抄録
カドミウム(Cd)は、腎臓をはじめ骨、呼吸器、生殖器、循環器、胎児などに障害を引き起こす。特に、Cdの腎毒性には様々な遺伝子の発現破綻による腎近位尿細管細胞障害が深く関与している。しかしながら、遺伝子発現を調節しているCdの標的転写因子はほとんど明らかにされていない。我々は、ヒト由来の腎近位尿細管上皮細胞(HK-2細胞)を用いて、Cd毒性発現に関与する新たな転写因子を網羅的スクリーニング法(Protein-DNAアレイ)で検討した。その結果、Cdによって転写活性が低下する因子のうち、ARNT転写因子が含まれ、Cd毒性発現に関わるARNTの下流因子を調べた。ARNTの遺伝子発現をノックダウンさせたところ、BIRC3遺伝子発現が有意に低下され、CdはBIRC3の遺伝子発現およびタンパク質レベルを著しく低下させた。BIRC3はIAP(inhibitor of apoptosis protein)ファミリーに属するタンパク質であり、カスパーゼの活性阻害を介してアポトーシスを抑制することが知られている。BIRC3のノックダウンは、細胞生存率の低下およびアポトーシスを誘導するとともに、Cd毒性も増強した。また、BIRC3のノックダウンは、Cdと同様にHK-2細胞内のカスパーゼ3を活性化させた。一方、メチル水銀、無機水銀および無機ヒ素によるヒトの神経芽腫細胞並びにマウス肝臓細胞でのBIRC3(Birc3)遺伝子発現抑制やカスパーゼ3活性上昇作用は認められなかった。以上の結果より、CdはARNT転写因子の活性を抑制させ、腎近位尿細管細胞内BIRC3タンパク質レベルを低下させ、その結果、カスパーゼ3活性化を介してアポトーシスを誘導することが明らかとなった。