THINK Lobbyジャーナル
Online ISSN : 2758-6162
Print ISSN : 2758-593X
書評
田中治彦 著『新SDGs論―現状・歴史そして未来をとらえる』(2024)
重田 康博
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2025 年 3 巻 p. 67-69

詳細

はじめに

2015年に「持続可能な開発目標(以下、SDGs)」が国連で発表されて以来、日本では1000冊を超える関連書籍が出版されている。本書『新SDGs論』の著者である田中治彦は、SDGsの発表直後から、『SDGsと開発教育』(2016)1)や『SDGs資料集―持続可能な開発目標を学ぶために』(2017)2)をまとめ、SDGs普及に先駆的に取り組んできた。そして、本書『新SDGs論』は、SDGsの歴史的な意義を説明しつつ、現状の分析と未来への展望を示している。本稿では、本書の目次を紹介し、その意義と課題について評者の考えを述べる。

目次

第一部 SDGsのルーツを探る

 第1章 SDGs(持続可能な開発目標)とは何か?

 第2章 持続可能な開発(SD)とは何か?

 第3章 ミレニアム開発目標(MDGs)

 第4章 ESD・地球市民教育

第二部 グローバル課題の戦後史

 第5章 戦後4つのグローバル課題

 第6章 南北問題―開発と援助

 第7章 環境問題―公害と熱帯林

 第8章 人権問題―「誰一人取り残さない」

 第9章 東西問題―核と平和

第三部 SDGsの未来

 第10章 2030年以降のグローバル課題

 第11章 SDGsを「自分事」に

 〈SDGs・グローバル課題関連年表〉

Ⅰ.本書の意義

1. SDGsの過去から現在・未来への包括的な分析

本書の第1の意義は、SDGsの過去から現在、そして未来への展望をコンパクトに読みやすくまとめている点にある。著者はこれまで、『南北問題と開発教育―地球市民として生きるために3)』(1994)、『国際協力と開発教育―「援助」の近未来を探る』(2008)、田中治彦編著『開発教育―持続可能な世界のために』(2008)、田中治彦・三宅隆史・湯本浩之編『SDGsと開発教育』(2016)などの著作を通じて、開発教育を軸にグローバル問題を追究してきた。本書ではこれまでの知見を集約し、特に、「第一部 SDGsのルーツを探る」では、SD、SDGs、MDGsの解説に続いて、「ESD・地球市民教育」を取り上げている。国際理解教育、平和教育、開発教育、環境教育、人権教育、ESD(国連・持続可能な開発のための教育)、地球市民教育、グローバル教育など、グローバル課題やSDGsと日本の教育の関係性に触れている点が、開発教育・国際理解教育・ESD活動に長年関わってきた著者らしい、本書の特徴の一つであるといえる。

2.戦後のグローバル課題の整理

第2の意義は、戦後のグローバル課題を「南北問題」「環境問題」「人権問題」「東西問題」の4つに整理した点である。これらはすべてSDGsの17目標とつながっている。この4つの問題とも大変重要であるが、解決はなかなか難しい。それは、どれも世界の国々の政治や経済の問題が広く深く関わっているからである。例えば、人権問題は、1948年に国連で採択された「世界人権宣言」からグローバル課題として認識され(p.78)、以後様々な国連会議を経て、1979年「女子差別撤廃条約」採択、1989年「子どもの権利条約」採択、2007年「先住民族の権利に関する宣言」採択に結びついている。そして、女性、子ども、高齢者、障がい者、先住民族、移民、難民などの権利を保障するための国際的な枠組みが様々な困難を経て構築された。これらの動きが2015年に採択されたSDGsの「誰一人取り残さない」のメッセージに込められている。著者によると、SDGsの17目標の中でも、目標5「ジェンダー平等を実現する」、目標8「働きがいも経済成長も」、目標10「各国内及び各国間の不平等を是正する」、目標16「平和と公正をすべての人に」は、すべて人権擁護の原則につながっている(田中、pp.129-130)。

3.未来への提案

第3の意義は、2030年以降のグローバル課題を予測し、SDGsを「自分事」として捉えるためのヒントを提示している点にある。

著者は、人口、生物多様性、気候変動、貧困・格差問題などに加え、不確実で予想困難な課題として、災害や生成AIについても取り上げている。また、SDGsを「自分事」では、SDGs達成のために節約やリサイクルだけでなく、学校教育や市民団体による社会教育活動をいくつか紹介している。特に、「孤立と居場所」の議論は、筆者が強調していることである。筆者は、移民などを含めすべての若者が孤立しないよう、「多文化共生」を一つの大きなテーマとして、SDGs実現のための「誰にでも居場所がある世界づくり」を提案している(田中、pp.172-175)。

Ⅱ.今後の課題

次に、本書の課題について考察したい。

1. SDGsへの批判と現実との乖離

第1の課題は、SDGsに対する批判と現実との乖離である。

著者の田中は、SDGsの実施状況におけるいくつかの問題点を挙げている。例えば、企業がSDGsを標榜しながらも実際にはその理念に反する行動を取る「SDGsウオッシュ」、政府や地方自治体が従来の施策や事業を寄せ集めてSDGsの名の下に再パッケージ化する「タグ付け」の問題、さらには気候変動に関する先進国と途上国の利害対立が地球サミット以降も続き、国家間の対立を深めている現状である。これらを踏まえ、著者は「持続可能な開発は可能なのか」という根本的な問いを提起している(田中、pp.170-172)。

しかし、評者が抱いているのは、そもそもSDGsは世界や日本に本当に浸透しているのかという疑問である。最近の世界の潮流として、米国のトランプ大統領による「自国第一主義者」、英国のEU離脱(Brexit)、欧州での反移民政策や右翼政党・議員の台頭といった動きがみられる。これらは、SDGsが掲げる「誰ひとり取り残さない」という理念や、SDGsの17の目標とは正反対の流れである。

さらに国連ユネスコによる国際理解教育やESD、欧米でのグローバル教育、英国の開発教育やGlobal Leaning、EU諸国の多文化共生教育などが長年推進されてきたにもかかわらず、欧米の一部ではこれらの取り組みに逆行する動きが広がっている。具体的には、多文化共生や多様性の思想や実践を否定し、難民・移民・女性・子ども・障がい者といった社会的弱者を排除するような人権問題や反DEI問題(多様性・公平性・包括性に対する批判)が浮上している。また、気候変動枠組み会議においても、国家同士の対立や条約からの離脱が繰り返されている状況である。

こうした背景を踏まえ、長年実施されてきたこれらのグローバル問題解決のための政策や教育活動が、果たして社会の変化や人々の意識にどのような影響を与えてきたのかを改めて問う必要があるのではないだろうか。

2.格差と分断の拡大

第2の課題は、世界および日本における格差と分断の拡大である。2024年は、世界各地で総選挙が行われた年であった。それぞれの国でSNSが選挙戦に活用され、米国ではトランプ大統領が再び当選を果たし、既存のメディアへの批判を強調する一方で、ミレニアル世代を中心とした若者層が気候変動問題を支持し、大学キャンパスなどでトランプ大統領やイスラエルによるパレスチナ攻撃に抗議する運動を展開するなど、社会の分断がさらに顕在化した。日本でも、安全保障環境の悪化が続くなか、政治や経済の停滞が目立ち、社会全体が「プアージャパン」と呼ばれる不安定な状態になりつつある。高齢者の孤立、シングルマザーや子どもたちの貧困、格差や差別の広がりが社会の課題として深刻化している。さらに、SNSでは難民や在日外国人へのヘイトスピーチや誹謗中傷が蔓延し、SDGsが掲げる理念や目標と逆行する現象が見られる。世界や日本ではかつてない「格差」や「分断」が始まる可能性がある。

持続可能な開発ソリューションネットワーク(SDSN)による「持続可能な開発報告書2024(The Sustainable Development Report 2024)」は、SDGsの目標が2030年までに達成されるのは困難であると指摘している。同報告書では、先進国と最貧国の経済格差や、富裕層と最貧困層の所得格差が一層拡大していると述べられている。また、2015年から2023年の間に、高所得国と低所得国間のSDGs達成格差も拡大傾向にあるという(SDGsジャパン・大橋コメント、2024年)。さらに、国際NGOオックスファムの2024年報告書(「Inequality Inc.」)では、世界的な不平等(グローバル・ノースとグローバル・サウスの格差)が25年ぶりに拡大し、物価の上昇が追い打ちをかけている。2020年以降、世界の5人の億万長者が財産を2倍以上に増やす一方で、世界で50億人がより貧しくなったと指摘している。

このような格差や分断の拡大に対し、私たちは危機意識を持たなければならない。そして、これらの問題に対応するために、私たちは今後どのような社会的セーフティネットを構築し、あと6年に期限が迫ったSDGsの実現を目指していけば良いのだろうか。

おわりに

以上本稿では、『新SDGs論』の書評として、本書の目次を紹介し、その意義と課題について考察した。本書は、長年開発教育とESDの分野に従事してきた著者による労作であり、単なるリサイクルや節約ではないSDGsの理念と実践を学びたいと考える大学生や入門者向けに書かれたものである。しかし、その内容は入門書にとどまらず、南北問題、グローバル課題、グローバル教育の歴史的変遷を丁寧に解説した理論書であり、同時に実践書でもある。SDGsやグローバル教育に関心のある若者や実践者は、改めて本書を読んでSDGsの現状と未来について考えてもらいたい。

最後に、評者は戦後の世界が南北問題からグローバル化の問題へと変化し、現在は「プアージャパン」とグローバル・サウスの時代を迎えていると考えている。開発問題や貧困問題について、日本国内の課題と世界の課題をより相対化しながら考えていくことが必要な時代になっている。SDGsを進める企業やNGOsが増加する中で、「内向き」の日本をどのように「外向き」に変えていくか、特に若い世代の「外向き」志向を育てることが重要である。

その一方、中国、インド、南アフリカなど一部の国々ばかりがグローバル・サウスとして注目される中、そこから漏れているアフリカ以南の諸国や南アジア諸国の貧困・飢餓・人権侵害などを見過ごしてはならない。

2030年までのSDGs達成が困難と言われる中で、世界や日本において、本書が提示するポストSDGsや「居場所」づくりといった課題に対して、私たちは残り約6年間で何に取り組むべきか、複眼的思考で考え、継続的に取り組んでいくことが求められている。本書がそのためのヒントを提供するだけでなく、今後ポストSDGsの担い手たちにとって、グローバルな課題の解決に向けた行動を促すきっかけになるに違いない。

脚注

  1. 1)田中治彦・三宅隆史・湯本浩之編著(2016)『SDGsと開発教育』(学文社)

  1. 2)上智大学総合人間科学部教育学科(2017)『SDGs資料集―持続可能な開発目標を学ぶために』

  1. 3)田中治彦(1994)『南北問題と開発教育 : 地球市民として生きるために』亜紀書房

参考文献
 
© 特定非営利活動法人 国際協力NGOセンター
feedback
Top