Tropics
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小笠原諸島におけるチャイロネッタイスズバチの定着
山根 正気松浦 秀明
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1991 年 1 巻 2+3 号 p. 155-162

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抄録
1990 年の夏に小笠原諸島父島列島の父島で,日本未記録の大型のドロパチが発見された。形態的特徴から,このハチはBdquaert がEumenes pyriformis (Fabricius) (現在はDelta 属に移されて いる)とした種に該当すると思われる。ただし,このtaxon はじっさいには複数の種をふくむ可能性があるので,こんど十分な検討が必要である。体の斑紋からみると,小笠原の個体群はこれまで知られているいかなる亜種にも該当しない。とくに,小笠原諸島に近いフィリピンや台湾の亜種とは著しく異なる。また,すくなくとも丈献上は,本種のマリアナ諸島からの記録はない。したがって,小笠原諸島の近隣地域から最近侵入した可能性はひくい。本種が小笠原へ侵入した経緯については以下の2 つが考えられる。1) 侵入時期は相当に古く,隔離されたあと固有の亜種となったが,生息密度がごく低かったため最近まで発見されなかった。しかし,なんらかの理由により, 1990年以降大量に発生するようになった。2) ごく最近,東南アジアのどこかから,私たちにとって未知の亜種がおそらく人為的に導入された。
小笠原にはこれまでにハチの専門家をふくむ相当数の昆虫学者が調査で訪れており,それらの報告書には本種に該当するハチはまったく登場しないので, 1) の可能性はまずない。20 年以上まえにセグロアシナガバチが記録されたことがあるが,飛翔時に本種と類似する可能性はあるものの,標本にした場合見誤ることはありえない。現在のところ, 2) の可能性が高い。すでに,父島では定着したと考えられ, 1991 年には兄島でも発見されたが,それ以外の島ではまだみつかっていない。これまで小笠原には,大型のカリバチは存在しなかったので,本種の定着は父島や兄島の生態系に少なからぬ影響をおよぼすものと思われる。
松浦による父島での観察によれば,本種は主として日当たりのよい建物の壁面,石の窪み,樹皮などに営巣する。巣は,水平面・垂直面のいずれにも造られ, 1 ないし20 程度の泥でできた育室(ポット)からなる。幼虫のための餌としては,シャクガ科とヤガ科(計6 種)の幼虫を狩り,育室あたり4 ないし十数匹を蓄える。1990 年の11 月と12 月には,巣にもちかえられた餌はほとんどがギンネムエダシャクであった。各育室には原則として1 個体の幼生(卵,幼虫,蛹)がみられたが, 2 個体以上の幼生をふくむ育室が数例ながら見いだされた。これらが同じ親に由来するのかどうかは不明である。この点を確認するため営巣途上の巣を観察していたところ,よそ者のメスが訪れたのが2 度確認された。これまで, トツクリバチ属やネッタイスズバチ属では,営巣をめぐってのメス間の干渉や寄生行動は知られていないので,今回の観察はきわめて興味深い。
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© 1991 日本熱帯生態学会
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