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書評
山形辰史 著 『入門 開発経済学 グローバルな貧困削減と途上国が起こすイノベーション』(2023)
重田 康博
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2024 年 2 巻 p. 137-141

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『入門 開発経済学 グローバルな貧困削減と途上国が起こすイノベーション』(2023)

はじめに

現在の世界は、混迷を極め「複合危機の時代」とも言われている。気候変動による地球環境危機、コロナ感染症の世界的な流行、ロシアのウクライナ侵攻、パレスチナのガザ地区におけるハマスとイスラエルの対立、アフリカ諸国のエネルギー・食料危機などの問題が世界全体を脅かしている。開発経済学や国際開発学にも、従来の開発経済、開発支援や貧困削減だけでなく新しい役割が求められている。

評者が本格的にアカデミックな開発学に出会ったのは、1996年にロンドン大学大学院アジア・アフリカ学院(SOAS)の修士課程に在籍している時であった。SOASでは、Todaro(トダロ)のEconomic Development(1994)(邦訳『M・トダロの開発経済学』(1997))やAllen/ThomasのPoverty and Development in the 1990s (1992)が開発学科の教科書として使われ、地域研究では世界銀行のWorld Bank Policy Reportの2つの著作として、The East Asia Miracle: Economic Growth and Public Policy (1993)(邦訳『東アジアの軌跡―経済成長と政府の役割』(1994))とAdjustment in Africa: Reforms, Results, and the Road Ahead(1994)が開発学の主流派の報告書として必読書になっていた。これらの書籍は、評者がのちに開発学やNGO学を学ぶ上で思想形成の土台となり、特にM・トダロは評者に開発経済学と累積債務問題とは何かを教えてくれた。また、世界銀行を中心とするこれらの主流派の「開発経済学」の書籍に対して、アルトゥーロ・エスコバルのEncountering Development-The Making and un making of the Third World(1995)(邦訳『開発との遭遇―第三世界の発明と解体』(2022))やウォルフガング・ザックス編The Development Dictionary(1992)(邦訳『脱「開発」の時代』(1996))は、「ポスト開発」や「脱開発」の非主流派の立場にある参考文献として紹介されていた。

あれから30年が経過し、世界情勢、開発問題、開発経済学の学問も大きく変化した。この変化した開発経済学の現状と課題をコンパクトに丁寧にまとめているのが、今回の書評で取り上げる山形辰史の本書である。本稿では、『入門 開発経済学』の書評として、まず本書の目次を紹介し、次に本書の主なポイントにコメントを述べ、最後に本書の今後の課題について筆者の考えを述べていく。

本書の目次

はじめに

第1章 開発経済学の始まりと終わり?

1-1 二重経済論 ― わたしと異なるあなた

1-2 植民地からの独立と経済成長 ― 自分たちの国を興す

1-3 成長の限界と構造調整 ― 世界は混んできた

1-4 世紀末から新ミレニアムへ ― 目標と成果

第2章 二一世紀の貧困 ― 開発の成果と課題

2-1 世界の貧困の概観 ― 数字に表れる貧困削減

2-2 不利な立場の人々 ― 女性と性的少数者

2-3 不利な立場の人々 ― 子ども

2-4 不利な立場の人々 ― 難民

2-5 不利な立場の人々 ― 障害者

2-6 新ミレニアムの貧困削減 ― 機会・エンパワメント・安全保障

第3章 より豊かになるために ― 経済成長とイノベーションのメカニズム

3-1 経済成長の実績 ― アフリカの高成長国

3-2 経済成長のメカニズム ― AKモデル

3-3 人々の生活を大きく変えた技術革新

3-4 誰がイノベーションを起こすか?

3-5 感染症と知的財産権

3-6 新型コロナウイルスのための医療品開発政策

第4章 国際社会と開発途上国 ― 援助と国際目標

4-1 政府開発援助 ― 原型と展開

4-2 援助を有効に用いるために

4-3 中国のプレゼンス拡大とドナー関係再編

4-4 SDGsとその国際開発離れ

4-5 ポストSDGsの国際協力

おわりに

参考文献

Ⅰ.本書へのコメント

評者が本書の中から選んだ3つポイントについて以下にコメントを述べていく。

第1に、本書は開発経済学の理論と国際開発の実際、その課題と方策がバランス良く提示されていることである。

本書は、著者が「経済学に関連する事象のみに話題を限定するのでなく、国際開発において重要なトピックをまず選び、(中略)必要に応じて経済学を援用するというアプローチを採用した」(山形p.238)と述べている通り、経済学のみに偏らず、国際開発の課題、貧困削減とイノベーションの方策についても併せて紹介している。著者は、開発経済学の変遷と21世紀の貧困を概観し、不利な立場の人々(女性と性的少数者、子ども、難民、障害者)がどのような政策によって貧困から抜け出せるかを、経済成長、エンパワメント、安全保障という3つの貧困削減政策を示しながら、貧困からの自立には援助に依存するのでなく、生産活動とイノベーション(技術革新)を必要とすると述べている。とくに、誰がどのようにイノベーションを起こすのかを歴史を遡って具体的事例とともに説明している。例えば感染症対策と知的財産権、近年人類が苦しんだ新型コロナウイルスのための医療品開発政策、途上国の人々のためのCOVAXの経緯やワクチン供給者の競争について触れているところが興味深い。そこには、本書のテーマである貧困削減と途上国が起こすイノベーションについて出口戦略も示されており、不利な立場の人々に対する著者のやさしい心遣いと貧困問題を解決したいという明確な意志が感じとれる。

第2に、日本の政府開発援助(以下ODA)の動きと開発協力大綱の課題を指摘している点である。

著者は、「第4章 国際社会と開発途上国―援助と国際目標」の中で、途上国の開発に対する日本のODAの現状や貢献に触れた上で、2015年の開発協力大綱について、①開発協力理念の明確化(国際平和への貢献)、②新しい時代の開発協力(質の高い成長、中・高所得国への支援含む)、③触媒としての開発協力(民間企業、自治体、NGOとの連携)、④多様な主体の開発への参画(女性や社会的弱者の開発への参加)という4つのポイントを示している(山形、pp.219-220)。そして、ODAの「国益追求主義」、同義語として「外交の視点」の問題点を指摘している。著者は、2023年開発協力大綱改定に関して、2022年9月9日に改訂の方向性が発表され、有識者懇談会を開催し市民社会の声を聞く前にはすでに方向性が決まっていたことを強調しており、「改定の方向性」の中心概念として、①「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」理念の推進、②「日本の経済安全保障」、③「人間の安全保障」とし、国益重視の方向性が一段と強調されていることを危惧している(山形、pp.221-225)。その後2023年6月9日に閣議決定された大綱(外務省、2023a)は、著者が本書で予想していた通り、国益重視の内容になっている。日本のODA理念は、最初に外務省の若手官僚による『経済協力の理念』(外務省経済協力局経済協力研究会、1984年)の中で示された、「人道的・道義的考慮」、「相互依存の認識」という2つから始まっている。その後1992年にODA大綱が初めて閣議決定され、2002年に改定し、2015年に「開発協力大綱」と名称も変更して改定が行われた。日本政府は開発援助委員会などの国際的潮流の動向を意識しつつもODA大綱の概念を変更してきたが、評者は、理念についてはその原点に立ち返って考える必要があるのではないかと考える。

本書では、中国のプレゼンス拡大とドナー関係の再編による、DAC諸国の援助額の減少とドナーとしての中国の台頭および援助額増加の関係についても対照的に紹介しており、現在の援助の国際的潮流を知る上で参考になる。特に、情報が入りにくく不透明な中国の援助の融資契約や債務などの実態を明らかにしている点では貴重な資料と言えよう。

第3に、SDGsの内向き志向を危惧していることである。

著者は、SDGsから国際開発という側面が弱められ、環境保護や自国の開発という側面が強められていると指摘し、「国際開発から離れていくSDGs」(山形、214頁)について憂慮している。MDGsが途上国の貧困削減をメインにしていたのに対し、SDGsは国際開発抜きの国内開発だという。その理由として、世界の国々で貧困削減が進んだこと、貧困や社会開発より地球温暖化の重要性が大きく意識されたこと、発展途上国の貧困問題が南北問題と捉えられ、北の繁栄が南の貧困の原因であると世界システム論で解釈されていることを挙げ、世界の環境問題解決と世界の貧困問題解決がSDGsによって混同されていると問題提起している(山形、pp.214-218)。

Ⅱ.今後の課題

1 ポスト開発・脱開発の課題について

評者は、前述のSOASでTodaro(トダロ)のEconomic Development(1994)(邦訳『M・トダロの開発経済学』(1997))やAllen/ThomasのPoverty and Development in the 1990s (1992)などを教科書として使用したと述べたが、これらは主流派の経済開発や国際開発の書物である。別の科目では脱成長・ポスト開発などの書物を参考文献として使っていた。例えば、アルトゥーロ・エスコバル著(邦題『開発との遭遇―第三世界の発明と解体』)である。本書は、西欧型資本主義やグローバル資本主義を批判し、第三世界の解体からボスト開発と知の生産様式へのオルタナティブを提唱し、開発に対するローカリゼーションの理論と実践の書として重要な意味を持ち、当時イギリスの開発学界でも新古典派による主流の開発学に対するアンチテーゼを提示する必読書として話題になったのを記憶している。それに対して、本書では脱成長やポスト開発について触れていないので、山形がどう考えるのかを聞きたかった。つまり、エスコバルの考え方をマルクス主義の世界システム論と切り捨ててしまうのか、それとも知の生産様式へのオルタナティブとして、受け入れていくのかである。評者は、後者の立場である。開発に対するローカリゼーションのポスト開発・脱成長の実践は、著者のいうところのイノベーションでもあると考えるからである。

2 開発協力大綱と日本の安全保障戦略について

2023年6月9日に閣議決定された大綱は筆者が予想した通り、国益重視の内容になっている。また政府は、この大綱改定と並行して2023年4月5日「政府安全保障能力強化支援(Official Security Assistance、以下OSA)」を国家安全保障会議で閣議決定した(外務省、2023b)。このOSAは、ODAとは別枠で、同志国の軍等に対する無償資金協力を可能にし、日本の安全保障戦略を強化しようという資金協力の枠組みである。2023年3月に発行された本書では、OSAによる安全保障については触れられていない。22年9月の開発協力大綱の方向性の中に、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」理念の推進や「経済安全保障」という言葉が出てきたが、OSAについては発表されていなかった。市民社会やNGOが開発協力大綱を考えている間に、その裏で外務省はOSAを提唱したのである。著者は今、OSAをどのように考えるだろうか。「開発協力大綱改定に対する市民社会ネットワーク」(2023)の声明によると、新たな防衛装備品に対する無償資金協力として約20億円を予算化し、フィリピン、マレーシア、フィジー、バングラデシュの4ヵ国に配布するということである。新聞報道では、11月4日フィリピンを訪問した岸田首相は、マルコス大統領と会談し、このOSAを適用し、フィリピンに6億円相当の沿岸監視レーダーを供与すことで合意したという(讀賣新聞オンライン、2023年11月3日配信)。非軍事の開発協力大綱と軍事のOSAとの「二重基準の資金協力」の関係でどのように考えたらよいのであろうか。

3 MDGsとSDGsについて

前述の通り著者は、世界の環境問題解決と世界の貧困問題解決がSDGsによって混同されていると述べているが、SDGsは元々MDGsの途上国に向けた貧困削減目標(開発レジーム)と1990年代の国連地球サミットからのSD(持続可能な発展)の環境保護(環境レジーム)の2つの目標が合体したものであった。

では、MDGsの日本での広がり具合はどうだったのであろうか。評者も参加した2005年の「ほっとけない 世界のまずしさキャンペーン」の手法は、MDGsのロゴマークを使用し、腕に付けるゴム製のホワイトバンドを作成し、多くのセレブが参加するクリッキング・フィルムの制作など当時としては実に斬新でユニークな企画であった。その結果、ホワイトバンドを全国で約400万本販売、NGOもこれに協力しその売上は大きく伸びた。全国のコンビニやレコード店でホワイトバンドに出会えるということは当時の評者にとって驚きであったことを覚えている。しかし、ホワイトバンドを400万本販売して、どこまで途上国の貧困削減に対する日本人の理解が広がり深まったのかは疑問である。同キャンペーンが終了するとNGO「動く→動かす」の「スタンド・アップキャンペーン」や「#Me Too キャンペーン」につながっていくことになるが、2005年の時の様な熱狂は生まれなかった。

その後2015年に国連で採択されたSDGsは、日本政府やNGOや日本人の一部だけでなく、日本経済団体連合会(経団連)なども取り組み、経済関係、教育関係、マスコミ関係に拡大し、2023年の時点では日本人の8-9割がSDGsを認知しているというまでに広がった1)。SDGsの日本における浸透は、MDGsとは比べものにならないほどであるが、評者はMDGsとSDGsの活動は切り離されたものではなく、MDGsのレガシー(遺産)があったからこそSDGsの認知度がここまで拡大したと信じている。

また、著者はSDGsの国際開発離れの原因の一つとして、開発途上国の貧困問題は南北問題と捉えられ、北の繁栄が南の貧困の原因であるとする世界システム論は一面の真理はあるものの、今や妥当性を欠いている(山形、216頁-217頁)と述べているが、果たしてそうであろうか。評者は、南の貧困の原因は北の責任であるという考え方は、南北問題やSDGsの捉え方の違いに関係していると考える。つまり、1970年代から90年代までの南北問題は、先進国と途上国のエネルギー問題や食料問題の経済・貿易構造、格差問題や植民地問題のレガシーが存在していた。「先進国の経済社会変革を進めることが、開発途上国の利益につながる」というのは先進国と途上国の関係を私たち先進国のライフスタイルの変革や環境保護の身近な問題で捉え、Think globally, Act locallyというスローガンがあるように、地球規模で考え地域で実践するという開発教育や環境教育の視点に重なり、世界や日本でのフェアトレードなどの実践活動につながっている。現在世界にはアフリカ以南やアフガニスタンなどの後発開発途上国が存在していることを忘れてはならいないし、このグローバル化の情報・AIの時代では先進国と途上国が相互依存関係にあり、貧困削減、環境保護、紛争解決、エネルギー問題、食料問題などの責任の一端が先進国側にもあることを忘れてはならないだろう。

おわりに

以上本稿では、『入門 開発経済学』の書評として、最初に本書の目次を紹介し、次に評者なりに本書の主なポイントを述べ、さらに今後の課題について触れた。

本書は、長年開発経済と国際開発の分野に従事してきた著者の労作であり、大学の授業の教科書や開発経済を勉強したいという入門者向けに書かれたものである。さらに、本書は単なるテキストではなく開発経済や国際開発の分野について著者の丁寧な説明と鋭い分析を加えた理論書であり実践書でもある。開発経済や国際開発の研究者や実践者は、改めて本書を読んで貧困に苦しむ人たちに思いを馳せ、途上国の貧困削減や途上国でのイノベーションの方策を考えてもらいたい。

今日、日本政府はロジア・ウクライナ戦争、中国の台頭、北朝鮮の弾道ミサイルの発射など東アジア情勢の緊迫化に伴い、ODA、安全保障の政策を大きく転換しようとしている。このような政府による大きな分岐点の中で、日本や世界において、本書が提示した援助、ポストSDGsなどの課題について開発のアクターたちや若い実践者たちが何ができるかを考え、継続的に取り組んでいくことが必要だ。

混迷極まる複合危機の時代において、開発経済や国際開発の担い手たちが果たす役割は益々大きくなる。本書はその水先案内の書となってくれるはずである。

脚注

  1. 1) NHK「時論公論」『SDGs中間評価』2023年9月23日放送

引用文献
 
© 特定非営利活動法人 国際協力NGOセンター
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