YAKUGAKU ZASSHI
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Dynamic Chemistry of Tannins
Takashi Tanaka
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2024 Volume 144 Issue 2 Pages 183-195

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Summary

Tannins are a group of polyphenols that possess the ability to precipitate proteins, causing an undesirable astringent taste by interacting with salivary peptides. This interaction deactivates the digestive enzymes; therefore, tannins are considered as plant defense substances. The health benefits of tannins and related polyphenols in foods and beverages have been demonstrated by biological and epidemiological studies; however, their metabolism in living plants and the chemical changes observed during processing of foods and medicinal herbs raises some questions. This review summarizes our studies concerning dynamic changes observed in tannins. Ellagitannins present in the young leaves of Camellia japonica and Quercus glauca undergo oxidative degradation as the leaves mature. Similar oxidative degradation is also observed in whiskey when it is kept for aging in oak barrels, and in decaying wood caused by fungi in natural forests. In contrast, ellagitannins have been observed to undergo reduction in the leaves of Carpinus, Castanopsis, and Triadica species as the leaves mature. This phenomenon of reductive metabolism in leaves enabled us to propose a new biosynthetic pathway for the most fundamental ellagitannin acyl groups, which was also supported by biomimetic synthetic studies. Polyphenols undergo dynamic changes during the process of food processing. Catechin in tea leaves undergo oxidation upon mechanical crushing to generate black tea polyphenols. Though detailed production mechanisms of catechin dimers have been elucidated, structures of thearubigins (TRs), which are complex mixtures of oligomers, remain ambiguous. Our recent studies suggested that catechin B-ring quinones couple with catechin A-rings during the process of oligomerization.

1. はじめに

1990年代,赤ワイン,緑茶,チョコレートなどのポリフェノールがヒトの健康維持に寄与することが世界的に注目され始めた.その後,関連する多くの学術研究が行われ,現在植物ポリフェノールは機能性食品成分として社会的に広く認知されている.社会一般でポリフェノールと呼ばれる物質は,フラボノイドやクロロゲン酸などを含めて非常に多岐にわたるが,その中で比較的分子量が大きくタンパク質を沈殿させる性質を持つ化合物群がタンニンである.その性質によりタンニンは微生物の生育を阻害し,動物の口中で不快な渋味を生じさせるとともに消化酵素も阻害することから,本来植物が防御のために産生している物質である.しかし,アルカロイドなどに比べると毒性が非常に低いためタンニンによる防御には量が必要であり,乾燥重量の数%レベルのタンニンを蓄積する植物も稀ではない.皮肉なことに,このような性質からタンニンの中には糖や脂肪の吸収を抑制する機能性食品成分として期待されるものもある.タンニンは化学構造によりブドウ(赤ワイン),リンゴ,柿などに含まれるプロアントシアニジン(縮合型タンニン)と,ザクロ,ラズベリー,ゲンノショウコなどに含まれる加水分解型タンニンに大きく分類される.1プロアントシアニジンはカテキン類を構成ユニットとするオリゴマーで,被子植物だけでなくシダ類,裸子植物にも広く分布しており,食品成分としてだけでなく,皮なめしや染色など産業的にも重要な資源である.一方,加水分解型タンニンは,没食子酸(gallic acid)がグルコースにエステル結合したガロタンニンと,その分子内でgalloyl基同士が結合して生合成されるエラジタンニンに分類され,植物界にはガロタンニンよりもエラジタンニンの方が多く分布している.私は,ポリフェノールが社会的に注目される前の1980年に九州大学大学院薬学研究科で西岡五夫先生が主宰されていた生薬学研究室に進学した.当時の西岡研では大黄の血中尿素窒素低減作用がプロアントシアニジンによることが明らかにされたばかりで,2,3私の研究テーマも同様の作用を示すワレモコウのエラジタンニンであった.その後私は40年以上にわたりタンニンに係わり続けたが,この総説では特にタンニンを動的に考えた研究を中心に紹介する.

2. タンニン研究の歴史と特性

タンニン研究は1786年の薬剤師Scheeleによる没食子酸の発見に始まり,20世紀半ばからはヨーロッパの有機化学者によりタンニンの化学構造が明らかにされた.中でも核磁気共鳴(NMR)のない時代に分子量の大きいエラジタンニンを正しく構造決定したハイデルベルク大学のSchmidtらのグループのレベルの高さに驚かされる.その頃の研究対象は主に皮なめしに用いられる植物抽出物であった.古代エジプトの時代から続く皮なめしは,タンニンをコラーゲンと強く結合させることで獣皮を保存性の高いなめし革に加工する技術である.われわれがタンニンが多い果物を食べるときに感じる渋味も,タンニンが唾液ペプチドと結合して生じる沈殿を感じる感覚である.タンニン研究に多大な貢献をしたHaslam(1932–2013)は,タンニンとタンパク質との会合が主に疎水性相互作用によるもので,水素結合やπ–π相互作用も関与することを明らかにしている.4,5また,コラーゲンも唾液ペプチドも構成アミノ酸にプロリンを多く含み,ペプチド鎖の折れ曲がり部位に疎水性のプロリンが存在することがタンニンとの会合に重要であるとされる.5典型的な加水分解型タンニンであるpentagalloylglucose(1)は,分子の外縁に多数のフェノール性水酸基を持ち水に可溶であるが,分子中央のグルコース部分は疎水性である(Fig. 1A).このため水溶液中では疎水性部分を寄せ合うように自己会合する.漢方生薬芍薬の煎液は1を含むことから,共存するpaeoniflorinとの会合についてNMRスペクトルで解析したところ,安息香酸部分と会合することがわかった(Fig. 1B).6また,この会合により1の水からオクタノールへの分配が抑制される.一方,1から生合成され1よりも植物界に多く存在するエラジタンニン類は1に比べて親水性である.6これは,ディスク状の1の分子内で2つのgalloyl基が結合することで分子の形状が球状となるためと考えられる(Fig. 2).毒性の低いタンニンが防御物質として作用するためには細胞内に高濃度で蓄積される必要があり,分子のフレキシビリティを維持したまま水溶性が高まることは植物にとって有利であると推測される.一方,グルコースの1位に結合するgalloyl基がα配置のエラジタンニンは,β配置の異性体に比べて疎水性部位が小さい.そこでα配置のエラジタンニン5種とβ配置のエラジタンニン7種のアミラーゼ阻害作用を比較したところ,α配置のエラジタンニンの阻害作用はβ配置のもの比べていずれも弱かった.このことは疎水性の違いが酵素阻害作用に影響することを示している.7

Fig. 1. Structure of Pentagalloylglucose A and Its Interaction with Paeoniflorin B6)
Fig. 2. Structures of Different Ellagitannin

3. タンニンの分離と構造解析

日本では1980年頃から主に岡山大学と九州大学において薬用・食用植物のタンニンについて精力的な研究が行われ,多数のタンニンが分離構造決定された.この頃に蓄積された構造多様性や植物界での分布などに関する知見,及び実験に係わる多くのノウハウは,現在のタンニン化学の基盤となっている.8また,純粋なタンニンを用いた生物活性研究も展開され,その成果は疫学研究の成果とともに,タンニンへの注目度を大きく高めた.1980年代にタンニン研究が大きく進展した理由として,新しいクロマト用担体が開発されたことが大きい.タンニンは順相シリカゲルでの回収率が低いことから,微結晶セルロースやSephadex LH-20などが使われていたが,1980年頃からDiaion HP20,Toyopearl HW40,逆相シリカゲル類などが加わり分離精製での選択肢が劇的に増加した.1980年代には順相薄層クロマトグラフィー(TLC)が純度確認の手段であったが,当時私たちは展開溶媒を工夫して分子量3000を超えるものでもTLCで分析した.そのような試行錯誤の中で自然とタンニン分離のプロトコールが形成されていき,Sephadex LH-20やDiaion HP20での溶出位置,順相シリカゲルやセルロースTLCでのRf値,発色試薬での呈色の違いなどで,NMR測定前にある程度構造を予測できるようになった.

構造決定したエラジタンニンの中で特に印象に残っているものをFig. 2に示す.Sanguiin H-6(29は,地楡(ワレモコウの地下部)から分離したエラジタンニン二量体で,ラズベリーなどキイチゴ類にも含まれている.当時はまだ二次元NMRがなく,メチル化メタノリシスと部分加水分解により構造を決定した.後に富山大学の横澤隆子先生との共同研究で,経口投与で顕著な腎機能改善作用効果を示したことから,10尿をカラムクロマトで分離したところ腸内細菌代謝産物のurolithin Aが得られた.現在では多くのポリフェノール類の生物活性に腸内細菌による代謝が重要であることが明らかになっている.11エラジタンニン二量体は通常2のように分子間エーテル結合形成により生合成されるが,中国の希少植物であるRhoiptelea chilianthaから得られたrhoipteleanin A(3)は,galloyl基とhexahydroxydiphenoyl(HHDP)基の間のC–C結合で二量体を形成する唯一のエラジタンニンである.12,13 Elaeocarpusin(5)は,ゲンノショウコなどの主成分であるgeraniin(4)のdehydrohexahydroxydiphenoyl(DHHDP)基にアスコルビン酸が結合したもので,メチル化メタノリシスして得たアシル基部分のX線結晶解析により構造を決定した.14 Jolkinin(6)は5とアスコルビン酸の結合様式が異なるタンニンであり,二次元NMRだけでは構造決定に至らず,メチル化メタノリシスして得たアシル基部分を更にアセトニド誘導体とし,その二次元NMRを解析して構造を決定した.15ほかにも多くのエラジタンニンを分離構造決定してきたが,単純な構造のガロイルグルコース(1)から生合成されるエラジタンニンの構造多様性は植物分類と関連している.16例えばバラ科植物のエラジタンニンの多くは,2のようにグルコースの2,3位と4,6位に(S)-HHDP基を有し,トウダイグサ科のエラジタンニンは4のように3,6位に(R)-HHDP基,2,4位にDHHDP基を持つものが多い.また,ブナ科植物などからは後述する8のような,直鎖グルコースを持つC-配糖体型のエラジタンニンが多く検出される.このようなエラジタンニンの構造と植物分類との関連は,galloyl基の代謝が植物毎に厳密に制御されていることを示すとともに,タンニン生合成と植物進化との関連を示唆している.17

話はそれるが,タンニンの構造決定では,生合成の観点から構成糖はD-グルコースであるとして糖部分については絶対配置を確認しないことが多かった.しかし,論文審査で不備を指摘されたため,簡便な絶対配置判別法を考案した.その頃,糖の絶対配置は,アルドースをL-cysteine methyl esterと縮合させてジアステレオマーとした後ガスクロマトグラフィー(gas chromatography: GC)で分析する原・岡部法や,旋光度検出器を連結した高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により判別されていた.18しかし,研究室にGCも旋光度検出器もなかったため,原・岡部法で調製した誘導体に芳香族イソチオシアネートを反応させてチオ尿素誘導体とした後,紫外可視吸収HPLCで分析したところD体とL体を容易に判別できた(Fig. 3).19

Fig. 3. Discrimination of Absolute Configuration of Aldoses by Gas Chromatography (GC) and HPLC19)

4. エラジタンニンの酸化分解とその反応機構

植物の中には成長に伴ってタンニン組成を劇的に変えるものがある.長崎県五島地域は全国有数のつばき油の産地であるが,私が参画した産学官連携研究では,つばき油の研究に加えて茶葉ツバキ葉混合発酵茶の開発を行った.20その関連でツバキ葉の成分分析をした際,県の研究員の方々から供給されるツバキ葉にエラジタンニンのpedunculagin(7)を主成分とするものとカテキン・プロシアニジンを主成分とするものがあることに気づいた.その後,それらの試料が五島の同じツバキの木から春と夏の異なる時期に採集されていたことが判明し,ツバキが葉の成長に伴ってタンニン組成を変化させていることがわかった.春に伸長する柔らかい若葉はpedunculagin(7)を主成分とするが,成長に伴い葉が硬くなるとカテキン・プロシアニジンが増加し,エラジタンニンはほとんど消失する.この7の消失はカテキン共存下での共役酸化によるものと推定された(Fig. 4).21この反応機構ではポリフェノール酸化酵素は直接7を酸化せず,カテキンのカテコール型B環をオルトキノンに酸化する.生じたキノンは強い酸化剤として作用し,7のピロガロール環を非選択的に酸化開裂してエラジタンニンを分解する.

Fig. 4. Degradation of Pedunculagin (7) in Young Leaves of Camellia japonica21)

エラジタンニンの季節変動はヨーロッパのオーク(Quercus属)でも報告されており,若葉にエラジタンニンが多い理由はその時期に発生する蛾の幼虫に対する防御と推測されていた.22そこで同じ属のアラカシの葉について調べたところ,春の新芽ではエラジタンニンのvescalagin(823が主成分であるが,夏には減少してカテキン・プロシアニジンが増加することがわかった.ここでもカテキンとの共役酸化による8の酸化が確認されたが,7の酸化では位置選択性がないのに対し,8では直鎖グルコースの1位に結合するピロガロール環で選択的に酸化と脱炭酸が起こってシクロペンテンジオン構造を持つ代謝物9が生成し,9はアラカシ若葉にも検出された(Fig. 5).更に9はカテキンA環と非酵素的に反応して付加体10を与えた.アラカシ葉では,夏に増加するカテキンやプロシアニジン類と9が結合している可能性がある.24

Fig. 5. Oxidation of Vescalagin (8) in Young Leaves of Quercus glauca24)

ウイスキーなどの熟成に使われるオーク樽もvescalagin(8)を含む.樽材から溶出する8は含水エタノール中で溶存酸素によって自動酸化されるとともに,エタノールの付加と転移反応を経てエトキシカルボニル基を持つ11に変化する(Fig. 6).この物質はウイスキーからも分離された.25この結果は自動酸化が酵素酸化と同じ反応機構で進行することを示した.更に8が木材腐朽菌により分解される際にも9が生成する.24タンニンは抗菌物質なので多くの菌類は材に侵入できないが,自然界ではキノコなど腐朽菌がタンニンを含む木材を分解する.シイタケ菌を8を溶かした培地に加えると数日で9が生成し始め,更に分解が進行すると通常のタンニン生合成では説明困難な構造を持つquercusnin A(12)が得られた(Fig. 6).この物質はミズナラ材からも得られたが,材に共生する菌類による代謝産物の可能性もある.26

Fig. 6. Oxidative Degradation of Vescalagin (8) during Whiskey Aging and by Wood-Decaying Fungi2426)

5. 樹木材部でのエラジタンニンの運命

樹木では,葉の光合成で作られたショ糖などの養分が樹皮の師管を通って運ばれ,樹皮に接する形成層での細胞分裂や材外側の辺材部に数%生存する柔細胞のエネルギー源として使われる.しかし,材の内側まで届く養分には限りがあり,辺材の内側では柔細胞がすべて死んで心材が形成される.オークやクリの材では,柔細胞が死ぬ際に8を主成分とする多量のタンニンが合成され蓄積される.年輪毎にHPLC分析すると,タンニンは辺材と心材の移行部に最も多く,材の中心に向かって減少していく(Fig. 7).27死細胞だけから構成される心材に数十年にわたり残存するタンニンはどのように変化しているのであろうか.ピロガロール環のベンジル位に位置する8の1位は求核置換反応を受け易い(Fig. 8).特にエタノールやグリセロールなど求核性の高い溶媒に溶かしておくと室温でも容易に1位置換体が生成し,グルコースとも同様の置換反応で結合する.28これらの結果から,心材形成時に生合成された8が,原形質がなく水分通道もない心材組織の細胞壁に長期間接しているとセルロースの水酸基などと結合するであろうことは容易に想像できる.したがって,心材部での8の減少は恐らく細胞壁への共有結合形成により抽出されなくなっているためと推測される.これは材が抗菌剤でコーティングされていると考えることができるかもしれない.オークやクリの材では心材部にエラグ酸が一定濃度で検出されるが,これは不溶化されたエラジタンニンから加水分解されて生成したものと考えられる.27更にクリ材では心材中心部にcastacrenin類(13など)が検出されたが,これは細胞壁に結合したタンニンで分子内置換反応が起こって生成したと考えれば説明できる.27,28

Fig. 7. Distribution of Tannins in Wood Cross Sections of Castanea crenata27)

B: Bark, S: sapwood, H: heartwood. S1: Cambium, H6: center of wood.

Fig. 8. Insolubilization Mechanism of Vescalagin (8) in the Heartwood of Castanea crenata28)

6. エラジタンニン生合成における還元的代謝

エラジタンニンのアシル基は極めて多岐にわたるが,8,29自然界で特に多く見い出されるアシル基はHHDP基とDHHDP基である(Fig. 2).30,31これらは,ガロイルグルコースの2つのgalloyl基が酸化的に結合して生合成されるが,その詳細は十分解明されていない.タンニンの強い抗酸化作用はタンニンの酸化され易さを意味することから,エラジタンニン生合成でもgalloyl基が酸化されてHHDP基が生成し,HHDP基が酸化されてDHHDP基が生成する酸化的生合成経路が十分な根拠がないまま受け入れられてきた.しかしわれわれは,以下に述べる知見を基にDHHDP基が還元されてHHDP基が生合成される新しい経路を提唱した.29

前述したツバキ葉のエラジタンニン組成変化の関連で他の植物も分析したところ,アカシデでは4月の新芽はamariin(14)が主成分で,成長するとgeraniin(4)が主成分となることを見い出した(Fig. 9).32街路樹として植栽されるナンキンハゼでも,枝先の小さい葉では14が主成分であるが,同じ枝の成長した葉では4が主成分である.そこで精製した14を水に溶かして室温放置したところ,ゆっくりと4が生成した.この現象は14を初めて構造決定したFooも気づいていたが生合成との関連については触れていない.33一方,Haslamらは,構造決定には至っていないものの,4を含む多くの植物にその前駆体と思われるタンニンが存在することを見い出してisogeraniinと命名しており,恐らくその物質は14と思われる.31 Amariin(14)の水溶液中で4が生成する反応は酸化還元不均化反応であり,還元と同時に酸化が起こっているはずであるが,酸化生成物としては構造不明の重合物が得られた.また,14の2つの(R)-DHHDP基のうち3,6位に結合するものだけが酸化還元不均化反応を起こし,2,4位のDHHDP基は変化しない.この反応性の違いは,グルコースから2つのエステル結合にかかる張力の違いによるものと推測された.32自然界ではDHHDP基は1C4型グルコースの2,4位に結合している場合が多く,逆に2,4位にHHDP基を持つエラジタンニンはほとんど存在しない.このことは他の結合位置に比べて2,4位に結合するDHHDP基がなんらかの理由で還元され難いため,HHDP基になる前の段階で留まっていることを示唆している.

Fig. 9. Redox Disproportionation of Amariin (14)32)

クマシデでも同様に春の新芽はグルコースの2,3位に(S)-DHHDP基を持つcarpinin E(15)とF(16)を主成分とするが,夏になるとそれらはDHHDP基が還元されたcarpinin A(17)とisocarpinin A(18)に変化する(Fig. 10).34新芽の1516は(S)-DHHDP基の結合方向が逆の異性体であるが,室温でpH 6の緩衝液中に溶かしておくと14と同様に酸化還元不均化反応を起こし,いずれからもR配置のHHDP基を持つ18が生成した.一方,アスコルビン酸で還元するといずれからもS配置のHHDP基を持つ17が得られた.4,6位に結合するhydrated biscyclohexenetrione dicarboxyl(HBCHT)基はDHHDP基が更に酸化された構造を持つが,このアシル基はDHHDP基に比べると安定で上記の条件では変化しなかった.ただ,水溶液中で1516をアスコルビン酸とともに加熱するとHBCHT基も(S)-HHDP基にまで還元されてpedunculagin(7)が生成した.Carpinin類の酸化還元不均化反応で生成する酸化生成物は14の場合と同様に高分子化合物であり,その13C-NMRスペクトルにはHBCHT基のシグナルが観察され,酸化還元不均化にHBCHT基は関与しないと考えられた.自然界には2,3-(S)-HHDP基を持つエラジタンニンは多く存在するが,2,3位にDHHDP基を持つエラジタンニンはクマシデ以外には報告されておらず,2,3位に(R)-HHDP基が結合したものも非常に稀である.このクマシデの特殊性は,この植物にDHHDP基を還元する酵素が欠損していることを示唆している.確証はないが,バラ科植物など2,3-(S)-HHDP基を持つエラジタンニンを多量に含む植物では,galloyl基からDHHDP基がいったん生成し,それが直ちに酵素によって(S)-HHDP基に還元されているのではないかと推測される.

Fig. 10. Reduction and Redox Disproportionation of Carpinins E (15) and F (16)34)

西日本に広く分布するスダシイの葉はトリテルペンを母核とする特殊なエラジタンニンを含むが,新芽はDHHDP基を持つタンニンを蓄積し,成長に伴ってそれらが還元されHHDP基を持つタンニンが主成分となる.35このようなアカシデ,ナンキンハゼ,クマシデ,スダシイでのエラジタンニンの変動は,エラジタンニンを特徴づけるアシル基の生合成が従来考えられていた酸化的代謝ではなく,galloyl基の酸化的カップリングによって最初にDHHDP基が生成し,それが還元されてHHDP基が生合成することを強く示唆した(Fig. 11).29,34このことは有機合成的手法でも支持された(Fig. 12).Galloyl基を2つ持つモデル化合物を合成して水溶液中塩化銅(II)[copper(II)chloride: CuCl2]で酸化すると,生成するのはDHHDP基であり,それを還元してはじめてHHDP基が生成する.得られたHHDP基をCuCl2で酸化してもDHHDP基は生成しなかった.36同じ手法によりガロタンニンからエラジタンニンへのバイオミメティックな変換にも成功している.今後,植物毎に異なるgalloyl基の位置特異的カップリングがどのような機構で制御されているのか解明が待たれる.

Fig. 11. New and Conventional Biosynthetic Pathways for the Production of the Representative Acyl Groups of Ellagitannins29,34)
Fig. 12. Biomimetic Synthesis of DHHDP and HHDP Esters from Galloyl Esters in Aqueous Solution36)

7. 紅茶テアルビジンの生成機構

植物成分を研究する際,展開溶媒を工夫してもTLCで原点から動かなかったり,スポットにならず線条として検出されたりする物質が存在する.そのような物質は,HPLCで分析すると多くの場合ベースライン上の幅広い盛り上がりとして検出され,NMRスペクトルでも通常のシャープなシグナルを示さないため,たとえ含量が多くても研究対象とされることが少ない.プロアントシアニジンオリゴマーもそのような物質の一つであるが,ここでも様々な動的変化が起こる.新鮮な肉桂の樹皮を剥いでしばらくすると材表面が赤くなる.これはシンナムアルデヒドの共役カルボニルにプロシアニジンのA環が付加し,更に酸化が起こってアントシアニジン類似の赤色発色団を持つ疎水性の高分子が生成するからである.37また,渋柿では,種子が発芽能力を持つと果肉中に生じるアセトアルデヒドが水溶性プロアントシアニジンの分子間を架橋して不溶化し,果肉の渋味が消失する.38更に身近なところでは,緑茶を焙煎して製造されるほうじ茶は,糖の熱分解で生じるアルデヒド類がカテキンを架橋してできるオリゴマーを含む.39

半世紀上前に名前が付けられながら構造がいまだ解明されていない食品ポリフェノールがある.紅茶の赤色色素でカテキンの酸化重合物テアルビジン(thearubigin: TR)である.40緑茶は茶葉を収穫後すぐに加熱して製造され主に日本や中国で飲まれる.一方紅茶は,生葉を揉捻してカテキン類を酵素酸化して作られ,ヨーロッパで好まれた歴史的な経緯などもあって現在世界の茶生産の8割を紅茶が占める.紅茶を熱水抽出して得られる固形物の60%をTRが占めるという報告もあることから,TRは食品化学分野で極めて重要なテーマである.私は1990年代にその構造解明にチャレンジしたが,通常の機器分析の手法では結果が出ずに断念した.しかし2000年になって,精製した茶カテキンにナシやビワなどの果汁を加えると紅茶ポリフェノールが生成することを見い出し,41その手法を駆使して,紅茶から精製困難なカテキン酸化生成物を多数構造決定した.その後20年が経過し,カテキン酸化で生成する二量体–四量体の構造と生成機構が明らかになった.42その間,長崎の特産果実の一つであるビワが強いポリフェノール酸化酵素活性を示すことを長崎県農林技術開発センター研究員の方に伝えたところ,ビワ葉と茶葉を原料とする機能性混合発酵茶が試作され,その強い血糖値上昇抑制作用を長崎県立大学の田中一成先生が動物実験で確認された.その後,九州大学の松井利郎先生も加わって産学官連携研究が立ち上がり,長崎県職員の方々の大変な努力の下で商品化され,現在は機能性表示食品として認可されている.4347その関与成分にはカテキン重合ポリフェノールと称するTR画分も含まれるが,構造が明確なカテキン二量体類に対してTRは構造を明示できず,成分を担当する者として常にもどかしさを感じていた.しかし,最近になってTR生成機構が少しずつわかり始めてきた.

茶葉の主成分epigallocatechin-3-O-gallate(19)が酵素酸化されると二量化して主にdehydrotheasinensin A(20)が生成する(Fig. 13).48,49この20は,エラジタンニンのDHHDP基と同じ部分構造を持ち,同様の酸化還元不均化反応を起こす.この反応では還元生成物として紅茶特有のポリフェノールであるtheasinensin A(21)及びそのアトロプ異性体が生成し,酸化生成物としてgalloyl oolongtheanin(2250及びHPLCでベースライン上の盛り上がりとして検出されるオリゴマーが生成する.そのオリゴマーの13C-NMRスペクトルは紅茶から分離したTRのスペクトルとよく類似しており,20がTR生成に関与していることが示唆された.両者の13C-NMRスペクトルの違いが,カテコール環由来のシグナルの有無であったので,B環がカテコール環のepicatechinを20の酸化還元不均化反応に共存させたところ,生成したオリゴマーのスペクトルにはカテコール環由来のシグナルが観察された.同じ反応条件下epicatechin単独ではオリゴマーが生成しないことから,この結果は20からオリゴマーが形成される際にepicatechinが取り込まれたことを示すとともに,オリゴマー化の反応点がカテキンA環である可能性を示唆した.そこでA環と同じ反応性を持つphloroglucinolを新鮮茶葉に加えて破砕揉捻して紅茶を製造したところ,19のB環キノン(19a)及び20にphloroglucinolが結合した化合物2324が得られた.Figure 13のphloroglucinolをカテキンのA環と置き換えて考えると,想定される生成物には次の反応の起点となるA環とB環が残っており,オリゴマー形成を説明できる.さらに,22も不安定で加熱すると重合物を与えるが,これは22のB環部分が1,2-ジケトンと等価であることから,19a20と同様にA環と反応してオリゴマー生成に関与している可能性がある.これは前述のエラジタンニン酸化生成物9がカテキンA環と自発的に結合したことからも類推される(Fig. 5).これらのB環キノンとA環とのカップリング機構がどの程度TR形成に寄与しているのかはいまだ不明であるが,非常に多数の異性体が生成することから,恐らく重要なメカニズムではないかと推測している.51エラジタンニン代謝とカテキン酸化では共通してオルトキノン生成が鍵反応であるが,その後の反応の多様さがこれらの化学的解明を困難にしている.

Fig. 13. Oxidation of Epigallocatechin-3-O-gallate (19) in the Presence of Phloroglucinol and a Plausible Partial Structure of TR51)

8. おわりに

私が九州大学で助手になる前年の1983年に名古屋大学の後藤俊夫先生による「動的天然物化学」が上梓された.当時自分も,単なる構造決定だけでなくタンニンを「動的」にとらえたいと思い,今振り返れば自然界や食品加工でのタンニンの変化をいくらか理解できたように思う.本総説では触れなかったが,私は1990年頃から生物活性に係わるいくつかの共同研究で成分供給を分担し,特に富山大学の横澤隆子先生との丹参,52地楡,10温脾湯,53アムラ,54山茱萸,5556などに関する研究で動物実験に必要な量を確保するための大スケールでの分離を行った.そこでは有機溶媒の使用量,時間,労力,ストレスをいかに減らすか試行錯誤したが,そこで得たノウハウは後の地域産学官連携研究で役立つとともに,エラジタンニン研究での不安定化合物の迅速分離や,紅茶研究で必須であったカテキンの大量調製を可能にした.特に,紅茶研究ではグラムオーダーでのカテキン供給なくして結果は出せなかった.現在,オミクスなど次々と新しい研究手法が導入され,研究の出口も多岐にわたるようになり,他分野との連携も必須となったが,分離精製して分子構造を決める一見クラシカルな天然物化学分野の技術は今後も重要である.また,天然物化学は自然を理解するための学問の一つであり,生物活性など天然有機化合物の有用性ももちろん重要であるが,個人的には基礎科学としての展開も期待する.

謝辞

長きにわたりご指導ご鞭撻を頂くとともに様々な研究テーマを頂いた野中源一郎先生と横澤隆子先生,多くの励ましやご助言を頂いた西岡五夫先生,江田昭英先生,河野 功先生,楊 崇仁先生,原 征彦先生に心より感謝いたします.また,カテキン酸化,エラジタンニン合成,DFT計算などで数々の貢献をされた松尾洋介博士に深謝いたします.国際学会などではDaneel Ferreira先生,姜 志宏先生,李 典鵬先生,張 穎君先生,黄 永林先生に大変お世話になりました.最後になりますが,ともに研究に取り組んで頂いた多くの学生諸氏,及び長崎県での多くのプロジェクトを始め,様々な共同研究でお世話になった方々に心よりお礼申し上げます.本研究は日本学術振興会科学研究費補助金(20K07102, 17K08338, 26460125, 18510189, 12680594)などの助成の下で行われました.

利益相反

開示すべき利益相反はない.

Notes

本総説は,2022年度退職にあたり在職中の業績を中心に記述されたものである.

REFERENCES
 
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