2024 Volume 144 Issue 4 Pages 353-357
In Japan, quantitative NMR (qNMR) has already been recognized as a standard method for determining the purity of quantitative samples not only in the Japanese Pharmacopoeia and the Japanese Standards and Specifications for Food Additives but also in the Japanese Industrial Standard (JIS K 0138: 2018). However, since there was no consensus on the establishment of a standard method, the international standardization of qNMR was initiated based on a proposal from Japan. After three years of discussion among experts, International Organization for Standardization/Technical Committee on Food (ISO/TC34) published ISO 24583: 2022 “Quantitative nuclear magnetic resonance spectroscopy—Purity determination of organic compounds used for foods and food products—General requirements for 1H-NMR internal standard method.” Publication of this standard has resulted in an internationally agreed upon set of requirements for purity determination using qNMR. New technologies emerge from the cycle of basic research, practical use, and standardization, and qNMR is no exception. A novel chromatographic quantification method based on relative molar sensitivity (RMS) is now being put into practical use. The RMS of an analyte with respect to a different reference substance can be determined by using qNMR to accurately determine the molar ratio and then introducing it into the chromatographic system. This method uses the RMS determined by combining qNMR and chromatography instead of the analyte’s reference material to determine its content in sample. This method has been adopted in the Japanese Pharmacopoeia, and the development of a general rule in the Japanese Agricultural Standards (JAS) is also under consideration.
近年のグローバル化に伴い,あらゆる分析値に対して信頼性確保だけでなく,国際整合も問われるようになってきている.このため,医薬品分析だけでなく食品分析や環境分析等,様々な分野において,液体クロマトグラフ(HPLC)やガスクロマトグラフ(GC)等の多成分を精密に測定できる分析機器の導入が進んでいる.クロマトグラフィーは相対分析の一つであることから,定量分析では試料中の分析対象物質と同一の定量用標品が必要であり,既知の濃度の定量用標品と試料の分析対象物質の検出器における応答比から定量値が求められる.よって,仮に,定量用標品に純度の偏りがあるにも係わらず,それを無視して100%の純度として使用した場合,定量値は真値に偏りが含まれた形で求められてしまう.この問題を避けるため,国際単位系(international system of units: SI)にトレーサブルで純度が正しく評価された認証標準物質(certified reference material: CRM)等を定量用標品として用いる必要がある.しかし,分析対象物質となり得る有機化合物は無限にあり,すべてについてCRMを供給・入手することは不可能であり,試薬メーカーが独自の方法で純度を表示した市販標準品や試薬を代用することが多い.最近では,分析法のバリデーションが定量結果の信頼性の確保や国際整合の目的で必須となってきているが,真値に偏りが含まれた形で定量値が得られている可能性を考慮することは少ない.さらに,分析対象物質が希少,安定性が悪い,等の理由で定量用標品が十分に得られず正確な定量分析ができない場合は,そもそも試験の対象としないことも多い.医薬品分析では,純度が既知の定量用標品が入手可能である場合がほとんどであり,上記のような問題は多くはないと思われる.しかし,医薬品の不純物や代謝物,食品の天然成分,環境汚染物質等の定量用標品の整備はいまだ不十分である.この問題を抜本的に解決することを目的に,NMRを用いた定量法(quantitative NMR: qNMR)1,2)や相対モル感度(relative molar sensitivity: RMS)を利用したクロマトグラフィーによる定量法2,3)の開発が精力的に行われた.
1H-NMRでは,有機化合物の共鳴信号の面積は信号に寄与する1H核の数に比例して定量的に観察されることが知られている.信号の縦緩和時間(T1)に対して,遅延時間(Tr)を十分長くとり測定すると,信号面積と1H核の数の関係は単純なEq.(1)で表すことができるようになる.
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ここで,S=信号面積,k=定数,N=1H核の数,V=溶液の体積,m=試料の質量,M=モル質量,p=試料の純度とする.
このEq.(1)が成立するとき,2つの物質が含まれる混合溶液について測定を行い,それぞれの物質に由来する信号に対する信号面積比と1H核の数の比はEq.(2)で表すことができる.
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下付きの数字は異なる物質を示す.分析対象物質の純度をp2としてEq.(2)を変形するとEq.(3)で表すことができる.
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このように,Eq.(1)が成立する定量性が確保された1H-NMR条件下で測定すれば,分析対象物質2の純度は,純度が既知の物質1を基準として算出することが可能となる.さらに,物質1にSIへの計量トレーサビリティが確保されたCRMを用いて測定対象物質の純度の算出を行えば,その結果に対してSIへの計量トレーサビリティが確保できるようになることが容易にわかると思う.
このように理論的には単純な式で表せるものの,1H-NMRの定量性を確保した測定条件や解析条件が統一されていなかった.さらに,1H-NMRによる定量分析の基準となる物質が整理されていなかったため,定量精度は数%から10%程度のばらつきがあり,高精度(1%以内)な分析には適さないだろうという認識であった.しかし,2000年頃からわが国の研究者が1H-NMRの定量性の確保を目的に測定条件の検討,基準物質の開発,解析条件の見直し及び専用ソフトウエアの開発を行い,その結果としてSIへの計量トレーサビリティを確保した満足できるレベルの精度の定量法が確立された.これがqNMRであり,有機化学物質の純度評価や濃度評価,混合物の試料中の特定成分の評価等,様々な分野で急速に応用が開始された.さらに,qNMRは,2011年に食品添加物公定書に一般試験法として採用されたのを皮切りに,日本薬局方への導入,ついで日本産業規格(Japanese industrial standards: JIS)にJIS K 0138: 20184)として採用され,わが国では一般的な定量法として認知されるに至った.一方,諸外国においては,わが国のqNMRの普及に刺激を受けて,qNMRの実用化が進められていたが,実際の現場において手法が標準化されていないため,得られた結果に差違が生じてしまうことを懸念していた.このことから,2016年から毎年開催され情報交換の場となっていたqNMR Summit(https://www.qnmrsummit.com)が,2018年1月に3rd qNMR Summitとして東京で開催されることとなったため,この機会に諸外国の専門家とqNMRの国際標準化について非公開会議を同時開催した.その結果,先行するわが国がJIS K0138をベースにしたqNMRの国際標準化,すなわち,International Organization for Standardization/Technical Committee on Food(ISO/TC34)化を推進することに同意が得られた.その後,ISOの国内審議団体と調整を重ねた結果,ISO/Technical Committee on Food[TC34(食品部門)]にqNMRの標準化を提案することとなり,2018年10月に米国ワシントンD.C.で行われたISO/TC34総会にて,提案に向けて以下の説明を行った.
この結果,qNMRに関する新規作業項目提案(new work item proposal: NWIP),また,本件を扱うためにISO/TC34直下にワーキンググループ(working group: WG)を設立することについて投票が行われることになった.約1年後にNWIP及びISO/TC34/WG24(qNMR)の設立が承認され,WGコンビーナとして齋藤 剛(産業技術総合研究所),本規格制定に向けたプロジェクトリーダとして杉本直樹(国立医薬品食品衛生研究所)がそれぞれ担当することとなった.
WGではこの提案文書を基に,ドイツ,スイス,フランス等のエキスパートが参加する会議を3年間で計6回開催し,各国からの計603コメントに対して議論し文書を完成させた.その結果,最終的に本件に参加した34ヵ国のすべてから承認され,2022年12月にISO 24583: 2022 “Quantitative nuclear magnetic resonance spectroscopy—Purity determination of organic compounds used for foods and food products—General requirements for 1H-NMR internal standard method (定量NMR—食品及び食品に使用される有機化合物の純度決定—1H-NMR内部標準法の一般的要求事項)”5)が発行された.これにより,qNMRを純度評価に用いる際の要求事項が整理され,qNMRは国際的に認められる標準手法となった.
ISO 24583: 2022は,JIS K 0138: 2018と内容的には大きな差はなく,JIS K 0138: 2018に従い試験を行えば,概ねISO 24583: 2022の要求を満たすようになっている.ただし,ISO 24583: 2022には“Feasibility study”,“Validation of the qNMR procedure”の項が追加されている点がJIS K 0138: 2018とは異なる.“Feasibility study”とは,試験が実施可能かどうかを確認するもので,天びん,溶解度,シグナルの分離等の確認である.“Validation of the qNMR procedure”とは,実施する試験の手順が目的の精度を満たしているか妥当性を確認するものである.すなわち,ISO 24583: 2022では,目的の精度に応じた試験法を自ら開発できるようになっている点がJIS K 0138: 2018と異なる.
前述したように,qNMRは,わが国では公的な試験法として既に採用されており,国内標準であるJIS K 0138: 2018はこれらを包含する形で設計されている.また,米国薬局方や欧州薬局方もわが国の公的な試験法を参考に設定されている.よって,これらすべてを包含しているISO 24583: 2022により,国際整合がとれた信頼性の高い結果を得ることができ,様々な分野において有機化学物質の純度評価等に応用されることが期待されている.
2種の異なる物質X及びYが存在するとき,クロマトグラフィーの検出部において異なる応答を与える.物質Xに対する物質Yの単位物質量当たりの応答比,すなわち,RMSを決定できるとき,物質Xを基準として,その物質量(モル濃度)と応答比の関係から物質Yの物質量(モル濃度)を算出することができる.したがって,試料中の分析対象物質(物質Y)の含量は,RMS基準物質(物質X)の物質量と分析対象物質(物質Y)のRMSを決定すれば,分析対象物質(物質Y)と同一の定量用の標品を用いずに算出することが可能である.
溶液中の物質のモル濃度(M)と検出部の応答(z)が比例するとき,その関係はEq.(4)で表すことができる.
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ここで,z=検出部の応答,a=モル感度係数,M=モル濃度(mol/L)とする.
モル感度係数(a)は,物質のモル濃度(M)が既知の溶液の検出部の応答(z)の関係から求めることができ,逆にモル感度係数(a)が既知ならば検出部の応答(z)から物質の溶液中のモル濃度(M)を正確に求めることが可能である.また,モル感度係数(a)は,特定の分析条件で物質固有の特性値を示す.したがって,物質XとYの2つがあるとき,それぞれの溶液中の物質のモル濃度と検出部の応答は,Eq.(5)及びEq.(6)で表すことができる.
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ここで,aX=物質Xのモル感度係数,aY=物質Yのモル感度係数,ZX=物質Xの検出部の応答,ZY=物質Yの検出部の応答,MX=物質Xのモル濃度(mol/L),MY=物質Yのモル濃度(mol/L)とする.
物質XをRMS基準物質(rs)とし,物質Yを分析対象物質(ta)としたとき,両者のモル濃度の比と検出部の応答比は,Eq.(7)及びEq.(8)で表すことができる.さらに,RMSは単位物質量当たりの検出部の応答比であるのでEq.(9)で表すことができる.
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ここで,Rm=分析対象物質(ta)とRMS基準物質(rr)のモル濃度比,Rr=分析対象物質(ta)とRMS基準物質(rr)の検出部の応答比,Mta=分析対象物質(ta)のモル濃度(mol/L),Mrr=RMS基準物質(rr)のモル濃度(mol/L),zta=分析対象物質(ta)の検出部の応答,zrr=RMS基準物質(rr)の検出部の応答,ata=分析対象物質(ta)のモル感度係数,arr=RMS基準物質(rr)のモル感度係数,Vrms=RMS基準物質に対する分析対象物質のRMSとする.
すなわち,RMSが正確に求められている場合,RMS基準物質を内標準物質あるいは外標準物質として用い,RMSを求めたときと同等の分析条件のクロマトグラフィーを行えば,RMS基準物質のモル濃度(Mrr)及び応答(zrr),分析対象物質の応答(zta)との関係から試料溶液中の分析対象物質のモル濃度(Mta)はEq.(10)によって正確に求めることが可能となる.
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クロマトグラフィーによる定量分析は,相対分析の一種であることから,通常,分析対象物質の定量用標品を必要とするが,RMSを利用したクロマトグラフィーによる定量分析は,分析対象物質の定量用標品とは別の定量用標品を用いる点が異なる.分析対象物質の定量用標品の入手から解放されることから,希少な物質や不安定な物質の正確な含量値を求めるための定量法の構築が可能となる.
qNMRはRMSを求める際にも重要な役割を果たす.RMS基準物質(rr)と分析対象物質(ta)の混合溶液についてqNMR測定を行い,それぞれの化学構造に特徴的なシグナル面積と水素数の関係からモル濃度比(Rm)を求めることができる.更にこのモル濃度比(Rm)が既知の混合溶液を希釈し,クロマトグラフィーに付し,それぞれの検出部における応答比(Rr)を求めることによってRMSが算出できる.また,qNMRでSIにトレーサブルに純度評価することによって分析対象物質(ta)の正確なモル濃度の溶液も調製できる.したがって,RMS基準物質(rr)にSIにトレーサブルなCRM等を用いてRMSを決定することにより,そのRMS基準物質(rr)を内標準物質又は外標準物質としてクロマトグラフィーを行えば,RMSと応答比(Rr)の関係から間接的にSIへのトレーサビリティを確保した分析対象物質(ta)のモル濃度や含量を求めることが可能となる.
このRMSを利用した新しいクロマトグラフィーによる定量法は,これまで正確な定量分析が困難であった分析対象物に対して実用化が開始されている.日本薬局方では,安価なジフェニルスルホンを用いて,HPLC/UVにより生薬ソヨウのペリルアルデヒドを定量する試験法が既に収載されている.また,本年2023年12月頃に公示される予定の第10版食品添加物公定書には,ラカンカ抽出物のモグロシドV,コチニール色素のカルミン酸等,天然由来の添加物7品目の各条とともに一般試験法にRMSを利用した定量法が採用される予定である.また,純度既知の定量用標品が存在しないものだけでなく,安定性に問題があるものだけでなく,コストの問題から正確な定量法の構築が不可能であった成分への応用が開始されている.医薬品の不純物,環境中の汚染物質,食品の機能性成分等の様々な分野への応用が開始されている.さらに,今後,RMSを用いる手法の国際標準化を視野に入れ,日本農林規格(Japanese agricultural standards: JAS)において標準化の議論が開始されている.
新技術は常に基礎研究,応用,実用化,標準化のサイクルから生まれるが,qNMRもその例外ではない.NMRが定量性を有することは原理的に明らかであるが,精密な定量分析が可能となったのは,NMR及び分析化学に関係する研究者の絶え間ない基礎研究の成果である.実用化においては,インフラ整備のため機器及びソフトウエアの開発が関連する企業や個人の努力によって行われた.これらの結果として,現在,qNMRは様々な研究分野において研究者自身の目的に応用されるに至っており,得られる結果の国際整合のためにqNMRの国際標準化,ISO24583の発行は必然であったと思われる.また,qNMRにより有機化合物の純度やモル濃度を正確に測定することが可能となったことから,クロマトグラフィーによる定量分析の概念の拡張が可能となり,RMSを利用した定量法が開発され,その応用と実用化が着々と進められている.このような新技術の開発は,それをきっかけとしてドミノ倒しのように様々な研究分野にブレークスルーをもたらすと信じている.今後も,qNMR及びRMSによる定量法の解析システムの簡易化,手法の標準化等,分析化学を取り巻く環境の整備を継続し,誰もが合意できる安全な社会の実現に役立ちたいと思う.
本研究の一部は,厚生労働科学研究費補助金H29-食品-一般-007,20KA1008及び23KA1012によるものである.また,qNMRの開発及び国際標準化,RMSによる定量法の実用化に携わった皆様に心より感謝する.
開示すべき利益相反はない.
本総説は,日本薬学会第143年会シンポジウムS34で発表した内容を中心に記述したものである.