2023 Volume 143 Issue 2 Pages 95-100
Organic nitroxyl radicals represented by 2,2,6,6-tetramethylpiperidine 1-oxyl (TEMPO) are known to be compounds that catalyze alcohol oxidation reactions. These catalytic reactions can be applied to a wide range of compounds with hydroxy and amino groups. It is also possible to selectively oxidize primary alcohols by designing the skeleton around the nitroxyl radical moiety for use in organic synthesis. Reactions can also be carried out by electrochemical methods, and the electrical current measured during the reaction can be used to quantify the substrates. Therefore, the combination of reactions catalyzed by nitroxyl radicals and electrochemical techniques is expected to be applied as a new analytical method. However, since the reaction does not proceed rapidly in neutral aqueous solutions, it has mostly been applied in basic aqueous solutions or organic solvents, and there have been no reports on sensor applications under physiological conditions. Herein, we have developed a novel catalyst, nortropine N-oxyl (NNO), which is highly active even in neutral aqueous solutions, and have found that it can be used for the analysis of biological components and drugs under physiological conditions. The combination of this method with enzymatic reactions made it possible to specifically detect certain compounds. In this review, we describe a novel analytical method that combines these nitroxyl radicals with electrochemical methods.
2,2,6,6-tetramethylpiperidine 1-oxyl(TEMPO)(1)に代表される有機ニトロキシルラジカルは,アルコール酸化反応の触媒として機能することが知られており,古くから研究されてきた化合物である(Fig. 1).この触媒反応機構は溶媒条件などにより異なることが提唱されているが,一般にニトロキシルラジカルの酸化によって生成するオキソアンモニウムイオンが反応活性種となって進行すると考えられている(Scheme 1).1–6)そのため,適当な共酸化剤とともに用いることで種々のアルコール類の酸化に適用可能であり,有機合成分野等の様々な場面で用いられている.7–9) TEMPOは,反応活性中心となるニトロキシルラジカル部位に4つのメチル基が隣接していることにより,立体障害の小さな1級アルコールを選択的に酸化可能である10,11)ことや,当量制限や相間移動触媒の使用などの条件設定によって,位置選択的な酸化や1級アルコールからアルデヒド又はカルボン酸を計画的に得ることが可能であるなどの特性を有している12–15)が,逆に立体障害の大きな基質類には適用できないという欠点もあった.そのような中,ニトロキシルラジカル周辺の立体障害を軽減した2-azaadamantane N-oxyl(AZADO)(2)の報告16)によって触媒反応の適用範囲が大きく拡大されることとなり,その後も盛んに研究が行われて様々なニトロキシルラジカル誘導体が開発され,それらの特性や応用について検討されている.17–21)一方,電位の印加によってニトロキシルラジカルからオキソアンモニウムイオンを発生させることも可能であり,共酸化剤を用いることなくアルコールの電解触媒酸化反応を進行させることができる.また,この際に観察される酸化電流は溶液中のアルコール濃度依存的に増加することから,この酸化電流の増加量(触媒電流)を指標とすることで,サイクリックボルタンメトリーなどの一般的な電気化学的手法によってヒドロキシ基を有する種々の化合物を定量することも可能となる.22–28)電気化学センサーは,対象物質の化学反応などに伴って得られる変化を電流などの電気シグナルへと変換することによって分析を行う手法であり,他の分析手法と比較すると小型で簡便な装置で測定できることや,応答の速さから対象物質のモニタリングがリアルタイムで行えることなどがその利点として挙げられる.そのため,生化学実験や環境分析,食品産業における分析などの様々な分野で利用されている.このような背景から,主に有機合成分野などで利用されてきたニトロキシルラジカル触媒反応を電気化学分析と融合することで,様々な化合物の定量を迅速かつ簡便に行うことが可能な新たな分析手法としての応用が期待される.しかしながら,ニトロキシルラジカル触媒反応は中性水溶媒系において反応の進行が遅い傾向があり,これまでの報告は非水溶媒系や塩基性水溶媒系,又はそれらの2層系での利用が主で,特に生理条件下でのセンシングへの応用についてはほとんど報告例がなかった.29)このような背景の中,筆者は有機ニトロキシルラジカル触媒を利用した生理条件下における電気化学分析について検討を行い,温和な条件下においても種々の医薬品や生体成分の分析が可能であることを見い出した.本稿では,この有機ニトロキシルラジカル触媒を用いた電気化学分析について概説する.
筆者は,ニトロキシルラジカル触媒反応の活性部位周辺の立体障害の軽減と触媒の水溶性の向上を期待して,ビシクロ[3.2.1]オクタン骨格を有するニトロキシルラジカル化合物であるNNO(3)を合成し,中性リン酸緩衝液中におけるヒドロキシ基を有する化合物の電気化学分析への応用を検討した.その結果,pH 7.4のリン酸緩衝液中におけるD-glucoseの電解触媒酸化反応において,NNOはTEMPOやAZADOに比較して非常に高い活性を有していることが明らかとなり,この反応に伴う触媒電流を指標とすることで,TEMPOでは達成されなかった生理条件下におけるD-glucoseの定量が可能であることが示され(Fig. 2),30)さらにL-lactateやcholineなどの生体関連物質の定量にも適用可能であることが明らかとなった.31)また,本手法は2級及び3級アミン類の電解触媒酸化反応においても高い電気化学応答を示し,ヒドロキシ基のみならずアミノ基をターゲットとした定量にも利用可能であったが,32)系中の1級アミンの存在によりNNOの不活化が観察され,1級アミンが共存する系には適用できないことが明らかとなった.その後の検討により,TEMPOと同じピペリジン骨格に電子求引性基を有する4-acetamido-TEMPO(4)33)を用いることで,1級アミンを有する化合物の生理条件下での電気化学分析が可能であることも見い出され,複数の官能基を有するvancomycinなどの医薬品類についても,薬物血中濃度モニタリング(therapeutic drug monitoring: TDM)において有用な濃度範囲で定量可能であることが示された(Fig. 3).34)また,NNOはアセトニトリルなどの非水溶媒系でも同様に高い電解触媒活性を示した.35)
幅広い基質に適用可能であるニトロキシルラジカル触媒反応は様々な化合物の定量への応用が可能であることが示されたが,基質となる化合物が複数存在する系においては特定の物質の検出には不適であるともいえる.特に生体分析においては,糖類やアミノ酸類などのニトロキシルラジカル触媒反応に活性を持つ物質が多数存在しており,特定の物質のみを直接定量することは困難である.そこで筆者は,血液などの生体試料から特定の物質を特異的に検出することを目的として,ニトロキシルラジカル触媒反応を利用した電気化学分析と高度な基質認識能を持つ酵素反応とを組み合わせることについて検討し,その一例としてトリグリセライドの選択的定量を行うことに成功した.36)本手法は,リポタンパク質リパーゼによってトリグリセライドからグリセロールを生成させて,これをニトロキシルラジカルにより直接酸化することで得られる触媒電流を指標とした手法である(Fig. 4).本手法を利用することで,サイクリックボルタンメトリー及びアンペロメトリーのいずれの電気化学手法においてもトリグリセライド濃度依存的な触媒電流が得られ,トリグリセライド非存在下における電流値との差を指標とすることで,有用な範囲でトリグリセライドの定量が可能となる良好な検量線が得られた(Fig. 5).すなわち,酵素反応の前後における電流値変化を定量の指標とするため,夾雑物質によって観察される電流値の影響を取り除くことが可能となる.従来のトリグリセライドの定量法は,3種類の酵素を用いてトリグリセライドから3工程を経て生成する過酸化水素を電極反応によって直接酸化して得られる電流値を指標とするものや,その過酸化水素を更に酵素反応に付して可視吸収を持つ物質を生成させることにより,吸光度変化を指標として定量を行うものである.このように煩雑であった従来法を本手法によって大きく簡略化することが可能であり,測定コストの削減などによってより広く普及することが期待される.
本稿では,有機ニトロキシルラジカルを用いた電気化学分析について紹介した.本手法は,ヒドロキシ基やアミノ基などを有する様々な化合物に適用可能な汎用性を有しており,その性質を利用して電気化学検出器等への応用なども期待される.また,本分析手法を酵素反応と組み合わせることによって基質特異性を付与することも可能であることから,試料の前処理等を必要としない新たな生体分析手法を提案することも可能であり,様々な疾病の診断キットや治療薬のTDMへの応用など今後の発展が期待される.
本研究は奥羽大学薬学部で行われたものであり,終始ご指導とご鞭撻を賜りました柏木良友教授に心より感謝申し上げます.また,文献記載の共同研究者の皆様方に厚く御礼申し上げます.なお,本研究の一部は科学研究費補助金の支援を受けて行われたものであり,併せて御礼申し上げます.
開示すべき利益相反はない.
本総説は,2021年度日本薬学会東北支部奨励賞の受賞を記念して記述したものである.