THINK Lobbyジャーナル
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編集後記
「複合危機下の開発協力」はどうあるべきか?
重田 康博
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2024 年 2 巻 p. 150-151

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JANIC/THINK Lobbyジャーナル2号の主題は、「複合危機下の開発協力」である。

現在、世界は混迷し「複合危機の時代」と言われている。2023年1月の世界経済フォーラム年次総会では、「現在あるいは将来の複数のグローバルリスクが絡み合って複合的な影響や予測できない結果を生み出す。様々なリスクが連鎖して増幅する」(『グローバルリスク報告書』)として複合危機(Polycrisis)が言及された。2023年6月9日に改定された開発協力大綱でも、「国際社会は歴史的な転換点にあり、複合的危機に直面している」とされ、本号の座談会では外務省の上田肇前国際協力局政策課長が、地球規模課題の深刻化とSDGsの達成の遅れ、分断のリスク、途上国経済への打撃や人道危機などの複合危機について説明している。

ジャック・アタリが『新世界秩序』(2018)で警告している「グローバル・システミック・リスク」とは、気候変動による地球環境危機、コロナ感染症の世界的な流行、ロシアのウクライナ侵攻、パレスチナのガザ地区でのハマスとイスラエルの対立、アフリカ諸国の食料危機など、個別の問題が他に波及し、システム全体を脅かし、世界の経済、政治、社会のあらゆる問題に影響を与えている現象をいう。2015年に成立した国連持続可能な開発目標(SDGs)は、包摂性と多様性のある「誰一人取り残さない持続可能な社会の実現」を求め、国連などの国際機関、各国政府、企業、教育機関、NGOなどのステークホルダーが17のゴールと169のターゲットの達成を目指して活動しているが、達成に苦慮している。

このような「複合危機下における開発協力」はどうあるべきか。開発協力大綱を事例に考えてみたい。大綱改定のポイントは、開発協力を効果的・戦略的に活用し、「国益」の実現に貢献することである。そのために、他セクターとの共創、民間資金の導入、自由で開かれたインド太平洋(FOIP)の理念の実現、オファー型協力などのアプローチが提案されている。これについて、本誌座談会の中で大阪大谷大学教授の岡島克樹氏は、大綱が国益追求のための外交ツール化していることを指摘している。

また、政府は新大綱と並行して、政府安全保障能力強化支援(OSA)という新たな無償資金の枠組みによる資金協力を打ち出した。外務省は、ODAとOSAという2つのツールを使って外交と安全保障を達成しようとしている。

筆者の手元には外務省経済協力局研究会編/国際協力推進協会(APIC)が1981年に発行した『経済協力の理念』がある。当時、日本のODAには援助の理念がない、援助基本法や援助庁がないと国内外から批判された中で、日本の政府開発援助の理念のたたき台を構築するために、外務省の若手官僚によって試験的な試みとして本書が作成されたと、外務省関係者から聞いたことを記憶している。我が国が政府開発援助を行う一般理念として、本書では「人道的・道義的考慮」と「相互依存の認識」を挙げつつ、「国際秩序構築への貢献を通じて我が国の総合的な安全保障を確保する外交政策の一環をなすもの」(外務省、84頁)とも述べられており、当時からODAが安全保障政策上の外交手段として捉えられていたことがうかがえる。

政府開発援助大綱は、1992年に初めて制定された時から非軍事を掲げながらも、徐々に国益に貢献する方向で動いてきた。しかし、当初のODA政策は、もっと発展途上国の貧困削減などの社会開発や環境保全政策の方向を向いていた。現在のようにOSAと抱き合わせの経済安全保障政策という剥き出しの国益追求ではなかったことは間違いない。

世界の複合危機を克服するために、日本のODAが当初の「人道的・道義的考慮」と「相互依存の認識」という原点に戻り、世界の人間の安全保障の実現とSDGs達成のため、発展途上国の貧困削減に資することを強く期待したい。

次に、本号の内容を改めて俯瞰したい。

若林所長の巻頭挨拶では、2023年6月に8年ぶりに改定された開発協力大綱でODAの戦略的活用が強調され、共生社会を目指す国際協力の本質とのズレがあると指摘している。そのうえで、「共創」を目指す政府と市民社会の協力のもとに、新しい社会的価値と解決策を共に創り上げることの重要性を訴えている。

座談会記事では、外務省の上田前国際協力局政策課長(現インドネシア日本大使館公使)、大阪大谷大学の岡島教授、セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンの堀江部長、司会の若林所長を加えた4者の立場から開発協力大綱改定について議論を行った。彼らの議論は日本の開発協力の未来について深い洞察を与えるもので、政府とNGOの目指す未来の間に存在する齟齬を埋めるための課題が浮かび上がっている。

長島の研究ノートでは、中間年を迎えたSDGsを取り巻く現状と課題に焦点を当てている。SDGsを脅かす4つの危機、「ジェンダー不平等」「気候危機」「COVID-19が引き起こした格差」「紛争の多発と民主主義の揺らぎ」に言及し、中間地点におけるSDGsの進捗状況の格差に着目した分析は、2030年のSDGs達成への危機意識を示している。

高柳の研究ノートでは、COVID-19パンデミックとウクライナ危機が世界のODAに与えた影響に焦点を当てている。DACメンバーのODAの目的や動機がこれらの危機によってどのように変化したのか、また、2つの未経験の危機に対して長期的な開発と短期的な危機が両立しないトレードオフ問題が存在していることを指摘している。さらに、難民支援やワクチン寄付などは本来の途上国の開発目的ではなく、見せかけの開発・人道目的であるにもかかわらず、それらをODAとしてカウントすることの問題点を指摘している点は重要である。

内田の調査報告は、複合危機下の途上国・新興国における債務問題の現状と、各国・国際機関市民社会の対応、および提言をまとめたものだ。1990年代と比較して、複合危機下の債務問題は複雑化しており、G7、G20、IMF・世界銀行だけでなく、中国や民間債務が大きな問題となっている。これらに対する市民社会の対応と提言、さらに広島サミットでいわれた「公正な経済への移行」などの動きに注目したい。

中嶋の調査報告は、国際保健医療NGO所属の立場からまとめられたものだ。保健分野を含む人道危機や複合危機がもたらす影響、グローバルサウスを巡る危機と政治の対応について焦点を当てている。また、これらの複合危機に対してどのような対策が取られるべきか、日本政府や市民社会がステークホルダーとして果たすべき役割や直面する課題について整理し、紹介している。

小川の調査報告(和文)は、2023年度移民政策学会年次大会の社会連携セッション企画パネルでの議論をまとめたものである。報告では、在住外国人支援アクターである社会福祉協議会(豊島区社会福祉協議会)と国際協力NGO/NPO(シャンティ国際ボランティア協会)が多様なアクターと協働するユニークな事例が取り上げられており、参考になる。

林の調査報告は、南北NGO間のパートナーシップについての背景と北のNGOに向けられた批判を検討し、先行研究を通じて両者のパートナーシップの現状と課題を明らかにしている。公平なパートナーシップ構築として3つの事例を紹介しつつ、その背後にある権力構造、つまり先進国ドナーの代理人としての北のNGOの課題を指摘しており、市民社会として検討すべき示唆を含んでいる。

小川の調査報告(英文)は、難民認定率が1%未満の日本において、アフガニスタンの政変で日本に避難してきた人々がどのような課題に直面しているかをインタビュー調査により明らかにした点を評価したい。避難プロセス、日本での再定住、日本での生活上および社会の構造上の課題に焦点を当て、女性避難者の現状も紹介されている。日本は難民を「守る責任」を果たす必要があり、この報告はその責務から逃れることができない現状を浮き彫りにしている。難民のために日本がとるべき行動について考えさせられる、非常に貴重な記録である。

芳賀の調査報告は、日本が世界でも高い完全民主主義を有する一方で、女性の政治参加、特に国会議員比率が低いという現状を取り上げ、その要因について考察している。そのなかで、日本における女性の政治参加の現状と、G7サミットでの提言グループ「Women7(W7)」の活動を結び付けた点に注目したい。W7はG7プロセスの中で、ジェンダー平等と女性の権利に関する提案を行っている。女性の声を政治に届けるためには市民社会の積極的参加が有効であり、政府もそれに応えてコミットメントを強化することが望まれる。

重田の書評では、山下辰史著『入門 開発経済学 グローバルな貧困削減と途上国が起こすイノベーション』(2023)をコメントとともに紹介している。ポスト開発・脱開発の課題、日本の開発協力大綱と安全保障戦略、MDGsとSDGs、の3つの課題を含め、今後の開発経済学や開発協力においてどのような方向性を取るべきかを、次世代の研究者や実践者たちに是非考えてもらいたい。

最後に、THINK Lobbyはすべての人にオープンな市民社会シンクタンクであり、本誌は社会をよりよく変えたいと願う市民社会による研究成果を広く発表し、世界と共有する場である。是非多くの方に投稿を通じたご参加、ご協力、ご支援をお願い申し上げたい。

 
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