YAKUGAKU ZASSHI
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Elucidation of the Mechanisms Underlying the Rapid Antidepressant Actions of Ketamine and Search for Possible Candidates for Novel Rapid-acting Antidepressants
Satoshi Deyama
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2023 Volume 143 Issue 9 Pages 713-720

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Summary

Ketamine, an N-methyl-D-aspartate receptor antagonist, elicits swift antidepressant effects even in subjects with treatment-resistant depression. Nonetheless, owing to the serious adverse effects associated with ketamine, including psychotomimetic effects, the development of safer rapid-acting antidepressants is imperative. The elucidation of the mechanisms underlying the antidepressant effects of ketamine will facilitate the advancement of these alternative treatments. Previous preclinical studies have indicated that the antidepressant properties of ketamine are mediated by the activity-dependent release of brain-derived neurotrophic factor (BDNF) and the subsequent activation of mechanistic target of rapamycin complex 1 (mTORC1) in the medial prefrontal cortex (mPFC). Our research has demonstrated that ketamine exerts antidepressant-like effects by inducing the release of vascular endothelial growth factor (VEGF) and insulin-like growth factor-1 (IGF-1) in the mPFC. Furthermore, our recent findings have revealed that resolvins (RvD1, RvD2, RvE1, RvE2, and RvE3), which are bioactive lipid mediators derived from docosahexaenoic and eicosapentaenoic acids, exhibit antidepressant-like effects in rodent models. Notably, the antidepressant-like effects of RvD1, RvD2, and RvE1 require mTORC1 activation. Moreover, the intranasal administration of RvE1 elicits rapid antidepressant-like effects through the release of BDNF and VEGF in the mPFC and hippocampal dentate gyrus (DG), as well as mTORC1 activation in the mPFC, albeit not in the DG. These findings strongly suggest that resolvins, particularly RvD1, RvD2, and RvE1, hold promise as prospective candidates for novel, safer, and rapid-acting antidepressants.

1. はじめに

うつ病は,「抑うつ気分」及び「興味・喜びの消失」を中核症状とし,全世界の成人の5%が罹患していると推計される身近な精神疾患である.1うつ病は自殺やひきこもりの要因となり深刻な社会・経済的損失をもたらしているため,その克服は重要な社会的課題である.一方で,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor: SSRI)を始めとする「モノアミン仮説」に基づいた既存の抗うつ薬は,抗うつ効果発現までに数週間以上の服用が必要である.また,3割以上のうつ病患者が,モノアミン系抗うつ薬に治療抵抗性を示すことが問題となっている.2,3そのため,既存薬とは異なる作用機序で,即効性かつ治療抵抗性うつ病(treatment-resistant depression: TRD)患者にも効果を示す新しい抗うつ薬の開発が求められてきた.

一方,1990年にN-methyl-D-aspartate(NMDA)型グルタミン酸受容体阻害薬が,マウスの強制水泳試験において抗うつ様作用を示すことが報告された.4 2000年代には,NMDA受容体阻害薬で全身麻酔薬として古くより使用されているケタミン(ラセミ体)が,麻酔用量より低用量の単回静脈内投与によりTRD患者に対しても即効性(投与後数時間以内に効果発現)かつ持続性(約1週間持続)の抗うつ作用を示すことが報告された.5,6これらの知見から,ケタミンの抗うつ作用は,過去60年以上にわたるうつ病・抗うつ薬研究のなかで最も画期的な発見といわれている.711 2019年には,ケタミンのS異性体エスケタミンの点鼻スプレーが,TRD治療薬として欧米で承認された.しかし,ケタミン及びエスケタミンには,薬物依存の問題や統合失調症様症状など重大な副作用があるため,これらの抗うつ薬としての使用には制約がある.そのため,より安全性の高い新たな即効性抗うつ薬やTRD治療薬の開発が求められている.このような新規抗うつ薬の開発には,ヒトにおける有効性が実証されているケタミンの作用機序の解明が重要な手がかりになると考えられる.

うつ病患者・自殺者及びうつ病モデル動物の前頭前野において脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor: BDNF)の発現低下が認められる.7,9また,自殺企図者やTRD患者の脳内において,血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor: VEGF)の発現低下も報告されている.7,9そこで本稿では,まずケタミンの抗うつ作用におけるBDNFやVEGFなどの成長因子の役割について,筆者らの研究成果を含めて概説する.続いて,筆者らが新規即効性抗うつ薬候補として見出したω-3系不飽和脂肪酸ドコサヘキサエン酸(docosahexaenoic acid: DHA)及びエイコサペンタエン酸(eicosapentaenoic acid: EPA)の活性代謝物であるレゾルビン(resolvin: Rv)類の抗うつ様作用に関する知見について紹介する.

2. ケタミンの抗うつ作用機序:各種成長因子の関与

ケタミンの抗うつ作用機序には,様々な仮説が提唱されているが,本稿では筆者の留学時の恩師である米国イェール大学の故Ronald S. Duman博士により提唱された「脱抑制仮説」に従って話を進める(Fig. 1).7,9

Fig. 1. Synaptic Mechanisms Underlying the Rapid Antidepressant Effects of Ketamine

Ketamine increases the release of BDNF, VEGF, and IGF-1 in the mPFC, leading to the activation of mTORC1, although the sources of IGF-1 have not been determined. AMPAR: α-Amino-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazole propionic acid receptor, GABAAR: γ-aminobutyric acidA receptor, IGF1R: insulin-like growth factor-1 receptor, NMDAR: N-methyl-D-aspartate receptor.

低用量ケタミンが,ラットの内側前頭前野(medial prefrontal cortex: mPFC)において,グルタミン酸遊離を一過性に増大させることが報告されている.12これは,持続的に発火しているγ-aminobutyric acid(GABA)介在ニューロンに発現しているNMDA受容体の開口確率が高く,オープンチャネルブロッカーであるケタミンが,GABA介在ニューロン上のNMDA受容体を優先的に阻害することで脱抑制が生じた結果であると考えられる.実際にケタミンの抗うつ様作用は,mPFC内GABA介在ニューロン選択的にNMDA受容体GluN2B subunitをノックダウンすると消失するが,興奮性の錐体ニューロン選択的に同subunitをノックダウンしても影響を受けないことが報告されている.13ケタミンによるmPFC内グルタミン酸遊離の増加により,ポストシナプスのα-amino-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazole propionic acid(AMPA)受容体が活性化されて脱分極が生じる.その結果,L型電位依存性カルシウムチャネル(L-type voltage-dependent Ca2+ channel: L-VDCC)が開口して活動依存的なBDNF遊離が起こる.BDNFは,その受容体tropomyosin receptor kinase B(TrkB)を介して,phosphoinositide 3-kinase(PI3K)–Akt–mechanistic target of rapamycin complex 1(mTORC1)及びmitogen-activated protein kinase kinase(MEK)–extracellular signal-regulated kinase(ERK)–mTORC1シグナル伝達経路を活性化し,錐体ニューロンに樹状突起伸展,スパイン密度増加及び興奮性シナプス伝達亢進などの可塑的変化が誘導された結果,即効性かつ持続性の抗うつ作用が発現すると考えられる.

VEGFは,脳においては血管内皮細胞のみならず,ニューロンやアストロサイトにも発現する多機能因子であり,主としてチロシンキナーゼ受容体fetal liver kinase 1(Flk-1)を介して血管新生作用や神経栄養・神経保護作用を示す.14筆者らは,前脳興奮性ニューロン選択的にVEGF(CaMKIIα-Cre;Vegfflox/flox:以下,VegfNEURON−/−)又はFlk-1(CaMKIIα-Cre; Flk-1flox/flox:以下,Flk-1NEURON−/−)を欠損させたマウスにおいて,ケタミンの抗うつ様作用が消失することを見い出した.15また,mPFC内VEGF中和抗体投与やアデノ随伴ウイルスベクターを用いたmPFC錐体ニューロン選択的Flk-1ノックダウンによっても,ケタミンの抗うつ様作用は抑制された.15さらに,リコンビナントVEGFのmPFC内投与によりケタミン様の抗うつ様作用が発現し,この抗うつ様作用はFlk-1NEURON−/−マウスでは抑制された.15加えて,ケタミンによるmPFC錐体ニューロン尖端樹状突起におけるスパイン密度増加は,VegfNEURON−/−マウスでは認められなかった.15以上の結果から,ケタミンによりmPFC錐体ニューロンからVEGFが遊離し,錐体ニューロンに発現するFlk-1を介して可塑的変化が生じた結果,即効性かつ持続性の抗うつ様作用が発現することが明らかになった.

mPFCにおけるBDNF–TrkBシグナルとVEGF–Flk-1シグナルは,いずれもケタミンの即効性抗うつ作用に関与し,VEGFもmTORC1を活性化することが知られている.16そこで筆者らは,mPFCにおけるBDNF–TrkBシグナルとVEGF–Flk-1シグナルが,それぞれ独立して,あるいは両者の相互作用により抗うつ様作用の発現に関与するかどうかを検討した.その結果,mPFC内BDNF投与によるケタミン様の抗うつ様作用がVEGF中和抗体の同時投与やVegfNEURON−/−マウスにおいて抑制され,同様に,mPFC内VEGF投与によるケタミン様の抗うつ様作用もBDNF中和抗体の同時投与によって消失することを見い出した.17また,ラット初代培養大脳皮質ニューロンにおいて,BDNFとVEGFが互いの遊離を促進することで神経突起伸展を誘導することを見い出した.17これらの結果から,BDNF–TrkBシグナルとVEGF–Flk-1シグナルの相互作用が,神経栄養作用と即効性抗うつ様作用の発現に重要であることが示唆された.

筆者らは更に,インスリン様成長因子1(insulin-like growth factor-1: IGF-1)がうつ病モデル動物に対して持続性の抗うつ様作用を示すこと,18,19並びにmPFC内IGF-1投与が抗うつ様作用を示すことから,18 mPFCに内在するIGF-1がケタミンの抗うつ様作用に関与する可能性を検証した.まずin vivoマイクロダイアリシス法を用いて,ケタミン投与後のマウスmPFCにおける細胞外IGF-1量を経時的に測定したところ,投与後5時間にわたって細胞外IGF-1量が持続的に増加することを見い出した.20また,ケタミンの抗うつ様作用は,mPFC内IGF-1中和抗体投与によって消失した.20一方で,mPFC内BDNF投与によるケタミン様の抗うつ様作用はIGF-1中和抗体の同時投与では抑制されず,mPFC内IGF-1投与による抗うつ様作用もBDNF中和抗体の同時投与では抑制されなかった.20これに対して,mPFC内IGF-1投与の抗うつ様作用は,mTORC1阻害薬ラパマイシンの同時投与により抑制された.20以上の結果から,mPFC内で遊離亢進したIGF-1が,BDNF非依存的かつmTORC1依存的にケタミンの抗うつ様作用の発現に関与することが示唆された.

ケタミンの抗うつ作用におけるmTORC1の関与を否定する報告も存在するが,2123ロイシンアナログでSestrin 2に結合してmTORC1活性化作用を示すNV-5138が,動物モデルにおいてケタミン様の抗うつ様作用を示すことや,24臨床第1相試験において安全性や忍容性に問題なく即効性かつ持続性の抗うつ作用を示すことが報告されている.25したがって,上述の知見から,BDNF, VEGF及びIGF-1の遊離亢進作用やmTORC1活性化作用を有する化合物が,新規即効性抗うつ薬候補となる可能性が考えられる.

3. DHA, EPA活性代謝物Rv類

筆者らは,末梢の細胞や組織においてmTORC1活性化作用が報告されている化合物のなかから新規即効性抗うつ薬候補の探索を行い,その過程でDHA及びEPAの活性代謝物で炎症収束に積極的に係わる脂質メディエーターとして知られていたRv類に注目した.8,26,27筆者らがRv類に注目した理由として,①DHA由来のRvD1, RvD2及びEPA由来のRvE1が,mTORC1及びその上流のPI3K–AktやMEK–ERK経路を活性化させること,②うつ病の生物学的要因の1つに脳内炎症の関与が示唆されており,抗炎症作用を有する薬物が抗うつ作用を示す可能性が考えられていること,③前駆物質DHAとEPAが抗うつ作用を示すこと,並びに④Rv類の各受容体が脳内に発現していることが挙げられる.8,26,27 Rv類の抗うつ様作用に関する筆者らのこれまでの検討結果をTable 1にまとめ,以下にその詳細を述べる.

Table 1. Mechanisms Underlying the Antidepressant-like Effects of Resolvins
Resolvins (dose)MechanismsModelsReferences
RvD1
10 ng/mouse (i.c.v.)ALX/FPR2 agonist, AMPAR ↑, MEK-ERK ↑, PI3K ↑, mTORC1 ↑LPS28
10 ng/mouse (i.c.v.)n.e.CUS29
0.3 ng/side (intra-mPFC)n.e.LPS28
0.3 ng/side (intra-DG)n.e.LPS28
RvD2
10 ng/mouse (i.c.v.)GPR18 agonist, MEK-ERK ↑, mTORC1 ↑LPS28
10 ng/mouse (i.c.v.)n.e.CUS29
10 ng/mouse (i.c.v.)n.e.Chronic pain30
0.3 ng/side (intra-mPFC)n.e.LPS28
0.3 ng/side (intra-DG)n.e.LPS28
RvE1
1 ng/mouse (i.c.v.)ChemR23 agonist, mTORC1 ↑LPS31
1 ng/mouse (i.c.v.)ChemR23 agonistChronic pain33
1 ng/mouse (i.c.v.)n.e.Repeated PSL34
50 pg/side (intra-mPFC)n.e.Repeated PSL34
50 pg/side (intra-mPFC)BDNF/VEGF release ↑, mTORC1 ↑LPS31, 35
50 pg/side (intra-DG)n.e.LPS31
10 ng/mouse (i.n.)AMPAR ↑, L-VDCC ↑, BDNF/VEGF release (mPFC and DG) ↑, mTORC1 (mPFC) ↑LPS35
10 ng/mouse (i.n.)mTORC1 (mPFC) ↑Repeated PSL35
RvE2
10 ng/mouse (i.c.v.)ChemR23 partial agonistLPS31
RvE3
100 ng/mouse (i.c.v.)n.e.LPS32

CUS: Chronic unpredictable stress, i.c.v.: intracerebroventricular, i.n.: intranasal, n.e.: not examined.

4. DHA由来Rv類の抗うつ様作用

筆者らはまず,炎症によるうつ病態を模倣したリポ多糖(lipopolysaccharide: LPS)誘発うつ病モデルマウスに対するRvD1及びRvD2の側脳室内投与の効果を評価した.28その結果,LPS投与による抑うつ様症状は,RvD1(10 ng)又はRvD2(10 ng)の側脳室内投与によって抑制され,抗うつ様作用が認められた.28 RvD1とRvD2は,それぞれリポキシンA4/ホルミルペプチド受容体2(ALX/FPR2)アゴニスト,GPR18アゴニストとして働くことが知られているが,26,27 RvD1及びRvD2側脳室内投与の抗うつ様作用は,それぞれALX/FPR2阻害薬,GPR18阻害薬の側脳室内投与によって阻害された.28これらの結果から,RvD1とRvD2が,それぞれ脳内ALX/FPR2, GPR18を介して抗うつ様作用を示すことが確認された.また,RvD1とRvD2の単回側脳室内投与は,慢性予測不能ストレスモデルマウスに対して即効性かつ少なくとも投与24時間後まで持続する抗うつ様作用を示した.29 RvD2側脳室内投与は,慢性疼痛モデルマウスの抑うつ様症状も抑制した.30さらに,LPS誘発うつ病モデルマウスにおいて,RvD1(0.3 ng/side)とRvD2(0.3 ng/side)のmPFCまたは海馬歯状回(dentate gyrus: DG)内局所投与が抗うつ様作用を示したことから,両脳部位がRvD1及びRvD2の抗うつ様作用に重要であると考えられる.28加えて,RvD1及びRvD2の側脳室内投与の抗うつ様作用は,mTORC1阻害薬ラパマイシンにより抑制された.28また,RvD1側脳室内投与の抗うつ様作用は,AMPA受容体拮抗薬,PI3K阻害薬及びMEK阻害薬によっても抑制された.28一方,RvD2側脳室内投与の抗うつ様作用は,MEK阻害薬により抑制されたが,AMPA受容体拮抗薬とPI3K阻害薬では抑制されなかった.28これらの結果から,RvD1の抗うつ様作用には,AMPA受容体を介したグルタミン酸神経伝達の亢進及びPI3K・ERK–mTORC1シグナル伝達経路の活性化が重要であることが示唆された.また,RvD2の抗うつ様作用には,ERK–mTORC1シグナル伝達経路の活性化が重要であるが,AMPA受容体を介したグルタミン酸神経伝達とPI3Kは関与していない可能性が明らかになった.

5. EPA由来Rv類の抗うつ様作用

筆者らは,RvD1, RvD2と同様に,RvE1(1 ng),RvE2(10 ng)及びRvE3(100 ng)の側脳室内投与が,LPS誘発うつ病モデルマウスに対して抗うつ様作用を示すことを見い出した.31,32 RvE1の単回側脳室内投与は,慢性疼痛モデルマウス,33三環系抗うつ薬デシプラミンの急性投与が無効な合成副腎皮質ステロイド・プレドニゾロン(prednisolone: PSL)反復投与誘発うつ病モデルマウス34の抑うつ様症状も有意に抑制した.RvE3の受容体は未同定であるが,RvE1とRvE2はケメリン受容体ChemR23にそれぞれアゴニスト,パーシャルアゴニストとして作用するとともに,両者はロイコトリエンB4受容体BLT1にアンタゴニストとして働くことが知られている.26,27そこで次に,RvE1とRvE2の抗うつ様作用にどちらの受容体が関与するかを明らかにするために,ChemR23アゴニストのケメリン及びBLT1アンタゴニストU75302の側脳室内投与が抗うつ様作用を示すかどうかを評価した.31,33その結果,ケメリンのみが用量依存的な抗うつ様作用を示したことから,ChemR23アゴニスト作用がRvE1及びRvE2の抗うつ様作用に重要であることが示唆された.31,33また,RvE1側脳室内投与の抗うつ様作用が,mTORC1阻害薬ラパマイシン腹腔内投与により阻害されたことから,RvE1の抗うつ様作用にmTORC1活性化が関与することを明らかになった.31さらに,LPSモデルのmPFC又はDGへのRvE1(50 pg/side)局所投与により抗うつ様作用が認められたことから,両脳部位がRvE1の抗うつ様作用にも重要であることが示唆された.31

Rv類を臨床応用するためには,化学的に不安定なRv類を非侵襲的かつ効率的に脳内に送達する必要がある.そこで筆者らは,Rv類のなかで最も低用量の側脳室内投与で抗うつ様作用を示したRvE1の経鼻投与が抗うつ様作用を示すか否かを評価した.35その結果,RvE1(10 ng)経鼻投与がLPSモデルに対して抗うつ様作用を示すことを見い出した.この抗うつ様作用は,AMPA受容体拮抗薬やL-VDCC阻害薬の全身投与,BDNF中和抗体やVEGF中和抗体のmPFC内又はDG内投与により抑制された.35また,LPSモデル及びPSLモデルに対するRvE1経鼻投与の抗うつ様作用は,mPFC内ラパマイシン投与により抑制された一方,DG内ラパマイシン投与では抑制されなかった.35さらに,mPFC内RvE1局所投与の抗うつ様作用が,mPFC内BDNF中和抗体,VEGF中和抗体又はラパマイシンの同時投与により抑制されることを明らかにした.35これらの結果とChemR23がGiタンパク共役型の抑制性受容体であることから,RvE1経鼻投与は,ケタミンと類似のメカニズムで即効性抗うつ様作用を示す可能性が考えられる.すなわち,RvE1がmPFC内でGABA介在ニューロンに発現するChemR23を刺激することで脱抑制が生じ,活動依存的なBDNF/VEGFの遊離と,これらの下流におけるmTORC1活性化を介した可塑的変化が誘導された結果,即効性抗うつ様作用の発現につながると考えられる.今後,この可能性について詳細に検討を行う必要がある.また,RvE1経鼻投与の抗うつ様作用は,DG内ラパマイシン局所投与では抑制されなかったことから,35 DGにおいてBDNF/VEGFの下流でRvE1の抗うつ様作用に係わるmTORC1非依存的な分子機構を明らかにする必要がある.

6. おわりに

本稿では,mPFCにおける各種成長因子(BDNF, VEGF及びIGF-1)遊離の重要性に着目した筆者らの研究成果を中心にケタミンの即効性抗うつ作用のメカニズムについて紹介した(Fig. 1).ケタミンの単回投与やモノアミン系抗うつ薬の慢性投与が前頭前野や海馬においてBDNFやVEGFの発現量を増加させる一方,7,36,37 SSRIのフルオキセチンや三環系抗うつ薬のデシプラミンにはBDNFの活動依存的遊離を促進する作用はないことが示唆されている.7,38これらの知見は,成長因子の活動依存的遊離促進作用が,即効性抗うつ作用の発現に重要であるという考えを支持するものである(Fig. 2).本稿ではまた,ケタミンの作用機序を参考に新規即効性抗うつ薬候補化合物の探索を行い,Rv類,特にRvD1, RvD2及びRvE1が,その候補として有望である可能性を示した.今後,更にケタミンやRv類の抗うつ作用のメカニズム解明を進めるとともに,引き続き新たな候補化合物の探索を進め,ケタミンより安全性の高い即効性抗うつ薬やTRD治療薬の開発につなげたい.

Fig. 2. Differential Effects of Rapid-acting and Monoaminergic Antidepressants (ADs) on the Release of BDNF and VEGF

Monoaminergic ADs, such as SSRIs and tricyclic ADs (TCAs), slowly increase expression of BDNF/VEGF, but not the release of BDNF/VEGF. Rapid-acting ADs, such as ketamine and RvE1, rapidly cause activity-dependent release of BDNF/VEGF, resulting in the rapid antidepressant effects.

謝辞

本研究にご協力,ご助言を頂いた金沢大学医薬保健研究域薬学系・金田勝幸教授,北海道大学大学院薬学研究院・南 雅文教授,大阪公立大学大学院医学研究科・近藤 誠教授,大阪大学大学院医学系研究科・島田昌一教授,イェール大学医学部精神科・故Ronald S. Duman教授,並びにRvE1, RvE2及びRvE3を供与してくださいました北海道大学大学院薬学研究院・周東 智教授,長崎大学大学院医歯薬学総合研究科・福田 隼准教授を始めとする共同研究者の皆様に深く感謝いたします.

利益相反

開示すべき利益相反はない.

Notes

本総説は,2022年度日本薬学会北陸支部学術奨励賞の受賞を記念して記述したものである.

REFERENCES
 
© 2023 The Pharmaceutical Society of Japan
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