児童文学からの影響を大きく受けていたと思われる村上春樹の「ふわふわ」は、エッセイ風の小品として発表された初出が目立たない場所だったこともあって、もっぱら絵本とその文庫化されたものが問題にされてきた。しかしその反面絵から切り離された文字テクストだけが小中学校教材・名作童話としても流通しているという、多種複雑なヴァリアントを持っている。その中で一切省みられることのない初出から初刊への改稿過程をつぶさに辿ってみれば、現行流通している本文の末尾には大きな改稿があったことがわかる。先行研究の多くが根拠を示さないながら指摘する〈喪失感〉も、改稿前には書かれていた《死》のイメージが齎すものとして漂っているのだ。そのことはレトリックとしても言え、直喩の能喩部分に痕跡を残して作品に《死》の影を落としている。また能喩の加筆部分などには明らかな生命のイメージがあり、改稿の過程には《再生》の方向が見てとれるのである。