球にとって破滅的な事態を意味することになるでしょう」4)。
G7リーダーのうち、SDGサミット、国連総会を通じて出席したのはバイデン大統領と岸田首相のみとなり、首脳級の存在感が低調に終わった印象がある。国連総会には、ウクライナのゼレンスキ―大統領が初めて対面で出席したこともあり、SDGサミットよりも、ウクライナ問題が話題の中心になったことも影響したかもしれない。
残念ながら、採択された「政治宣言」も含め、国際社会として、「何が何でもSDGsを達成する」という強い意思は、伝わってこなかった。食料危機、経済格差、気候変動、途上国の厳しい財政状況、ウクライナ情勢等の複合的危機の中で、構造的なグローバルノースとサウスの対立などが背景にあり、国際社会として一体となった力強い政治的コミットメントが引き出せなかった。国連本部近くでは、化石燃料使用の中止や、気候変動の取り組みの強化を求める「グローバル気候マーチ」が行われ、老若男女問わず、数千人規模の市民が参加していたのは非常に印象的であった。「気候変動」は、今後SDGsの中心的な課題としてその位置づけがより明確になりつつあるが、この分野でも日本は主導的な役割を果たせていない。
国連本部で開催されたSDGsアクション・ウィークエンドのイベントでは、政府、NGO、国際機関、専門家らが集まり、64のセッションが開催された。市民社会を中心に開かれたGlobal People’s Assembly(GPA)でも、2日間、様々なセッションが開催され、それぞれの課題において、社会正義、社会保護を求める声が強かった。日本から出席したNGO関係者や若者たちも、核廃絶、グローバルヘルス、気候変動、教育、ジェンダー、子ども等、様々な分野でそれぞれの立場から議論に参加した。
イベントに参加した途上国のNGOからは、「国連は途上国の市民社会の声が反映されるシステムにはなっていない」という不満を訴える声が度々聞かれた。気候変動、エネルギー、食料問題、感染症等のしわ寄せが特に途上国に及び、批判の矛先は国連やグローバルノースに向かっている印象があった。また世界的に権威主義的な政府が増え、表現の自由など、市民の自由な活動を規制する傾向が強まっている中で、基本的な自由と人権を保障し、持続可能な社会実現への横断的な目標であるSDG16、及びSDG16+の取り組みを強化すべきであるとの主張も強かった。
国連本部近くで行われた、化石燃料使用の中止等を求める「気候マーチ」
SDG16とは、国連文書ⅰ)によれば「持続可能な開発のための平和で包摂的な社会を促進し、すべての人々に司法へのアクセスを提供し、あらゆるレベルにおいて効果的で説明責任のある包摂的な制度を構築する」とある。これをあえて一言で表現するとすれば「法の支配」と「人権保障」ではないか。つまり、どんなに貧困、教育、ジェンダー平等、労働者の権利、児童労働や強制労働などの個別の目標の達成に努力しても、透明性が低く、市民の自由な活動を規制する政府では、目標達成はおろか、持続可能な社会にはならないのである。SDG16は、SDG1から15と比べると、他の目標とは関連性が薄く、若干寄せ集め的なターゲットが含まれるものの、全体としては、SDG1~15を包含する横断的な目標であり、持続可能な社会を形作るターゲットで構成されている。
この観点からも、SDG16と同時に、平和・公正・包摂に関する他の目標を一緒に捉え、目標16をより広い視点で達成しようというのが、SDG16+である。SDG16+は日本政府を含む31の国連加盟国から構成される「平和・公正・包摂的な社会のためのパスファインダー」という多国間組織が2017年に提唱した取り組みである。しかし、現在、日本は46ヵ国からなるパスファインダー国5)に入っておらず、その影響もあってか、このSDG16+の取り組みは日本社会に浸透していない。
具体的にSDG16+では、SDG16以外の7つのゴール(G1,4,5,8,10,11,17) から、24のターゲットを選び、SDG16とあわせて計36のターゲットに取り組んでいる。近年、権威主義的な政府が増えていることに対し、人権を重視する立場から、開発途上地域を中心に、その取り組みの強化を求める声が高まっている。例えば、ジェンダーや強制労働の目標は、SDG16にある政府のガバナンス問題にも関連しており、その場合は関連する複数の目標・ターゲットを連動させて取り組む必要がある。以下の図のように「平和な社会(Peaceful Society)」では、SDG16に加えて、児童労働、女性への暴力、安全な公共スペースなど、他の目標を含むターゲットを包括的に取り組むことで、平和で包摂的な社会を築こうとされている。
Global People’s Assembly(GPA) のプログラムの一つ「3RD SDG 16 PLUS FORUM」は、SDGs16+アプローチをアジアで推進するにあたり、グローバルに連帯するイニシアティブとしてAsia Development Alliance(アジア開発連盟/ADA)が主催し、JANICも後援団体として、筆者もオープニング・スピーチを行った。特に浸透が遅れている日本は、今後、重点的に取り組むべきである。
今回の国連総会ではSDGsを中心に、「パンデミックへの対応」、「ユニバーサルヘルスカバレッジ(UHC)」、「結核」という、日本が力を入れている3つの「グローバルヘルス」に関連するハイレベル会合が開催された。また、「開発のための資金」、「気候野心サミット」についても同様のハイレベル会合が開催された。グテーレス事務総長は、様々な場において、2023年までのSDGs達成には毎年年間5,000億ドル(約75兆円規模)の「SDGs刺激策(SDGs Stimulus)」 が必要であると、各国に支援を訴えた。そして、その呼びかけに呼応するように、開発、環境、ヘルス、教育等、様々な分野の会合において「資金の急増」を求める声が聞こえてきた。日本のODA予算は減少の一途を辿り、その対GNI比は国際目標である0.7%達成には程遠い、0.39%(2022年OECD実績)で、30カ国中15番目に留まっている。日本にとっては、このGNI比0.7%の達成と、今後のSDGs達成への資金需要にどこまで応えられるかが、大きな課題である。
SDGsが提唱する社会課題の解決そのものに反対する人は誰もいない。しかしながらそれぞれのセクターの立場によって、取り組むコミットメントの強さや、方向性が異なるのも現実である。これは仕方がないことではあるが、だからと言って、これだけの深刻な課題を置き去りにすることはできない。課題解決にはお互いが共通の目標であるSDGsの達成、つまり「誰一人取り残さない」社会の実現に向けて、互いの強み、特長を活かして、協調していくことが求められている。
日本におけるSDGsの認知率は、様々な調査で8~9割を示しており、これは他国には類を見ない、極めて高い数値である。しかしながら、日本はこの高い認知率を背景に、SDGs達成に向けて、精力的に取り組み、世界をリードしているかというと、そのような状況にもない。達成期限である2030年は、順調にいけば、G7が日本で開催される予定の年である。日本はとにかくSDGs達成に向けて「やり切った」と言える状態で2030年を迎えるべきであり、政府のみならず、市民社会、企業、大学など、あらゆるセクターが、今後ともより積極的に取り組んでいく必要がある。