抄録
本稿の目的は,若手現代美術作家(以下,若手アーティスト)に注目し,副業による制作資源の獲得方法とその背景を検討することで,困難が続く状況のなかでキャリアを継続させようとする若手アーティストの戦略を明らかにすることである.
先行研究では, 「やりがいの搾取」などの論点から,アート・ワールド内外の制度的問題とアーティストの労働問題との関連性が指摘されてきた.このような議論を踏まえて,本稿では困難な状況でのキャリアの継続性に焦点をあて,若手アーティストを対象としたヒアリング調査のデータを分析した.本稿で導出された知見は次の3点である.
第1に,若手アーティストの戦略の背景には,アート・ワールド内部での「やりがいの搾 取」的労働や90年代以降拡大した非正規雇用の待遇の低さといった問題に加え,コンペティションや助成金の年齢制限があった第2に,若手アーティストたちはこのような制度的な背景に伴って動機付けを形成し,副業による制作資源の獲得方法をそれぞれに模索していた「戦略的不安定化」は,主体的かつ戦略的に自らを不安定な立場に置くことをさす筆者の概念であるが,彼らは戦略的に不安定化することで,年齢制限に達するまでに成果を上げようと意識していた.第3に,アーティストたちが自らのキャリア全体を見通すときには,必ずしも背景にある制度的問題に気づくことができているとは言えず,むしろ戦略的に不安定であり続けるという選択を自己責任のように捉えてしまうという問題があった.
以上の知見を踏まえ,若手アーティストは,不安定な立場を戦略的に選び取ることで制作活動を継続させようとしているが,このような状況は個人の選択の背景にある,制度的問題によって生み出されていると結論づけた.