抄録
血管の内腔を一層に覆っている内皮細胞は,血液と直接接している唯一のcell typeである。重金属はその標的とする器官組織へ到達するためには必ず血管を経ているので,血管は重金属の重要な標的組織となり得る。血管の機能破綻は内皮細胞の障害に起因することから,重金属に対する内皮細胞の防御系の解明は重要である。これまでに,カドミウムによる内皮細胞機能障害の機構を明らかにしてきたが,この障害は無機亜鉛の前処理あるいは同時処理により防御される。この無機亜鉛の防御機構には,亜鉛輸送体ZIP8の発現が重要であり,そもそも無機亜鉛の処理では内皮細胞のメタロチオネイン(MT)は誘導されていなかった。最近の解析により,内皮細胞を無機亜鉛で処理しても,MTの誘導に不可欠とされるMTF-1-MRE経路の活性化は認められなかったので,内皮細胞のMT誘導は他のcell typeとは異なる誘導機構を備えていると示唆される。しかしながら,内皮細胞のMTの誘導機構の解析に有用な分子プローブが存在しなかったことから,その誘導メカニズムは未解明であった。我々は,有機-無機ハイブリッド分子をバイオロジーへ活用するバイオ元素戦略に基づき,内皮細胞のMT誘導機構の解析に有用な分子プローブを探索・活用した。銅錯体Cu(edtc)2を活用した解析により,内皮細胞のMT誘導はMTF-1-MRE経路だけでなくNrf2-ARE経路の活性化によっても制御されること,MT-1の誘導はこの両経路によって制御されるが,MT-2の誘導にはNrf2-ARE経路の活性化は必要とされないことを明らかにした。この結果は,MTアイソフォームには機能分化が存在した可能性を示唆している。また,この銅錯体による内皮細胞のMT誘導は亜鉛輸送体ZIP7の発現上昇を介在することを明らかにしており,本シンポジウムでは,重金属の細胞毒性に対する内皮細胞の防御系に関する新しい知見を紹介する。