抄録
東電福島第一原発事故による放射線被ばくにより,放射線生物影響については未だ不明な点が数多いことが改めて認識された。放射線生物影響については,組織障害(確定的影響)と発がんなどの確率的影響に関し,高線量被ばく事例,実験動物を用いた障害・発がん等の研究,広島・長崎原爆被爆者集団をはじめとする疫学調査により多くの知見が積み重ねられ,20世紀末頃までには放射線の生物影響の概略について理解がなされてきたといえる。ところで放射線影響研究は,疫学・実証・機構研究が三位一体で取り組むものといわれるが,動物実験研究は線量・反応関係や潜在的なリスクの確認というプロセスはほぼ過去のもので,疫学で得られた知見を実証し,その機序に迫る研究に大きな力が費やされている。一方,医薬品・化学物質等の毒性評価分野では,90年代以降のICHやOECDのガイドライン策定の議論にみられるように,時代に応じた新評価手法を積極的に取り入れ,生物丸ごとを対象とし,より詳細な毒性評価を目指してきているが,放射線の分野ではそうとなっていない。最近の疫学調査では,放射線被ばくにより小さいものの心血管系や腎臓障害のリスクが考えられるといった報告があるが,これらが放射線によるものかどうかは明らかとなっていない。また,低線量放射線影響がストレスや持病・体質によりどのように修飾されるか等の課題もある。健康影響評価科学全体として古典的な表現型の評価に加えて分子レベルでの毒性予測にも踏み込むという流れとなっている。このような状況から放射線の毒性について時代に合った評価が必要であるのではないだろうか。本講演では,放射線・放射性物質によるヒトの有害性確認・リスク評価の今後について,実験的放射線安全研究の現状や課題なども考察しつつ,実験毒性学の立場から考えてみたい。