抄録
胎児環境には様々な人工化合物が存在することが明らかになってきた。今後の課題は、これらの化合物が胎児の発育や子供の将来に悪影響を与えないか否かを調べることである。“変異原性”を調べる方法はすでに確立されており、農薬を含め市販品はすでに検査済である。変異原化合物は「ゲノム・レベルに作用し、DNA塩基配列に変異・欠失・組み換えを起こす化合物」である。一方、“エピ変異原化合物”は、DNA塩基配列には影響を与えないが、エピジェネティクス・レベルで作用して、遺伝子を不活性化す化合物をさす。私たちの身体は、形や機能が様々な数百種類の細胞から構成されている。これら細胞は1個の受精卵に由来し、一部の例外はあるが、同一の遺伝子情報を保有している。発生過程では、特定の遺伝子の不活性化がおこり、細胞に特異的な遺伝子発現セットが決定される。エピジェネティクス制御の中心は、DNAメチル化とヒストン修飾によるクロマチン構造変化である。最近の研究で、(1)ゲノム中に膨大な数の組織特異的メチル化領域が存在すること、(2)細胞の種類に特異的なDNAメチル化・非メチル化状況のモザイク模様(DNAプロフィール)が明らかになっている。DNAメチル化は細胞分裂後も継承され得ること、ヒストン修飾とクロマチン構造の変化を伴い遺伝子をサイレントにすることから、遺伝子発現の記憶機構ともなっている。エピジェネティクスの破綻は、異常な細胞を生み出すことになり、最終的にはガンや慢性疾患の原因となっていると懸念される。エピジェネティクス評価は、環境汚染物質の子供の健康への影響を評価する上で、重要な手段となる。最近、胎児環境で検出された濃度の環境汚染物質がエピジェネティクス系に作用していることを示す証拠が蓄積してきている。エピ変異原化合物の検出系の確立が必要である。