2024 Volume 144 Issue 1 Pages 7-14
Decarboxylative arylation of α,α-difluoro-β-ketoacid salts with diaryliodonium(III) salts has been developed to synthesize α-aryl-α,α-difluoromethyl ketones, which are attractive synthetic intermediates for various difluorobenzyl units. This additive-free arylation represents an alternative approach to conventional synthetic methods that rely on transition metal catalysts and/or organometallic compounds. The reaction involves sequential ligand exchange of difluoroketoacid with tosylate ligand of diaryliodonium salt, followed by decarboxylative ligand coupling. Various functional groups, including ester, nitro, cyano, heteroarenes, and aryl halide groups, were tolerated during the present reaction. The resulting α-aryl-α,α-difluoromethyl ketones can be transformed into the corresponding esters, amides, and difluoromethyl compounds, which are commonly found in biologically active compounds.
医薬品分子へのフッ素原子導入は脂溶性や代謝安定性の向上をもたらすため,含フッ素官能基導入法の開発は創薬化学において必要不可欠である.1,2)フッ素原子は水素原子についで二番目に小さく,また一部の含フッ素ユニットは他の原子で構成される官能基の生物学的等価体(bioisostere)として作用するため,3)既存医薬品分子の構造を保持したまま機能を付与することが可能である.様々なフッ素化剤4–6)や含フッ素官能基導入剤が開発されているが,多くの場合は高価であり,原子効率が低いといった課題点が残されている.一方で,工業的に安価な含フッ素有機化合物をビルディングブロックに用いる分子変換は,含フッ素官能基導入剤の使用を避ける代替アプローチである.特に複数のフッ素原子を持つ化合物の合成には有効な手段となる.本論文では,α,α-ジフルオロ酢酸誘導体から容易に合成可能なα,α-ジフルオロ-β-ケト酸を出発物質に用いたα-アリール-α,α-ジフルオロメチルケトンの新たな合成手法について紹介する.
ジフルオロメチレンはエーテルやチオエーテル,カルボニル基の生物学的等価体として作用する[Fig. 1a)].3)特に,α,α-ジフルオロメチルケトンから変換可能なエステルやアミド,アルコール,ジフルオロメチル基は生物活性物質や医薬品分子に含まれているため[Fig. 1b)],α,α-ジフルオロメチルケトン合成法の開発は創薬研究への貢献が期待される.
ジフルオロメチレン基の構築法としてケトンの脱酸素的フッ素化反応4–6)やカルボニル基α位への求電子的フッ素化反応7)が挙げられるが,用いられるフッ素化剤は高価であり,また水に対して不安定である.フッ素化剤を用いないα-アリール-α,α-ジフルオロカルボニル化合物の構築法として,α-ブロモ-α,α-ジフルオロ酢酸エステルをビルディングブロックに用いるアリールメタル種との金属触媒カップリングが挙げられる.8–10)また,α,α-ジフルオロカルボニル化合物から調製可能なα,α-ジフルオロエノラートとアリールハライドとのカップリング反応が報告されている.11–13)しかしながら,これらの合成法では有機金属種に由来する量論量以上の金属塩が排出される.炭素–水素結合活性化を経るアリール化法も報告されているが,パラジウムなどの遷移金属触媒の添加が必須である.14–16)これらの既存法では有機金属種や遷移金属を必要とするため,医薬品合成に応用するには反応後の入念な金属除去が必要となる.
カルボン酸誘導体をカップリングパートナーに用いる脱炭酸的結合形成反応は反応中に二酸化炭素が発生するのみであるため,化学廃棄物を排出しない手法として有用である.17)含フッ素カルボン酸にも適用可能であり,対応する含フッ素有機化合物が得られる.18)トリフルオロ酢酸を用いる脱炭酸的トリフルオロメチル化反応も古くから知られている手法であるが,一般的には高温条件や遷移金属触媒が必要である.19)穏和な条件下での含フッ素カルボン酸の脱炭酸的結合形成反応を開発することにより,含フッ素有機化合物を合成する有用な手法になり得る.筆者は,遷移金属触媒を用いない結合形成反応としてジアリールヨードニウム塩を用いるアリール化反応に着目した.20,21)
ジアリールヨードニウム塩は2つのアリールリガンドと1つのアニオンリガンドを持つ超原子価ヨウ素反応剤であり,種々の求核剤に対するアリール化剤として作用する.メタルフリー条件下での結合形成反応においては,求核剤とアニオンリガンドとのリガンド交換が起こり,続いてリガンドカップリングが進行することでアリール化生成物が得られる.ジアリールヨードニウム塩が持つ2つのアリールリガンドが異なる場合,より求電子的なアリール基が求核剤と結合を形成し,より電子豊富なアリール基がヨードアレーンとして脱離する[Fig. 2a)].22,23)特に一方のアリール基に2,4,6-トリメトキシフェニル(trimethoxyphenyl: TMP)基を導入したTMP-ヨードニウム塩を用いると,選択性の一元化が可能となる.TMP-ヨードニウム塩は一般的に,対応するヨードアレーンの酸化と酸及びトリメトキシベンゼン(TMP–H)との反応によって合成可能である[Fig. 2b)].24–28)調製に優れており,反応混合物を濃縮してエーテルを加えると固体が析出し,洗浄するのみで高純度のTMP-ヨードニウム塩が得られる.筆者の所属研究グループでは,TMP-ヨードニウム塩を用いる種々のヘテロ原子求核剤のメタルフリーアリール化反応を開発してきた.28–30)
カルボン酸とヨードソアレーン,及びトリメトキシベンゼンから対応するTMP-ヨードニウムカルボキシラート塩が生成し,続いてトルエン中で加熱することによりワンポット反応にてアリールエステルが得られた(Fig. 3).28)最近では,TMP-ヨードニウム塩のリガンド交換を経た酸素及び窒素原子求核剤のアリール化反応を開発した(Fig. 4).フェノールのO-アリール化においては,アニオンリガンドとしてアセタートを導入したTMP-ヨードニウムアセタート塩が従来法を凌ぐ高い反応性を示すことを明らかにした[Fig. 4a)].29)種々の官能基を有するスルホンアミドやカーバマートのN-アリール化反応にも有効であり,それぞれ対応するアニリン誘導体がメタルフリー条件下にて得られた[Figs. 4b)and 4c)].30)以上の背景を基に,TMP-ヨードニウム塩を用いるフルオロ酢酸ナトリウムの脱炭酸的アリール化反応に取り組んだ[Fig. 4d)].
はじめにトリフルオロ酢酸塩とTMP-ヨードニウムトシラート塩との反応を試みたが,配位子交換が進行したTMP-ヨードニウムトリフルオロアセタート塩の生成は確認できるものの,目的とするカップリング反応は進行しなかった.そこで,ブロモジフルオロ酢酸エステルから容易に調製可能であり,より穏和な条件下で脱炭酸が進行するα,α-ジフルオロ-β-ケト酸1aを用いることとした.31,32)
4-ニトロフェニルTMPヨードニウムトシラート塩(2a-OTs-TMP)を用いてα,α-ジフルオロ-β-ケト酸塩1a-Naの脱炭酸的アリール化反応を試みた.溶媒としてトルエンを用いて100°Cにて反応させたところ,目的とする反応が進行してα-アリール-α,α-ジフルオロメチルケトン3aaが86%にて得られた(Table 1, entry 1).この際,カルボン酸の直接的アリール化を経るアリールエステルの生成は観測されなかった.α,α-ジフルオロ-β-ケト酸塩1a-Naに代えて対応するα,α-ジフルオロ-β-ケト酸1a-Hと炭酸ナトリウムとを組み合わせて用いたところ,収率の低下とともに脱炭酸的プロトン化生成物の副生が観測された(Table 1, entry 2).系中で発生する水がプロトン源になっていると考えられる.種々のカウンターアニオンを持つジアリールヨードニウム塩の検討を行ったところ,トシラート塩が最適であった(Table 1, entry 3–5).続いて反応溶媒のスクリーニングを行った.ベンゼントリフルオリドやアセトニトリル,酢酸イソブチルなども利用可能であった(Table 1, entry 6–8).テトラヒドロフランを用いると収率の向上がみられたが,溶媒の沸点と反応温度との間に大きな差があるためか再現性に乏しかった.より高沸点の環状エーテルとして4-メチルテトラヒドロピランを用いた場合に89%の収率にて目的物3aaが得られた(Table 1, entry 9).また,TMP基以外のダミーリガンドとして,2,4-ジメトキシフェニル(2,4-dimethoxyphenyl: DMP)基やメシチル(mesityl: Mes)基, 2,6-ジクロロフェニル(2,6-dichlorophenyl: DCP)基を用いたところ,収率は低下するものの,いずれの場合も4-ニトロフェニル基が選択的にジフルオロメチル化された(Table 1, entry 10–12).
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Entry | X | Ar | Solvent | NMR yield of 3aa |
1 | OTs | TMP | toluene | 86% |
2 | OTs | TMP | toluene | 48%b) |
3 | OCOCF3 | TMP | toluene | 83% |
4 | OTf | TMP | toluene | 26% |
5 | OAc | TMP | toluene | 15% |
6 | OTs | TMP | PhCF3 | 85% |
7 | OTs | TMP | MeCN | 67% |
8 | OTs | TMP | i-BuOAc | 76% |
9 | OTs | TMP | 4-MeTHP | 89% |
10 | OTs | DMP | 4-MeTHP | 87% |
11 | OTs | Mes | 4-MeTHP | 45% |
12 | OTs | DCP | 4-MeTHP | 35% |
a)Reaction conditions: 1a-Na (0.30 mmol) and 2a-X-Ar (0.20 mmol) in solvent 81.0 mL) at 100°C for 20 h. 19F NMR yield. b)The corresponding acid 1a-H (0.30 mmol) and Na2CO3 (0.30 mmol) were used instead of 1a-Na. TMP=2,4,6-trimethoxyphenyl, 4-MeTHP=4-methyl tetrahydropyrane, DMP=2,4-dimethoxyphenyl, Mes=2,4,6-trimethylphenyl, DCP=2,6-dichlorophenyl.
本脱炭酸的アリール化反応は,はじめにα,α-ジフルオロ-β-ケト酸塩1a-Naとジアリールヨードニウム塩2a-X-Arのカウンターアニオン(X)とがリガンド交換し,続いて脱炭酸的リガンドカップリングを経て目的物へと至ると考えられる.TMP-ヨードニウム塩の一般的な合成法に従い,想定されるリガンド交換後の中間体であるTMP-ヨードニウムジフルオロカルボキシラート1a2a-TMPを合成した[Fig. 5a)].本化合物をトルエン中で100°Cにて処理したところ,脱炭酸的リガンドカップリングが進行してα-アリール-α,α-ジフルオロメチルケトン3aaが生成した.また,α,α-ジフルオロ-β-ケト酸塩1a-NaとTMP-ヨードニウムトシラート塩2a-OTs-TMPとを重アセトニトリル中で混合し,室温で10分後に核磁気共鳴(NMR)測定を行ったところ,リガンド交換後の中間体1a2a-TMPが観測された[Fig. 5b)].反応混合物を加熱し,再びNMR測定を行うと脱炭酸的アリール化生成物3aaが確認された.α,α-ジフルオロ-β-ケト酸塩は芳香族アルデヒドとの加熱反応により脱炭酸的アルドール生成物を与える.31,32)しかしながら,TMP-ヨードニウム塩存在下で反応を行ったところ,対応するα-アリール-α,α-ジフルオロメチルケトン3aaが66%の収率にて生成し,アルドール反応は進行せずに芳香族アルデヒドが回収された[Fig. 5c)].リガンド交換が優先し,脱炭酸の後に擬分子内カップリングにて速やかにアリール化が進行するため,アルデヒドとの結合形成は進行しないと考えられる.以上のことから本脱炭酸的アリール化は,α,α-ジフルオロ-β-ケト酸塩とジアリールヨードニウム塩のカウンターアニオンとがリガンド交換し,続いて脱炭酸によるヨードニウムジフルオロエノラート塩の生成を経てリガンドカップリングが進行していると推測している[Fig. 5d)].
ジアリールヨードニウム塩を用いる脱炭酸的アリール化反応は前例がなく,炭素–炭素結合形成における新たな合成アプローチとなり得る.種々の官能基を持つTMP-ヨードニウム塩を用いてα,α-ジフルオロ-β-ケト酸塩の脱炭酸的アリール化反応を試みた(Fig. 6).ニトロ基,シアノ基,エステル基,アセチル基,及びトリフルオロメチル基など電子求引性官能基を持つアリール基の導入が可能であり,対応するα-アリール-α,α-ジフルオロメチルケトン(3aa, 3ab, 3ac, 3ad, and 3ae)が生成した.電子供与性置換基であるメチル基やメトキシ基を持つTMP-ヨードニウム塩は反応性が低かったが,溶媒をトルエンに変更して130°Cにて反応を行うと中程度の収率にて目的物(3af and 3ag)が得られた.また,電子豊富芳香環を持つα,α-ジフルオロ-β-ケト酸を用いた場合も対応するα-アリール-α,α-ジフルオロメチルケトン(3ba and 3ca)を与えた.本脱炭酸的アリール化反応はメタルフリー条件下で進行するため,金属触媒カップリングでは合成困難なアリールハライドやヘテロアレーンを導入した化合物(3ah, 3ai, 3cj, 3da, 3ea, 3ak, and 3fa)の合成が可能であった.また,α,α-ジフルオロアセト酢酸塩誘導体を出発物質に用いたところ,低収率ではあるが対応するアルキルケトン(3ga and 3 ha)が得られた.これらすべての例において,トリメトキシフェニル基が結合形成した生成物は観測されなかった.
ジメチルウラシルとジクロロヨードベンゼンから調製可能なウラシルDCPヨードニウム塩を用いて上記の反応を行ったところ,ウラシル選択的にアリール化反応が進行した(Fig. 7).興味深いことに,ヨウ素原子が結合していた位置の隣の炭素原子にジフルオロカルボニル基が導入された.ウラシルは芳香族性が低く,より求電子的な共役エノンβ位にて反応が進行したものと推測している.反応後にはジクロロヨードベンゼン(DCP–I)が再生し,64%の単離収率にて回収された.出発物質であるウラシルDCPヨードニウム塩の調製に再利用可能である.現在のところウラシルに限られているが,炭素–水素結合の直接官能基化及びヨードアレーンのリサイクル利用を実現した一つの例となる.
α,α-ジフルオロ-β-ケト酸塩の脱炭酸的アリール化にて得られるα-アリール-α,α-ジフルオロメチルケトンについて,さらなる分子変換反応を行った(Fig. 8).アリールカルボニル部位は水酸化カリウムとの反応によって除去可能であり,ウラシルを導入したカップリング化合物からジフルオロメチルウラシル4iが64%の収率にて生成した.有機マグネシウム反応剤との反応では,ケトンへの1,2-付加が進行して対応する含フッ素第三級アルコール5aeaが得られた.また,α,α-ジフルオロメチルケトンに対してメタクロロ過安息香酸(m-chloroperoxybenozic acid: mCPBA)を作用させたところ,Baeyer–Villiger酸化が進行してアリールエステル6cjが定量的に生成した.得られたエステル6cjにピロリジンを反応させると対応するアミド化生成物7jを92%の収率にて与えた.これらの一連の変換反応はグラムスケール反応においても問題なく進行し,エステルの単離を行うことなく80%(1.2 g)の2段階収率にてα,α-ジフルオロアセトアミド7jが得られた.本含フッ素アセトアミドは銅触媒カップリング反応を経てα-アミノ-3-ヒドロキシ-5-メソオキサゾール-4-プロピオン酸受容体(α-amino-3-hydroxy-5-methoxazole-4-propionic acid receptor: AMPAR)アロステリック阻害作用を持つ生物活性物質833)へと変換可能であった.
α-アリール-α,α-ジフルオロメチルケトンの新たな合成法として,TMP-ヨードニウム塩を活用するα,α-ジフルオロ-β-ケト酸塩のメタルフリー脱炭酸的アリール化反応を開発した.34) TMP-ヨードニウム塩のアニオンリガンドとα,α-ジフルオロ-β-ケト酸が配位子交換してヨードニウムジフルオロカルボキシラート塩が発生し,続いて脱炭酸的アリール化が進行して目的物へと至ると考えられる.カルボキシ基の高い求核性を活用してヨードニウム塩のアニオンリガンドとの配位子交換を促進させ,脱炭酸を経る擬分子内カップリングを経ることで求核性の低いフルオロアルキル基のアリール化を可能にしている.現在,このような反応戦略に基づいた種々のフルオロアルキル基導入反応の開発に取り組んでいる.
本研究を行うにあたり,終始ご指導を賜りました北 泰行先生(立命館大学総合科学技術研究機構教授・大阪大学名誉教授)並びに,土肥寿文先生(立命館大学教授)に衷心より感謝の意を表します.また,研究の遂行にご協力を頂いた立命館大学精密合成化学研究室の諸氏にこの場を借りて感謝申し上げます.本研究は,日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(基盤研究B及び基盤研究C)並びに科学技術振興機構(JST)CRESTのご支援を受けて行われたものであり,ここに深謝いたします.
開示すべき利益相反はない.
本総説は,2022年度日本薬学会関西支部奨励賞(化学系薬学)の受賞を記念して記述したものである.