抄録
ヒトゲノムプロジェクトは、生物学と医学に莫大な恩恵をもたらしたが、糖鎖生物学の分野も例外ではない。過去数年間をふりかえってみても明らかなように、我々がたずさわる糖鎖生物学研究分野にも遺伝子工学的技術は積極的に取り入れられてきた。遺伝子工学のおおきな利点は、DNAおよびリコンビナントタンパク質はいずれも無制限に増幅できるという点で、従来の生化学の大量の材料から実験を始めて最終的に極少量の精製サンプルを得るという方向とは対照的である。ところで、私達は今や糖転移酵素を遺伝子工学を使って生産増幅できるにもかかわらず、糖鎖そのものを生産することはできないままである。特異的なペプチド配列を提示できるファージはこのジレンマを解決するものとして注目に値する。即ちペプチド提示ファージはオリゴ糖の模倣物をふやす手法として、リコンビナント糖鎖としての価値をもつと言える。このミニレビューは、ペプチド提示ファージを糖鎖生物学に導入した先駆的な研究と、糖鎖を模倣するペプチドの癌研究への応用について述べる。