抄録
メスメルの理論と実践は、臨床心理学/心理療法の ごく初期の、興味深い一挿話をなす。このため、近 代の心を超えようとするトランスパーソナル心理学 /精神医学に通ずるところを含む。過去を振り返る のを「後ろ向き」と呼ぶのは、歴史の進歩の前提か らだが、これこそ近代の産物である。メスメルは、 前近代から現代へのいくつかの境目を跨ぐ。境目は 五つある。物と心、宇宙と人間、宗教と科学、素人 と専門家、意識と無意識のあいだである。これらの 境目は、近代における「パーソン」の成立条件とも、 おおよそ重なる。メスメルは、現代では疑いを容れ ないこれらの境目を認識せず、やすやすと跨いだ。 彼はその行動により、ここに線を引く構えが、必ず しも唯一でも必然的でもないと示してくれる。時間 が一次元、一方向に進むと決まっていないなら、先 人の中に先達を見出すことも不可能ではなかろう。