YAKUGAKU ZASSHI
Online ISSN : 1347-5231
Print ISSN : 0031-6903
ISSN-L : 0031-6903
Symposium Reviews
Development of Microphysiological Systems (MPSs) Based on Microfluidic Technology for Drug Discovery in Japan
Hiroshi Kimura
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2023 Volume 143 Issue 1 Pages 39-44

Details
Summary

Microphysiological systems (MPSs) based on microfluidic devices are attracting attention as an alternative cell assay platform to animal experiments in drug discovery. When we use microfluidic devices for cell culture, it is possible to experiment with various culture conditions that are difficult with conventional cell culture methods, such as fabrication of microstructures for cell placement, temporal and spatial control of liquid factors and adhesive conditions, and physical stimulation by flow and expansion/contraction. MPSs, which use microfluidic technology to construct the structure and function of physiological biological tissues and organs, are being commercialized and put to practical use worldwide with the entry of venture companies and pharmaceutical companies. Although research on the practical application of MPS in Japan has lagged far behind the efforts of Western countries, the Japan Agency for Medical Research and Development (AMED) launched the MPS Development and Research Project in FY2017 and established a system for MPS commercialization through industry-government-academia collaboration. The project is characterized by the formation of a consortium involving many researchers not only from academia but also from manufacturing and pharmaceutical companies with the aim of commercializing MPS devices. By FY2021, the final year of this project, several MPSs were successfully positioned in various stages of commercialization. This paper introduces two MPSs that the author was involved in commercializing in collaboration with domestic companies within the project.

1. はじめに

近年,創薬における動物実験代替となる新たな細胞アッセイプラットフォームとして,1990年代から工学分野で発展を遂げてきたマイクロ流体デバイスを技術基盤としたorgan-on-a-chip(OoC)をはじめとする生体模倣システム(microphysiological system: MPS)が注目されている.1マイクロ流体デバイスは,半導体製造プロセスや3Dプリンタ,機械切削をはじめとする微細加工技術によって作製される微小な流路を有するチップあるいはデバイスの総称である.マイクロ空間におけるスケール効果を利用して,反応や処理の高速化や高効率化を実現するものであり,様々な分野で微小かつ微少な粒子や流体を扱うためのコア技術として利用されている.このマイクロ流体デバイスを細胞培養に利用する場合,生体内を模倣した微細構造を人工的に作製できること,液性条件や接着条件を時間的・空間的に制御できること,せん断応力や伸縮などの物理刺激を負荷できることなど,従来の細胞培養系では再現することが困難な培養環境を構築することができる.マイクロ流体デバイスを用いて細胞を培養し,インビトロで臓器モデルを構築する試みは20年以上前から始まっていたが,2010年に米国ハーバード大学の研究グループからマイクロ流体デバイス技術を巧みに利用した呼吸する肺,通称“lung-on-a-chip”がScience誌で発表されてから一気にOoCやMPSという単語が一般化し,MPSの創薬利用への気運が高まってきた.2実際,米国やEUでは2011年ごろから巨額の研究費がMPS実用化研究に投じられた.3この結果として,欧米諸国では多くのMPS関連ベンチャー企業が立ち上がり,ここ数年で急激に実用化が進められている.4フランスの市場調査会社であるYole Development社の市場レポートによれば,2016年に約10億円程度だったMPS関連市場が2022年には約80億円規模になり,将来的には数百億円規模にまで成長するとみられている.5残念ながら我が国におけるMPSの実用化研究は欧米諸国からかなり遅れていたが,2017年に日本医療研究開発機構(the Japan Agency for Medical Research and Development: AMED)によるMPS開発研究事業(通称,AMED-MPSプロジェクト)が立ち上がり,産官学連携によるMPS開発及び製品化に向けた体制が整えられた.6このAMED-MPSプロジェクトの特徴は,国産MPSの製品化を目指して,アカデミアだけでなく我が国の製造企業や製薬企業から多くの研究者が参画するコンソーシアムが形成されたところである.この施策が奏功し,本プロジェクトの最終年度である2021年度には製品化が実現されたMPSが複数存在している状況になっている(Table 1).本稿では,筆者がこのAMED-MPSプロジェクト内で国内企業と連携して製品化に携わっている2種類のMPSについて紹介する.7

Table 1. MPS Devices in the AMED-MPS Project under Development
MPS deviceManufacturerTarget organFeatures
Matsunaga deviceShinko Chemical Co., Ltd.Liver, Gut– Multi-organ type
– ANSI/SLAS Microplate Standard
Fluid3D-X®TOKYO OHKA KOGYO CO., LTD.Liver, Gut, Kidney, Blood brain barrier (BBB)– Single-organ type
– Microfluidic device style (double-layered microchannel)
– Microporous membrane integrated
PD-MPSSUMITOMO BAKELITE CO., LTD./SHIMADZU CORPORATION/SCREEN Holdings Co., Ltd.Liver, Gut, Blood brain barrier (BBB)– Multi-organ type
– Pressure-driven pump
– Microplate style
On chip pump integrated MPSSUMITOMO BAKELITE CO., LTD.Liver, Gut– Multi-organ type
– ANSI/SLAS Microplate Standard
– On chip stirrer-based micropump

This table was modified from Stem Cell Evaluation Technology Research Association website which closed on 9/30/2022.7)

2. 多孔膜搭載型二層流路チップ:Fluid3D-X®

多孔膜を搭載した二層流路のマイクロ流体デバイスは,MPSチップとして汎用性が非常に高い.筆者の研究グループでも,MPS関連研究を開始した当初からFig. 1に示すような多孔膜を搭載した二層流路チップの開発を進めてきた.8,9多孔膜搭載型二層流路チップを利用する場合,①多孔膜上の細胞へのせん断応力負荷,②多孔膜上下面を利用した上皮系細胞と内皮系細胞の共培養,③カルチャーインサート同様の物質輸送評価等に関する実験系を組むことが可能である(Fig. 2).AMED-MPSプロジェクトの中で,筆者はこの多孔膜搭載型二層流路チップを腎臓近位尿細管MPSとして活用した.多孔膜上下面でヒト腎臓近位尿細管上皮細胞(human renal proximal tubule epithelial cells: hRPTEC)と血管内皮細胞を共培養することで生理的な尿細管壁構造を再現した.さらに,hRPTECにせん断応力を負荷することによって,繊毛を有する細胞の割合が増加するだけでなく,主要な薬剤トランスポーターの発現量が増加することを明らかにした.このように生理的な機能を向上させたMPSを近位尿細管モデルとして,腎毒性試験などに利用している.

Fig. 1. Microporous Membrane Integrated Double-layered Microchannel Chip

Schematic image (a) and photograph (b) of the chip

Fig. 2. Experimental Designs Using the Microporous Membrane Integrated Double-layered Microchannel Chip

AP and BL mean apical and basal, respectively.

AMED-MPSプロジェクトの最大のアウトカムは,国産MPSデバイスの製品化である.筆者は東京応化工業株式会社(以下,TOK)と共同してプラスチックを材料とする多孔膜搭載型二層流路チップの製品化検討を推進した.TOKでは,独自のチップ作製プロセスを開発し,通常では製作が難しい多孔膜搭載型二層流路チップの中規模量産化技術を確立した.このチップはFluid3D-X®と名付けられ,種々の培養試験をパスしたところで,2021年4月に販売が開始された(Table 1).AMED-MPSプロジェクト内では,このFluid3D-X®が幹細胞評価基盤技術研究組合や製薬ユーザーによって試用され,腎臓以外にも,肝臓,小腸,血液脳関門(blood brain barrier: BBB)など様々な臓器のモデルとして適用されるに至った.

多孔膜搭載型二層流路を有するMPSチップは米国のEmulate社からも製品化されているが,この製品はシリコーン樹脂製のマイクロ流体デバイスである.薬剤を用いる実験において,シリコーン樹脂は低分子化合物の収着が問題となることが多い.10一方,Fluid3D-X®はプラスチックを材料としているため,低分子化合物の吸着や収着が起こりづらいのが特徴である.

Fluid3D-X®はそれ単独では利用することができない.すなわち,通常,培地を灌流するためにはFig. 3(left)に示すように,Fluid3D-X®のようなマイクロ流体デバイスにポンプや培地リザーバ,バブルトラップなどの装置をチューブによって接続して使用する必要がある.このようなシステムは,場所をとるばかりでなく,チューブの取り回しなどの煩雑な操作が要求されるため,これが実験のスループット性向上のボトルネックとなっていた.これに対して,筆者はFig. 3(right)に示すような送液システムも開発して製品化を目指している.この送液システムは,一般的なマルチウェルプレートの規格であるANSI/SLASサイズに複数のチップのほか,リングポンプや電源ユニット,培地リザーバが集積化されている.このように流体制御機能をすべて集積化することによって煩雑なポンプやチューブの接続操作がなくなり,MPSの利便性を高めることができるので,結果的にスループット性の向上につながることが期待される.

Fig. 3. Fluidic Control Systems for MPS Chips

3. スターラ式オンチップポンプ型MPS

筆者は,複数臓器モデルを集積化したマイクロ流体デバイスベースのMPSの開発も世界に先駆けて進めてきた.これまでに,小腸・肝臓・がん組織など複数の臓器・組織モデルのチャンバを有する複数臓器チップを開発して,MPS上で小腸における吸収機能や肝臓機能における代謝の影響を加味した薬物動態試験を実現してきた.11,12しかしながら,典型的な閉鎖型のマイクロ流体デバイスベースの複数臓器モデルが集積化されたMPSは細胞播種や培地交換などの操作性が極めて悪く,実用化にはほど遠かった.

これに対して,筆者は,AMED-MPSプロジェクトのなかで,スターラ式のポンプをマルチウェルプレートに内蔵したオンチップポンプ型のMPSプレートを開発した(Fig. 4).13このオンチップポンプ型MPSプレートは,ANSI/SLASサイズに6系統の複数臓器モデルチップが搭載されており,1つのチップは24穴プレートと同サイズの開放型の2つ培養部とそれらを2つのマイクロ流路で接続した構造となっている.2つのマイクロ流路のうちの片側にスターラ式のマイクロポンプが搭載されており,このプレートをスターラモータベースに載せてスターラバーを回転させることで,マイクロポンプを駆動させ,2つの培養部間の培地を灌流することができる.このプレートの特徴は,市販のカルチャーインサートなどの培養基材を活用することによって,自在に様々な種類の細胞を簡便に共培養することができる点である.

Fig. 4. On Chip Pump Integrated MPS

This figure was modified from Shinha K. et al., Micromachines, 12 (9), 1007 (2021).

筆者はスターラ式オンチップポンプ型MPSを小腸と肝臓の相互作用を調べるために利用した.スターラ式オンチップポンプ型MPSを用いて,ヒトiPS由来腸管上皮細胞とヒト肝キメラマウス由来新鮮ヒト肝細胞を灌流共培養した結果,腸管上皮細胞の経上皮電気抵抗(transepithelial electrical resistance: TEER)の値や細胞間結合タンパクの遺伝子発現量が上昇することが明らかとなった[Fig. 5(a) and (b)].また,肝細胞では複数のCYP遺伝子の発現量が優位に向上することがわかっている[Fig. 5(c)].これは異なる臓器由来の細胞が分泌・代謝する液性因子が影響している結果であると考えている.筆者は,このようなシナジー効果が各臓器・組織間で起こり得ると考えており,現在はこれらの要因についての詳細を調査しているところである.

Fig. 5. The Effects of Coculture on the Function of Human Induced Pluripotent Stem Cell Derived Small Intestinal Epithelial Cells and Primary Hepatocytes Derived from Chimeric Mice with Humanized Liver Tissues (PXB Cells)

(a) Transepithelial electrical resistance (TEER) value of hiPS intestinal cells. (b) The relative gene expression levels associated with tight junctions in hiPS intestinal cells. (c) The relative gene expression levels related to the metabolism of PXB cells tended to increase in coculture. Data represent the mean±S.D. Student’s t test for unpaired comparison was performed, * p<0.05, ** p<0.01, and *** p<0.005. This figure was modified from Shinha K. et al., Micromachines, 12, 1007 (2021).

このオンチップポンプ型MPSについては,住友ベークライト株式会社が射出成形による中規模量産化を実現している.現在は数社の製薬ユーザーによる機能評価を開始しているところであり,今後は製品化に向けて量産技術の改良やアプリケーション開発を進めていく予定である.

4. おわりに

本稿では,我が国におけるMPSの実用化検討事例として,筆者が研究開発に携わっている2つのMPSについて概説した.実は,我が国におけるMPSの開発研究は2000年代から開始されており,個別の研究レベルは決して欧米諸国の研究に引けを取らなかった.ただし,こと製品化についてはアカデミアの力だけではどうにもならなかったところであり,残念ながら欧米諸国に大きく遅れをとってしまったことは前述の通りである.ここ数年,我が国でも新薬創出が困難になってきた状況においてブレークスルーを起こし得る技術として産官からMPSが注目され,AMED-MPSプロジェクトなどの成果として我が国でも利用価値の高いMPSの製品化が実現しつつある.しかしながら,製品化=実用化ではない.すなわち,MPSが創薬の中に実装されるためには,MPSの関連デバイスだけでなく,MPSに搭載する細胞ソースやアプリケーション開発,さらにはMPS活用に向けたレギュレーションの整備など,山積される課題を解決していく必要がある.AMED-MPSプロジェクトは2021年度をもって終了したが,幸いにも2022年度からMPSの社会実装を推進するための第二期プロジェクトが開始された.本稿で紹介した2つのMPSもこの第二期プロジェクトのなかで引き続きアプリケーション開発やレギュレーション整備に向けた取り組みが進められる予定である.

アメリカ環境保護庁(U.S. Environmental Protection Agency: EPA)が2035年までに実質的動物実験の廃止を発表している.14この潮流が創薬分野に来ないとも限らない.今後しばらくMPSは有力な動物実験の代替法として議論が進められるだろう.我が国が欧米諸国との技術競争を勝ち抜くためにも,産学官のMPS開発者とユーザーが一体となって連携体制を整えていく必要がある.MPSのデバイス開発者である筆者としては,ユーザーの方々に是非一度MPSを手に取っていただき,その感想をお知らせいただければ幸いである.

謝辞

本稿で紹介した研究内容はAMED「再生医療・遺伝子治療の産業化に向けた基盤技術開発事業」21be0304204,及び科研費基盤研究(B)18H01849の助成を受けて実施されたものである.Fluid3D-X®については東京応化工業株式会社との,オンチップポンプ型MPSについては東京大学 酒井康行 教授,金沢大学 加藤将夫 教授・荒川大 准教授,住友ベークライト株式会社との共同研究の成果である.ここに感謝の意を表する.

利益相反

筆者である木村啓志は,東京応化工業株式会社及び住友ベークライト株式会社から研究助成金を受給している.ただし,本稿で紹介した内容はいずれも各社から研究助成金を受給する前に得られた結果であることを明記する.

Notes

本総説は,日本薬学会第142年会シンポジウムS34で発表した内容を中心に記述したものである.

REFERENCES
 
© 2023 The Pharmaceutical Society of Japan
feedback
Top