抄録
法医学では刑事・民事の事件・事故に関わる様々な鑑定が依頼される。これらの中で医薬品が関係する事件・事故もあり,法医学上の重要な問題でもある。今回は医薬品に限っていくつかの事例を紹介し,現状と問題点を指摘したい。
まず司法解剖などの場面において薬物分析が必要となることである。当教室では現在,解剖例の略全例について,Triageなどによる簡易スクリーニング後,GC/MSによるスクリーニングを行い,さらに必要に応じてLC/MS/MSによるベンゾジアゼピン系一斉スクリーニング,GC/MS,LC/MS/MSによる定性・定量などを行っている。また,LC/QTOFによる代謝物を含めた包括的一斉スクリーニングを行うことも可能であるが,これらの薬物分析を教室で十分に行える大学は多くないのが現状である。
薬剤が検出された場合,特に死因が他に見出されない場合にはまず,死因となりうるかが重要な問題である。特に多剤服用の場合,単独使用の場合より低濃度で死亡しているケースがあり,死因の判断に悩まされることがある。
処方された薬剤を単に指示通り服用していたものなのか,事件と関連があるのかも重要となる。ベンゾジアゼピン系などの睡眠導入剤・催眠剤では,死因となるような濃度ではない場合でも犯罪の被害者となっている事件が多く見られている。したがって,致死量レベルより微量の定量分析が要求されてくる。
さらに,犯罪捜査などに当たっては,服用後の経過時間が行動能力との関係で問題となることがあり,薬物代謝という面からも,中間代謝物を含めた詳細な分析が期待されるようになってきている。
以前は医薬品の専門知識のある者が薬物を使用することが多かったが,調剤薬局での医薬品情報の提供やインターネットの普及により,一般人も容易に薬物の情報を得ることができるようになり,犯罪への使用も増加してきたものと思われる。
今後ますます重要性が増すであろう法医鑑定での薬物分析に当たっては,製薬会社には,薬剤そのものの情報や標準品の供与だけでなく,詳細な代謝経路や代謝物に関する情報や代謝物の標準品の提供が望まれるところである。