【背景・目的】近年、様々な抗がん剤が開発され、がん患者の生命予後は著しく改善している。その一方で、アントラサイクリン系薬剤や様々な分子標的薬による循環器系、特に心臓への副作用が大きな問題となっており、『Cardio-oncology』という新たな領域が生まれ様々な研究が行われている。しかし、その研究は臨床先行型であり非臨床試験の成績は乏しい。今回、我々は、臨床で心毒性作用を惹起することが報告されているdoxorubicin(Dox)やtrastuzumab(Trz)をマウスに投与し、心エコー評価によって心毒性作用を検出できるか否かを検討した。
【方法・結果】マウスにDox(累積24 mg/kg)やTrz(累積72 mg/kg)を2週間投与した。投薬2週後に心エコー測定(長軸B-mode、短軸B-mode、短軸M-mode、パルスドプラ及び組織ドプラ)を実施し、収縮能、拡張能及びストレインについて評価した。2週間の投薬後に4週間の休薬期間を設けて、死亡観察を行った。Dox群において拡張能の低下を示唆する等容性弛緩時間の延長、拡張早期最大流速及び拡張早期僧帽弁輪運動速度の低下が認められた。また、早期の心筋障害を示唆するストレイン(長軸方向:GLS、円周方向:GCS)の有意な低下が認められた。左室容積、左室内径の低下が認められ、心臓が小型化していることが示された。一方で、心機能の代表的な指標である左室駆出率に変化は認められなかった。これらのパラメータは休薬後に死亡した例でより悪化している傾向が認められた。なお、Trz群では、いずれのパラメータにも変化が認められなかった。
【考察】Doxを投与したマウスにおいて拡張能及びストレインの低下が認められ、休薬後に死亡した例でより重篤であったことから、これらの指標は心機能低下を検出するだけでなく、予後を予測する指標としても有用である可能性が示唆された。また左室駆出率の低下が認められない個体でもストレイン低下が生じたという結果は臨床でも報告されており、小動物における抗がん剤の心毒性評価にもストレインが有用である可能性が示唆された。