膜タンパク質は、全ての生物の細胞膜に存在しており、細胞内外の情報伝達や代謝物の輸送など基本的な生命現象に深く関与している。近年、我々は大腸菌内膜における膜タンパク質の膜挿入に必須の因子として、新規な糖脂質MPIase(Membrane Protein Integrase)を発見した。構造解析の結果、MPIaseは、N-アセチル-4-アミノフコース(Fuc4NAc)、N-アセチルマンノサミンウロン酸(ManNAcA)、N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)の3種のアミノ糖からなるユニットが10回程度繰り返された糖鎖に、ジアシルグリセロール(DAG)がピロリン酸を介して結合した構造を持ち、GlcNAcの6位ヒドロキシ基は全体の1/3程度O-アセチル(Ac)化されていた。我々は、MPIaseの膜タンパク質膜挿入機構の解明を目的に、MPIaseの最小構成単位である3糖ピロリン脂質(mini-MPIase-3)およびその類縁体の化学合成を行い、構造活性相関を調べた。その結果、mini-MPIase-3にも有意な活性が認められ、最小活性構造を含んでいる事が明らかとなった。MPIaseのリン酸化された糖鎖部には、膜タンパク質の凝集を抑制するシャペロン様の活性があり、これが膜タンパク質の膜挿入に寄与する事が示された。またMPIaseは脂質部によって膜に繋ぎ止められている事が活性に必須であった。今回、化学合成したmini-MPIase-3に有意な活性が見られた事から、精緻にデザインされた合成分子を用いた構造活性相関研究が可能となった。大腸菌のタンパク質の膜透過・膜挿入の分子基盤を明らかにする事は、糖脂質の新しい生物学的機能の発見に留まらず、抗菌剤やタンパク質凝集抑制剤、膜タンパク質再構成技術の開発に新たな糸口を与えるものと期待される。