2024 年 2 巻 p. 17-30
The Transforming our world: the 2030 Agenda for Sustainable Development, adopted in September 2015, is based on the principles of "leaving no one behind" and "human rights protection". However, there are four factors that hinder these principles: gender inequality, the climate crisis, growing disparities brought to light by the COVID-19 pandemic, and the many conflicts and shaky democratic institutions that have emerged around the world. In addition, disparities are also widening in Japan, as the poverty of the elderly, female-headed households, and non-regular workers are getting poorer, while the population of the wealthy and ultra-wealthy wealthier is on the rise.
Progress on the SDGs is currently stagnant, and UN Secretary-General Guterres noted at the 2023 SDG Summit that progress at the halfway point is slow or fragile, with only 15 per cent of Sustainable Development Goals on track. “The SDG Stimulus" has been proposed at the UN to close the funding gap, but concrete commitments from governments, including Japan, have not been sufficient. The report once again emphasizes the significance of the role played by civil society.
筆者が所属する一般社団法人SDGs市民社会ネットワーク(以下、SDGsジャパン)は、持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals; SDGs)の達成を目指す市民社会組織(Civil Society Organization; CSO)を中心に構成されたネットワーク団体である。SDGsの前身ともいえるミレニアム開発目標(Millennium Development Goals; MDGs)に取り組む国際協力CSOを中心に運営されたキャンペーン組織である「動く→動かす」の後継団体として2016年に発足し(2017年2月に法人格取得)、2023年10月現在、約140の団体が参加し、SDGs達成に向けた政策提言活動、他セクターとの連携推進、普及啓発の事業を実施している。
2015年9月25日に第70回国連総会で採択された、「持続可能な開発のための2030アジェンダ(Transforming our world: the 2030 Agenda for Sustainable Development; 以下2030アジェンダ)」1)で、SDGsの実施にあたり「誰一人取り残さない」(前文第2段落)ことが誓われたが、SDGsジャパンは、とりわけこの「誰一人取り残さない」が重要だと考えている。団体のミッションでは、具体的に「誰一人取り残さない」こととして、「将来世代を含むすべての人が貧困・格差や差別、様々な形態の暴力、健康の不安から解放され、個人の多様性が尊重され、自然環境と共生し豊かさと人権を享受できる、平和で公正な社会」を目指すべき社会像として描いている。
2023年は、2016年の施行から、SDGs達成期限である2030年まで残り7年という中間年となった。また、日本では、4年に一度のSDGs実施指針改定が行われる予定である(2023年10月現在)。
折り返し地点に立った今、SDGsの達成状況を概観すると、2015年に2030アジェンダが採択された時よりも、状況は悪化、あるいは混迷を深めているように感じられる。2020年に起きた新型コロナウイルス(以下、COVID-19)の世界的流行によるパンデミックの発生は貧富の格差を拡大させ、2019年までの成果を後退させた。ロックダウン(都市封鎖)や行動自粛に伴う家庭内暴力(DV)件数の急増は、「影のパンデミック(Shadow Pandemic)」とアントニオ・グテーレス国連事務総長が述べた2)ように、ジェンダー不平等という、もともとあったジェンダーに基づく格差を顕在化させ、さらに悪化させた。
こうした状況をさらに深刻化させたのが、地球温暖化に伴う自然災害と紛争の多発だ。過去40年来最落の干ばつと呼ばれるアフリカの角地域は、4秒に1人、飢餓で命を落とす子どもがいると、238の人道支援団体が、2022年に開催された第77回国連総会に集まった指導者たちに対し訴えた3)。思い起こせば2005年の英国グレーンイーグルス・サミット時に「貧困を過去のものに(Make poverty history)」4)をキャッチコピーに展開されたホワイトバンド・キャンペーンでは、「3秒に1人、子どもが貧困で命を落としている」と窮状を訴えていたが、それに近い状況が再び起きている。にもかかわらず、極度の飢餓や人道危機に直面している地域では、必要としている支援資金が不足しているのが現状だ。
中間年に当たり、私たちはこのような現状をどう考えるべきだろうか。進歩と揺り戻し、停滞と緊張、分断と対立がみられる社会において、SDGsはどのような役割を果たしうるのか。本稿では、SDGsを取り巻く現状と課題を概観したい。
まず初めに、本稿で取り上げるSDGsおよび2030アジェンダを概観したい。2030アジェンダは、3年間にわたる作成プロセスの中で、「最も貧しく最も脆弱なところからの声に特別な注意を払いながら」(2030アジェンダ、宣言第6段落)、専門家や各国代表以外にも女性やユース、障害者、先住民など多様なステークホルダーが、100以上の国別コンサルテーションや、11のテーマ別コンサルテーションと、複数回開催された持続可能な開発目標に関する政府間オープンワーキンググループ(OWG)などの会合に参加し、意見を入れ込んだ。議論では、MDGsでは取り上げられなかった気候変動やエネルギー、イノベーション、経済やまちづくり、持続可能な消費、障害、格差、法と公正といった新たな課題も抱き合わせられた。17のゴール、169のターゲット、232の指標で構成されたSDGsは、日本も含めたすべての国がゴール達成の責任主体であることが謳われた。
2030アジェンダの根幹は、「誰一人取り残さない」にある。同文書の宣言第4段落は以下のように決意を表明した。
「この偉大な共同の旅に乗り出すにあたり、我々は誰も取り残されないことを誓う。人々の尊厳は基本的なものであるとの認識の下に、目標とターゲットがすべての国、すべての人々及び社会のすべての部分で満たされることを望む。そして我々は、最も遅れているところに第一に手を伸ばすべく努力する。」5)
「最も遅れている」と指摘されたのは、MDGs時代において、途上国での課題に取り組む際に、対策を取りやすい課題から取り組んだ結果、2030アジェンダでも「持続可能な開発のための不可欠な必要条件であると認識」されていた、「極端な貧困を含む、あらゆる形態と様相の貧困を撲滅すること」(同宣言第2段落)をはじめ、困難な課題が未解決のまま取り残されてきたことだ。
例えばMDGsの目標1で掲げられた「極度の貧困と飢餓の根絶」については、1日1.25ドル未満6)で生活する、極度の貧困で暮らす人の割合は、世界全体で1990年の19億人から2015年の8億3,600万人まで半数以下に減少。開発途上国だけを見ると、極度の貧困状態で暮らす人の割合が人口の半数近くだったのが、2015年には14%まで低下するなど、大きな成果を見せた7)。しかしながら、約8億人は未だに極度の貧困に置かれ、飢餓に苦しみ、数百万人の貧しい人達は、未だに基本的サービスへのアクセスが無い状態に置かれていた。また、飢餓の中で暮らしている最貧困層家庭の子どもは最富裕層家庭の子どもに比べ、4倍の確率で学校に通っておらず、最貧困層家庭の5歳未満の幼児死亡率は、最富裕層家庭の子どもに比べ2倍高いなど、貧富の格差が引き起こす教育や健康における格差の存在は取り残された8)。
2030アジェンダは、前文が示す通り9)、MDGsの未達点への反省に立ち、17のゴール、169のターゲット、232の指標が不可分一体のものであることが謳われた。すなわち、ひとつのゴールだけ達成するのではなく、あらゆる課題に目配りしながら課題解決に取り組むことが、すべての国、ステークホルダーに求められたのである。
もうひとつ、2030アジェンダの策定過程で重要だったことは、政策決定の場から最も遠くに置き去りにされてきた者たちの存在を可視化したことだ。そしてそれは例えば取り残されてきた「女性」でも肌の色や年齢、出身国、宗教、教育レベルによってさらに差別されてきたこと、インターセクショナリティ(Intersectionality, 交差性)の視点を示すものでもあった。
アジェンダでは、「誰一人取り残さない」の理念の下、5つのP(「People(人間)」「Prosperity(繁栄)」「Planet(地球)」「Peace(平和)」「Partnership(パートナーシップ)」)を基本概念とし、社会、経済、環境のバランスの取れた持続可能な開発を目指すことが謳われた。このうちPeople(人間)については、以下のように基本原則が謳われている。
「我々は、あらゆる形態及び側面において貧困と飢餓に終止符を打ち、すべての人間が尊厳と平等の下に、そして健康な環境の下に、その持てる潜在能力を発揮することができることを確保することを決意する。」(2030アジェンダ、第5段落)
「すべての人の尊厳と平等の下に」という文言は、格差の解消を示している。宣言第4段落では、取り組むべき課題として、「あらゆる貧困と飢餓に終止符を打つこと。国内的・国際的な不平等と戦うこと。(以下略)」という決意が述べられ、第8段落で「人権、人の尊厳、法の支配、正義、平等及び差別のないことに対して普遍的な尊重がなされる世界」を目指すべき世界像として記しているが、これらは、あらゆる格差の解消を示している。SDGsのゴールは、これら国や地域、紛争の有無などで生み出された、食料へのアクセス(SDG2)、保健サービスへのアクセス(SDG3)、質の高い教育へのアクセス(SDG4)、ジェンダー平等(SDG5)、衛生環境(SDG6)、エネルギーの享受(SDG7)、安全に生活できる環境と公平な司法制度へのアクセス(SDG16)などの、差別と不平等に立ち向かい、格差を解消させることに焦点が当てられている。
第2項 人権ベースの視点2030アジェンダの特徴のひとつは、人権保障が主眼に据えられていることだ。2030アジェンダでは、「最大の地球規模の課題」として、「極端な貧困を含む、あらゆる形態と側面の貧困を根絶すること」が挙げられたが(前文第1段落)、貧困は人権侵害の形態のひとつである。貧困に陥ることで、本来すべての人間に保障されるべき衣食住を含む基本的なニーズを満たせず、その結果、健康を阻害したり、学校へ通い学ぶ、教育の機会が奪われたり、教育の機会が奪われることで、より良い労働の機会を逸失する可能性がある。これらはすべて人権に直結する課題である。
SDGsが成立する前に、国際社会では1990年代より「人権の主流化」が進められていた。1993年の国連世界人権会議で採択された、「ウィーン宣言および行動計画(Vienna Declaration and Programme of Action)」では「人権の伸長及び保護が国際社会における優先事項」(前文第1段落)であることが高らかに謳われた。そして同宣言第14項で「広範に存在する極度の貧困が完全且つ実効的な人権享受の障害となる。その即時的緩和と最終的根絶は国際社会の高い優先事項でなければならない。」として、人権侵害の源である貧困を取り除く取り組みの重要性が指摘された。1997年には、コフィー・アナン国連事務総長(当時)が、「人権の主流化」を提唱し、他あらゆる分野での人権への配慮の重要性が指摘された。
人権の主流化は、2030アジェンダにも受け継がれ、宣言第5段落でも「人権を擁護し」と記載されている。人権は不可侵かつ差別なきものであり、その保障の一義的義務は国に課せられている(ウィーン宣言第1項)。そしてその障壁となる貧困と飢餓は、人としての尊厳を奪うものであり、権利侵害の究極の形態であるとして、アジェンダ2030においても、地球上からなくすことが目指されている。
さらに、SDGsでも取り込まれた経済の領域において、「ビジネスと人権」の重要性も認識されている。グローバル化の進展に伴い、多国籍企業(Multinational Enterprise; MNE)の世界各国の国内総生産(Gross Domestic Product; GDP)への貢献度は推定32%とされ10)、MNEの途上国への海外直接投資(Foreign Direct Investment; FDI)は、海外移民者などによる送金やODA、ポートフォリオ投資をも凌ぐ最大の対外資金源となり、また雇用の源泉となってきた。
他方、企業の本拠地や消費地から離れた原産国での環境破壊や人権侵害が顕在化した1990年代以降、抗議キャンペーンが多発している。1997年に発覚したスポーツメーカーのナイキ製品を製造するインドネシアやベトナムなどの東南アジアの工場で発覚した、児童労働や劣悪な環境での長時間労働は、世界的な不買運動につながった。2013年にバングラデシュの首都ダッカ近郊の縫製工場が入った商業ビルが崩落、1,133人が死亡した事件では、この縫製工場が各国のアパレル企業の「ファスト・ファッション」と呼ばれる低価格の衣料品などを、安い人件費で手がけていたことから、アパレル企業の責任が問われた。こうした動きは、原材料調達から製造、販売に至るあらゆるプロセスにおいて、責任あるサプライチェーン・マネジメントを企業に求める動きにつながっている。
国連では、1998年に国際労働機関(International Labour Organization; ILO)によって人権・労働分野の代表的な国際行動規範である「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言(ILO Declaration on Fundamental Principles and Rights at Work)」が採択され、ILO加盟国は、労働における基本的原則及び権利(結社の自由及び団体交渉権の効果的な承認、強制労働の廃止、児童労働の撤廃、雇用及び職業における差別の排除)の尊重、促進、実現に向けた義務を負うとされた。また1999年に、アナン国連事務総長により、企業に対し4分野(人権、労働、環境、腐敗防止)に関する10原則を実践するよう要請する「国連グローバル・コンパクト」が提唱された。
この流れを加速させたのは、2011年に国連の人権理事会で採択された、「人権を保護する国家の義務」、「人権を尊重する企業の責任」、「救済へのアクセス」を3つの柱とする「ビジネスと人権に関する指導原則:国連『保護、尊重及び救済』枠組み(Guiding Principles on Business and Human Rights: Implementing the United Nations “Protect, Respect and Remedy” Framework)」(以下、指導原則11))である。企業活動における人権尊重の指針とされる同指導原則では、「企業活動を通じて人権に悪影響を引き起こすこと、及びこれを助長することを回避し、影響が生じた場合は対処すること」(指導原則11)、「企業がその影響を助長していない場合でも、取引関係によって企業の活動、商品又はサービスと直接関連する人権への悪影響を予防又は軽減するように努めること」(指導原則13)、企業の規模、業種等に関係なく、人権を尊重する責任を果たすために、「人権方針の策定」(指導原則16)、人権への影響を特定し、予防し、軽減し、対処するために、人権への影響の評価、調査結果への対処、対応の追跡調査、対処方法に関する情報発信を実施する「人権デューデリジェンスの実施」(指導原則17~21)、「救済メカニズムの構築」(指導原則22)が定められている。
指導原則は、その後の国際社会におけるビジネスと人権の標準化の流れにつながった。国際標準化機構(International Organization for Standardization; ISO)の企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility; CSR)国際基準である「ISO26000」(社会的責任のガイダンス規格)や経済協力開発機構(Organisation for Economic Cooperation and Development; OECD)の「多国籍企業行動指針(The OECD Guidelines for Multinational Enterprises)」の改訂にも反映された12)。OECDは、2018年に人権、環境、贈賄および汚職、情報開示ならびに消費者利益など、「RBC(責任ある企業行動)課題」のデューデリジェンスをカバーする「責任ある企業行動のためのOECDデュー・デリジェンス・ガイダンス」13)を発表している。こうした動きは、2010年代半ば、イギリスの現代奴隷法(2015年)を皮切りに、各国で人権侵害と環境破壊に関するデューデリジェンスの実施と情報開示が義務付けられることにつながった。日本では2022年9月にビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議が「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」14)を公表、法的拘束力はないものの、企業に自社の人権尊重を求める動きは加速化していると言える。
なお、上述のビジネスと人権の流れを生み出す契機となったのは、NGOやメディアであることは、改めて強調したい。先述のナイキの不買運動では、1996年6月アメリカ雑誌「LIFE」に、パキスタンのある子どもがサッカーボールの針仕事をする写真が載せられたことに端を発し、「児童労働」問題への世界的関心を高めた。また、ISO2600においても、消費者、政府、産業界、労働、NGO、SSRO(サービス・サポート・研究・学術及びその他)によるマルチステークホルダープロセスが採用され、最終的に99カ国の参加を得て(その3分の2以上は途上国)、6つのステークホルダーの合意により規格を策定するプロセスをたどった。
筆者は大学などでアドボカシー活動について説明する際に、「支持すること。また、擁護すること。特に、社会的な弱者の権利を擁護すること」(デジタル大辞泉)であると説明した上で、子どもや高齢者、患者、障害者、海外にルーツがある人など、社会的に弱い立場に置かれがちな人に代わって、代理人や支援者が意志や権利を伝える活動について紹介している。取り残されがちな人の声を拾い上げられるのは、市民社会の果たしうる役割であり、その声は、社会を構成するセクターとしてより権利擁護に関連したものと言える。SDGsの根幹が人権にある以上、改めて人権擁護や侵害について監視、評価、代弁を行う市民社会の立場は極めて重要と言えるだろう。
「偉大な共同の旅」(2030アジェンダ、宣言第4段落)と称されたSDGsだが、中間年に当たる2023年、その進捗は停滞傾向にある。SDGsの進捗が停滞する要因として、筆者は①ジェンダー不平等、②気候危機、③コロナ危機が引き起こした格差の拡大、④紛争の多発と民主主義の揺らぎ、の4点をあげたい。以下、本節ではこの4点を考えていく。
第1項 ジェンダー不平等1995年に北京で開催された第4回世界女性会議から25年に当たる2020年、国連児童基金(UNICEF)および国連女性機関(UN Women)、およびプラン・インターナショナル(Plan International)は、25年の成果を振り返るレポート「女の子のための新時代:25年間の進歩をたどる(A New Era for Girls: Taking Stock of 25 Years of Progress)」15)を発表した。同レポートでは、25年間で女児の就学率は上昇したものの、教育格差や、児童婚や女性性器切除(FGM)など今なお残る有害な伝統的慣習、思春期の女性の就労へのアクセスの困難や、ジェンダーに基づく暴力が今なお課題となっていることを指摘した。
2023年現在、世界のどの国や地域でも、ジェンダー平等は未達の状態にある。プラン・インターナショナルが2020年10月にシティ・グループと共同で行った調査では、開発途上国で中等教育を修了させるための投資がGDPを平均で10%伸ばす可能性があることを指摘し、ジェンダー投資の重要性を訴えた16)が、今なお女性及び女児への投資は十分とは言えない。そして投資や政策決定の場からも女性は遠ざけられ、その声を届けることは今なお限定的な状況にある。
そうした状況に、2020年のCOVID-19によるパンデミックは追い打ちをかけた。日本では女性不況とも呼ばれた、女性(シー)と不況(リセッション)を合わせた造語「シーセッション(shecession)」という言葉が新たに生まれたように、世界全体でロックダウンや行動自粛が行われた結果、小売業や飲食業、宿泊業に非正規社員として従事していた女性が雇い止めにあう事態が発生した。また、低・中所得国では、インフォーマル・セクターの仕事に従事し、社会的保護等のセーフティ・ネットへのアクセスを持たない多くの女性の収入が途絶えた。マッキンゼーは、コロナ禍によって、女性の仕事が今回の危機で失われる確率は、男性の1.8倍と見積もっている17)。
パンデミックは、女子教育にも影響を及ぼした。世界銀行は、経済困窮や保護者に代わって無償ケア労働(家事・育児・介護)関連の負担を担うよう期待される傾向が高まり、長期的には教育を受け続けることが難しくなると指摘し、学習機会の喪失と退学率の上昇により、こうした児童・生徒は世界GDPの10%近い推定10兆ドルもの報酬を失う恐れがあると警告した。人数にすると、新たに学齢期の子ども7,200万人が学習貧困に陥ると予測された18)。
2023年3月8日、グテーレス国連事務総長は、「ジェンダー平等の実現にはさらに300年を要する」として、ジェンダー平等を優先課題の一つとして取り組む必要性を訴えている19)。また、プラン・インターナショナルの呼びかけで、2017年より始まった市民団体と民間セクターからなるパートナーシップによる「イコール・メジャーズ2030(Equal Measures2030, EM2030)」の2022年度報告は、ジェンダー平等に向け迅速に取り組んでいる国々は全体の4分の1以下であるとして、世界全体でジェンダー平等の進捗が停滞していることを指摘している20)。
第2項 気候危機世界気象機関(World Meteorological Organization; WMO)は、2023年7月は、前例のない暑い1カ月であったとし、グテーレス国連事務総長は、「地球沸騰(global boiling)時代の到来」と述べた21)。世界の平均気温は、100年あたり0.74℃の割合で上昇している22)が、その直接的な影響は、干ばつや洪水の多発など、世界各地に異常気象とそれによってもたらされる災害を引き起こしている。
とりわけ深刻なのが、アフリカのサヘル地域やアフリカの角地域だ。アフリカの角に位置するケニア、ソマリア、エチオピアは、過去40年間で最悪の干ばつに見舞われ、深刻な水不足、食料価格の上昇、食料供給力の低下、家畜の死亡、食料不安の急激な高まりに直面している。ケニア政府(2021年9月)とソマリア政府(2021年11月)は、国家非常事態を宣言した23)。
また、後述するウクライナ侵攻後に起きた世界的な食料価格の高騰とエネルギー価格の高騰、家畜や農作物からの収入の激減により、同地域の飢餓人口は増加した。世界食糧計画(World Food Programme; WFP)は、2022年9月の時点で、3億4,500万人が急性飢餓に直面(2019年から2倍以上に増加)し、45カ国で5,000万人が飢餓の危険に直面と警告したが、世界的なインフレによって、従来の資金では十分な支援活動ができないことも指摘されている。
気候危機は、豪雨や干ばつ、砂漠化、海面上昇などを引き起こし、その結果、年間平均2,000万人以上の人々が国内避難を余儀なくされている、と国連難民高等弁務官事務所(United Nations High Commissioner for Refugees; UNHCR)は推定する24)。2021年9月には世界銀行が報告書「大きなうねり:気候変動による国内移住」(Groundswell Part 2: Acting on Internal Climate Migration)」において、気候変動が原因で、2050年までに世界の6地域で2億1,600万人が国内移住を余儀なくされる懸念があると指摘している25)。
UNHCRや世界銀行の報告書で指摘されたのは、気候危機によって避難を余儀なくされたり、飢餓に陥るのは、多くが最貧国であったり紛争リスクを抱えている脆弱な国や地域に暮らす人々であるということだ。干ばつや洪水、サイクロンなどで希少化する資源をめぐり新たな紛争や避難生活を余儀なくされることで、水や衛生へのアクセスが十分に保障されないために感染症の蔓延を引き起こすなど、新たな危機が生じている。2022年8月に大洪水が発生したパキスタンでは、国土の3分の1が水没したと言われ、2023年3月現在も約180万人が劣悪な環境で暮らしている。私たちは気候危機が引き起こす格差の課題にも目を配る必要がある。
第3項 COVID-19が引き起こした格差拡大貧困はSDGsでも「一丁目一番地」とも呼ばれるように、人権侵害の最たる形態でありSDGs達成のために最も取り組むべき課題である。そして貧困削減は、MDGsからSDGsの時代に入り、2020年のCOVID-19のパンデミックまでは順調に進んでいるように見えた。
実際、数値を見ると1990年から2019年の間に、極度の貧困状態にある人々の数は、20億人から約6億6,000万人へと約66%減少した。また、同時期は世界人口の増加に伴い、国際貧困ライン以上の所得をもつ人が1990年の33億人から2019年の70億人に増加したことで、極度の貧困状態にある世界人口の割合は約38%から8.5%に減少していた。
しかしCOVID-19によるパンデミックは、世界を一変させた。ロックダウンによる経済停滞は、企業の投資の抑制や生産拠点やサプライチェーンの見直しを促し、結果外国直接投資(Foreign Direct Investment; FDI)に依存していた途上国の経済に打撃をもたらした。国際連合貿易開発会議(United Nations Conference on Trade and Development; UNCTAD)は、2020年にはFDIが3分の1減少し、2008年の世界金融危機後の最低水準を大きく下回り、とりわけ途上国では産業へのグリーンフィールド投資や新規インフラ投資プロジェクトが、大きな打撃を受けたことを指摘している26)。
2020年には、1997年のアジア金融危機以降初めて、極度の貧困状態にある人々の数が増加し、世界の貧困率は2019年の8.9%から9.2%に上昇した。それ以来、不均衡な景気回復、食料価格の上昇、2022年以来のウクライナ紛争が、状況を悪化させていることが指摘されている。世界銀行による現在の予測によると、2030年には世界人口の約7%に相当する5億7,400万人が極度の貧困状態にとどまると推定されている27)。
貧困層が増加する一方で、COVID-19によるパンデミックにおいて、富裕層は投資などによりさらに資産を増やしたことが指摘されている。国際NGOオックスファム(Oxfam)は、その報告書で、2020~21年に上位1%の富裕層が得た資産は、残りの99%が得た資産の約2倍に上ると指摘した28)。
トマ・ピケティ氏らが運営する「世界不平等研究所(World Inequality Lab)」が発表した報告書では、1995年以降、超富裕層の富は年率6~9%で増加しているのに対し、平均的な富の増加率は年率3.2%に留まることを指摘している。富の増加における不均衡は、1995年以降、超富裕層が世界の富に占める割合を1%から3%以上に上昇させた。特にCOVID-19によるパンデミックによって、財政出動や金融緩和など景気刺激策によるマネーが株式市場などに流れ込み、多くの資産を保有する富裕層に恩恵をもたらしたことが指摘された29)。
COVID-19によるパンデミックは、ワクチンにおける先進国と途上国の格差も引き起こしている。2021年時点で低位中所得国では確保したワクチンのうち約3割、低所得国は約1割しか接種できていなかった。これはワクチンにアクセスできる国とアクセスが容易ではない国の格差を引き起こしている30)。接種の遅れは経済的利益の逸失を意味しており、国と国との格差を広げる結果ともなっている。
また、国内の所属格差にも目を向けると、格差の拡大は日本を含め多くの国で指摘されている。上位10%の所得層の所得と下位40%の所得の比率をあらわすパルマ比率は、1.0を超える数値の場合、上位10%の所得が下位40%の所得を上回ることを示しているが、OECD加盟国の状況を見ると、上位10%の総所得は下位40%の総所得を上回る状況が見て取れる(図1参照)。なお、OECDで公表されている日本のパルマ比率は1.28であり、所得格差が広がっていることが見て取れる。
OECD諸国のパルマ比率31)
国際連合人道問題調整事務所(United Nations Office for the Coordination of Humanitarian Affairs; OCHA)によれば、2022年現在、ロシアによるウクライナ侵攻も含め33の武力紛争が進行し、強度の高い武力紛争が世界の全事件の半分以上(52%)を占めている。OCHAは、紛争、気候ショック、世界的な不況の脅威、世界的な不安の深刻化に起因する、現代史上最大の世界的食料危機の発生への懸念を表明している32)。
OCHAは世界各地での国家および非国家武装勢力による民間人に対する性的・ジェンダーに基づく暴力の発生を報告している。2015年から2019年にかけて、2万2,000人の生徒、教師、教育関係者が意図的に標的にされ、被害を受けた。また21カ国で、ジェンダーを理由とする教育への攻撃において、女児と女性が直接標的にされた。紛争下では、既存のジェンダー差別や、早すぎる結婚・妊娠といった有害な慣習を助長させ、紛争地で暮らす女の子の多くが中等教育を受けることを断念することも指摘されている33)。
紛争は人権を守り、公正で安心して暮らせる尊厳ある生活を奪うだけではなく、軍事予算の増額と、安全保障への懸念から強権政治や独裁政権を正当化しかねない。スウェーデン調査機関V-Dem研究所(Varies of Democracy)が発行する、179ヵ国の民主主義の度合いを「自由民主主義」「選挙民主主義」「選挙独裁主義」「完全な独裁主義」に4分類する「民主主義報告書」2023年度版によれば、20年以上ぶりに、自由民主主義国家よりも独裁国家が多くなった。報告書では、世界人口の72%、57億人が暮らす42カ国が独裁国家であり(そのうち完全な独裁主義国家に暮らす人口は22億人)、それに対し自由民主主義国家に住んでいるのは人口の13%(10億人)に過ぎないとされた34)。
また、同レポートでは、世界的に市民が享受する民主主義の度合いは、冷戦時代の1986年に逆戻りしていることが指摘された。具体的には、2012年には表現の自由をめぐって、市民の自由の制限や反対意見への抑圧が行われていたのが7ヵ国だったのに対し、2022年には35カ国で状況が悪化した。具体的には政府によるメディアへの検閲が47カ国で強化され、市民社会組織に対する政府の弾圧は37カ国で強まっていることや、選挙の質が30カ国で低下したことが挙げられている。
民主主義は、権利が侵害された者の司法救済のシステムや、公正な選挙が行われることでマイノリティの声を政策に反映させるための基盤となる政治システムである。しかしレポートで定義づけられている「選挙独裁主義」においては、選挙で政権を握った後、メディアや市民社会組織を弾圧し、反政権的な意見を封じ込めることで、社会の異なる意見を不可視化させ、異物の排除が試みられる。この選挙制度は残されているものの、社会の多様性が失われていく選挙独裁主義国家が増加傾向にあることは、憂慮すべきである。
SDGsの根幹にある「誰一人取り残さない」という信念は、人権を尊重し、多様性に配慮した公正な社会を目指すものだが、その多様性を反映させるために必要な、表現の自由や市民活動スペースが縮小することで、社会的に弱い立場に置かれやすい集団の声を政策の場に届け、政策を監視、評価し、時に批判することを困難にさせかねない。SDGsを進めるためには社会の公正が不可欠であるが、現在世界はそれと真逆の方向に進みつつあるといえよう。
本節では、持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(Sustainable Development Solutions Network; SDSN)が2023年6月に発表した、166ヵ国のSDGs達成状況を分析したレポート「SDG Index and Dashboards Report」2023年版(以下、2023SDSNレポート)35)を基に、世界及び日本の状況を、とりわけ格差に着目して分析する。
第1項 SDSNレポートが示す格差の拡大筆者が所属する、SDGsジャパン代表理事である大橋正明は、2023SDSNレポートの結果について、以下のコメントを発表した。
「今年の報告書は、『2030アジェンダ』の中間年において、『SDGsの各目標は達成の道筋から大幅に外れている』という悲鳴で始まっている。日本に暮らす私たちにとっては、その悲痛な叫びを、どれだけ共感を持って受け止めることができるのかが大きな挑戦ではないだろうか」36)
何が大橋を「大幅に外れている」と言わしめたのか。世界のSDGs達成指数の平均とその前年からの変化は2020年と2021年は66.8点、2022年は+0.4点と微増したものの、2022年は66.7点(前年比-0.5点)となり、2020年以前の状態に後退した。このことは2020年からのCOVID-19によるパンデミック、2022年からのウクライナ紛争がもたらした食料価格・エネルギー価格の高騰と地球沸騰による自然災害の多発などが影響していることが推察される。
加えて、低所得国(Low Income Countries; LICs)では大半が「停滞」か、一部は「減少」の傾向が多いのと対照的に、高所得国(High Income Countries; HICs)のそれらは「順調」や「緩やかに上昇」、「停滞」の方向性が多いため、結果として高所得国と低所得国の間でのSDGs進捗状況の格差がさらに拡大傾向にある。
SDG1の貧困については、世界全体では順調に改善がみられるものの、地域によっては進捗に課題が残る。とりわけ課題が世界平均でも遅れが指摘されるのがSDG3保健、SDG16法と公正だ。また、SDG13の気候変動についても、多くの国の努力や誓約が誠実に履行されたとしても、2100年までに約1.8度の温暖化につながることが予測されており、それに伴い生物多様性の損失(SDG15)の深刻さも指摘されている。熱帯林の森林伐採などの無計画な土地利用や地球温暖化、環境汚染などの要因が重なり、その損失の速度を増していることが考えられる。また、気温上昇に伴う水資源の希少化は現時点で世界人口の4割に影響を与え、し尿で汚染された飲料水に依存している人は、推定18億人に上る37)。
2023SDSNレポートの結果は、7月に開催されたハイレベル政治フォーラムに向けて作成された「The Sustainable Development Goals Report 2023: Special Edition」38)でも共有されている。同報告書では、169ターゲットのなかで評価可能な約140のターゲットをみると、「順調に推移している」のは15%にとどまり、37%が2015年のベースラインと比べて「停滞か後退」、48%が「軌道から中程度か著しく外れている」としている。
第2項 SDGsの日本の進捗状況SDSN2023レポートでは、日本の順位は166カ国中21位(前年比-0.2点、2ランク低下)となり、11位だった過去最高の2017年以降、SDGs進捗は続落した停滞傾向にある(図2参照)。
SDNSでは各ゴールの進捗状況を「達成済み」「課題がある」「重要な課題がある」「深刻な課題がある」の4段階で評価しているが、最低評価の「深刻な課題がある」とされた目標は、「ジェンダー平等」(SDG5)、「つくる責任、つかう責任」(SDG12)、「気候変動対策」(SDG13)、「海の環境保全」(SDG14)、「陸の環境保全」(SDG15)の5つだった39)。
このうち、SDG10「不平等」は「重要な課題がある」とされた。2023年に厚生労働省が発表した「令和3年所得再分配調査」40)では、国全体の所得や資産が各家庭にどれくらい平等に分けられているかを示す指標であるジニ係数が、調査が行われた2021年には、税や社会保障による再分配前の当初所得で0.5700となり、前回(2017年)の0.5594から上昇し、過去最高であった2014年の調査(0.5704)に次ぐ水準とされた。公的年金の給付などを含む再分配後の所得では、ジニ係数が0.3813となり、これも2017年の0.3721から微増している。厚生労働省では当初所得の拡大傾向が、社会保障を中心とした所得再分配機能により、ほぼ横ばいになっているとしている(図3)41)。
年 | 2016 | 2017 | 2018 | 2019 | 2020 | 2021 | 2022 | 2023 |
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順位 | 18位 | 11位 | 15位 | 15位 | 17位 | 18位 | 19位 | 21位 |
スコア (前年比) |
75 |
80.2 (+5.2) |
78.5 (-1.7) |
78.9 (+0.5) |
79.2 (+0.3) |
79.8 (+0.6) |
79.6 (-0.2) |
79.4 (-0.2) |
所属再分配によるジニ係数の変化42)
確かにジニ係数に大きな上昇はないものの、いずれの数値も一貫して上昇傾向にあることから、格差が拡大している傾向が推測される。係数の上昇の背景には、非正規雇用者が労働人口に占める割合が上昇したことによる労働所得格差の拡大と、低所得が多い高齢者世帯の増加、そしてジェンダー格差が挙げられる。
厚生労働省の「労働力調査2022年度版」によれば、正規の職員・従業員数は、2022年平均で3,597万人(前年比1万人増)、非正規の職員・従業員数は、2,101万人(前年比26万人増)であり、非正規雇用の割合は36.9%43)に上る。1989年時点での非正規雇用者が817万人(労働力人口の19.1%)44)であったのに対し2022年にかけて、男性では229万人から669万人へ、女性では588万人から1,432万人と、非正規雇用の割合は過去30年にわたり増加傾向にある。
非正規雇用で注目すべきは、非正規雇用に占める女性の割合の高さである。男性労働者人口で非正規雇用労働者が占める割合は22.2%なのに対し、女性労働者で非正規雇用労働者が占める割合は53.4%45)である。正規雇用の場合、年齢を重ねると賃金額が上昇していくのに対し、正規雇用以外の場合、賃金は横ばいの傾向のため、年齢が上昇するに従い、賃金格差は拡大傾向にある。非正規雇用労働者の待遇の改善として、最低賃金の引上げや同一労働同一賃金などの試みがあるものの、今なお賃金格差は依然として所得格差を生み出す要因となっている。
厚生労働省の調査では、平均当初所得は124.7万円、再分配所得は364.1万円、再分配係数は192.0%に上るが、再分配係数が高いのは社会保障給付の受給によるものであり、高齢者世帯ではジニ係数の改善度は47.3%とされた46)。このことは、年金、医療、介護と手厚い給付があることで、高齢者の再分配所得が押し上げられているものの、高齢者世帯の収入は限定的であり、結果として高齢者世帯における経済格差につながっている。
また、非正規雇用人口の拡大と非正規雇用に占める女性の割合の高さは、女性の貧困、とりわけ高齢女性の貧困を引き起こしている。「2019年国民生活基礎調査」によれば65歳以上の者がいる世帯は2,558万4,000世帯(全世帯の49.4%)、そのうち「単独世帯」が736万9,000世帯(65歳以上の者のいる世帯の28.8%)、この65%を女性が占める47)。2018年の貧困線(等価可処分所得の中央値の半分)は127万円であり、「相対的貧困率」(貧困線に満たない世帯員の割合)は15.4%、生活意識別に世帯数の構成割合をみると、「苦しい」(「大変苦しい」と「やや苦しい」)が母子家庭では86.7%に上る48)。日本における格差は、とりわけ高齢女性および母子家庭に打撃を与えたことが見て取れる。
他方、民間企業の調査では、純金融資産保有額が1億円以上5億円未満の「富裕層」、および同5億円以上の「超富裕層」を合わせると2021年には148.5万世帯に上り、推計を開始した2005年以降最多となった。同報告書は2013年以降一貫して富裕層・超富裕層が増加していることを指摘している49)。
第3項 SDGs達成を困難にする資金ギャップ2023年9月18日から19日の2日間にわたり、国連本部ではSDGsの進捗状況を確認する首脳級会合(SDGサミット)が開催された。グテーレス国連事務総長は、同サミットで、「SDGsの達成は危機に瀕している。私たちは、SDGsの大半の進捗が遅すぎるか、2015年の基準よりも後退していることに警鐘を鳴らしている」と述べている50)。
グテーレス国連事務総長は、2月には、主要先進国に対し、SDGsを達成するには、途上国に対し毎年5,000億ドルの融資が必要であるとする、「SDGs刺激策(SDG Stimulus)」を提案した。提案の背景にあるのは、コロナ危機や食料・エネルギー価格の高騰に伴う金利の上昇が引き起こした途上国と先進国の間の金融格差である。途上国には、復興、気候変動対策、SDGsへの投資に緊急に必要とされる資源がないため、危機に対し脆弱であり、グリーン・トランジションを含む将来の移行から恩恵を受ける可能性はさらに低くなると考えられる。
2022年11月の時点で、世界の最貧国69カ国のうち37カ国が債務苦に陥る危険性が高いか、すでに陥っており、極貧層の大半を抱える中所得国の4カ国に1カ国が財政破綻の危険性が高い。国連は、債務苦に陥っているか、そのリスクが高い国々で極貧に陥る人々の数は、2030年までにさらに1億7,500万人増え、そのうち8,900万人が女性と女の子と推定している。
途上国が直面する不利な市場環境を相殺するために、国連は「SDGs刺激策」として、
① 高金利の短期借入を低金利の長期、あるいは30年以上の債務計画に転換することを含め、高額の債務コストと債務苦境のリスク上昇に対処すること
② 多国間開発銀行(Multilateral Development Bank; MDB)の資本基盤を強化し、融資条件を改善し、すべての融資の流れをSDGsと整合させることによって、開発のための手ごろな長期融資を大幅に拡大
③ 災害およびパンデミック条項をすべてのソブリン融資に組み込むこと、および危機時にSDRをより自動的に発行することを含め、必要な国への緊急融資を拡大すること
の3点を提案し、これにより年間5,000億ドルの資金増加が可能としている。グテーレス事務総長は、「相互に関連するこの提案のパッケージをタイムリーに実施するために、協調的かつ調整された措置を講じる緊急の政治的意志が不可欠である」として、先進国首脳に、途上国への資金提供へのコミットメントや、少なくとも年間5,000億ドルの「SDGs刺激策」を行うことへの明確な支持、効果的な債務救済メカニズムなどを盛り込んだ政治宣言を採択するよう呼びかけた51)。
9月にニューヨークで開催されたSDGサミットと呼ばれる国連総会で採択された政治宣言52)では、2015年の2030アジェンダ採択以降、世界が「貧困の継続、危機の長期化、不確実性の増大に直面」(第24段落)し、特にCOVID-19のパンデミックが貧困と格差拡大を引き起こしたこと、気候変動や生物多様性の損失などが地球と人間を脅かしている現状などが、SDGsの進捗の遅れを引き起こしていること(第25段落)、「連鎖する世界的危機が、医療、教育、社会的保護、適正な雇用及び経済的機会への不平等なアクセスなど、既存のジェンダー不平等を浮き彫りにし、悪化させていること」(第27段落)が指摘された。その上で具体的なアクションとして、以下の記述がなされた。
「我々は、SDGs刺激策を通じてSDGsの資金ギャップに取り組む事務総長の努力を歓迎する。我々は、高い債務コストと債務窮迫リスクの高まりに対処し、途上国への支援を強化し、開発に対する手ごろな長期融資を大規模に拡大し、必要な国への緊急時の融資を拡大するため、国連ならびにその他の関連するフォーラムや機関における議論を通じて、事務総長の提案を適時に推進する。」(38(t)(iv)段落)。
しかしこのSDGs刺激策については議論が始まった段階であり、具体的な取り組みが始まったわけではない。SDGs刺激策については支持を得たが、各国、とりわけ先進国首脳がどこまで具体策を示せるかは不透明である。実際、6月に広島で開催されたG7広島サミットの首脳宣言53)では、SDGs達成のための開発資金の財源に関する行動計画(Addis Ababa Action Agenda, アディスアベバ行動計画) の実施の加速や、「国民総所得(GNI)に対する政府開発援助(ODA)比0.7%目標などのそれぞれのコミットメントの重要性を認識し、革新的資金調達メカニズムを含むODAの増加とその触媒的な利用の拡大のための継続した取組の必要性」(第11段落)が強調されているが、各国レベルでSDGs刺激策に対応した具体的な数値が示された訳ではない。
中間年においては、残念ながらSDGs実現の重要性は認識されつつも、具体的な手法に関する議論は2024年に予定される国連の「未来サミット」に棚上げされたとも言えよう。
本研究ノートでは、SDGs達成を阻害する要因及び資金ギャップについて見てきた。見えてくるのは、SDGsが掲げる各ゴールの達成を阻害するCOVID-19のパンデミックや気候危機が引き起こした格差の拡大であり、格差を埋めるために必要な資金の不足である。拡大はとりわけ脆弱な経済・社会・環境インフラ下で生活する、取り残されがちな女性や女の子、障害者、移民や難民などに打撃を与え、彼らの最低限の基礎的サービスにアクセスする機会をも奪っている。
中間年を迎えて明らかになったのは、SDGsを含む2030アジェンダが採択された2015年に比べ、社会情勢が複雑化し、分断が進む社会であった。2020年からのCOVID-19のパンデミックが引き起こした格差拡大、女性不況と呼ばれるジェンダー不平等は、既存の格差をさらに拡大、顕在化させた。さらに、2022年に始まったウクライナ侵攻によるエネルギー危機と食料価格の高騰を招き2023年10月に起きたイスラエルとパレスチナの武力衝突は、脆弱な暮らしを余儀なくされる途上国の、さらに周縁に追いやられている人々の生活に大きな打撃を与えている。その上、「地球沸騰化」と称される気温の上昇は気候難民と呼ばれる国内避難民を増大させ、結果として社会の不安定化を招き、混迷を深めている。
複雑化・深刻化・分断化された状況にある世界を眺めたとき、SDGsはどのような役割を果たしうるのだろうか。筆者は第Ⅱ節で述べた、SDGsの「誰一人取り残さない」という視座と人権ベースの視点こそが、SDGs実現に不可欠だと改めて強調したい。だからこそ、取り残されがちな人々の声を代弁し、玉虫色ではない人権保障や格差解消の姿勢を問う市民社会の役割は極めて重要であると、繰り返し訴える次第である。