抄録
【目的】臨床において,車椅子のブレーキをかけずに移乗を行い,不安定性が増大し,転倒につながる可能性が高い者がみられる.これらの者は,「移乗」動作というタスクや,移乗対象に注意が捕捉(attensional capture)され,車椅子外乱の知覚に問題を生じている,つまり,二重課題における注意配分の問題と考えられた.今回,二重課題が高齢者の車椅子外乱刺激の知覚に及ぼす影響について検討したので報告する.
【方法】対象は,健常若年者(若年群:平均24.2±2.7歳),健常高齢者(高齢群:平均72.6±6.1歳,HDS-R平均 27.9±1.6点)各10名で,日常生活は自立しており,めまい等の耳鼻科的疾患のない者とした.高齢者は,中枢神経疾患の既往がなく,HDS-R 25点以上の者とした.尚,対象者には本研究の趣旨を説明し,同意を得た.課題は,一次課題を車椅子外乱刺激の知覚課題,二次課題を検者の指示した順序にペグを挿すペグ挿し課題とした.被験者はアイマスクで遮眼し,両足部はフットレスト上の車椅子座位とし,検者は車椅子を10秒間に12cmを1往復,前後に動かした.二次課題の有無をランダムに組み合わせ,4回実施した.1試行毎に車椅子が「動いた/動いていない/分からない」の3択で回答を求め,試行間は,開眼にて10秒間休息をいれた.
データ分析は,全試行数に対して被験者毎に完全に正答できた(「分からない」は,誤答に含む)割合を正答率(正答数/全試行数×100,%)とした.統計学的解析は,年齢・課題による2要因の分散分析を行い,有意水準は5%未満とした.
【結果】正答率の平均は,若年群:課題無100%,課題有100%,高齢群:課題無95.0±15.8%,課題有60.0±39.5%であった.分散分析の結果,各要因に有意な主効果がみられた(年齢:F=11.2,p=0.002,課題:F=6.8,p=0.01).年齢・課題要因間に有意な交互作用がみられた(F=6.8,p=0.01).
【考察】今回の結果から,年齢要因に主効果があったことより,高齢群において車椅子外乱刺激知覚が低下することが示唆された.また課題要因に主効果がみられたことから,課題の付加により車椅子外乱刺激知覚が低下することが示唆された.さらに両要因の交互作用がみられたことにより,高齢者は二次課題の影響により,車椅子外乱刺激の知覚が悪くなることが示唆された.高齢群においては,加齢による前庭系の機能低下(Rosenhallら,1975)や,二次課題(ペグ挿し)が一次課題(車椅子外乱刺激知覚)への注意配分を減少させた結果であると考えられた.本研究では,健常高齢者を対象としたが,車椅子使用レベルの高齢者や認知症高齢者では,注意資源がさらに減少することが予測され,移乗時の車椅子外乱刺激の知覚の困難性が増し,転倒の危険が高まると考えられた.