THINK Lobbyジャーナル
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編集後記
「多国間主義に基づく国際協力」は可能か?
重田 康博
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2025 年 3 巻 p. 75-77

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JANIC/THINK Lobbyジャーナル第3号の主題は、「多国間主義とSDGsの後退を許すな」である。

今日の世界は、国家の分断、孤立、不寛容、難民・移民の排除、自国第一主義とポピュリズム、コロナ感染症拡大、大国の影響など、多くの課題に直面している。9.11以後、テロ事件、世界金融危機の発生等が続き、第2次世界大戦後、世界の多くの国が目指してきた、「多国間主義」が危機に陥っている。世界は混迷し「複合危機の時代」と言われ、世界経済フォーラム2024年1月年次総会(ダボス会議)では、「誤報と偽情報(Misinformation and disinformation)が最大の短期的リスクである一方、異常気象と地球システムの危機的変化が最大の長期的懸念である」と報告されている。このような世界の複合危機の短期的、長期的リスクを克服するために、「多国間主義に基づく国際協力」は可能なのだろうか。

本号座談会で、国連広報センター長の根本かおる氏は、2024年9月に開催された「国連未来サミット(Summit of the Future)」において「未来のための協定(Pact for the Future)」がまとまったことの意義を、「危機に陥っている多国間主義を崖っぷちから救うためにとても重要なことだった」(本誌「座談会」:4頁)と強調している。「未来のための協定」は、国連を中心とする多国間主義による国際協力の強化と持続可能な開発目標(SDGs)の達成を実現させるために、前文と5つの要素に分類される56の行動で構成されているが、THINK Lobby所長の若林秀樹氏は平和と安全に関する方針を決定する「グローバル・ガバナンス」、とりわけ「安全保障理事会」の改革が国連未来サミットの焦点であったという。

国連改革については、この20年間、安全保障理事会の常任理事国の拡大や拒否権が議論されてきたが、前進どころかむしろ後退している印象さえある。その中で今回アフリカの常任理事国を2ヵ国増やすこと、SDGs達成の資金ギャップを克服するためにIMF・世界銀行も含めた金融アーキテクチャー改革を国連のプロセスの中で取り組むことが提案されたことは注目できる。特に2002年から開催されてきた開発資金国際会議はこれまで大きな成果を出して来なかったが、今回の未来サミットにおいて、SDGsの資金確保に関する事項が、2025年6月開催の第4回開発資金国際会議(FFd4)で引き続き協議されることになったのは幸いであった。

現在のウクライナとガザの危機において、国連の働きかけがうまくいかない。国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)に対し、米国は拠出金を停止した。国際刑事裁判所(ICC)は国連安全保障理事会の常任理事国から攻撃、圧力、脅迫を受けている。また、イスラエルのネタニヤフ首相への逮捕状請求を受けて、米国の下院はICC関係者に対する制裁法案を可決している。これは、国連の「多国間主義」に対する大国による冒涜であるといってよい。

国際政治学者E・H・カーは、名著『危機の20年』の中で国際政治の理想主義(ユートピアニズム)と現実主義(リアリズム)の相克を説き、理想主義と現実主義を踏まえた視点が必要であると述べている。座談会の中でJANIC代表理事の鬼丸昌也氏が市民社会の「理想主義」を貫く重要性を述べているが(座談会10頁)、今こそ市民社会は国際政治の現実主義を超えて多国間主義とSDGs実現の理想主義の追求を続けるべきである。

国連主導の「多国間主義に基づく国際協力」は、筆者が関わった『SDGs時代のグローバル開発協力論―開発援助・パートナーシップの再考』で紹介している全員参加型の「一本化された政策群」を追求する「グローバル開発協力」と共通点を有する。複合危機の時代には国連だけでなく、あらゆるアクターが参加する全員参加型の開発協力により、資金問題を克服し、グローバル開発協力の仕組みを構築することが求められる。

そして、「多国間主義」における市民社会の役割は、戦争のない平和と貧困のない公正な社会を実現するために、国連と共に「誰ひとり取り残さない」SDGs実現を目指して、ゴール17のグローバル・パートナーシップを求めていくことである。市民社会は、社会的弱者や貧困層を支えるために、多国間主義を下からボトムアップし、他のアクターとつながることができるからである。

次に、本号の内容を改めて俯瞰したい。

若林所長の巻頭挨拶では、2025年に設立80周年を迎える国連改革の期待が書かれている。若林は、「未来のための協定」の「グローバル・ガバナンスの変革」に期待しているが、過去の夢物語で終わらせてはならないと力説している。

座談会では、国連広報センターの根本センター長、外務省の安藤課長、一ツ橋大学の市原教授、JANICの鬼丸理事長、司会の大橋JANIC政策アドバイザーを加えた5者の立場から多国間主義の諸問題と各セクターの役割について議論を行った。彼らの議論は多国間主義の危機に対して、国連未来サミットを経て、国連、外務省、大学研究者、市民社会の立場から、国際平和やSDGsの達成に対する現状と課題、またそれぞれの立場から何ができるかを語っている。本座談会は、多国間主義と国連未来サミットに関する最新の議論であり、非常に説得力のある興味深い内容になっている。

林の調査報告では2023年の開発協力大綱の改訂に伴い、経済安全保障の確保や経済的利益実現の観点から関連文章を分析し、今回の改訂が日本の開発協力政策の新たな転換点となっていることを指摘しているが、国際的責任としての途上国の貧困削減などの長期的視点やSDGs達成などに日本政府はどのように貢献するのであろうか。

高柳による調査報告は、ヨーロッパの極右政党がヨーロッパの国際開発協力にもたらす影響を整理しまとめている。ODA予算の削減、ODA政策やCSOパートナーシップの見直しについて触れ、特に、極右政党の排外主義がCSOとODAのパートナーシップに与える影響を危惧し、国際協力の価値を遵守していくことを望んでいる。

稲場のコラムはTICAD(アフリカ開発会議)を事例にして多国間主義の特徴や役割について検証している。TICADは、単なる「二者間サミット」ではなく、国連や世界銀行など他の関係機関を含めた多国間フォーラムとしてその役割を進化させている。特にアフリカや日本の市民社会の参画を評価する一方で、「脱植民地化」という言説を嫌う日本政府がアフリカの若者に向けて、どのような「出口」を提供するのかを問題提起している。

若林の活動報告は、2024年9月22日~23日にニューヨークの国連本部で開催された「国連未来サミット」への参加報告である。本報告は、未来サミット開催の背景、「未来のための協定」に関する解説、成果と課題がコンパクトにまとめられている。

堀内の活動報告は、まず2024年G7サミットに向けたC7市民社会の動きをまとめている。本報告を読むと、G7イタリアに向けたC7の動きがよくわかる。G7へ圧力をかける意味でも世界や日本の市民社会の参加は必須であり、継続的な参加が求められる。

堀内の二番目の活動報告は、SDGs達成と気候変動対策の資金のための開発資金国際会議への市民社会の動きが紹介されている。本会議と市民社会の動きが広く日本の市民に知られるようになり、2025年6月開催の第4回開発資金国際会議に向けた日本の市民社会の取り組みが強化されることが求められている。

堀内の三番目の活動報告は、アジアセンター主催の第9回国際会議「アジアにおいて縮小する市民社会スペース」への参加報告である。筆者も第7回、第8回に参加した本会議であるが、報告ではアジアの市民社会や2024年12月発表されたCIVICUS Monitorで5段階最上位の「開かれている(open)」と評価された日本の市民社会スペースの縮小について問題点が語られており、台湾の市民社会スペースの事例や、執筆者が登壇した「公衆衛生上の緊急事態における協力的ガバナンスの優良事例」が紹介され、次のパンデミックに備え、過去の経験から学ぶ教訓の必要性が指摘された。

中尾と土井による活動報告では、ビジネスと人権に関する企業と市民社会の「有意義な対話」の事例と課題が紹介されており、「対話促進ツールキット」等、両者対話を促進するための取り組みの重要性が述べられている。

重田の書評では、田中治彦著『新SDGs論―現状・歴史そして未来をとらえる』(2024)を取り上げている。本書は、長年開発教育に取り組んできた田中の労作であり、単なるリサイクルや節約だけではないSDGsの理念や、実践を学びたい大学生や入門者に是非読んでもらいたい一冊である。

小川の書評は、藤田早苗著『武器としての国際人権 日本の貧困・報道・差別』(2022)を取り上げている。小川は本書の意義として、人権を日本の問題として捉え日本人が権利の主体となる知識を提供していること、国際人権基準と人権保障システムの最新状況を概説している点をあげており、今後の課題として国連の勧告の中でも実現したものと実現しなかったものを分析し、国際人権を実現の原動力としてグローバルスタンダードを遂行することを求め、それが多様性を尊重する包摂社会を築く手掛かりになるとしている。

さて、最後に一言。昨年10月6日、日本政府の政府開発援助(ODA)は70周年を迎えた。政府は1987年にこの10月6日を「国際協力の日」と定め、1990年からは「国際協力フェスティバル(現グローバルフェスタJAPAN)」が開催されている。筆者も事務局として責任者の国際協力推進協会(APIC)の故松本洋氏の元で1990年に代々木公園で開催された第1回「国際協力フェスティバル」のシンポジウムやNGOブースの企画に参加した35年前の熱気を思い出す。複合危機の時代、単なる「想像人」から対話を仕掛ける「創造人」への変化が必要である。

また、あの感動的な英国のバンド・エイドによるDO THEY KNOW IT’S CHRISTMAS?、米国のWE ARE THE WORLD/USA FOR AFRICAの発売、その後のLIVE AIDコンサートから40年が経過したが、世界平和はいまだに実現せず、アフリカの貧困、難民問題は解決されていない。今回同曲を再録音したLIVE AID提唱者のボブ・ゲドルフはNHKニュースのインタビュー(2024年12月18日放送)で「今求められているのは『共感』を生み出す力である」と答えている。市民社会は、現在の複合危機の時代に「共感」を求めて他のアクターや世界の人々とつながっていくことが求められる。

2025年は、第2次世界大戦終了80周年の記念すべき年である。THINK Lobbyはすべての人にオープンな市民社会シンクタンクであり、本誌は世界平和や貧困のない公正な世界を願う市民社会による研究成果を広く発表し、世界と共有する場である。是非多くの方に投稿を通じたご参加、ご協力、ご支援をお願い申し上げたい。

 
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