メチルビニルケトン (MVK) はタバコ煙や排気ガスに含まれる親電子物質として知られている. 親電子物質はタンパク質Cysチオール基などの求核性残基を修飾することで, タンパク質機能に影響を及ぼし, 生理応答変化を惹起する. 今回MVKによる細胞内情報伝達系, 特に細胞増殖など様々な生体機能に重要なホスファチジルイノシトール-3 キナーゼ (PI3K) –Aktシグナリングへの影響について検討し, 以下の知見を得た.
まず, ヒト肺胞上皮腺癌由来A549細胞にMVKを前処理し, 上皮増殖因子 (EGF) で刺激したところ, PI3KとAktのリン酸化は濃度依存的に抑制された. また, Aktの基質タンパク質であるmTORやGSK3βのリン酸化も同様に抑制された. さらに, MVKは細胞死抑制因子であるBadのリン酸化抑制やEGFの細胞死抑制効果を減弱させた. このことから, MVKはPI3K–Aktシグナリングを負に制御することが示唆された.
次に, MVKの標的タンパク質を明らかにするため, EGF受容体 (EGFR) シグナルに着目し種々検討した結果, PI3Kに作用する可能性を見出した. そこで, LC-MS/MS解析と変異体を用いた解析を行ったところ, MVKはPI3K p85 サブユニットに結合し, 阻害作用を示した. また, EGFRとPI3Kの結合に対するMVKの効果を検討したところ, MVKはこの結合を阻害することが分かった.
以上より, MVKはPI3Kのp85サブユニットに結合し, EGFRとPI3Kとの結合を阻害することで, EGFRからのシグナル伝達を抑制する可能性が示唆された.