東洋音楽研究
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ビルマ古典歌謡における作品とジャンルの関係
演奏様式の解釈としてのジャンル
井上 さゆり
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2008 年 2008 巻 73 号 p. 1-18

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抄録

現在のビルマ (ミャンマー) において「古典歌謡」として位置づけられている歌謡作品群「大歌謡 (thachingyi)」は、二十前後の下位ジャンルに区分されている。特定のジャンルに属する作品は旋律を共有して類似しているものが多く、またジャンル区分は歌謡集において明示されていることもあり、作品のジャンル区分についての疑問はこれまで呈されてこなかった。
筆者はこれまでの研究において、作品が作られた時点では作品の全てにジャンル名が付されていたわけではないことを指摘した。一八七〇年に編纂された貝葉写本において、大歌謡作品を全ていずれかのジャンルに区分したことが初めて確認できたが、それ以降に作られた歌謡集においても、ジャンル帰属が一定しない作品も見られた。そのことから、作品とジャンルの関係は、もともとは固定したものではなかったのではないかと考えられた。
本稿では、各ジャンルに属する作品の全てが、他のジャンルの作品と排他的に区別される指標を持っているわけではないことを論じる。作品の中には、二つのジャンルに解釈されて演奏し分けられている作品、またはジャンルを定義するとされる指標の一つである調律種を他の調律種と交換して演奏される作品などがある。ジャンル帰属は異なるが、歌詞と旋律の両方を共有した二つの作品もある。これらの、従来のジャンル定義に当てはまらない作品は、常に二つのジャンルの指標に関係しており、三つ以上のジャンルの指標に関係することはない。このことから、各ジャンルは創作技法が変化していく時間軸上に並べられ、これらの例は、ジャンルからジャンルへの移行期を示す作品であると考えることができる。ジャンルという括りは、ある特定の指標を共有する作品が複数存在することから喚起されるものであるといえるが、その範囲は決して他のジャンルと排他的に区別されるものではなく、ジャンルとジャンルの間には創作の連続性が見られる。

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