文化人類学研究
Online ISSN : 2434-6926
Print ISSN : 1346-132X
特集2 文化人類学とは何でありうるのか——協働、対話、反転の試み
人類学によるデザインに向けて
――新規サービス「メルカード」のデザインプロセスを事例に――
松薗 美帆伊藤 泰信
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2024 年 25 巻 p. 147-160

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抄録

 本研究の目的は、近年接近している人類学とデザインの関係性に焦点を当て、企業における具体事例から「人類学によるデザイン」の可能性を検討することである。また、検討を通じて人類学という学の外部から見た人類学の価値(人類学が何でありうるのか)という議論へ貢献することである。本稿では、人類学の実務応用を社会人大学院で学びつつ、企業で日々の実務に携わる「人類学的なデザイナー(anthropological designer)」とでも呼ぶべき立ち位置から、他のデザイナーとの協働プロセスを事例として考察する。具体的には株式会社メルペイの新規サービス「メルカード」のデザインプロセスの微視的な検討をおこなった。当該デザインプロセスにおいて実施されるリサーチは、人類学的な長期のフィールド調査とは異なる1回90分程度のコンセプトテストなどが中心である。実務においては、コンセプトテストによって初期プロトタイプの制作時のデザイナーの仮説創造が促され、デザインの方向性決定がなされるという実務事例を紹介する。さらに短期間のリサーチを反復的に行うことで、デザイナーが顧客視点をより深く理解し、自己と顧客との視点と行き来しながら批判的にデザインを見直す手助けとなった事例を提示する。「メルカード」のカード券面のデザインコンセプトの検討過程では、「私たち個人」と「顧客」の視点を対比させることで、自己の当たり前が相対化され、批判的に再評価されたが、そこでは「馴質異化」という人類学的視点の有効性が看取される。人類学の理論や手法がデザインプロセスに持ち込まれることで、他者への想像力や批判的な視点が強化され、より良いデザインが生み出される可能性が示唆された。ここにデザイン実務応用を通じた人類学の価値の一端が見てとれる。

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© 2024 現代文化人類学会
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