抄録
アルツハイマー病(AD)の特徴は病理学的には脳の神経細胞の萎縮、脱落、老人斑の沈着、神経原繊維変化、神経化学的には発症初期からアセチルコリン作動性神経系の機能低下、病状が進行すると他の神経系も機能が低下することである。老人斑の主たる構成成分がアミロイドβ蛋白(Aβ)であること、Aβ自身が神経毒性を示すこと、アミロイド前駆体蛋白(APP)やプレセニリンの遺伝子に変異がある家族性ADの患者の脳においてAβの産生が亢進していること、家族性患者の変異遺伝子を発現させたマウスではAβが脳に沈着し、認知機能が低下することなどからAβがADの原因物質でないかと疑われている。一方、ADでは酸化ストレスが神経細胞に障害を与えることにより発症に関与しているという種々の知見がある。Aβをラットの脳室内に持続的に投与することによって作成したAD動物モデルにおいて、水迷路での学習・記憶障害が抗酸化作用を持つビタミンKやイデベノンで緩解される。そこでAβが酸化ストレスを介して神経伝達や認知障害を惹起しているか検討した。Aβは1)抗酸化防御システム系のパラメーターの免疫染色を顕著に抑制した。2)海馬での誘導型NO合成酵素(iNOS)mRNA及び蛋白の発現を誘導し、iNOS の活性を亢進し、NOの産生を増加した。iNOS蛋白の発現はミクログリア及びアストログリア細胞に認められた。3)海馬でCOX-2mRNAの発現を誘導した。COX-2mRNAの発現はiNOSmRNAの発現部位とオーバーラップしていた。4)海馬でのシナプトフィジンをニトロ化した。iNOS阻害剤やperoxynitrateスカベンジャーはAβによるアセチルコリンの遊離に対する阻害作用に拮抗し、ADモデル動物の認知障害を回復した。以上の結果からAβは酸化ストレスを脳細胞に負荷することによって、神経伝達の障害、それに伴う認知機能の障害を惹起することが考えられる。