抄録
東海地域には湧水湿地といわれる特異な湿地が存在し,多様な生物の生息地となっている.本研究では岐阜県中津川市岩屋堂にある湧水湿地の一つを対象とし,地域の人々,とりわけ湿地の所有者が,湿地とどのような関わりを持っているのかについて調査を行った.まず湿地の生物多様性の特徴を捉えるため,植生調査を実施した.その結果,78 種の維管束植物を確認し,うち6 種は国のレッドリストに掲載されている種であった.自動センサーカメラを用いて動物相を調査したところ,タヌキなど里山に特徴的な哺乳類が多く記録された.調査地および隣接する湿地の所有者,計3 世帯に聞き取り調査を行ったところ,彼らの家系は少なくとも約180 年,最大約350 年以上にもわたって本集落に居住し,農業・生活用水,木材,薪炭,文化素材の供給源などとして湿地を利用していた.湿地は先祖から受け継がれてきた大切な土地として認識され,絶滅危惧植物の生育地といった生物多様性の保全の観点からの価値は比較的近年になって,意識され始めたものであった.湧水湿地はその地域に住む人々が様々な関わりを持ってきた生態系であり,生物多様性上の重要性に加え,人々と湿地との間に培われた歴史的・文化的関係性をも包含して保全していく視点がもとめられる.