抄録
ダイオキシン妊娠期曝露による低体重や知的障害等の出生児発育障害は、低用量で生起し影響が長期間継続するため問題である。我々は最近、妊娠ラットへの 2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin (TCDD; 最強毒性ダイオキシン) 曝露が、脳下垂体ホルモンの一つである prolactin の合成/分泌を育児期に抑制する事実を見出した。授乳等の子育て行動に必須である prolactin の減少は、育児減退に基づく出生児発育障害に直結する可能性が高い。本研究では第一に、TCDD 曝露母の脳室内への prolactin 補給が種々の次世代障害を改善しうるかを検証した。その結果、TCDD 依存的な子育て減退は prolactin 補給によって正常水準に復帰し、出生児の低体重や学習記憶障害も改善ないし改善傾向を示した。従って、育児母の prolactin 減少を起点とする子育て減退が、ダイオキシン次世代障害の一端を担うことが明らかになった。第二に、子育て行動が “non-genomic transmission” の一例である点に着目し、TCDD 曝露母から育った児が自身も低育児体質となるか否かを検討した。検討の結果、TCDD 曝露母より出生した雌児 (F1) では離乳後に低 prolactin 体質が固着し、これと合致して F1 児が母として行う育児行動とその児 (F2) の発育も抑制された。しかし、prolactin 補給によってF0 母の育児行動を回復させることで、いずれも改善傾向が認められた。これらの事実から、TCDD 曝露世代の子育て停滞が次世代以降の低 prolactin 体質を定着させ、障害の世代継承に繋がる可能性が浮上した。第三に、DNA マイクロアレイ解析によって TCDD 依存的な F0 母の prolactin 低下に繋がりうる因子を探索した結果、育児期の prolactin 細胞の成熟化を抑制する tumor growth factor β1の増加と prolactin 細胞の活性化因子である epidermal growth factor の減少が観察された。これと符合して、育児母体の脳下垂体重量は TCDD により減少傾向を認めた。以上の結果から、TCDD は育児母の脳下垂体において prolactin 細胞の機能的成熟に関わる遺伝子変動を通して prolactin 発現を抑制し、育児減退に基づく次世代障害を惹起する可能性が見出された。