抄録
DNAメチル化異常は、発がんの主要なエピジェネティック機構である。我々は、多数のがん症例の手術検体を解析し、ウイルスの持続感染・遷延する慢性炎症・喫煙等の発がん要因の影響で、諸臓器において前がん段階からDNAメチル化異常が蓄積することを示してきた。近年のゲノム網羅的なエピジェネティック解析 (エピゲノム解析)で、胚性幹細胞においてビバレントなヒストン修飾を受けることが報告されている発生・分化関連遺伝子のDNAメチル化異常で、上皮の分化状態に破綻を来すことが、諸臓器の前がん段階に共通する事象である可能性が示された。他方で、個々の発がん要因に対応するDNAメチル化プロファイルは、前がん段階にある組織からがん組織そのものに継承され、がんの臨床病理学的悪性度や症例の予後を規定することがわかった。例えば、前がん段階からCpGアイランドにおけるDNAメチル化亢進が蓄積するCpGアイランドメチル化形質 (CIMP) 陽性腎細胞がんを同定したところ、悪性度が高く予後不良であった。エピゲノムのみならずゲノム・トランスクリプトーム・プロテオーム解析を加えた多層オミックス統合解析で、スピンドルチェックポイントに関わる分子経路が、CIMP陽性腎細胞がんの治療標的になることがわかった。ウイルス性肝炎・肝硬変症と近年急増している非アルコール性脂肪性肝炎 (NASH)は相互に異なるDNAメチル化プロファイルを示し、また、DNAメチル化異常を指標としてこれらの慢性肝障害患者における発がんリスク診断が可能であると考えられた。定量性・操作性に優れた高速液体クロマトグラフィーを基盤とするDNAメチル化診断法を企業と共同研究開発し、実用化を準備している。このように、がんの臨床試料におけるエピゲノム解析が、個別化医療開発の基盤となることが期待される。